タコのグルメ日記

百合姫

始めてのご飯

などということがあったのが数日前のこと。
現在では立派に・・・というわけではないが、とりあえず厳しい自然界を生きている僕である。
そして数日経つと無視できない大きな問題に直面する。タコに生まれたことほどの問題ではないが、それと同じかそれに順ずるほどの問題である。


生きる以上、他の生き物を食べる。
これは生物として当然のことで、はっきり言ってタコの餌等、良くは知らなかったがとりあえずエビやカニを食うことくらいは動物番組で知っていた。
少なくとも肉食生物だろう、ということで他の動物を狙うことにしたところまでは良かったのだが。


「こー・・・こー・・・」


こー、というのはこの体の呼吸音。陸上だからか肺呼吸っぽい。
とりあえず忍び寄り、手ごろな獲物。
羽の生えたウサギ。もとい勝手に羽ウサギと命名したが、それを捕らえようと襲い掛かったのだけれども。


「・・・。」


ばっさばっさと音を立てながら逃げていく羽ウサギ。
・・・狩りがうまくいかない。
おなか減った。
泣きたい。
これで通算30回目くらいの失敗。
悲しい。でも泣かない。だって男の子だもん!
・・・こほん。
声を大にしていってやりたい。
なんで飛ぶのっ!?と。
どう考えてもちょこんとおまけのような、飾りのような羽しか持たないくせに、なぁぁんとっ!
あのウサギどもは飛ぶのである。
それも割と軽やかに。


最初はそんなこと思いもせず、所詮飾りだろう?
人間で言うところの存在してる意味がよく分からない、切り取ってもなんら影響の無い盲腸的な器官かと思えばこれだ。
わけが分からないよ。


パタパタと子供のオモチャ同然の羽ばたきでしかないくせに良く飛ぶ。
その姿はちょっとした天使を髣髴とさせ、最初のうちは襲い掛かるのを躊躇したが、現在の飢餓からくる空腹感に比べればそんなもの吐いて捨ててやる。
いや、吐くほど物を食べてないんですが。


三日。
そう、丸三日ほど何も食べていない。
とりあえず飲み水には事欠かない。
転々とだがたくさんの泉があるからだ。
最初こそタコのフェイバリットゾーンである水中で狩りをしようと思ったものの、おぼれかけた。
死ぬかと思いました。
どうも陸上に適応したためか、このタコは水中では溺れる仕様のようだ。
その代わりといってはなんだが、自身の体重を支えるための筋肉がびっちりと詰まっているらしく、やたらと力強い歩きを見せてくれる。他の陸上生物と違って骨が無いから余計に・・・だと思われる。
その辺の太い木々も本気で締め付ければバキバキと音を立てて傷をつけることができるほどに。
すごい力である。
そう、すごい力なのだが、それを発揮する状況にいまだ出会えないというのが悲しい。


「・・・。」


気落ちして、肩を、というか体を落とすが気を取り直して移動する。
今いる場所は厳しい自然界。
肉の塊であるタコは他の生き物にとっては最大級のご馳走である。
昨日なんて銀色の毛皮の狼らしき動物にズタボロで咥えられていたお仲間を見かけた。
怖かったです。


とにかくすぐに移動しなくてはならない。


はぁとため息を吐きつつも自身のねぐらでゆっくりと休む。
かなり狭苦しい木の洞に入り込み、そこで休んでいるのだが、骨の無いタコの体万歳。といったところか。
狭いとこでも難なく入りこめる。
そもそも自分の体色がいけないのだ。
生まれた日に見かけたほかの個体は周りの森や地面に合わせたのであろう茶色や緑色がすべてだった。
それに対して自分の体は白。真っ白である。
正直緑か茶一色の森で白なんて色はクソ目立つ。
とうぜん狩りなんて保護色もクソもないこの体で成功するわけが無いし、ぶっちゃけいつ自分が狩られるかびくびくして、狩りに集中できないというのもまたひとつの理由だ。
このままでは餓死か被食死・・・なんて言葉は無いと思うがとにかく死しか未来は無い。
せめて体が緑色であれば・・・と考えたところで重要なことにふと気づく。


あれ?そういえば、と。


タコの特徴はその見た目、墨を吐く、やわらかい体、日本人に好まれる食材。
他にもある。
そう何故忘れていたのかと今までの自分を殴ってやりたい気分だ。
痛いのは嫌なので仮に殴ることが可能でも殴らないけれど。


「・・・。」


じっと自分の腕を見つめる。
そうすると、思いのほか簡単に腕は緑色に染まる。
やった自分でびっくりするほどの速さと手軽さで色が変化したのである。


そうタコの一番優れているといっても良い能力。


擬態能力


擬態とは自然界の生物がなんらかの生き物に化けたり、周りの風景に自身を溶け込ませる習性のことだ。
ハエの仲間のアブはハチに体色を似せて毒針を持つと勘違いさせるし、アリグモというアリに擬態したクモもいる。
バッタ等はその細長い外見と緑の体色で草に紛れるし、花に擬態するハナカマキリなんかは割と知られているかもしれない。


そして肝心のタコは毒を持つ生き物、体色や態勢を変えてウニの仲間のガンカゼや海蛇に化けたり、岩などにまぎれることもお茶の子さいさいだ。


ふふ・・・ふふふふふ・・・・ふはははははははっ!
これで勝てるっ!!
羽ウサギにコケにされてきたこの三日間!
ようやくやつに一矢報いることができそうである。
喜びが有頂天になりながらもその日はぐっすり眠れた僕である。


空腹が邪魔をして寝付くまでに時間がかかったのは余談。


というわけで次の日。
常に周りの景色と色を合わせてそろりそろりと木々や草花の間をすり抜けていく。
ゆっくりと音を経てず。
そしてあちらの音を全感覚で捉えるべく神経を研ぎ澄ませながら。
まずはあちらに気付かれていない状態でこちらが発見する。
それが第一条件である。
タコの割にはすばやい体なのだが、さすがにウサギにはかなわない。
ゆえにこちらが先手を打たなければならない。


そのためには横着して音を立てながら探したところで意味が無い。
さぁ、待っていろっ!晩飯っ!!
今僕がおいしくいただいてやるかならなっ!!


めしめしめし‐という言葉が頭の大半を占めつつも僕は獲物を探す。
この際昆虫やねずみでも良い。
それらも三日間の間に取り損ねた獲物だ。
ただ、個体数が多いのか割と見かける羽ウサギが食べたい。
一番おいしそうな羽ウサギが食べたい。
よだれをたらしながら草を掻き分けていくと、見つけた。


今日の晩飯を見つけたのである。


幸いこちらには気付いていない。
4~5匹みかけるが狙うのは一番体の小さい個体。前世で言うところのゴールデンハムスター程度の大きさである。
が、それでも30センチ前後のタコの体には十分な大きさだ。


このまま忍び寄る。
・・・とでも思ったのかな?
舐めないで欲しい。
ここ30回ほどの失敗でやつらの行動パターンなどお見通しである。
やつらはウサギらしい立派なその後ろ脚を持っているにも限らず、そのおまけのような羽を優先して使うのである。
おそらく羽ウサギは捕食者の虚をそれでついてるのである。
捕食者からすればその羽を使うのかよっ!?って感じだ。
実際、そう思ったし。


だが、飛ぶと分かっていれば恐れるに足らない。
そのままそろりそろりと近くにある木に登る。
吸盤が木の幹に張り付くか心配していたが、どうも海に住むタコの吸盤とは違う構造のようで問題なく貼り付ける。
音を経てずにゆっくりと木を登っていく。
あと少しで狩りが成功するかもしれないという欲目と、音を立ててはいけないという緊張。
もしも途中でどこかへいってしまったら?という焦り。
バクバクと全身が心臓になったかのような錯覚を受ける。


焦ってはいけない。
焦って失敗すれば今日も飯抜きである。
ゆっくりと迫るので時間はもちろん精神も磨り減る、暗くなれば視界も効かないであろう事から、住処に帰ることも考えると一日一回が限度である。


木を登っていき、ここだというところでとまる。
やつらは異常に気付くと前に飛ぶ。
その初速、飛行スピード、自分が上から襲い掛かることを考えて良い位置を取る。
8本の足を目一杯に広げて落ちれば悪くてもどれかの吸盤には引っかかるはず。
30センチというのは胴体のみで、足を加えれば60センチを超える。
さらには伸縮もある程度自在なので外れたとしてもなんとかリカバリーは可能。


絶対成功させるという思いで飛び立つ。


がさっ。
物音を聞いて羽ウサギが反応した。僕の姿を確認したにもかかわらずこちらを一瞥するまでも無く、飛び立つ羽ウサギたち。
が、それもまた読んでいる。
彼らは自身がこの森で食物連鎖のピラミッドにおける最下層に位置することを良く理解しているようで、何か異常を感じたら即座に逃げる。
たとえ敵の姿を確認していなくても。
ゆえに逃げる方向は敵がいなければ前に。敵がいたら敵と反対方向に。
と単純である。
その点も計算に入れたのだが、ここで誤算があった。
足を広げて落ちたために空気抵抗を受けて落下速度が落ちたのである。
これはまずいと即座に足を引っ込めたものの、狙いの羽ウサギはすでに落下する軌跡から外れかけている。
これはまずいと触腕を伸ばす。


声を出すことのできる生き物であれば「こんちくしょぉっ!」と叫んでいただろう。
叫びながらも伸縮自在なその触腕は羽ウサギの子供を捉え損ねる。
が、ひとつ。
吸盤ののひとつだけがかすかに引っ掛かり、羽ウサギはバランスを崩して落下する。
僕も落下していたのでしっかり着地をして、すぐに落ちた羽ウサギに飛び掛る。
こちらが飛び掛ったとき、羽ウサギは起き上がったところ。
間に合うっ!!


8本の腕が羽ウサギを捕らえ、締め付ける。
必死だったので無駄に力が入り、バキバキっと堅い物が砕ける音と「きゅっ!?」という可愛い断末魔をあげて羽ウサギは瞬時に圧死した。


・・・ようやくの獲物である。
その達成感にちょっと泣きそうになりながら(タコに涙腺があるのかは疑問だが)僕は僕の糧となる羽ウサギに感謝してむしゃぶりついた。
先ほどに負けず劣らずの音を発てながらも咀嚼し、味わう。
口の中に広がる酸味とほのかな甘み。
噛み締めれば噛み締めるほど口腔内に充満するグルタミン酸、もとい旨み。
滴る血潮は若干の生臭さがあれどそれがむしろアクセントとなっており、調味料代わりを果たしている。
ほのかなしょっぱさもまた良きBGM。
砕ける骨は野菜のようなシャキシャキ感を演出し、肉のグニっとした食感のみで飽きさせない。
そして肉と骨の協奏曲が終われば、たちまち後から続く抹茶による葬送曲。おそらくは草食動物ゆえに胃の中に入っていた草が口に広がったのだろう。
口の中がまるで音楽隊になったような錯覚を覚えた。


ぷるぷると震えながら生まれてはじめての食に舌鼓を打っていると、ふと気付く。
体に流れ込む良く分からない充足感に。


そして前よりもちょっとだけ体が軽くなった気がする。


一体なんだろうか?と考える前に、おなか一杯で眠くなった僕はとっとと家に帰ってぐっすりと、しかし今回は安らかに眠れたのであった。















コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品