セブンスソード

奏せいや

193

 魔来名の持つ天黒魔に力が溜まっていく。黒いオーラを飲み込み天黒魔が振動する。周囲の空気も震え魔来名を中心に風が渦巻いていた。

 魔来名は諦めていない。

 その姿に俺はいつしか惹かれていた。彼の後ろ姿に自分の無力さを痛感するとともに魔来名の強さに羨望している。

 誰かを守るという強い意思、そのために力を振るおうとする魔来名は、俺の憧れそのものだったから。

「魔来名……」

 胸が熱くなる。その熱が喉元までせり上がったあたりで我慢なんてできなかった。

「魔来名ぁああ!」

 名前を叫ぶ。呼ぶことに意味なんてない。でも、叫ばずにはいられなかったんだ。

 俺を守るために命を賭けて戦う、その人の名前を。

 風が止んだ。天黒魔には十分な魔力が溜まり魔来名はいつでも抜けるように構えを保っている。

「終わったか?」
「ああ」

 戦いの場は整った。互いにいつでも斬りかかれる。光速で移動できるハードライトならなおさらだ。それが攻撃してこなかったのは慢心か、それとも俺と魔来名の別れのやりとりを待っていたからなのか。

「そうか。ならば終わらせよう」

 けれどそれも終わり、ハードライトの剣先が動く。

 くる。音さえも届かない光速の一撃が。一瞬でこの勝負を終わらせるために。

「その前に、お前に一つ教えてやる。ハードライト」
「私に?」

 なんだろうか。この期に及んでなにを言うつもりだろう。

「お前の敗因は、相手を見くびったことだ」
「負けるだと?」

 それはなんら特別なものじゃない。

 いつもと変わらない、自信満々の挑発だ。

「消えろ」

 ハードライトが苛立ちを露わに吐き捨てる。

 そして、戦いは始まった。

 互いに技を繰り出す。両者の一閃が交差する。

 きっとこれが最初で最後の一撃。これですべてが決まる。俺たちの命運、そして世界の運命も。

 その一瞬は、しかし俺が認識できる外での出来事だ。音速を超えたさらにその先、光の世界。そのためそれは見ることも聞くこともできない。

 その中で、俺は確かに聞こえていた。一瞬すら届かない狭間の中で。

 その声を――

『刹那斬り』

 ――そもそも、刹那とは仏教における時間の概念でありまた数の単位でもある。現在ではほとんど見かけることはない。そもそも日常生活において用いることはない。

 なぜなら刹那というものがとても短いものだからだ。

 では、刹那とはどれくらいの時間を指しているのか。

 指を弾く間に六五刹那あると言われ、小数で表せば百京分の一となる。刹那斬りはこの百京分の一秒で相手を斬ることになる。

 刀を鞘から引き抜き振り抜くまでの距離を(短く見積もっても)一メートルだとする。すると、刹那斬りとは秒速に置き換えると百京メートルに他ならない。

 光速が一秒に移動するのは地球の七周半に当たる三十万キロメートル。

 よって――

 刹那斬りは、光速の三千億倍速い。

「ぐああああ!」

 ハードライトの悲鳴が上がる。

 二人の体が交差し立ち位置が入れ替わった時、すべては終わっていた。ハードライトは片膝を付きその場にひざまずく。見れば片腕がなくなっていた。

 魔来名はハードライトの悲鳴を静かに聞きながらゆっくりと納刀していく。鍔が鞘に当たり、かちんと音が鳴る。

「馬鹿な、私がッ」

 失った片腕を支える。斬られた先からは光の粒子がこぼれるように漂っている。その様子から復元する気配はない。

「くッ」

 天黒魔の力。斬ったものは回復も復元もできない。ディンドランですら天黒魔でつくられた傷は治せなかった。

 敗北など考えてもいなかったんだろう。ハードライトの表情には痛みよりも困惑の方が色濃く出ている。俺だって戦えばハードライトが勝つと思っていた。誰もこの男には勝てない。そう思えるほどの力がハードライトにはあった。

 だけど、勝ったのは魔来名だった。

「セブンスソード」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く