タコのグルメ日記

百合姫

森食み

のっそのっそと歩く影があった。
タコである。
すなわち、僕である。


あれから数日、困ったことが発生していた。
人間がやたらと森に入り込んでいるのである。
そしていたるところで虐殺、虐殺、虐殺の嵐。


集落を見つけたと思ったら皆殺しされた後だったり、ゴブリンの後をつけて集落に案内してもらおうと思ったら横合いから人間に首を落とされたり。
そしてそれに際して、人間でも襲うギンタ達やヨロイグモ、僕ではない陸ダコ達が狩られていった。
彼らはあれか?
この森を本格的に侵略しに来たのだろうか?
あたりには一部を剥ぎ取られた死骸がわらわらと落ちている。なかなか臭いがきつい。
肉食の動物は入り込んできた人間を襲い、しかし返り討ちにあう。
結果、肉食の動物が減っていき死骸を食らう動物が少なくなって腐った肉があたりに、という感じである。
なんと勿体無いことか。


他の森の生物も心なしか元気が無いし、腐った死骸が原因と思わしき病気になる生物もちらほら見かける。
何よりの大問題がよどんだ空気に当てられたのか食べる生物の味がことごとく落ちている。
そろそろ見過ごせないレベルになってきたのだが、だからといってただのタコに何が出来るわけもない。
彼らの目的はゴブリンの駆逐らしいので、やり過ごせばそのうち落ち着くだろうと思いつつ。


今日もどことなく重い空気に包まれた森を徘徊する僕である。


「・・・やっぱり味が落ちてるなぁ・・・それも格段に。」


それどころか食べた後に増える充足感も減っている。
変わりにその充足感が森に吸われている。
一体、森に何が起きているのか良く分からん。


☆ ☆ ☆


「即刻やめさせろっ!!」
「何を言う?」
「いいかっ!?
悪いことは言わん。これ以上、魔獣を殺すな。下手をすればここの迷宮ダンジョンが機能しなくなる。」
「・・・それだけじゃやめる理由にはならんな。」
「な、んだとつ!?」


森の浅いところにキャンプを作り、そこで二人は言い争っていた。


「どの道、俺はこの迷宮ダンジョンをどうこうしようとは思っていない。」
「・・・どういうつもりだ?」
「もう十分に儲けた。俺はこのまま国外へ行く。」
「・・・きさま・・・」
「ここがどうなろうと知ったことじゃない。
ゴブリンの大量駆除ってのは最後の一儲け、それ以外の理由など無い。」
「・・・このっ!!」
「貴様は何を怒る?
確かに貴様の家族を人質に貴様に協力を取り付けている。
それについて怒るならばともかく、迷宮の環境がどうなろうと別に問題はあるまい?
むしろこの森はより安全になるだろうさ。
確かに環境がめちゃくちゃになるだろうが、人間に直接影響することはあるまい?
危険になればここを捨てればいい。
安全になるならこの上ないだろう?
そして貴様から聞いたゴブリンの習性や性格、それをかんがみて効率よく駆除していっているから人的被害も軽微だ。
ほめられこそすれ、怒られる意味がわからんな。」
「そういうことではないっ!!」
「ああ、そういえばお前達魔獣学者は魔獣が好きで研究するという変態の集団だったな。
それで怒ってるのか?」
「・・・貴様はどれほど罪深い行動をしているか分かっているのかっ!?」
「でだ、迷宮が機能しなくなるとはどういうことだ?一応聞くだけ聞いてやる。」


ユルガはあくまでもマイペースに語る。


「・・・迷宮に魔力溜まりが出来てるのはわかるか?」
「わからんな。俺は生粋の戦士タイプだ。
加護も戦士ウォリアー重戦士ハイウォリアー狂戦士バーサーカーと来てる。魔力適正は欠片も無い。」
「・・・近年の研究で・・・っ!?」


研究者がしゃべろうとした瞬間、『森が動いた』。


「なっ!?
ばかな・・・どうして・・・いや、その検証をする場合ではない。『森食み』が始まるぞっ!!早く逃げ・・・」
「・・・手遅れのようだな。」
「聞いていたよりも展開速度が・・・」
「うわぁああああっ!?」
「な、なんだこいつらっ!?」


キャンプで休んでいた周りの仲間たちが大騒ぎする。
彼らの目の前には木々が複雑に絡み合ったような獣がうごめいている。


「まったく、使えない雑魚どもだ。
コラァッ!!おまえらぁっ!!
この程度で、うろたえるんじゃないっ!!
一点突破だっ!!
幸いここは森の出口に近い。
蹴散らして一直線に出口を目指す。
隊列を組めっ!!俺が先頭を・・・ちっ。」
「・・・無理さ。
森食みが起これば誰も逃げられん。貴様もな。」


周りの木々が彼らを取り囲むように形成され、さらにはそこから続々と木の魔物が生まれる。
その形は8対16本の足を持つクモのような形である。


「俺達は食われる。これは決定事項だ。それに周りには続々と出現する森の精獣。生存は不可能だ。」
「・・・貴様はもう少し骨があると思っていたがな。
・・・木の囲いなど、俺の前では薄皮同然だ。」


そういってユルガは背負っていた大斧を振りかぶる。
衝撃波が発生し、それが進行方向を防ぐ精獣ごと木々の囲いを吹き飛ばす。


「・・・。」
「分かったか?
これが無理だと言った理由だ。」


木々を破壊した先にはさらなる木々の囲い。こうしてみてる間も太く堅く育っていく。


「さらに言えばこの森は急速に成長している。」
「成長?」
「ああ、おそらく街の手前ぐらいまで森が広がるだろう。森の付近に構えていた村はなすすべも無く飲み込まれる。そして始まる。」
「何がだ?」
「・・・ロベルト・ワイズマン。
この名はお前でも聞いたことがあるだろう?」
「確か・・・魔獣が好きで好きでたまらないとかいう貴様らの中でも飛びぬけた変態、だと聞くが?
迷宮ダンジョンの調査には護衛として冒険者を雇うのが普通であるところに、その変態は好きなように研究がしたいという理由で、冒険者技能試験のs認定を取ったというからな。俺達の間でその名前を知らないのはもぐりだろう。」
「ああ、それは概ね間違っていない。
そしてそのロベルト・ワイズマンによって初めて観測された現象がある。ごく最近、3ヶ月前だ。論文が王都で発表された。」
「・・・それが『これ』か?」
「ああ、そのとおりだ。
これ・・・ロベルトはこの現象を『森食み』と名づけた。
始めて観測した場所が森というだけで、別に森のみで起こる現象というわけではないらしいのだがな。」


こう話してる間にも二人は森の出口を目指している。
それが無理だと分かりながら。


「いい加減、回りくどいな。とっとと本題を話せ。」
「ロベルト・ワイズマンの冒頭の一文にこう書かれていた。
『森は生きている』とな。当然、これは比喩表現だ。実際は迷宮の環境が短期間に著しく変化することで起こる現象・・・だと思っていたのだが、こうして実際にその現象を目にすると、ロベルト・ワイズマンの言っていたことそのままであることが分かる。」
「・・・おい、森を出る前に貴様を殺すぞ?
回りくどいと言っている。」
「殺したければ殺せばいい。
どうせ死ぬ。」
「いいから話せ。」
「・・・。
簡潔に言えば、だ。
森食みとは森が行うある種の防衛行為だ。
森が死に掛けると森は死なないために自身の体を作り変える。」
「作り変える?」
「ああ、そうだ。
まずは自分の体を一気に広げ、出来る限りの有機物、無機物問わずに取り込む。
これは新たな森を作り上げる際のエネルギーや材料として消費されるそうだ。
そして限界まで広がった森は、今度は限界まで収束される。
この際に完全に中の生物や無機物は森に取り込まれ、数ヶ月かけてゆっくり森は広がっていく。」
「とどのつまり、リセットか。」
「・・・ああ。」
「だが、何を恐れる?
狩りに進行を阻まれても、森が急速に広がろうと、結局は街まで戻るのと大差はないだろう?
街までへの道のりが街道から林道に変わるだけの違いだ。」
「・・・目の前を見ろ。」
「・・・ちっ。」


さすがのユルガもここに来て初めて動揺した。
目の前には打ち捨てたはずのキャンプ地。


「森は生きている。周りの景色をずらして進んでいたという錯覚を与えるなんてこと、簡単だろう。
森というひとつの魔獣の腹の中に入ってるとでも思え。」


ユルガはただ黙して、次の手段を考えていた。


☆ ☆ ☆


僕は困っている。
非常に困っている。
何が困ったって、どこにもいけなくなったのが困った。


森に閉じ込められちった。


一言で言うならこれである。
いや、何を言ってんだ?と思うだろう。
僕も思う。
だけどそうとしか言えない光景が目の前に広がっているのだ。
木々が絡み合い、僕を囲む。
そして分裂するようにクモのような形をした木が現れ襲ってくるのだから大変。
ならば空へ!!
と、ばかりにお得意の木登りをしようとしたら、そらにはやたらと密集した茨が。


え?


わけが分からないよ。


人が羽ウサギをぼりぼり食べていて、気づいたらこうだった。
何かしたっけ?


木でできたクモを蹴散らしながら考えていたのだが、どうもここ最近のきな臭い空気が悪かったのかもしれない。
何はともあれ。


このクモも食べてみたのだが、食えたものじゃなかった。
まんま木の味である。
いや、そんなことをしてる場合じゃない。
このまま閉じ込められては餓死である。
生まれてからのひもじい三日間を思い出す。
もうあんなのはごめんである。


とりあえず所詮は木。
タコ脚キャノンでぶち抜いてみたのだが、その先にはさらに木々の囲い。


「・・・結構ピンチだったり?」


あれ?
えと?
これって、結構なピンチじゃない?
壊した場所はすぐに他の木がまた埋めていく。
そしてさらには木がこちらに迫ってきている気が。


「だ、だったらこれでどうだぁっ!!」


エアスラッシュを使ってすっぱすっぱ切り裂いていく。
そして突き進むことにした。
なんとかこの森を抜けないといけない。


魔力や体力。
それらが切れる前に脱出しなければ餓死の未来が待っている。




そ、そんなのごめんである。

































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