タコのグルメ日記

百合姫

やまいとの生活

やまいが意識を取り戻した次の日。


「ううむ。」
「・・・?」


思い悩む僕。
それに対して不思議そうにこちらを見つめるやまい。口をもぐもぐしている。
今食べさせているのは昨日よりも多い量のおかゆ。
お腹を壊したとか、そんなしぐさは見れないことから昼ぐらいからは普通の食べ物でいいかもしれない。
それよりも。
それよりもだ。
どうしよう?
薬の影響でどれほど弱体化したのかは分からないが、少なくはない同属を皆殺しにしたという話を聞いたから彼女を連れ帰ってきたと言うのに。
留守番役に使えないではないか。
いや、かなりひどい思考であることは分かっているのだが、こちとらただの一人の子供を抱え込めるほど生活に余裕などないのである。
慈悲や博愛で子供を引き取るなんてのは金持ちがやってればいい。
そういう余裕のある生活をしてない僕だからこそ、使える人間を引っ張ってきたと言うのに。
せめて自身の身を守る程度には強くないと・・・これもまた思いつきで良く考えずやってしまった僕の自業自得か。
ほんとどうしようか。
いっそのこと僕を「魔獣怖い」とか思って、逃げてくれないだろうか。
勝手に逃げてくれるのであれば、そこに僕の責任は――あるよなぁ。
一応、子供だし。
そもそも連れ帰ってきた―大元は僕が原因だし。


「おかわり・・・だめ?」
「・・・お腹が痛いとかは無い?」
「だいじょうぶ。」
「なら大丈夫かな。はいどうぞ。」
「あ、ありがとう。」


やまいは大切そうに受け取った。
少しとまどったように見えるが、何か琴線に触れるものがあったのかもしれない。
色々事情がありそうだから、変なことではない。
特に興味は無いけれど。


『ふぅん、元気そうね。』
「あ、グリューネ。」
「っ!?」


グリューネが現れたとたん、すぐさま飛びのくやまい。
驚くよな、そりゃ。


「・・・だ、誰?」
『グリューネ・ドドリア。この森の主よ。この珍妙な生物の「友人」でもある。』
「森の主・・・」
『亜人の子なら教えられているでしょう?
主は怒らせないように・・・って。これは5歳くらいの子供くらいならまず知っているはずのこと。』
「・・・。」
『今日はそれを言いに来ただけ、お邪魔したわね。』
「・・・グリューネ?」


そのままグリューネは消え去ってしまった。
なんだったんだろうか?
昨日の一件で警戒してる?
でも、弱くなっているということなのだからそこまで警戒する必要も無いと思う。
むしろ警戒が必要なくらい強かったらよかったのにね。本当に。
ちなみにであるが、奴隷の首輪の効果は主人に対する攻撃無効化。
ある一定以上の攻撃力で攻撃すると主人にバリアが張られ、奴隷が苦しむと言う。
もしかしたら弱体化じゃなくて首輪の効果じゃない?と思ったのだが、バリアが張られなかったし、苦しんだ様子も見られなかったので十中八九彼女は弱いということが分かる。


そもそも五歳児なのだから奴隷という言葉も知らない?
結局力があったとしても難しかったかもしれない。
言葉で理解させるのは難しいであろうから、きっと奴隷の首輪の調教機能を使って言葉ではなく、「言うことを聞かないと痛い目にあう」という形で実技で教えなければならなかったんじゃないだろうか?
本当にまるで考えが足りなかったことを改めて自覚する僕である。


もう、奴隷とかいいや。
そう思わせるほどに後悔した。
奴隷一人、抱え込むのも大変なんだなぁと。


「ご、ごちそうさまでした。」
「おそまつさまでした。っと、ちゃんと口の周りは拭いておこうね。」


触腕を伸ばして、家に常備してあるやわらかいアスクレピオスとかいう葉っぱで拭いてやる。
触腕を縮めておかないでいいというのはちょっと楽だ。


「むぐ・・・あ、ありがとう。」
「・・・よし。」




決めた。
お腹がいっぱいになって眠たげに目をこするやまいを見つめながらこれからを考えてみた。
とりあえずだ。
タコの姿は見せてしまおう。
さすがに四六時中人間の姿になっているのは厳しい。
なにせこの体は当然ながら筋肉を使って人間の形を維持し、なおかつその体をまた別の筋肉で動かしているというだけなのだ。
人間で言うならずっと腕立て伏せや腹筋を鍛えているようなもので、続ければ続けるほど維持時間は長くなるものの、休憩の時間を入れないと死ぬ。
比喩なしで死ぬほど衰弱する。
いちいち合間を見て休むのも面倒だし、もはやタコの姿を見せてしまおう。という考えだ。


問題はやまいが驚くであろう事だが、魔獣だってことだけは伝えてあるし・・・仮にびびられて逃げられても主人からは一定距離を離れられないと言う奴隷の首輪があるから大丈夫。
むしろ逃げるようならありがたい。


とりあえず好感度、度外視でやまいを鍛えることにしよう。
動物を食べれば充足感を得ることが出来る。
それによって僕も強くなってきたわけだし・・・やまいもそれで徐々に強くなるはずだ。
そうして鍛えた後、奴隷の首輪をはずす。
これなら引き取った責任もとったことになるんじゃないだろうか?
これで人でなしとは呼ばせない!


あくまでも鍛える間だから、僕のがんばり次第では一年と立たずにやまいをほっぽれるに違いない。
とりあえず擬態を解いて・・・


「ぐにぐにっと。」
「そ、それが魔獣としての姿?」
「そうだよ。四六時中擬態してるのは疲れるからね。怖い?」


逃げ出すだろうか?


「ううん、別に。」
「あ、そ、そう?」
「さわり心地よさそう。」
「触る?」
「う、うん。」


そのまま僕の体をなでるやまい。
ううむ、将来大物になるね、これは。
びびるどころか寄ってくるとは・・・純真な子供だからかな。
日本でも小さいころは虫が平気でも大人になると駄目になるって人も多いし、きっとそういうことなのかもしれない。


少しほほが赤く、興奮してるっぽいのが分かる。
良い手触りだろう。僕の自慢のもち肌である。
そのまますりすりしていたやまいは、ゆっくりと眠ってしまった。
これを見る限り、ますますただの子供にしか見えないんだけどね。
二重人格とか、秘められた力がとかがあるのかもしれない。


やまいをベッドに移して、皿洗いをするために小屋の外に出た。


『で、結局どうするの?』


相変わらず神出鬼没である。


「とりあえず一月くらいしっかり食べさせて体力をつけてから、彼女のレベル上げに勤しむとするよ。ご飯を狩るがてらね。」
『・・・本気で子育てするつもり?
どこのものかも分からない馬の骨を?』
「ひきとっちゃったしねぇ。」
『賢い竜人の子供と言っても、さすがに5歳児。下手に鍛えようとすれば貴方を恨むでしょうね・・・なんでわざわざ怖い思いをさせるんだって。時間がかかるようなら奴隷として買われたことも気づくかもしれないわ。
いえ、薬の影響で他の子供よりも成長が遅く、そもそも意味が無いかも。』
「かまわないさ。誰かが捨てた子供なら面倒を見ようとは思わないけど、自分からわざわざ引き取った子供を捨てるわけにはいかん。元日本人として。
今回は自分の考えなしが引き起こした面倒ごとだと思って、がんばる。
教訓だね。楽しようとするとバチがあたるもんだ。やっぱり野生動物たるもの、自力でなんとかするべきだったわ。猛省。」
『ニホンジン?
何を言ってるの?
・・・まったく。同属を殺す子よ?
さらには貴方も殺そうとした。
育て方を間違えれば―もしくは強くなった途端に貴方を殺す可能性もある。』
「それくらいになれば一人で生きていけるでしょう。
こっちも良心が痛まずに安心して捨てられる。成長が遅くて意味が無い、ってことよりも遥かに楽だよ。」
『・・・そう。本当、理解できない。
能力が無いのなら捨てればいいのに・・・責任がどうのとか、それは所詮人間の決め事であり、価値観・・・一体、どうしてこんな価値観を持つに至ったのかしら?街に行った時期が長かったから?
いえ、でもそれほど長いと言うわけでもないし、それともこれほどの短期間で人間の価値観を理解し、受け止めることができるほどの柔軟性、感受性がこの子にあるというの?
デビルイーターとは思えない。姿かたちこそはソレでも、中身はまったく別物。
一体どういう進化を果たしたらこんな生物が生まれるのかしら?
――ああ、そういえばあの子がいってたわね。たまに――いや、中身だけじゃなくて体もありえなかったわね、人間の姿を模れるデビルイーターなんて初めて――』


グリューネはおなじみ自分の世界に入ってしまったようなので、いつもどおりそっとしておいてあげよう。


とりあえず僕は寝てる間に昼ごはんとして、湖で魚を釣ってこなくては。


☆ ☆ ☆


新しい釣竿を持って、喜色満面に引っかかるのを待っていると、小屋が開く。
小さい上に、ぼろぼろの体には扉一つ重く感じるようでやたらとゆっくりとやまいが出てきた。
寝癖がついてぼさぼさである。


「おしっこ。」
「ああ、そういえばトイレ作ってなかったな・・・」


こちとら動物なもんで。
家から離れた場所にトイレのような場所はあるが、トイレとして作られた場所じゃない。
狩りの帰りにその辺にすることもあるし、垂れ流しながら歩くこともある。
人間ならば汚い話であるが、タコなので問題ない。
どうしようか?
トイレを作ろうにも下水管まで作れるはずも無し。


そのへんでしていいよ。というとその辺の草むらに行ってトイレをしだしたやまい。
僕が言うのもなんだが、適応力ある逞しい子だなぁ。
親とか恋しくないのだろうか?
色々と腑に落ちない点が多いが、それはさておき。


「何をやってるの?」
「釣りだよ。」
「つり?」
「見てれば分かる。そろそろ・・・」


気配探知タコレーダーは魚にも有効だ。
餌付近にくれば分かる。


「きたっ!!」


くんとしなった瞬間、軽く引いて針を引っ掛け、その後に思いっきり引っ張る。
ガチムチのタコボディだからこそ出来る荒業で、魚が逃げ出そうと泳ぎだす前に吊り上げることが可能だ。
たまに魚の逃げる力と僕の力で勝負!みたいなことになるが
テグスならば切れるような扱いでも、使っている糸は極上のクモ糸。
クモの糸は同じ太さの鉄よりも頑強とされ、伸縮性耐久性ともにこれ以上ないほどの糸である。
魚が引っ張る力程度で切れるはずもなし。


「今日はモリダイか。」


やまいを鍛える一月後くらいまでは魚とその辺で取れる果物や野草でしのぐとしよう。
ちなみにモリダイとはこの森の湖に住む鯛のような魚だからという由来でつけた。
実に美味な魚の一種である。
メープルシロップに漬け込んで、そのまま煮るとなかなか美味しい煮込み料理になる。


「楽しそう。」
「やまいもやる?」
「いいの?」
「自分の食べる分くらい自分で獲らなくちゃな。」
「う、うん。」


釣竿を渡すとさっそくはじめるやまい。
その20分後。


「・・・釣れない。」


さらに20分後。


「・・・まだかな。」


さらに20分後。


「つ~れ~な~い~っ!!」


ぶすっとした表情で文句を言う幼女の図が出来た。
そら、釣竿をいまかいまかと動かしたり、水際で暇つぶしにじたばたしていれば底まで見えるほど澄んだここの湖で魚が近づくはずも無く。
僕が釣りをしなかったときまでならともかく、すっかり吊り上げることに警戒心を持ったここの魚を釣るには微動だにしないことが必須条件。
子供には辛かったかもしれない。


「ちょくせつ、とるっ!!」
「馬鹿っ!!」


直接獲ろうとして、湖に入るやまいだが僕がそれを触腕で思いっきり引き寄せる。


「あうっ!?」


下半身まで漬かったやまいが凄い勢いで背後に引かれて声をあげる、と同時に水面に飛び出てきた巨大な影。


「ひぅっ!?」


おもわず身をちぢこませるやまい。
大きさは大型犬ほどの魚。
しかし、極端に頭が大きく、サメのような、しかしヒラメのように平らな体をした魚が水底から一気に水面に飛び出したのである。
それこそ水中からジャンプするように。
一瞬の出来事で、飛び出てきた魚は水中に戻っていった。


「・・・な、なに?」
「あそこ、溝があるだろ?
雨の日はこの森に点在する湖がそれぞれつながる。
その時にほかの湖から入ってきたり、出て行ったりする魚がいるみたいでその一種があれ。
ここは小さい湖だから入ってくる魚もあれくらいが限界だが、湖によってはあれ以上の大きさで、それこそ水際に寄るだけでも食いつきに来る魚もいる。
中が見えるからといって油断しないこと。
水面から見ても気づけないような魚はざらだから。」


青魚と言われるように、サバやイワシ、マグロやブリ、シャケなど。
大体が青から黒っぽい色を持つが、これは海面から見た海鳥に見つかりにくくするための保護色であり、この森の湖に住む魚はそれこそ見事というほどの目の錯覚を引き起こす。
森の湖は底が見通せるほど透き通っており、思わず水浴びしたいほど綺麗な水で一見、どこにも魚がいないように見えるものの、実際はうようよ居るのだ。
気配探知でそれが分かる。
僕もそうであるが、擬態を舐めてはいけない。
舐めてかかったら簡単に死ねると言う例の一つが今の出来事だったろう。
保護色なのか、魚が持つ魔力によるものなのかは分かりかねるが、どちらにせよこの森で一番危険なのは湖なのである。


「気をつけて。
一人で湖に近づかないようにね。」
「ご、ごめんなさい。」


しゅんとなるやまい。
ますます子供だ。
それとも実はとっても腹黒?
一月の生活で分かれば良いんだけどね。



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