セブンスソード

奏せいや

152

 それを見て、新聞を持っていた手ががっくりと下がる。力が抜けて、新聞は吹かれた風に乗りどこかへと飛んでいった。

 記憶の断片にあった荒涼とした世界。そこで生きていたという実感。それは思い込みでも幻想でもない、現実だったんだ。

 俺たちの未来。2035年。

 俺たち、人類が敗北した世界だった。

 でも、どうして。

 わけがわからない。どうして俺がここにいる? いや、どうしてこの時代にいる?

 分からない。知らない国に置き去りにされた気分だ。でも俺はたしかにこの場所を知っていて生きていたんだ。

 とりあえず情報を集めよう。なにをするにしても俺は知らなさすぎる。

 俺は歩いた。壊れた町並みには人どころか鳥や猫などの動物すらいない。時折吹く風の音だけが聞こえる。静かで、物寂しく、不気味だ。

 人の気配がない。前の世界まで人でごったがえしていた水戸駅やクラスの話し声が聞こえる学校の風景を知っているだけにこの場所はとても寂しく感じる。なにか、なにかないか。祈る気持ちで周りを見渡す。誰でもいい。一人っきりの寂しさから解放されたい。

 そう思っていると物音が聞こえた。路地裏からだ。誰かいるのか?

 俺はビルの角に近づきそっと中を覗いてみる。

 中は暗くてよく見えない。でもごそごそと音がする。目を凝らしもっと奥を見てみる。

 瞬間、暗闇の中からなにかが一気に走ってきた。

「うわ!」

 猫だった。足の下を通り過ぎどこかへと行ってしまう。

「脅かすなよな」

 一瞬襲われるのかと思った。やれやれだ。なにも突然こっちに走ってこなくてもいいのに。

 まるでなにかから逃げ出すような勢いだったな。

「…………」

 瞬間、体が固まった。

 直後、路地裏から足音が聞こえる。

 どん、どん。明らかに大きな音が路地裏から響く。不安と鼓動が高鳴る。

 音は近づき、それはついに正体を明かした。

「キシャアア!」

 二メートル近い巨体。黒い体表をした二足歩行の異形。

 悪魔。甲高い鳴き声と涎を飛ばし俺を見つめてきた。

 この時代には悪魔がいる。突然現れ地上を侵攻してきた。こいつらのせいで人類は敗北し、いくつもの国が滅んだ。数え切れない人が殺された。

 その悪魔が、目の前にいる。恐怖に体が動かない。だっていうのに手だけが意思とは離れて震え出す。

 怖い。怖い。殺されるという思いが全身に広がって心までも縛り付けてくる。

 怖い。けど、その恐怖を踏みつけた。

「来い」

 これが、以前までの俺だったなら呆気なく殺されるだけだった。人生に意義も価値もなく、ただ無価値に殺されていた。

 でも、もう違う。俺には力があるんだ、戦える力が!

「スパーダ、パーシヴァル!」

 念じる、この体に宿る力を。セブンスソードで得た俺の剣。

 俺は片手を前に出す。だが、パーシヴァルは現れなかった。

「え」

 出ない?

「パーシヴァル!」

 もう一度叫ぶ。でも出ない。パーシヴァルどころか発光することもない。胸の奥にもスパーダを感じることなく空っぽだ。

「どうして!?」

 なんで出ないんだ! 

 分からない。分からないことばっかりだ。でも出ない以上仕方がない。

 すぐに反転して走り出す。早く逃げないと本当に殺される!

「キシャア!」

 俺が逃げ出すのを見て悪魔も走り出した。

 足場の悪いコンクリートの道を死にものぐるいで走る。スリッパが脱げるが気にしてなんかいられない。俺は車と車の隙間、人一人が通れる隙間を抜けていく。悪魔は車に飛び乗るとボンネットを押しつぶし、飛び降りて俺を追いかける。

 早く、早く。追いつかれたら殺される。

「が!」

 道に落ちていた石を踏みつける。あまりの痛みに体勢が前に崩れ倒れてしまう。

「キシャア!」
「あ」

 急いで立ち上がろうとしたけれど、駄目だった。

 後ろを振り返る。悪魔はすぐ近くにいて鋭利な尻尾を持ち上げていた。先端が俺を向きいつでも振り下ろせる。

 終わった。思考が諦めていく。起き上がって逃げ出すよりも尻尾が俺を貫く方が早い。どうやってもこの状況は変えられない。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品