セブンスソード

奏せいや

53

 パーシヴァルのレインボーロードで世界を何周もしてきた俺も十分特異だが、あの人も同じくらい特殊だったからな。

「みんなが無事でいる。俺はそれがすごく嬉しいよ。本当によかったと思ってる」

 いろいろあったけど、みんなこうして生きているんだ。今も言ったが、本当によかった。

「うん、そうだね」
「?」

 ふと隣を見る。なぜか香織は目線が下がりその表情は寂しそうだった。

「香織?」

 嬉しいことのはずなのに、香織の目は細められ悲しそうですらある。その瞳が俺に振り返る。

「聖治君は? 聖治君はどうなの?」
「俺は……」

 質問に、咄嗟に答えられない。その代わりに指を握り込む。

「そこに、聖治君もいなきゃ駄目だよ」

 悲しそうな目が俺を直視する。同時に訴えかける瞳が放さない。

「私やみんなに会うの、今でも怖い?」

 彼女が向ける寂しそうな表情。それに、俺はなんと言うべきなんだろう。

「みんなのことが、嫌いになったとか、そういうのじゃないんだ。俺はただ」

 今もさざめく心の水面に触れながら、底に沈む泥をのぞき込む。

「みんなに迷惑を掛けたくない」

 俺の思いって、なんなんだろうな。

「そんなの、嫌なんだ」
「でも、聖治君はみんなを救ったんだよ? 私のことだって」

 香織の言うことも分かる。恩を天秤に掛けるならそういう考え方も出来ると思う。

「だとしても、割り切れなくてな」

 損得勘定じゃないんだ。特に心って。

 香織は顔を正面に向けた。下を向いたまま、ぽつりと話す。

「聖治君のそれね、星都君から聞いたんだ。心の病気かもしれないって」
「PTSDだろ」
「知ってたの?」

 意外そうに振り返る。

「普通調べるだろ、俺だってそれくらい頭は回るさ」

 自分が普通じゃないことは分かっているんだ。ならそれがなんなのか、ネットがあるんだからそりゃあ調べる。

「症状とか症例とか、その人の体験談とか、調べられる範囲でいろいろ見てみたよ。みんな辛いことがあって、中には一生それで苦しんでいる人もいる。この病気はずっと治らないかもしれない。そんな俺がみんなのそばにいたらさ、ずっと苦労かけるだろ」
「そんなこと」

 香織は否定してくれるけど、これは事実だ。

「だけど」

 とはいえ認めたくないのは香織も同じで。心配そうな瞳が再び向けられる。

「聖治君は頑張った。私の命を救ってくれた。たった一人で、誰もいなくても。それでも何年、何十年と戦って、そうして私を救ってくれた」

 俺を見つめる瞳が次第に輝き始める。

「その聖治君が!」

 いつしか、涙を浮かべていた。

「一番幸せじゃなきゃ駄目だよ!」

 言葉を失う。彼女の送ってくれる強い気持ち。それになんと返せばいい。彼女の気持ちはすごく嬉しい。そう言ってくれて、これまでのこと、本当に頑張ってきてよかったって、そう思う。だけどその思いに素直に答えられない。どうしても俺を引っ張る思いがある。

 葛藤とも違う、思いが渦になっているような、そんな感じ。そこから抜け出せない。

 俺が答えないでいると香織は姿勢を戻した。

「私は、なにが出来るかな?」

 頬を零れる涙を拭きながら話していく。

「聖治君に、私はなにが出来る? どうすれば聖治君に報いられるかな? 私だって、なにかしたいよ」

 香織の気持ち、俺にも分かる。もらった分、相手にも返したくなる。

 だけど俺はすでにもらってる。たくさんのものを香織からはもらった。今もだ。彼女の言葉一つ一つが俺のすべてを肯定してくれる。

 だから。

「香織が幸せなら、俺はそれだけで十分だよ」

 それが俺の本心だ。

 そう言うと、香織は泣いていた。

「ありがとう」

 そう言って、俺は残りのサンドイッチも食べていった。それから昼食の時間はなくなっていって、俺たちは自分の教室に戻っていった。

 彼女の気持ちは嬉しい。だけど甘えたくない。

 それは悪いことなんだと、そう信じていた。

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