セブンスソード

奏せいや

25

 青い空を何日見ていないだろう。

 厚い雲が世界のすべてを覆っている。

 暗がりの中聞こえるのは自分の吐く息だけだ。静寂の中に潜む敵を睨みつけ一人剣を握っている。

 心が寂しい。

 時折振り返る。そこには椅子に座った彼女がいる。青い剣が彼女の時を止め胸につけられた傷からの流血を抑え込んでいる。

 彼女は目を覚まさない。俺に話し掛けることもあの笑顔を見せてくれることもない。眠り姫となってしまった彼女を俺は待ち続ける。

 いったい、いつまでこの状況が続くのか。いつまで一人でいればいいのか。

 時間という名の牢獄に、俺はいつまでいればいいんだ。

 嫌だ、ずっと一人なんて。

 一日でもいい、一時間でもいい、一分でもいい。もう一度君に会いたい。話がしたい。このままずっと一人で死ぬなんて、そんなの絶対にッ。

「香織……!」

 つぶやく名前が空しく響く。

 瞬間、背後から悪魔に襲われた。



「は!」

 危機感に急かされいきおいよく目を覚ます。

「はあ、はあ」

 天井を見つめる。俺しかいない自室に荒い息が響く。

 夢……?

 額に手を当ててみる。べっとりとした感触。見ればすごい寝汗だ。

「……夢か」

 安堵と共に手を下ろす。ベッドにずどんと落ちる。

「ふう」

 最近同じ夢を見る。敗北した世界、崩壊した町、そこで俺は一人コンクリートの上で背後にいる彼女を守っているんだ。誰もいない場所で、ずっと。

 ゴールの見えない不安と失敗する恐怖、孤独の寂しさ。胸を埋めるいくつもの感情で窒息しそうになる。

 そんな俺を試すように、最後は悪魔が襲ってくるんだ。

 ふと手を見る。ベッドに置かれている俺の手は小さく震えておりそれを見て気落ちする。俺はまだあの恐怖を克服出来ていない。

 今もどこか、悪魔が潜んでいるんじゃないかと思ってしまう。頭ではあれは夢だと分かっているんだが心がどうしても引きずってしまう。

 悪魔からの襲撃。

 いや、それはもう現実のものになったんだ。俺は昨日悪魔召喚師に襲われた。やつらはすでに動き出しているんだ。このままでは俺の知っている未来がこの世界でも現実のものになってしまう。
 俺が、なんとかしないと。

 そこでスマホの画面に気づき手に取ってみる。

 そこには香織からの着信履歴がいくつもありメッセージも送られていた。

「香織……」

 昨日のことで心配しているんだな。通知欄にある見切れたメッセージだけでもそれが伝わってくる。彼女の優しさにスマホを握りしめる手に力が入る。

 だけど。

「…………」

 俺はスマホを操作し電話をかけた。数回のコールの後相手が出る。

『おはよう。どうした』

 通話の相手。

 それは、星都だった。朝だというのに元気な声が通話口から聞こえてくる。

『てか、大丈夫か?』

 それも心配した口調に変わる。

「ああ。昨日は悪かったな、迷惑かけた」

『それはいいんだけどよ』

 昨日のことはあまり気にしていないようだ。それよりも俺の心配をしてくれる。

「今日なんだけどな、登校、みんなで行ってくれ。俺は遅れそうだ」
『そうなのか?』
「……ああ」

 しばしの沈黙ができる。それは肯定でも否定でもない、戸惑いだ。

「なんていうか」

 言わなくてはならないだろう。弱気な声が俺の心をそのまま伝える。

「不安なんだ、またみんなの前で変なことするんじゃないかって。迷惑かけるんじゃないかって。それがさ、その」

 それがみんなと会うのを躊躇わせる、話をするのも躊躇わせていた。

『そんなの気にすんな、俺だけじゃない。みんなも気にしてないぜ?』
「…………」
『そうか』

 星都はそう言ってくれるけど。やはり気にしてしまう。

「悪い。でも、俺の中でまだ整理が付かないって言うか。みんなに迷惑かけて、俺が嫌なんだよ。だから会うのとか話すとか、今はちょっとな」

 今の俺は、自分でもなにをするか分からない。そんな状態でみんなに会うのはやはり気が引ける。

『俺ならいいってか?』
「ふふ。まあ、多少はな」
『おいおい、言ってくれるぜ』

 冗談ぽく言う星都に俺も少しだけ笑う。けれどすぐに口元は元に戻っていた。

『お前の気持ちは分かったよ。みんなにはそう言っとく。俺から言えるのはあんま自分を追い込むな。それと会いに来たかったらいつでもいいからなってことだな』
「分かった、ありがとな」

 心配をかけて申し訳ないが今の俺じゃ会う気にはなれない。

『あと最後に一つだけいいか?』
「ん?」

 なんだろうか、星都の真剣な雰囲気が電話越しにも伝わってくる。

『せめてさ、あいつには会ってやらねえか? すげー心配してたぜ?』
「…………」

 言われて彼女の顔が浮かぶ。同時に胸が締め付けられるような気分になる。寂しさが、躊躇いが、いろいろな思いが葛藤となって苦しめる。

 会いたいという気持ちと怖いという気持ち、その二つに押し潰されそうだ。

「そうか。教えてくれてありがとな」
『おう、じゃあな』
「ああ」

 通話が終わる。星都が教えてくれたこと、みんなのことが思い出される。本当は俺も会いたいけれど。

 そう思うのに目線は下がっていく。会いたいと思えば思うほど後ろ髪を引っ張られる。

「……着替えるか」

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