セブンスソード

奏せいや

74

 一花は一旦後退した。壁を背に立ち秋和と悪魔たちを睨む。秋和を守るように囲む悪魔の群。それは厄介だ、手こずるのは戦う前から分かっていた。

 だが引っかかる。一花に疑念が絡みつく。

 果たして、こうも邪魔されるのか? これが攻撃に気づいた悪魔が反撃してきたのならともかく、奴らは出現した時点でその場にいて襲いかかっていたのだ。まるでこちらが次、なにをしようとしているのか知っていたかのように。

「強いな」

 不可解な敵の攻撃を鋭く考えていると、秋和が話しかけてきた。彼は冷静だ、悪魔を用いた殺し合いだというのに一度も動揺を見せない。その話し方も至って平静。その口調のまま一花の戦いぶりを誉めてくる。

「それだけ、お前がデビルズ・ワンに賭ける想いが伝わってくる」
「そりゃどうも」

 本人がどうかはともかく、嫌味にしか聞こえない台詞にとりあえず投げやりに答えておく。

「お前の願いは分かるよ、俺にだって」
「…………」

 だが、それは嫌味でもなんでもない、彼の本音だった。

 秋和の意気が若干柔らかくなり、一花に共感を示す。

 秋和は一花の願いを知っている。なぜ彼女がここまで必死に戦うのか。どうしてデビルズ・ワンに参加したのか。その想いを否定などしないし間違っているとも思わない。

「でもな、それを踏みにじってでも」 

 けれど、秋和の声には熱が帯び、彼の心情と共に叫ばれる。

「俺には叶えたい願いがある! 今まで漠然としていた答えが目の前にある。デビルズ・ワンには俺の理想があるんだ!」

 叫んだ、一花の攻撃に動揺すら見せなかった男が。彼女の願いを知っていながら。それでも自分の願いを押し通すと、そう言った。

「相変わらずね。そうまでして実現したいの?」

 秋和の叫びを一花は平然と受け止める。

 彼の想いを一花は知っている。秋和が一花の願いを知っているように、彼女も彼の願いを知っている。

「秩序。あんたの口癖だったもんね」

 真田秋和という男は秩序に取り付かれたような男だった。

 一花は知っている。それは孤児院にいた時からずっと。彼の姿と成長を隣で見てきた彼女はよく知っている。

 かつての光景を思い出しながら、どこか懐かしそうに一花は言う。

「あんたはいつもいつも。それ以外の言葉を知らないみたいに。それで千歌とはよく喧嘩して」
「……そうだな」

 懐かしい。今となっては遠い昔のようだ。その時は悪魔召喚師やデビルズ・ワンなど知らず、互いで殺し合いをするなんて思いもしなかった。

 あの時はただ、仲のいい友達だった。

「時間、場所構わず千歌と喧嘩するからさ、こっちは迷惑して止めようとするんだけど、あんたもあいつも下手に頭いいから、結局止められなくて。ほんと、……いい迷惑だったわ」
「……かもな」

 秋和は表情を崩して苦笑だ。二人はもう敵ではない。今だけ、つかの間のこの時だけは。

 二人は、かつての友人に戻っていた。

「いつも法律の本持ち歩いてさ。でも、……ふふ、そうだ。千歌と喧嘩したとき、六法全書で殴られたんだっけ?」
「詳しいな」
「ずっと一緒だったんだもん。ずっとね……」
「……そうだな」

 遠くない過去を振り返る。

 そこには一花がいて、秋和がいて、千歌がいて、そしてなにより、駆がいた。

 みんないた。みんないたのだ。時には喧嘩して、怒鳴り合ったりもしたけれど。

 最後には笑顔になれる、仲間がいた。

 一花の表情は懐かしく、そしてどこか寂しそうになる。

「あんたはいつも必死だった。秩序秩序って、そればっかりだったけど。でも、その想いは本物だった。本当に、真っ直ぐだった」

 敵として対峙しているけれど、思い出すのは友人としての秋和の姿だけ。なにより一緒にいた時間が長すぎた。敵としての秋和を思い浮かべようとしても、次から次へと他の思い出が蘇る。

 一花の台詞に秋和が目をわずかに細める。

「お前だって知っているだろう、一花。俺たちは孤児だ。親を亡くした、もしくは捨てられた子供たちだ。そして、俺は後者なんだよ」
「……うん、知ってる」

 秋和の告白に、一花は目線をわずかに下げる。

「俺の親父は最低のクソヤローでね、酒が好きで、自分勝手に散財しては勝負事に負けるとすぐ周りに暴力を振るう男だった。俺も何度も殴られたよ。でもな、その度に俺の母親は庇ってくれたんだ。俺の代わりに殴られてさ。何度も俺を守ってくれたんだ。俺は思ったよ。法律だの保健所の連中だのが家にいくら訪問しようとも、母さんの傷は一向に減らない。なら法律なんてまったくの無力だ、目の前の暴力を止められないなら意味ないじゃないかって」

 それは秋和の過去。彼が背負う傷跡だ。けれど、そんな中にも輝くものがある。

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