セブンスソード

奏せいや

205

「その、責めるとかそういうんじゃないの!」

 香織が振り向いてきた。その表情は必死な感じだったけれど怒っているとかではなかった。むしろ心配そうな表情だ。

「だけどさ、その、私まだ聖治君としてないのに……。さき越されちゃったなって。それがなんていうか……はあー」
「それは」

 香織の言うことは間違っていない。一緒に手を繋ぐことはあってもそれ以上の接触はしてこなかった。恋人同士ではあったがかなりピュアな関係だったんだよな。

 一応、彼女の名誉のために言っておくと彼女に魅力がないとかそんなんじゃない! ただ俺にとって沙城香織という女性はとても大切な存在で、例えるなら宝石みたいな存在だったんだ。宝石ってべたべた触るものじゃないし触るにしても手袋をしたりするだろ? それくらい触るのに慎重だったんだ。

 なんと言えばいいのか。事実だから否定できないがだからといって肯定もしづらい。

 なんと言えばいいのか。正直迷う。

「別に、此方さんに嫉妬なんてしてないよ? そりゃ私だってきれいだとは思うけどあの時は私はいなかったわけだしあの時の恋人は此方さんだったわけだし」
「おいおい」

 香織は俺から顔を逸らしたかと思えばツンとした表情に変わっている。それめちゃくちゃ気にしてるだろ。

「ただ、ね」

 そんな表情も引っ込み香織はやはり落ち込んだような顔になった。

 そのままの表情で俺を見る。香織は俺に体を近づけ真剣な瞳で見つめてきた。

「その、聖治君の正直な気持ちを教えてほしいの」

 その訴えかけるような、求めるような瞳に吸い込まれる。

「私のこと、まだ、好きって言える?」

 そこで、初めて彼女の気持ちが分かった。

 これまでの世界で今までにない出会いがあった。そこには香織とは別の女の子がいて恋人になったこともある。

 自分の好きな人が、仕方がないとはいえ自分とは別の異性と一緒にいたんだ。

 頭で分かっていても気が気ではないはずだし心配だってする。もしかしたら心変わりだってしたかもしれない。俺だってそうだ。もし香織が別の男子と恋人だったなんて事情があったとしても気になってしまう。

 それが、不安だったんだな。

 そう思うとやはり申し訳ない気持ちになってくる。香織は責めてるわけじゃないと言ってくれたが心穏やかじゃないのは確かだ。

「ごめん、香織。不安にさせて」
「そんな。こんなの私のわがままだし」
「そんなことない。香織の気持ちは当然のことだ。俺にだって分かる」

 彼女の気持ちは尤もで、それに対して俺がすべきことは一つだけだ。

「香織」

 心配そうな瞳を浮かべる彼女。その瞳をじっと見つめる。

「俺の気持ちだけどさ」

 香織が俺を見つめている。俺は自分の手を彼女の手に重ね、彼女の顔に近づいた。

 距離が近づいていく。彼女が瞳を閉じる。それを見て俺も目を閉じた。

 視界が暗くなる。だけど彼女の気配を感じる。すぐ近くにいるのが分かる。

 そして、唇が触れ合った。

 時が止まったようだった。三秒にも満たない時間が世界のすべてになって、意識がこの瞬間に飲み込まれていく。

 長い。長い数秒を経て、俺たちは顔を離した。

 まぶたをゆっくりと開ける。彼女も瞳を開けて俺を見ていた。

 薄い桃色の髪と瞳。その顔をじっと見て、俺は言った。

 その言葉に、迷いなんてなかった。

「好きだ。その気持ちはずっと変わらないよ、香織」

 この人のために、俺の旅は始まった。この人を救いたくて、この人に救われて。

 この人が好きだから、俺はここまで来れたんだ。

「えへへへ」

 そう言うと香織は恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに笑っていた。

「うん。ありがとう。私も好きだよ、聖治君」

 そう言うと手を重ねたままじっとしていた。会話もない。ただ時間の流れに身を任せ静かな空間の一部となって時間だけが過ぎていく。

 そこに気まずさはない。さっきは会話が止まったことに危機感みたいな焦りがあったけど今はない。むしろこの静寂が安らぎで温かさすら感じていた。

 時折吹く風と木漏れ日。俺の肩に乗る彼女の頭。もたれ掛かった彼女の重みと重ね合わせた手の温もりだけが俺の感じる世界のすべてだった。

 彼女という存在が、俺の支えだった。

 握る手に力を入れる。彼女も力を入れ返してくれた。そのやりとりだけで互いの気持ちが分かる。言葉を交わさなくたって彼女を感じられる。

 この時、改めて実感した。俺は、沙城香織という女性が本当に好きなんだって。

 これから先どれだけの困難があっても俺はきっと諦めない。

 昼休憩が終わるまで、俺たちはずっとこうしていた。

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