セブンスソード

奏せいや

5

 分からない。意味が分からない。なんだこれは。なにが起こった?

 思考のショック状態。答えがまとまらない。もしくはここがあの世なのだろうか? 聞いた話とだいぶ違うがそもそもあの世のことなど死人にしか分からないのだから違っているのは自明の理だ。

 駆は棒立ちしていたが口に入った砂を吐き出した。それで我に返る。立っていても仕方がない。ここに居ても砂だらけになるだけだ。

 駆は歩いた。滅びた街を。携帯に目を向けてみるが携帯会社が謳う電波範囲もここまでは届かないらしい。

 一花たちが立っていた向かい側に立つ。彼女が浮かべていた必死な顔を思い出す。

「……!」

 彼女を探さなければ。駆は辺りを改めて見渡すが彼女の姿どころか人ひとりいやしない。

 誰もいないのだろうか。彼女にはもう会えないのだろうか。胸の内を焦燥が引っかいてくる。

 駆は小走りで進んだ。誰かいないか。砂嵐のなか腕で顔を覆いながら足を動かす。

 だがいない。

 その代わり目に止まったのはさきほどのデパートだ。この世界で生きるのならばどの道休む場所がいる。それに必要なのか分からないが食料もあればいい。体感として自分が幽霊とは思えない。腕を触ってみれば肉体の感触がある。

 馬鹿な想像はそこで止め、とりあえず駆はデパートの中へと入っていった。

 中は暗い。電気は通っていないのか電灯の明かりはなく入り口前は外の光があるが奥へと進めばもう暗闇だ。

「…………」

 でも、行くしかない。

 慎重に進む。視界が黒しか認識できなくなると片手を前に突き出し歩いていく。

 一階は食料品売場だ。ここで缶詰でもあれば安心できるところだが。

 だが、その期待は裏切られる。

 目が暗闇に慣れたころ、うっすらと浮かび上がるのは棚が倒れ荒れ果てたフロアだ。なにもない。生ものはもちろんのこと加工品から飲料もない。

 駆は諦め二階へと上ることにした。

 階段を上っていく。ここまでくるとだいぶ目も慣れた。しかしデパートに入った時から人の気配はない。

 二階は婦人服売場だ。ここも荒れている。引き裂かれたような服がわずかに散乱しておりここが婦人服売場だった名残がある。

 駆は歩きながら誰かいないか探し回った。突然放り込まれた異常事態。静まり返った暗闇が不安を掻き立てる。駆は緊張しながらも慎重に辺りに意識を集中させた。

 カーン……。

 その時、床をなにかが転がったような金属音が聞こえた。

 誰かいる?

 駆は音が聞こえた方へ近づいていく。一花に会いたい気持ちが一番強いが、この際誰でもいい。まずは自分以外の人に会いたかった。

 わずかな期待が宿る。

 駆は足を止め辺りを見渡した。服を掛ける台や試着室がある。そこに誰かいないか目を凝らす。ゆっくりと歩き出した。

 視界に何かが映る、影が動いた!

「!?」

 慌てて視界に映った影を追いかける。誰かいる。気持ちが高ぶる。

 駆が振り返った先。そこにいたのは鏡に映った自分だった。

「…………」

 膨らんだ期待が一瞬で萎んでいく。考えれば察しが付きそうなことなのに。そんなことまで頭が回らないとは。この世界に来てかなり焦っているらしい。

 駆は落胆から俯いていたが、諦めても仕方がないと顔を上げる。

 そこで見る。鏡越しに自分の背後に誰かが立っていた!

「!?」

 すぐに振り返る。直後、それを後悔した。


 なぜ、逃げなかったのだろうと。
「グオオオオオオオオオオオオオ!」

 鳴り響くのは怪物の咆哮(ほうこう)。自分の身長を優に越えるのはひつじの頭に黒い羽をした獣人だった。全身に黒の体毛を生やしている。その目が駆を見下ろす。口からはよだれを垂らし、今にも襲いかかろうとする猛獣のような眼孔を放つ。

 動けなかった。恐怖にまばたきもできない。目の前のあり得ない怪物を理解することなどできるはずがない。殺される。それだけが思考できるすべてだ。

 だが、なにも分からない中で不思議と納得したことがあった。

 ここはあの世はあの世でも、悪魔が住まう地獄なのだと。

 目の前の悪魔が駆に手を伸ばす。

 逃げろ。逃げろ。逃げろ。何度も頭の中で言うのに体が動かない。

 まずい。

 まずい。

 まずい。

 悪魔の手が伸びる。

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