セブンスソード

奏せいや

127

 俺は歩き出し、彼女に手を差し出した。

「行こう、香織」

 彼女は四つん這いのままだ。まだ重力で圧されていた影響が残っているのか立ち上がろうとしない。ずっと下を見つめている。俺は手を差し出したまま彼女が起きあがるのを待つ。

「どうして……」
「?」

 が、香織に起き上がる気配はなく、代わりにぽつりとつぶやく。その後勢いよく顔を上げた。

「どうして!? なんでこんなことをしたの!?」
「どうしてって」

 きつい目つきが俺を貫く。その目は涙ぐんでいた。

「私たちは協力したいだけだった。一緒にこの儀式を生き延びたいって、それだけだったのに。なのにどうして? なんで殺し合うことを選んだの!?」
「それは」

 俺に向けられるのは感謝でも笑顔でもなく、非難だった。

 どうして? その質問に、舞い上がっていた気持ちが落ちていく。

「……無理だったからだ」

 ぽつりと言葉が漏れる。それがスイッチだったように記憶と一緒に感情までも溢れてくる。

「無理だったんだよ。何度やっても誰かが死ぬ。逃げることも出来ない」

 最初は枯れた木の葉のような心境だったのに、火がつけばすぐに炎上する。

「だから! 俺は!」

 それからはもう、止められなかった。

「お前だけは助けようと、それで戦ったんだ! 俺だってこんなことしたくなかったさ! 此方も、日向ちゃんも、星都も力也も、みんな! ほんとうはみんなと一緒にッ」

 感情が爆発して涙がこぼれる。手だって震えた。息が詰まる。もう、自分の体が壊れたようだ。

「生きたかったさ! だけどそれを諦めて、お前を選んだんじゃないか! この世界に来るまでに俺がどれだけの悲劇を見てきたと思ってる。そこでどれだけ足掻いたと思ってる。逃げるのも駄目で、みんなで協力することも出来ず。そして最後には殺される。だから選択したっていうのに、なぜそれを責められなくちゃならない。よりにもよって、なんでお前に拒絶されるんだよ!」

 俺は涙を拭いた。肩で息をするのをなんとか落ち着ける。

「俺はな、この世界とは別の世界から来たんだよ。そこで何度も頑張ったさ。みんなと一緒にセブンスソードから逃げようと計画したり、仲間を増やそうとした。でも駄目だった。管理人に殺されたり、スパーダと敵対したり、協力を拒絶されたり。失敗する度にスパーダの能力で世界を繰り返した、そして失敗した。だから選択したんだよ。お前を守ると誓ったから、それを守るために俺は覚悟を決めたんだ。俺は、もう、お前を失うところを見たくないんだよ!」

 思いは叫びとなって気づけば吠えていた。今まで溜まっていた激情を吐き出して、俺はようやく落ち着いた。

 少しだけ時間を置いて、俺はもう一度香織に手を伸ばす。

「頼む、香織。今は分からなくていい。とにかく今は一緒についてきてくれ。この街から逃げ出すんだ」

 香織は顔を下に向ける。それからゆっくりと起き上がってくれた。見たとこ目立った傷や怪我はない。ディンドランでうまくやれたらしい。

 そのことに少しだけホッとする。

 次の瞬間、香織はディンドランを出し、俺に構えた。

 彼女の潤んだ瞳が真っ直ぐと俺を見る。

 それがどういうことなのか、咄嗟に分からなかった。

「? なにをしている?」
「あなたと、戦います」
「は? なにを言ってるんだ、勝てるわけないないだろ」

 意味が分からない。なぜ戦う? 俺は香織を守りたくて、敵対する理由なんてない。第一、勝てるわけがない。

 それを教えるように俺もスパーダを出現させる。ミリオットとカリギュラを持ち、パーシヴァルとグランを浮遊させる。

「俺は四本。香織は一本だろ? ディンドランだけでなにが出来る。戦うだけ無駄だ。馬鹿な真似は止めて一緒に来るんだ。言っただろ、俺はお前を守るために戦ってきたんだ。香織と戦う意思なんてない」
「はっきりと伝えておきます」

 彼女の目は死んでいない。これほど大差があるにも関わらず、むしろその目は燃えている。

「あなたの言っていることは信じられません。まして」

 戦っても勝てないと分かっているはずなのに。それでも彼女の戦意は霞むことなく俺をとらえている。

 その姿勢は、まさに俺の知っている彼女そのもので。

「人を信じることが出来なくなった人に、私はついていったりしない!」

 俺が愛した人だった。

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