タコのグルメ日記

百合姫

寂しがりな超生物

「・・・ぐぬぬぬ。」
『逃げるなというに。
私が目的なのだろ?』


この女、僕の力に対抗してる。
基本的な人型では筋力が半減するといえども、僕の力はすごい。
殴れば、岩を割るのではなく、砕くことができるくらい。


お互いが立っている場所である地面が割れる。
いや、彼女の腕が軋んでいることから、あっちは結構限界なのかもしれない。


「わかった、逃げない。逃げないから一端、一端離そうか。」
『いや、その目。
逃げるつもりだろう?』
「そんなことないって。
人間、信じる心を失ったらおしまいだよ?
信じてみようよ!
人の心ってやつをさっ!」
『胡散臭いことこの上ないが・・・』
「お前が言うなっ!」
『まぁいい、そこまで言うなら離そうではないか。』
「そうそう、人と人のあいだでは信じあう気持ちって、今だっ!!」
『あっ。』


瞬時にエアジェットで逃げ出す。
こんな胡散臭いやつの言うことを信じるほど僕はめでたい頭はしていない。
観察するという言葉から、こいつは基本的に僕をペット的な目線で見てるということが伺える。
彼女の機嫌一つでその場で切り捨て御免されてしまうなんてこともありえないわけではないのだ。


逃げるのが無難。
やまいをもう二度と一人にするつもりはない。
自分より強い相手と出会った場合は慎重を期すくらいがちょうどいい。
僕は戦士でも騎士ではない。生きれば勝ちなのだ。


が、また瞬時に距離を詰められ、あえなく捕まる。


『ひ、ひどいではないかっ!
信じたのにっ!
お前さんのことを信じたというのに!!』


今度は背後から羽交い絞めだ。
大きなお胸がふよんふよんと背中に当たる感触が気持ちいい、なんてことを言ってる場合ではない。
それと一応言っておくがひどいことなど何一つしてない。
僕はタコである。デビルイーターである。
人じゃないのだ。
信じ合わなくても問題ない!
という屁理屈はさておき。


「・・・ぐっ、このっ・・・速すぎる。
・・・わかった。もう、抵抗しないよ。」
『本当か?
本当に本当か?
信じ合って大丈夫か?大丈夫なのか?』
「大丈夫。」
『・・・不安だから手をつないでおく。』
「そうかい。」


不意打ちで逃げ出しても捕まってしまうのだ。
もうどうしようもない。
それが分かってしまった以上、下手に逃げようとして機嫌を損なうのも悪手だろう。
そもそも話を聞きたいだけなんだが・・・


『・・・ふんふふふーん。』


彼女の顔を伺う限り、どうも僕が来たことが嬉しいらしい。
ご機嫌に鼻歌を歌っていた。
知性を持つ存在である以上、誰かしらとコミュニケーションをとりたいと思うのは人間以外も変わらないのかもしれない。


「で、どこまで行けばいいのかな?」
『ここまで来たらすぐそこさ。』


そう言いながら移動していくと、先ほどの木々が倒された大きな空間に出る。
よく見るとそこから何やら大きな物を引きずったような道のような跡があり、そこをたどってさらに奥へ向かっていくと一際大きな空間があった。


そこには、


「・・・っ!?」
『ちょっ、どうして逃げようと・・・』
「ば、バカを言うなっ!
竜だぞっ!?」


竜だった。
見た目はモグラのようにずんぐりむっくりとしているが、どこから見ても竜にしか見えない程度には竜らしい姿をしている。
その竜がこちらをじっと見ていた。


竜にはいい思い出が無い。
それに馬鹿みたいに強いのも知ってる身としては何をするまもなく一目散に逃げたいと思うのは当然だ。


彼女の機嫌がどうのという問題ではない。
邪魔をするならこの際、彼女を本気で叩きのめすまで。
120%形態を取って、本気で振り切ろうとしたのだが、彼女がいきなり事切れたように倒れこむ。
竜が何かしたのだろうかっ!?


『どうして逃げるのだっ!?
私は何もしないぞっ!しないって言ってるのにっ!!』
「・・・っ!?」


という声が聞こえてきたのは目の前の竜から。
どういうことだ?


警戒はフルに。
しかし、尻尾で囲い込むようにする目の前の竜。
そこまで僕を逃がしたくないのか?


何かしてきたら即効で逃げる準備をしつつも彼女?の話を聞いてみる。


『お茶も出すからおしゃべりをしようではないか。』
「・・・また明日来る。
今日はもう遅いからツレが心配するんだ。」
『・・・むむむむ。本当か?
本当に来るのか?
本当だろうな?嘘じゃないだろうな?』
「しつこいやつは嫌われるよ。」
『ぐぬ・・・わ、わかった。待っている。
楽しみに待っているからな。
だから絶対に来るのだぞ?』
「・・・一応これだけは聞いておきたいんだけど、邪竜の加護をどうにかすることはできる?」
『それがお前さんの目的か?
ふむ。それならば確かに危険を犯してでもここまで来る理由たりえるな。
結論から言ってしまえば・・・ハッ!?
ごほんごほんっ!
あれだな。忘れてしまったな。どうにかできそうだけどどうにかできないかもしれないけど、明日来たら思い出す気がする。
一晩思い出そうとすれば思い出すような気がする。ので、明日また来たらその答えを教えよう。』
「おい、それを間に受けるとでも思ってるのか?そこまで、僕はバカに見えるのか?
なぁ、本当にそう見えるのか?
だとしたら僕は僕の立ち振る舞いを本気で考えならなければならないんだけども。ていうかしつこいから。明日来るから。」
『な、何を言ってるかわからんな?
わからんぞ、そうとも。ただ不快に感じたというのなら謝ろう。何が悪いのかはわかってないけれども。分かってないんだが。わかってないけども、謝っておく。
分かってないぞ?本当だ。』


目が泳ぐドラゴン。
シュールな光景である。


次の日。
やまいに言ってまた森に出かけることになった。


正直知ってるのか胡散臭いことこの上ないが、昨日の発言から見るに何かしらの手がかり程度は知ってそうである。
多少話すくらい大丈夫だろう。


と思って、水晶の森に行くと森の入口で何やら騒ぎになっていた。
人だかりができている。
ざわざわと慌てふためく人々。
当然、森に行くつもりだった僕は人型にはならず、保護色を使いつつ街を出てきた。
近づいて話を聞くことはできないので、様子を見るべくちょっと離れたところから見てると、なにやら集まっているのは男ばかり。
もともとダンジョンに入るような冒険者は男性が多いので、不思議はないのだがここまで男性一色で固まるだろうか?
はっ!?
まさか今日は何かしらのホモいイベントがっ!?
男がわらわらと集まってざわざわする。と書くとなんか卑猥に聞こえないこともない。
腐女子感激である。
いや。見て取れる限りそれほどイケメンの人はいないのであまり感激しないかもしれない。
全員が全員、薄気味悪い笑みを浮かべているのも萎える要素かも。
女ではなく、日頃女体に擬態していようともコスプレ感覚なのでそういう女性特有の気持ちはあまりわからないけれど。
ほかの女といちゃいちゃされるくらいなら男同士で絡む様を見たほうがいい、という話を聞いたことがある程度だ。
その気持ちはわからないでもない。
僕だって美女がそのへんのイケメンとイチャイチャしてるところと女性同士でイチャイチャしてるところ。
特別レズ好きということでもないけれども、どちらがいいかといえば後者である。
イケメンにやるくらいなら!と思ってしまうよね、多分。


閑話休題。
男たちの視線を見ると一箇所に集まっている。
その視線は端的に言えば、エロい。
エロい眼差しのように思え、どいつもこいつも鼻息を荒くしてるように見える。
中には股間に手をやってアハーンでイヤーンなことをこの場でしてるやからもいる。
時と場所を考えろと言いたい。
男に囲まれて興奮してるのだろうか?
やばいぞ、こいつら。
ノンケ(異性に興味がある人のこと。もとい普通の人たちのことを言うらしい)がひとりもいないのではないだろうか。
この街の将来が心配になる光景である。


と思いながらも集団の中心を見ると、何やら真っ裸な人影が見える。
冒険者のスキルを警戒して近づかずに遠目なので分からないが、肌色の面積がやたらと多い人影が中心にいた。


良く分からんが、とりあえず無視することにしよう。
きっと中心でガチムチな兄貴とひ弱そうな弟くんがパンパンレスリングを開催しているに違いない。
ガンバッテクダサイ。
公共の場における猥褻わいせつ物陳列罪とかはこの世界に無いのかなとか益体もないことを考えつつも、彼らに近づかないように森に入ろうとした瞬間、男たちがざわめき、こちらに一斉に視線を向けた。


「・・・ん?」


こちらに向かってくる人影。
しかしその人影は肌色だ。
人垣から出てきたのだろう。結果、長髪の女性、のように見える。


しかし、なにやら見たことがない気がしないでもないシルエットと顔立ちだ。
タコの目って色は人間と同じレベルで見分けられるんだけど、若干近眼なんだよね。
実際のタコは知らないが。
とにかく、いまいち顔がわからない。


しかし彼女?が小走りでこちらによってきた時にその顔は見たことがあることに気づいいた。


『おおっ!待っていたぞっ!!
どれほど待たせれば気が済むのだっ!?
もう、昼ではないかっ!明日って言ったのにっ!
明日って言ったのにっ!!』


とぷりぷりと怒りながらも満面の笑みを浮かべるという器用な表情を浮かべた彼女。
おい、やめろ。
今話しかけられたら、裸体でそのへんを歩く変態と知り合いということになるではないか。
やめろ、本当にやめてくれ。
というか、今、擬態してないんだぞ?
ヘタをすればこの場で僕に60人くらい集まった冒険者たちが襲いかかってくる。
返り討ちにするのは難しくないが、誰がどんな手段を用いてくるか分かったものじゃない。
魔法という不思議な力やスキルといった特殊な手段が存在する以上、何に足元を掬われるか。
出来うることなら戦いたくない。


が、なんか雲行きが怪しい。
男たちがざわざわとし始め、ガヤガヤとうるさくなってくる。


風向きが変わったのか、声がところどころ聞こえてきた。


「お、おい、あれ・・・」
「なんだあの保護色を使ってる魔獣は。」
「デビルイーターだ、あいつらは保護色を・・・」
「それよりも彼女、やっぱり魔獣の一種だったな。これならいいんじゃないか?」
「良いって何がだよ?」
「ここであの魔獣を殺して、彼女もとり押さえれば・・・あとはわかるだろ?」
「っ!?
お、おまっ!本気か?
俺たちがただじっと見てた理由だってわかるだろ?
擬態する魔獣だっている・・・あの女はその可能性が高いんだぞ?かなりの珍種だ。
だから皆眺めてただけで様子見してたんだろうが。敵意は無いみたいだし・・・下手に手を出して敵対状態にするのはどうだよ?」
「でもさ、擬態する魔獣って子供も残せるって聞いたことがある。」
「ま、マジかよ・・・それなら・・・性病とかにならないってことだよな?」
「いや、それは分からんが・・・普通の女と一緒ってことだろ?
しかも相手は魔獣だ。チョメチョメなことをしてもなんら罪に問われず、良心が痛むこともない。しかも魔獣ってことで頑丈だ。
この場にいる人間すべて相手にだってできるんじゃないか?」
「ごくり。」
「しかもここにいるのは60人近く。
いくら相手が強い魔獣にしても、これだけいればバインド系のスキルだって撃ちまくれる。
そうなればあとは・・・」
「やっちまうか。」
「ああ、やっちまおう。」




それはやめといたほうがいいのではないだろうか?
僕も命を狙われる以上、特別生かしてやろうとはしない。忌避感はあっても、その忌避感は格別強いものではないのだから。
下手に生かして僕の手の内を晒された上で、僕が危険な魔獣として手配されてしまうのは勘弁して欲しいところだし、学園で習ったことだが、目印をつけたり、解析したりするスキルもあるらしい。
なおさら生かしてはおけない。
そして目の前の世間を知らない彼女は人間のようでもその中身は実質、獣である。
襲い来る外敵を生かす理由がない限りは、基本的に殺すことを考えるだろう。


ちなみに昨日、帰り際に聞いたのだが、本体は竜であり、この体は竜の血を求めてやってきた女戦士の死体を操っているとかなんとか。


グリューネが前に少し話したと思うが、死んだ動物から魔力はすぐに抜き出てしまう。
が、竜だけは別らしく、多少は魔力が抜け落ちた死後でも体のあらゆる部位は生きてるかのように瑞々しいという。
人間が魔獣に比べて弱いのは、魔獣を生で食べるとお腹を壊すからであり、かと言って肉が熟成したり、焼くのを待っていると魔力の大部分が抜けてしまう。
魔力がほかの魔力に引き付けられるという性質を利用して、死体から出る魔力を吸収して強くなるのが、人間のレベルシステムの詳細だ。
ゆえに竜を殺さなくても、血肉を取り込めば格段に強くなれるものの、もともと脆弱な肉体しか持ち得ない人間はその急激なレベルアップに耐え切れず死ぬらしい。
彼女の体はそうして出来上がった死体なのだ。
どうも強さを求めて彼女の血を貰い受けたとこのこと。
戦って奪わたとかではなく、自らあげたそうな。
詳しくは知らないが、どうも娘のように思っていたらしい。
そんな娘の体を狙う男たち。


これは素っ裸でいる彼女も悪い気がしないでもないが、だからといって襲いかかってくる方も問題だろう。
そしてこの世の掟は弱肉強食。
弱いくせに強者に挑みかかる生物が生きていけるほど甘くはない。
男たちはあえなく皆々殺されるのだった。
僕が手を出す必要もなかった。


「・・・問題になるだろうな、これ。」


誰かに見られる前に森に逃げ込むべきだと思い、僕たちはとっとと森の中に入るのだった。









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