セブンスソード

奏せいや

117

 聞かれても、どうだろうな。欲しいとは思うのに、なぜかパッとは浮かばない。俺は誰と話がしたいんだろう。

「お父さんやお母さん、クラスのみんな。全員、いなくなちゃったもんね」

 答えはなかなか浮かばない。その理由を香織が代弁してくれる。

 そう。連絡手段があったって、今更かける相手もいない。

 みんな死んでしまった。それを知っている。無知が罪なら既知は罰ってか。知っているから夢を見ることもできない。辛い現実を押しつけられるだけだ。

「じゃあさ」

 そこで香織は声を明るくして言ってきた。

「天国に繋がる電話なら、誰と話したい?」
「天国?」
「うん。天国」
「はは」

 ずいぶん現実とはかけ離れた設定だな。まあ、そのくらいファンタジーな方が会話も弾むか。

「天国、か。そうだな」

 知り合いは死人の方が多くなってしまった。だからこそ話をするなら誰がいいだろうか。両親。友人。迷ってしまう。

「一人だけだよ?」
「それなら」

 一人だけ。そこで心当たりがあった。別れてしまった人と話せる最後のチャンスなら使い道は一つだ。

「俺は、兄さんと話がしたい」
「お兄さん?」

 俺は頷いた。

 俺には一人の兄がいた。年は十歳離れている。兄さんには心残りがあって、それを解消したかった。

「言いたいことがあるんだ。別れ際、それを言いそびれてな。むしろ、ひどいことを言ってしまったんだ。それを謝りたいなって」

 その時のことを思い出ししみじみと思う。最後の別れになるかもしれない。それが当時の俺も分かっていたはずなのに、なぜ素直になれなかったのかな。

「……そっか。いいお兄さんだったんだね」
「ああ、何度も俺を守ってくれた。いい兄貴だったよ」

 この世界で生きるためには悪魔から身を守るだけじゃない。厳しい生活にも耐えなくちゃならない。そうした中で両親は他界し俺を養ってくれたのが兄さんだ。いろいろ苦労もあったと思う。それは感謝していた。

「ただ、頑固だったけどな。それに口数が少ないからなに考えてるのか分からないし、怒ると怖いし」

 が、人間いいところばかりじゃない。むしろ家族だからこそいろいろな面が見える。仕事場じゃ優秀だったんだろうけど、家庭でも高い評価と聞かれればそれはノーだ。

「強情で融通が利かない。隣にいると息が詰まる」

 家庭が身も心も休まる場所だと言う人もいるだろうが、それは自室の中だけでそこから一歩外に出れば兄さんがいるという緊張感が走る。気が気じゃない家というのは堪えるものだ。

「ふふ」

 俺は愚痴を漏らすが隣から笑い声が聞こえてくる。

「なんだ、おもしろいか?」

 見れば香織は口に手を当て微笑んでいた。

「聖治君、お兄さんの話になるとよく喋るから。よっぽど好きだったんだなって」
「そうか? てか、感謝もあるが文句だってあるぞ。言うほど好きってわけじゃ」
「ううん。ほんとに嫌いな人なら、そんな風に言わないよ」

 本当にそう思っているんだろう、彼女は嬉しそうに笑っている。

「そう、かもな」

 兄に対する思い。いろいろあるけれど、なんだかんた好きなのかもしれない。

「いろいろ、世話になったからな」

 地獄のようなこの世界で俺は兄さんに守られてきた。養ってもらったという意味じゃない、本当に命を救ってもらったこともある。

 怖い人だったけど、でも。

 あの人の力と態度には出さない優しさに、俺は憧れていたのかもしれない。

「お兄さんは、なにをしている人だったの?」
「自衛軍だよ。志願兵だったけどな。入隊するだけで特別手当が出ただろ? それでな」

 ちなみにその特別手当というのは終戦後に一億円支払われるというものだった。それも後半になるにつれ増えていき最後には五億だったかな? 笑える。

「最初はそれでも一緒に過ごせていたけれど遠征することが決まって。それで出て行ったんだ。それで二年前、死亡通知書が届いたんだ」

 香織の顔が沈んでいく。気持ちは分かる。

「最初は手が震えたよ。もしかしたらなにかの間違いでまだ生きてるんじゃないかって、どこかでそう思いたくなるんだ。でも、そんなの都合のいい妄想だよな。分かっているんだ」

 誤魔化そうと笑ってみるけれど寂しさまでは消せなくて、細い目つきのまま正面を見つめる。

「会えるなら、もう一度会ってみたいな」

 もう会えない。死んだ人にはもう。そんな現実に無茶な要求だと分かってはいる。この世界で食糧をねだるより無理な相談だ。でも、それが本心だから。理解じゃなくて気持ちがそう言っているから。だから、そう言ってしまうんだ。

「きっと会えるよ」
「え?」

 振り返る。香織はニコッと笑って俺を見つめていた。

「お兄さんが亡くなったってことだけど、その通知書だけなんでしょ? なら誤報の可能性だってあるし。もしかしたらまだ生きてるかもしれない。生きてるなら会えるかもしれないよ」

 その考えはこの世界ではあまりにも楽観的に過ぎるというものだ。この世界はそんなに甘くない。

 だけど、彼女はそう言ってくれる。笑顔を浮かべ、温かい言葉を送ってくれる。

 俺のために。俺の気持ちを優しく撫でて、励ましてくれる。

「うん。そうかもな」

 ありがとう。やっぱり、香織は優しいな。

「明日もある。もう寝ようか」
「そうだね」

 俺たちはそのまま床に横になった。布団やベッドなんて贅沢は言ってられない。落ち着いて寝れるなら岩の上でもいい。

 床が冷たい。コンクリートなので固く寝心地はよくないがそれに文句をつける気にはならない。もう慣れたものだ。

 それよりも彼女が隣にいてくれること。その方が嬉しい。

「おやすみ。聖治君」
「ああ、おやすみ」

 俺は彼女の顔に声をかけ瞳を閉じる。

 一日が終わる。

 それが俺と香織。一緒に過ごした記憶。何気ない一日の、掛け替えのない時間。

 俺が、守りたいもの。

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