タコのグルメ日記

百合姫

高慢ちきな彼女

「ここがミドガルズか。
なかなかどうして活気のある街ではないか。」
「お嬢様、分かってごじゃりましょうがまずは兵を休ませ―」
「いや、すぐさま行こう。」
「なりましぇぬぞっ!」
「何を言う?
じいや。
今回、こんな場所まで来た目的は分かっているだろう?
もともとは父上にリグレットホースなる魔獣を狩ってくると言ったのだ。
狩らねば政略結婚を強いられてしまう。少なくとも恋愛結婚は無理だな。
そんなのは断固断る。
ゆえに私はリグレットホースを狩らねばならない。」
「・・・その目的のためにも兵を休ませねばなりましぇぬのに、何を言っておいでか!」
「それはこちらのセリフだ。
兵の力を借りては私の力で倒したことにはならぬだろう?
何を言っているのだ?」
「・・・つかぬことをお聞きしますが・・・どうやって倒すおつもりでごじゃりましょう?」


心底不思議そうな顔でじいやは言った。


「私の魔法でに決まっている。
このか細い腕で剣や盾をもてるとは露ほどにも思っていないさ。安心しろじいや。」
「・・・どこに安心できる要素があるんだ、この馬鹿娘め。」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでも・・・ごじゃりませぬ。」


さすがにそろそろ美学にこだわってる場合じゃなくないか?
そんなことを思い始めたじいやだが、そうそう簡単に美学を無視するくらいならば美学などはじめから持たなければ良い。
まだ大丈夫。
どうせ森の魔物に阻まれてヘスペリオス洞穴に付くこと自体無理だろう。
奥地に行けば行くほど魔獣は手強くなる傾向がある。
森の魔物に恐れをなして引き返すに違いない。
そう考え、じいやは特に諌める事も無く、森に突き進もうとするエンデリアに付いていくのであった。


道中、お金も払わずに勝手に露天の果物を食べたというアクシデントに見舞われながらも冒険者組合窓口にやってきた二人は、森のことを聞こうとする。
当然、典型的な高慢貴族である彼女にこらえ性など無く、こらえ性のない彼女にとってすぐにでも森に入りたかったのだが、しかし森の情報を一切知らずに入り込むなど愚の骨頂。
頼み込んでここまでエンデリアを付き合わせた。こればかりは命がかかっているので美学がうんぬんなどといっていられない。
しかし当然、彼女達だけが冒険者組合のお客であるはずも無く。
またもやこらえ性のない彼女は「そこをのけ、平民」という権威と傲慢を履き違えた理不尽な言葉に、冒険者側もムキになることなかった。それどころかわざわざ避ける始末。


面倒ごとを察知して、彼女にかかわろうとしないのだ。
冒険者のほうがよほど賢く、それに比べてと改めて自身の主君を見るじいや。
ため息を吐きながらも受付へと話を聞きに行く。


「すまぬが、森の情報をいただきたくはせ参じた。」
「・・・ええとご利用は初めてでしょうか?」
「いや、私は知っておるし、すでに所属済みだ。」


そう言ってじいやは冒険者カードを見せた。


「わぁ・・・AAA指定の人なんて始めて見た。」
「・・・して、森の情報をお願いする。」
「こ、これは失礼しました。」
「じいや、ここの対応はやたらと遅いな。
打ち首にしても問題ないだろうか?」
「ひぃっい!?た、ただいまお持ちします!!」
「・・・はぁ。」


阿呆じみたエンデリアの言葉にまたもや嘆息するじいやだった。


☆ ☆ ☆


「まずはこの森におけるルールにおいて説明させていただきます。」
「ルール?」


エンデリアの身なりや服に刻まれた紋章で貴族がやってきたと理解した冒険者組合はそうした客にもなれたベテランの受付嬢に代わって、その説明を受けている二人。


「初耳だな。ダンジョンにルールなどそんざいするのか?」


じいやが首をかしげてそう答えた。


「はい。
まずは第一にむやみやたらと魔獣を狩り過ぎないこと。」
「なぜ?」
「森食みという現象をご存知でしょうか?」
「ああ、知っている。歳だけはそこそこに取っているからな。」
「その森食みを避けるため、学者達がそのようなルールを定めました。
もしもこれを破る場合、永久追放、かつ状況によっては国内指名手配の可能性もあるので重々おきをつけください。」


ダンジョンとはある種の資源であり、資源を枯渇させるほどのスピードで狩るのを防止するためと、森食みによる環境変化に伴う魔獣進行を防ぐため、また学者によっては次の森食みはこの街ごと取り込むほどのものになるという話で、その可能性がある以上、慎重にならざるをえないルールだった。


「別にこの程度の街、いくらでも作れるだろうに。」
「・・・もう一度言います。くれぐれも自重してください。」
「約束しよう。」


この街で生まれ育ったそのベテランの職員にとって、エンデリアの言葉は不愉快極まりない言葉だったが、そこは社会人であり、接客業のプロ。
少し言葉に詰まっただけで、その言の葉にはなんら怒りも悲しみも含まれていなかった。
若いのに大したものだとじいやはうなずき、その忍耐の欠片でも自分の次期主君候補にあればと思いつつ。


「次に森の妖精についてです。」
「森の妖精?」


聞きなれない言葉にじいやはまたもや首をかしげた。
妖精族の一種であるじいやにとっても森の妖精と聞いてぽんと浮かぶ種族は居ない。
どの妖精族も大抵は街や村を作り、そこに住む。
森に妖精が住むなどという話は概ねが御伽噺の中だけだ。


「はい。
豊饒の森にはいつごろから住み着いたのかは分かりませんが、森の妖精と呼ばれる年端も行かない少女が住んでいるようです。」
「ほう?」


1000年生きているが、そのような話ははじめて聞くじいや。
何十年ぶりかに好奇心を刺激される。


「どうも彼女は森に居を構えているようでして、以前まではそこは空き家だと勘違いされて冒険者の避難所兼休憩所としていたのですが、そこで助けられた冒険者達がある種の擁護運動を起こして、今ではそこに行くのは禁止とされています。」


あれ以来、タコの家に行く人は少なくなったが、森で追い詰められたり、死にかけた場合は一縷の望みをかけてそこに人が行く。
さすがに助けを求める人を見捨てるほどの冷血漢ではないタコとしては彼らから少量の金額と引き換えに療養を行った。
結果、恩義を感じた人々が彼女をそっとしておいてやろう・・・みたいな話になり今に至る。


「ふむ、ますます会いたくなったぞ。そのような優しい少女ならばさぞかし美しかろう。
是非に嫁に欲しくなった。いや、婿か?
まぁどちらでもよいか。」
「・・・禁止ですからね?」
「うむ、分かっている。」


止められると分かっているのだろう。
彼女はとりあえず嘘をついた。
じいやはその嘘に気づきつつ、さりげなくその少女からエンデリアを遠ざけねばと思い、またもやため息を吐く。
受付の女性もまたため息を吐きたい気持ちだった。




「ではこちらが現在確認されている魔獣リストとなります。
お客さまはヘスペリオス洞穴へ向かうということですが、何を目的に?」
「リグレットホースという魔獣を知っているだろうか?」
「ああ、それなら確かにヘスペリオス洞穴にいたとされていますが・・・最後に確認されて10年ほど経過しています。
かの魔獣の寿命から考えると会えない可能性が高いかと。」
「そうか。ありがとう。
お嬢様、そろそろ行きますしゅぞ。」
「ようやくか。
とっとと行くぞじいや。」
「せめて一晩でも休みましぇぬか?
ここにくるまで馬車の中ではろくにお休みになれなかったでしょう?」


じいやはその間に森の情報とヘスペリオス洞穴へ近衛兵を斥候として出すつもりだった。
が。
エンデリアはまるでおもちゃを目の前にした子供のごとく。
森に向かうことを決めたのだった。




☆ ☆ ☆


「今日は山菜のメープルシロップ炒めを作ってみた。」
『・・・植物に甘いものってあうのかしら?』
「さぁ。試しで作ったものだし。」
『貴方から食べて頂戴。』
「・・・わ、分かってるさ。」


いや、まぁそう言われると思ったけどね。
さっそく食べてみると、口の中に広がる甘み。これはまさしくメープルシロップであり、そのままの甘みが焼いたことによってさらに水分が飛んだ、と思いきや山菜に含まれた水分でむしろ甘みは緩和されており、易しい甘さに口がとろける。
次にやってきたのは山菜のしゃきしゃきという食感と取ってきた山菜特有の渋みだろうか?
渋みと苦味が口に残る。


すなわち不味い。


「・・・メープルシロップを浸したただの野菜炒め・・・だな。」
『無茶しやがって。』
「うるさいな。誰にも失敗くらいあるさ。」
『だから言ったじゃない。そんなことに使うくらいなら私に頂戴って。
せっかくの甘味を無駄にして・・・呪われるわよ?』
「メープルシロップに?
そんな意思がただのメープルシロップに介在してたまるか。」
『私によ。』
「あんたかいっ!?」


などと僕らが話していると、どんどんとドアを叩く人がいる。
最近、確かにたずねる人が減った気がするのだが、しかし依然としていることにはいる。
特に死にかけが多いのはどういうことか。
まったく、自然界においては負ければ死ぬというのは当然のことなのにその覚悟を持たずに往生際の悪いやからの多いこと。
甘ったれめと思いつつも、やはり助けてしまうのは人の性か日本人としての平和ボケか。
自分から助けようとは思わないもののと請われれば助けてしまうのはお人よしというべきか、普通というべきか。
ホリィ親子だけよりも他にも恩を着せたほうが良いと思って安易に助けた結果がこれである。
ちょっと早まった気がしないでもない。


「・・・はいはい、今出ますよ。」


そうしてドアを開けるとそこには長い黒髪を携えた身なりの良い女性とその人の傍らにいる白髪交じりの40は超えているであろう、おじいさん。


身なりから察するにお嬢様とその世話役のように見えるのだが、なんのようだろうか?


「・・・おおう・・・これはうわさにたがわぬ可憐さだ。」
「・・・申し訳ごじゃりません。」
「・・・はぁ?」


いきなり容姿をほめてきた女性に、いきなり謝りだす老紳士。
なんなんだこいつら。


「さっそく私が最高の栄誉を与えようではないか!
私の嫁になるといいっ!!」
「・・・はぁ・・・?」


こいつはいきなり何をいいだしとんだ?
わけがわからないよ。


「次女とはいえども公爵家の娘に見初められたのだ。
誇るが良い。」
「・・・はぁ。」


子爵とか公爵とか男爵とか、そういう名前しか知らない僕としては公爵がどれだけ偉いのかは不明で、ゆえにどれだけありがたいのか実感が湧かない。
なおかつ嫁になれということはこの人、見かけによらず実は男であるということか?
いや、でも次女とか言ってるし、ちゃんと胸あるし。
どうなんだそこのところ。
それとも異世界ではこれが普通の文化なのだろうか?
それとも彼女は両性具有で、男としてのあれも付いている?
ううむ、ファンタジーだ。
きっと彼女は女に生まれたけど精神は男として生きてきたという業の深い、苦労してきた人間なのだ。
性別すらいまだ分からないタコの僕に比べて一体どちらが幸せだろうか?


なんてことを考えつつ、とりあえず断る。


「な、なぜだっ!?」
「なぜって・・・嫌だから。」


せっかく悠々自適の自給自足生活をしてるのに何が悲しくて貴族なんていう面倒そうな人のところに嫁にいかなくちゃいけないのか。
そもそもこちとらタコである。
タコでも良い!
君の中身に惚れたんだっ!!くらいのことを言ってのけるくらいの――悪く言えば変人、よく言えば一途な人間で無いと、ただの人間とは結婚できまい。
タコだし。
さすがに常日頃から人間の姿というのは疲れるのだ。
そして彼女は言うまでも無く僕の伴侶にふさわしくない。
見た目で判断しちゃってるもの。
お互いに不幸なだけだろう。


なんて細かい心情事情を初対面の相手に言う気になれるはずもなく、とりあえず端的に嫌だと述べたのだが。
なぜなんてなぜいえるのだろう?


この世界じゃ一目ぼれが主流なのだろうか?


「この私だぞ!?
公爵家の娘たる私の何が不満なのだっ!!」
「いや、不満だらけ―」
「貴様っ!!
私を侮辱するのも大概に―」


なんだこの人。
美形が多いこの世界の中でも特別美人なのに、中身がやたらと残念だぞ?
典型的な貴族というか、物語にでるような噛ませ犬的な雑魚役というか。
見た目だけならヒロイン級なのに、中身が三流雑魚。


ちょっと興味が湧いた。
前にも言ったように僕は悪役が好きだ。
窮地に立たされると「くそぉぉぉぉぉぉぉっ!!完全体になれば、完全体になりさえすれば貴様なぞ片手でひねりつぶせるのにっ!!」みたいな的外れな命乞いとか大好物である。
普段はいばり、窮地に至ると命乞いを臆面も無くする。
そんな三流子悪党臭が彼女からする。
ちょっとだけかかわってもいいかなぁとか思えてきた。


僕はそんな子悪党になりたい・・・なんてちょっと思ってたりするが、やはりどうせなら大悪党になりたいな、と思う。
なんていうちっちゃい願望はさておき。


「おやめくださいっ!!
お嬢様っ!!これ以上は迷惑が過ぎるでごじゃりますぞっ!!」
「だまれっ!じいや!!
せっかく・・・せっかく私が勇気を出して告白したのだぞっ!?
それをにべもなく断りおってっ!!
この恨みはらさでおくべきかっ!!」


ちょっと涙目になりながら言う彼女。
意外と純情なのか?
ただ子供っぽすぎるが。


「もうしわけござりましぇん。
ここはひとまず退散させてもらいましゅる。
さぁ、行くでごじゃりますぞ、お嬢様っ!!」
「ま、まてっ!じいやっ!!どこへ連れて行くっ!!
私はまだ諦めてないぞっ!!
こうなったら力づくでも彼女を私の妻と――」


ずっといたにもかかわらず、一度も見向きもされなかったグリューネがぼそりとつぶやいた。


『・・・なんだったのかしら?』
「・・・わからん。」






そう答えるしかなかったタコである。





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