タコのグルメ日記

百合姫

I have no regret in my existence

ちりちりと肌を焼くような殺気。
殺気なんてばかなと言う人は敵意と言い換えても良い。


決してここから先は通さないという覚悟をもった敵意は僕の体をしばりつける。


『グオァッ!』


何をするというのも考えられずに金縛りにあっていると白竜は口をあけて魔力を発生させる。
漫画やらゲームやらでおなじみのドラゴンブレス。
あまりにすさまじい魔力の収束力に僕はたまらずに逃げ出した。
何も考えることもなく、ただただ本能に従って跳ねて逃げた。
そして逃げてすぐにやまいのことが頭によぎりやまいを探すとやまいは動かずに震えてただただ動かない。
股から出てる液体を見てこれは今までに無いくらいにまずいことを理解する。


「くそっ!」


あまりの威圧感にすべてを投げ捨てたくなる状況、一瞬何もかもが吹き飛んだ本能のみの恐慌状態でありながらも人を気遣えたのは僥倖と言うべきか。
保護者としての責任感を褒めるべきか。


やまいを抱えながらエアスラッシュを白竜の顎下へ向けて打ち込み、顎を跳ね上げる―つもりだったが多少上がった程度。まるで効果が無い。
ならば。


「ふっ!」


エアスラッシュを足元に当てて、その勢いで加速する。もとい久しぶりのエアジェットを披露する。
それによって急接近。
相手から離れても遠距離の範囲攻撃の場合は角度の問題上、ちょっと修正するだけで命中することになる。
だからこそこちらから懐に潜り込めば少なくともブレスは使いづらくなるはず。


僕が前に出たと同時に放たれるブレス。
口腔内に溜められたブレスは真っ黒で、それに当たればどうなるかは想像しにくいものの、決してあたりたくは無いと思わせるほどには威圧的で強大な一撃だ。
それが頭上スレスレを通り、背後の空間からなんとも言いがたいギュオンという音を発つ。背後の空間がどうなったのかの確認をしてみたいものの、振り返ってる暇はなく、やまいを多少離れた場所に降ろす。やまいが動けなくなったきに助けられる距離で、しかし巻き込まれるにはちょっと距離があるというぎりぎりの場所だ。


が、それを見た白竜は当然ながら黙って見てる筈もなく、その場で高く跳躍。
そして豪腕を振りかぶりながらこちらに落ちてくる。


「まじかっ!?」


避ける――のは無理だ。
白竜の手のひらには魔力が集中しており、これまた腕に黒いオーラが渦巻いている。それによってただでさえでかい手のひらが、より大きく、広範囲にわたって繰り広げられている。
一人を抱えた状態ですばしっこくないタコの僕には範囲外に逃げるのはエアジェットを使ってもヒットか避けられるかギリギリ。下手に避けようとしてモロに食らうよりは受け止めるほうがまだダメージが少ないと瞬時に判断。何より避け損なったらやまいはまず死ぬ。
まるでハエ叩きのように広がっているそれはハエを叩き潰さんとばかりにうなる。


「やまい、少し痛いかもしれないけど勘弁。」
「きゃっ!?」


やまいを突き飛ばし、エアスラッシュで吹き飛ばして何とかこうにか範囲外にぎりぎり逃がした後、すぐに交差した両腕に竜の手がぶちあたる。


「ぐぅっ!?」


ズンか。ゴンか。ズドンか。


おおよそ言い表せられないような轟音が鳴り、交差した腕が目の前でたわむ・・・
押し固められ、凝縮した腕の筋肉が水面に波立つ波紋のようにたわんだ・・・・。初めて見た、と同時にブチッという音を同時に100回再生したような重複音が鳴る。
そしてすぐに両腕に噴出す血しぶき。
当然ながら受け止めきれずに膝を付き、足からもまた血が噴出した。
地面は僕を中心として陥没し、床が割れ、破片が跳ね上がる。


「ぼ、僕に片膝を・・・付か、せるとは・・・やる、じゃな、いか。」


なんていう負け惜しみにもならない、ただの強がりを言う。片言になっているのは当然ダメージによるものだ。
現状把握。
このままだと普通に殺される。
死にたくない。
死にたくない。
まだ食べたりない。
美味しいものを食べた時の幸福がまだ足りない。
なによりも僕が死ねばやまいも死ぬことになる。


ならば。
なればこそ。


いつぞやに考えたネタとしての二段階の変身をいまこそ使うとき!!




変身を実際にしてみるまでは当然ながら別に強くなるとは思っていなかった。
単なる見てくれによるこけおどし、もといネタなのだから。
だが、いろいろと試行錯誤をしてるうちに見つけたのだ。
さらなる高みにいける変身を!とか言うと厨二っぽいので声には出さないでおく。
まずは一段階目。


「アアアアアッ!」


まずは目の前で僕を潰そうとする竜の手のひらを触腕をフルに使い、タコ脚キャノンゼロ式を打ち放つ。2メートルほど浮いた腕からエアジェットで抜け出し、距離を取る。


そして、全身の筋肉を脈動させる。


蠢く筋肉は僕の体をさらに縮め、縮め、縮めていき、身長は約100センチ前後の少女体型から幼女体型に。
筋肉の圧縮率を高めたのだ。
これが一段階目。
筋力を圧縮作業に使っているためこのままでは力がさらに落ちている。体感9割減だ。
そこをカバーするためにこんどは触腕の筋肉までを全身に持っていき四肢を重視して筋肉を補完していく。
それによって再度身長や体型が大きくなり、通常形態と圧縮形態の中間くらいの身長になる。


これで、なんとかこうにか勝ってみせる。
この120パーセント形態で。


☆ ☆ ☆


が、やはりさすがに無理があるというもの。
あまりの圧縮率に内臓や神経が圧迫され、全身が常に激痛まみれ。
あくまでも奥の手なのだ。
できれば一生使いたくない類の。


時間をかければかけるほど体は弱っていく。
というかこれを使ってる時点で半分死に体だ。


まともにやりあっていてはまず死ぬ。
これはいよいよ覚悟を決めるときが来たのかもしれない。
あまりのぐにぐに変形にびびったのか、様子見なのか、白竜はこちらを伺っているようだ。
今のうちに話しておこう。


「やまい。」
「・・・。」
「やまいっ!」
「へぅっ!?
え、な、何っ!?」


封印を守る竜が倒せない。
ならばどうするか。
封印されてる対象自体をぶっ壊せば竜は守るものが無くなる。
そう考えた。
つまり。


「あの扉のむこうに言って怪しいやつがいたら倒して。殺して。いいね?」


出来ればこんなことは頼みたくない。
相手はクズっぽいものの話せる上に封印されてるとは言えども楽に殺せるかは分からない。
悪漢を殺すのにわざわざやまいの手で殺させるのは「悪者なら殺して良い」みたいな短慮を植え込むようで。
別に悪いとは言わない。元日本人といえども悪者だけど命は大切だよ!なんて綺麗事を吐くつもりはないし、ここは人が良く死ぬし、殺し殺されもずっと身近だ。そんな価値観は将来的にやまいの身を危険にさらす可能性もある。だが。
だけれど、少なくともちゃんと分別が付く年頃になってからと考えていた。


が、現状そうも言ってられないのだ。


竜をひきつける僕が死ぬかやまいが封印されてる対象を殺すのかの賭けだ。
仮に殺せたとしても竜が止まる保障は無い。
ものの、これしかない。


そのことを手早く言うと―


「たこは・・・?たこはどうするの?」


少し難しいかなと思ったがちゃんと理解してくれたようで何より。


「ここでアレを食い止める。」
「・・・つ!?
だめっ!」
「どうして?」
「だって・・・あれは・・・」


確か彼女は竜人とか言ってたっけ?
竜人とか言うくらいなのだ。竜の血が入ってるのかもしれない。だからこそ同じ竜の強さが分かるのか、それとも邪竜の加護のせいか。


「大丈夫。」
「し、死なない?」
「もちろん。」
「・・・。」
「それともう一つ。聞きたいことがあるんだ。」
「な、なに?」
「グリューネのことは好き?」
「・・・ドード?
好きだよ?」


それが何?という目でこちらを見つめる少女。


「そう。ほら、行って!そろそろあいつも動き出した。あいつの脇を行くように背後に抜けるんだ。いいね?」
「う、うん。」


不安そうにするやまいをぎゅっと抱きしめ、元気付ける。


「大丈夫。僕の家族なら出来る。」
「かぞく?」
「いや?」
「ううん。」


首を横に振るやまい。いい加減保護者というのは他人行儀すぎると思った。
ところでさっきから死亡フラグを連立させてる僕であるが、別に死ぬ気は無いといっておく。一応。


「僕を信じて駆け抜けて。いいね?」
「う、うん!」
「よし。良い子だ。」


そう言って一緒に駆け抜ける。
やまいはくろもやさんを展開しながら駆け、僕はエアスラッシュを打ちまくりながら白竜を牽制し、エアジェットで飛び上がる。
そして空中でエアジェットを連発することによってまるで空を駆け抜けるように白竜へと向かい、最強形態の力の限りで思いっきりぶん殴った。


『私を殺すか。確かに良い考えだ。が、そこの妄執にとらわれた竜は死んだとは言えどその身は貴様らよりもはるかに上の階位に――なっ!?』


二本の足に触腕の筋肉を一本分づつ。残り余った四本の触腕分の筋肉は右腕に移した。中途半端に分散するより機動力と右腕の力をあげることにしたのだ。
さらにはインパクトの瞬間、エアスラッシュをひじに当てて、その勢いも加算されている。
結果。


殴り飛ばされる竜の図が出来た。
さらにエアジェットを駆使して縦横無尽に空を駆け、殴って殴って殴りまくる。
物理法則を無視するほどのスピードで迫る竜の腕を避け、あたりそうなときはここぞとばかりに漆黒を盾にする。
すまぬ、漆黒。最後までろくな扱いしなくて。それでも愛用してるんだ。
メープルシロップづくりの時とか、雑草を切り飛ばすときとか、ちょうど良いトンカチ的なものとしてとか。


「グガアアアアアアッ!!」


ちんまい生物がワシになにしてくれとんじゃぁっ!とばかりに反撃をするも一度もクリーンヒットは無い。
やまいも抜けた。
あとはこのままこいつをひきつけるだけだ。


『・・・なかなかだな。私の元にあの幼子がつくか、君が先に死ぬか。私は君が死ぬほうが早いと思うがな。』


そう。
そうなのだ。
これだけの攻撃力アップを果たしても奴の鱗一つに傷をつけることすらままならない。
ただ僕の腕力で物理的にぶっ飛ばしてるだけの話でダメージはほとんど無いだろう。
しかし攻撃の手を休めればすぐにやまいの元へ向かうことは予想できる。
この竜からしたら封印を解くためには自分が殺されなければいいと思っていても、近づけたいものではないはず。
いや、そんな考えがあるのかも良く分からないその瞳にはただただここを守り、封印し続けようとする執念しか伺えない。
ヤンデレって怖いよね。


「ちっ!?」


ふるった腕が僕の体にかすり、体勢が大きく崩れ、その瞬間に放たれたドラゴンブレスが左腕を潰し消し飛ばす。愛用鈍器、漆黒も消し飛んでしまった。
すぐに傷口に力をこめて筋肉を盛り上がらせ、筋肉式血止めを行う。
食らってみて分かったのだが、まぁ恐ろしいことに重力波的なブレスらしくそれが僕の腕を千切り潰したといったところだろう。
あまりの重力波に簡易的なブラックホールでも発生してるのか、ブレスの通った後には何も残らない。
が、ここで初めて気づいたのだが奴の魔力がかなりの量、減っていた。


さすがの竜でもあまり大技は使えないってところか。


☆ ☆ ☆


結果から言ってしまおう。
僕の目論見は上手くはまった。
そう、やまいが封印してるステラフィアを殺してくれたのだ。


『ぐはぁぅっ!?』


そんな断末魔の叫びが部屋に木霊した瞬間、目の前の白竜がぴたりと止まる。
僕を無視してただ立ち尽くし扉の向こうを見ていた。
ちなみに大きな扉の先にはさらに通路があり、そこに奴がいたのだろう。
やまいのところに行くのかと思いきや、ただただ見つめてぼーっと立ち尽くしていた。


「・・・なんとかってところか。」
「あっちに出口があったよ、たこ・・・っ!?」


やまいが帰ってきたようだ。
白竜の姿があるにもかかわらず、それに構わずに一目散にこちらに駆けよってくる。


「たこっ・・・たこっ・・・」
「何?」
「たこっ・・・」


やまいはただただ泣き叫ぶ。
泣きながら僕の名前を呼ぶ。


「ほら、とっととここから出る。出口があるんでしょう・・・?」


あたりが崩れ、部屋が崩壊していく。
部屋が崩壊していく中、扉のようなものが現れた。
僕は身じろぎ一つしていない。
いや、身じろぎ一つ出来ないのだ。


残ってるのは右腕と上半身のみ。
下半身は食いちぎられ、左腕は言わずもがな。
血ダマリに沈んでいる。
正直、意識があるのが不思議なほどだ。
グリューネがここにいたら『な、なんでこの状態でまだ生きているの?わけが分からないわ。』みたいな事を言って、またもや自分の世界に入っていたことだろう。
それももう見れないと思うと少し物悲しい。


「・・・っ。」


ただただ泣くやまい。
そこまで長い間一緒に居たというわけでもないのにここまで泣いてくれるとは嬉しい様な申し訳ないような。


「たこといっしょに逃げる。」
「無理。体が動かない。元に戻ることも出来ないほどにね。だからやまいは逃げて。部屋の崩壊に巻き込まれる前に。」


死の間際になって気づいたことだが、竜の持つ莫大な魔力が空を飛ぶのに日常的に使われているように、僕の場合は柔軟な―本来なら一方方向にしか作動しない筋肉を縦横無尽に動かすのを魔力で行っていたらしい。


無茶な筋肉の使用により、魔力が恒常的に使っていたことと、エアスラッシュの連発でもう魔力が枯渇している。
自然回復力を超えた使用量によって体が動かせないどころか、タコの姿にも戻れない始末。
動かそうとしてもただ引きつるだけだ。


大丈夫・・・。あとから行くから。」
「・・・ほ、ほんと?」
「見た目がひどいだけで大したこと無いんだよ。」
「・・・。」
「ちょっと動けないだけ。必ず行くから。」
「・・・やくそくだよ。」
「そうだね、約束・・・。」
「やくそくだからねっ!」


約束は守るものだと教えておいてよかった。
多分大丈夫だと判断したのだろうが、内心不安でたまらないのだろう。
念を押してくるやまい。


もう一度約束だと言おうとしても声が出なかった。
ついに発声魔法すら使う余力がなくなったようだ。
代わりとばかりに右腕で頭を撫でて応える。


「・・・っ。」


軽くこちらを振り返り、何度も振り返り、振り返りながらも出口へと向かっていくやまい。
涙腺が無いタコに産まれたことをこれほど感謝した日はないかもしれない。
ぼーっと突っ立つ白竜を見ながら―


「我が生涯に一片の悔いな―――っ!」


どうせ死ぬなら最後にあの名言を吐こうと思い、残った魔力を総動員して叫ぼうとしたのだが・・・やはり魔力が足らずに最後まで決まらなかったのである。
いや、どちらかといえば悔いありまくりなのだが。




こうして僕は死んだのだった。







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