タコのグルメ日記

百合姫

これからのこと

『え、なんで?
なんで完全な魔力物質をただの触腕で掴めるの?
いや、待て、待って、あれよ、確かこの現象があったような、いやでもそれは自然現象であって生物には土台無理な話だった――ような、あれ?違ったかしら?
・・・そ、そうよね。きっと出来るのよ。出来ないことはないのでしょう。でなかればただのデビルイーターが・・・』とぶつぶつ独り言をつぶやくグリューネを適当に放っておいて、家に連れ帰ってきたやまいを寝かせた。
彼女が起きたら、まずはなんと言えば良いのだろうか?
皆目検討がつかない。
そもそも彼女が奴隷市場に行くまでの経緯すら知らないのだ。
彼女の心境が皆目検討がつかない。


難儀な子だ。難儀な子である。
難儀な子であるのだが、あの力があれば予想よりも早く強く出来そう。
森の奥に一軒家を作るのも夢ではない。
いや、子供に戦わせるのも少し―って今更何を言っているのだろうか?
引き取る前にその辺を考えろと・・・


「そういえばグリューネは嫌いにならないの?」
『私をなんだと思ってるの?
たかだか加護の副作用の影響程度、なんら効果を与えるに及ばないわ。あむ。嗚呼・・・美味しい。』
「へぇ・・・それとメープルシロップを食べるのをやめろ。
無くなる。」
『ケチなことを言わないで。手間賃よ。
大丈夫だとは思っていたけれどね。』


グリューネさんによると襲われかけたのを見たが、それをあの邪竜の加護とやらで跳ね除けたらしい。
なぜか泣きながら。
そのまま自分にも襲い掛かってきたのだが、それを軽くいなして捕らえたとか。
やまいは諦めてつかまったのだろう。
自分がどうなるか分からずなき続けていたところで、僕に出会ったみたいで目を赤くしていたということだ。


「食われるとでも思ったのかな。」
『し、失敬な。あんな不味そうな生き物、頼まれたって食べないわよ。』


その可憐な見てくれに騙されがちだが、グリューネさんって結構動物じみた考え方である。人間を不味そうと評すると言うことは一度は食材として考えたことがあるということに他ならない。
人の形はしていても、やはり人間とは違うようだ。
今現在も彼女やまいに対する心配は毛ほども――というか、どうでもいいように振舞っている。
しかし、僕には分かっているのだ。
彼女が実はその心の奥底でやまいを親身なって心配していると言うことを。


『・・・気持ち悪い目でこっち見ないでもらえるかしら?
というか貴方・・・何を考えてるか分からないけれど、神に誓ってそれは誤解と言えると思う。』


・・・気のせいだったかもしれない。


『・・・。』


僕と話すのを諦めたのか、そのままメープルシロップに向き直るグリューネである。


「それにしても・・・ああ、そういえばなんで奴隷屋では嫌われなかったんだろう?」
『薬の影響じゃないかしら?あくまでも加護の影響だからね。
加護と言うのは体に備わる力・・・あくまでも体が資本よ。だから体が弱まったと同時に弱まった、とも考えられるわ。
全種族から嫌われる代わりに一部の高位動物ですら殺しうる力を得られるのにアラフレシアの薬を飲まされる邪竜の加護持ちなんて聞いたこと無いから推測でしかないけれども。』
「薬の影響が無くなって、効果が出始めた・・・ってわけか。となると僕がこれから嫌う可能性も・・・?」
『ないわね。多分。
そういう問題じゃないもの。
私が影響を受けないのは加護を受ける側ではなく、与える側だから。
強さは関係ない。そういうものだからよ。逆を言えばたとえ全種族の中で一番強いとされる竜種相手でも邪竜の加護の効果が発揮される。
強い力が加護を跳ね除ける―なんて都合の良いものじゃない。
力が戻りつつある今、貴方はあの子を嫌いになってる、はずよ。』
「・・・へぇ・・・嫌い・・・なの?」
『私に聞くな。嫌いかどうかなんて貴方自身の問題でしょうが。どうなのよ?』
「いや、その微塵もそんなことは・・・嫌う理由なんてないし。」
『・・・あるんだけれどね。ほんとわけが分からない。』


うーんうーんとうなるグリューネを尻目に、とりあえずやまいについて分かったことをまとめてみると以下のようになる。


つおーい力を手に入れたよ!
でもそれは強制ぼっち能力だった!


「・・・なんて気の毒な少女だ。」


ぼっちの辛さは僕にも分かる。
この世界に生まれ変わってしばらくはぼっちだったので。
群れる生き物にとってぼっちは辛いよなあ、うん。


「・・・ううん・・・」
「あ、お、起きたっ?大丈夫?
痛いところは無い?」
「・・・っ!?」


駆け寄ったところ、すぐさま腕をはじかれる。
まだ興奮してるのだろうか?


「・・・どうせ嫌いになる。優しくするな。」


目に涙を溜めながら、出て行こうとする少女を掴み取る。


「は、離してっ!!」
「まぁまぁ、とりあえず、嫌われた理由も含めて話すよ。理解できないかもしれないけど、聞くだけ聞いたほうが良いでしょ。」
「き、嫌われた理由?
わ、私何も悪いことしてない・・・」
「だろうね。」
「泣いてなかった。」
「だろうね。」
「おねしょだってしなかった。」
「・・・だろうね。」
「いいつけ・・・守ってたもん・・・」
「・・・そうか。」
「・・・お母さん、産まなければ良かったって。」
「そう。」
「・・・お父さん、出て行けって。」
「僕は言わない。」
「・・・みんな、みんな私のこと嫌いだって・・・」
「僕は嫌いじゃないよ。」


ナデリコナデリコ。
彼女の頭をゆっくりと撫でつつ、抱きしめてやる。
そのままやまいは泣き叫んだ。


☆ ☆ ☆


その後、彼女から話を聞いたのを完結にまとめると以下のようになる。


何の理由もなく親からも嫌われた少女は誰も信じられなくなり、いじめてくる子供にも辟易とし、ある日のこと反撃。
怪我をさせた。
村の人怒った!
やまいは言い返したが、無条件に嫌われる加護のせいで聞き入れてもらえず。
村の人は同属殺しを考え始める。
殺してしまえ、皆して彼女に詰め寄った。
しかし同属殺しは禁忌。
でもこいつなら殺して良くない?
いや、殺すなんて生ぬるい!どうせなら生き地獄にしようぜ!
よし、奴隷商人に売ってしまおう!
やまいは抵抗。この抵抗に逢った村人はほぼ死亡。
しかしなんとか薬を飲ませるところまではいった。
やまいの力に恐れて逃げ出した村人や女子供は村からそそくさと逃げていき、壊滅状態の村に残ったのは薬を飲んでぼんやりと座り込むやまいのみ。
そこにたまたま奴隷商人が。


となる。
聞かなきゃ良かったと思うほどの壮絶な人生である。
ちょっと湧いて出た好奇心で聞かなければ良かった。
そして一応邪竜の加護について説明した。
こまかいところまでは理解できなかったようだが、とりあえずこれからも色々な人から嫌われるであろう事は理解させておく必要がある。


「・・・どうしたら治るの?」


加護云々はちょっと難しい言い回しだったので、そういう病気であると言うことにした。
病気は治る。
そういうものだ。
経験上知っているのだろう。
しかし、実際は病気じゃない。
治る方法なんて皆目検討がつかず、そもそもただのタコにそんなことが分かるはずもない。
というわけで。


「どうしたら治るの?」
『し、知らないわよっ!
こっちに振らないで頂戴!!』
「ええ~。」
『・・・何よ、その不満げな声。
何でも知ってるわけ無いでしょ!神様じゃあるまいにっ!
むしろ今まで結構なことを教えてあげたんだから感謝こそすれ、そんなあからさまな不満をぶつけられるなんて不当よ!!』
「・・・それもそうか。ごめんなさい。」
『・・・わ、分かれば良いのよ。ただ・・・そうね。上位の加護を手に入れて上書きしてしまえばどうかしら?』
「上位の加護?」
『そうよ。剣士の加護を持った人間がさらに剣の技について習熟すると、その上位の加護、獣戦士ビーストとか、盾騎士パラディンとかの加護を得ることが出来る。
邪竜の加護も上位になれば・・・可能性はあるかもね。聞いたこと無いけれど。』
「へぇ・・・というわけだ。分かった?」
「・・・分からない。」
「分からないってさ。」
『あ、貴方が説明しなさいよっ!!
いやよ、わざわざ幼児に分かるように噛み砕いて説明するなんて!!面倒くさいっ!!』
「・・・といわけだ。分かった?」
「・・・?
分からない。」
「分からないってさ。」
『デジャヴっ!?
同じ受け答えをしてる場合じゃないでしょう!?
・・・まったく、良い?
つまりは――』


なんだかんだでやまいに説明をし始める面倒見の良い人。
それがグリューネである。


「・・・。」


表情が暗く、うつむくやまい。


『・・・まったく。
しょうがないわね。
タコ、メープルシロップ100リットルで手を打ってあげるわ。』
「は?」
『・・・だ、だから、メープルシロップ100リットルでこの子を助けてあげるわよ。保護者なのでしょう?
貴方が私に対価を支払うべきだと思うのだけど?
い、一応言っておくけどメープルシロップなんてほんとはいらないのよっ!
タダで助けても、また都合よく使われるだけでしょう!?
それがいやというだけっ!!』
「あ、ありがとう、グリューネ。」
『う、うるさいわね。』
「・・・にやにや。」
『に、ニヤニヤとした顔で見つめないで。気味悪いわ。言いたいことがあるなら言いなさい!』


うるさいって言ったから黙ったのに。
まぁ、それはさておき。


「で、その方法とは?」
『私の知り合いの加護を貰いに行くのよ。』
「知り合いの加護?」
『そうよ。人間が言うところのダンジョン「静謐せいひつな墓地」という場所にいるから、そこにいるペヅェリという子に会いに行きなさい。私から頼んでおくから何の労もせず手に入れることが出来るでしょう。』
「その加護ってグリューネが言うところの上位版なの?」
『知らないと言ったでしょう。
邪竜の加護の上位版というわけではなく、ありとあらゆる状態異常を防いでくれる・・・要は健康になれる加護をもらえるの。』


そいつは地味に便利な加護である。
墓地なのに。
健康とは真逆な場所なのに合わない加護を持っているものだ。


『周りの動物の敵対心ヘイトをあおるという状態異常になるスキル盾騎士パラディンにあるらしくてね。
他にも一部の動物がそういう効果を相手に与えるけれど、それらにも耐性が出来る。それなら邪竜の加護の副作用も治す、まではいかずとも緩和は出来るかもしれない。
加護の上位版を探すよりは遥かに可能性がある―と思うわ。』
「なるほど。」
『当然、あそこは階位がここと比べて高いから貴方でも危険よ。』
「え?」


今なんと?


『一人で行くならともかく、子連れではまずいけないでしょうね。ペヅェリは最深部にいるし。』


おおう、せっかくの希望が見えてきたというのに。
すまんよ、やまい。そうとなれば諦めるしかない。
諦めが早いと怒るだろうか?
でも、許しておくれ。
さすがに責任感や、保護者としての義務感だけで命を賭けれるほどお人よしじゃないです。
せっかくこの森でまず死なない程度の強さは手に入れたのである。
またもや日々生きるか死ぬかのラインを往復するような環境下に行くにはちと動機が弱い。


やまいは首をかしげていた。
可愛いけれど、今までの話はぜんぜん理解してなかったみたいである。


「グリューネはいけないの?」
『行けたらとっくにもっと大量の甘味をふっかけて―じゃなくて、私はそうそう森から出れないの!』
「そ、そう。」


すごく残念そうに叫ぶグリューネ。
ただ前半の言葉こそが一番残念だと思う。
もう、食い意地張ってますよキャラで良いと思う。
甘党キャラでいいじゃないか、と思ったけど口に出すほどのことでもないのでとりあえずスルーした。


「・・・治すには僕もやまいも強くなる必要がある・・・ってことか。」
『そうね。その子のほうは分からないけれど、このペースだと貴方があそこで通用するようになるまで、4、5年はかかるでしょうね。今から意識的に鍛えたとしても・・・やまいの強くなるスピードに引っ張られるから、結局最低でも4、5年。悪くて10年単位でかかるかもね。』


とりあえず前に決めた方針のまま、様子を見てやまいを鍛えていこう。


「・・・どうしたの?」
「なんでもない。とりあえず着替えて、水浴びしようか。
外にいったせいか葉っぱ服が汚れてるし、破れてるから。」


破れてるのはなぜだろう?
外傷が無いのにもかかわらずボロボロである。
結構強靭な葉っぱなのにな。


『力のコントロールが不安定なのでしょう。身につけたものも攻撃していたようね。』
「・・・力のコントロールも身につけてもらわなくちゃならんのか・・・というかどうやって教えれば良いんだ?」


その夜。


「・・・一緒に寝て良い?」
「もともと寝てたじゃないか?」


もじもじしながらこちらにそう聞いてくるやまい。


「う、うん。」


不安、なのかな。


「ほら、おいで。」


これから寝るときはしばらく人の姿でいたほうが良いかもしれない。
人の姿になりつつ、やまいを抱っこしながら寝るのだった。




あ、明日はやまいが使うためのお風呂を作らないと。
そんなことを考えながら僕の意識は落ちていった。

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