セブンスソード

奏せいや

48

 沙城さんが俺に振り向いて叫んだ。

 直後。

「刹那(せつな)斬り」

 俺と沙城さんの隣を突風が走り抜けていった。その風圧に倒されそうになる。俺は全身に力を入れて踏みとどまる。

「沙城さん、大丈夫?」

 俺の目の前に立つ彼女の後ろ姿が見える。
 カラン、そしてドンという音が聞こえる。

「え?」

 沙城さんの手からスパーダが落ちる。そして、彼女まで崩れ落ちていった。

「沙城さん!」

 その体を支える。彼女の体を抱きしめるが、その体には大きな切り傷があり、赤く染まっていた。

 ディンドランを発動する間もなく、彼女は斬られていた。

「そんな」

 血まみれになった彼女が腕の中で細い息をしている。

「聖治、君」

 俺を求めるように伸びる手を掴んだ。

「ごめん、ね。守るって……約束したのに……」

 悲しそうな目で俺を見上げている。その瞳から、涙が零れた。

「君の優しさに、なにも出来なかった……」

 彼女の手が重くなる。顔はぐったりと横を向いて、動かなかった。

「沙城さん? うそだろ、なあ、沙城さん!」

 体を揺する。でも、彼女は反応しなかった。

「沙城さん!」

 何度も体を揺する。返事をしてくれ。そう思うのに、彼女は動かなかった。

「あああああ!」

 なんで、なんでこんなことに。

 俺のせいなのか? 俺が、なにもしなかったから。だからこんなことになったのか?

 沙城さんの体が発光する。そこから光の玉が浮かび上がり、体の中へと入ってきた。

 胸の辺りが、なんだか苦しい。自分に流れ込んでくる異物感と、それが混じり合っていく感覚。

 不思議な感じだった。まるで自分と他人が融合していくかのような、そんな感じさえする。この光は肉体はないけどその人そのもの、魂なんだ。そこにはスパーダだけじゃなくその人が持つ感情や記憶まである。自分の知らない情報が流れ、組み込まれていく。

「あ」

 彼女の記憶を手にする。彼女の心に触れる。

 それで分かったんだ。ようやく思い出すことができた。

 彼女は、

「あ、あああ」

 彼女は!

「香織!」

 俺は、思い出していた。

 そうだ。俺は、彼女と一緒だったんだ。こことは違う荒廃(こうはい)した世界で、二人で懸命に生きていた。どんなに辛くて悲しい時だって二人で支え合ってきた。彼女の隣なら寂しくなかった。

 恋人だったんだ、誰よりも大切な人だった。完全に思い出したわけじゃないけれど、それだけは覚えてる。彼女の笑顔と、それを守るんだと決めた気持ちを。

 なのに、よりにもよってそれを忘れていたなんて。

「ごめん、香織ッ」

 最低だ。
 俺に忘れられたと知って彼女はショックだった。当然だ。あんなに一緒だったのに、忘れられてどんなに辛かったか。そんな思いをさせないって誓ったのに。

 なのに、俺は忘れて、彼女は殺された。

「ううう!」

 地面にへたり込み涙が溢れる。悔しくて、悲しくて、なにより自分が許せない。

「香織!」

 彼女の名を呼んだ。でも彼女はもういない。今日一緒に遊んで、あんなに楽しそうだった。人生で一番幸せだと言ってくれて、あんなに幸せそうだったのに。それも最後になってしまった。

 ぜんぶ、俺のせいだ。

「う、う、うあああああ!」

 なんで、なんで、俺は!

 俺の背後から足音が聞こえてくる。振り返れば魔来名が俺を見下ろしていた。冷たい瞳がじっと見つめている。そして、死刑執行のようにゆっくりと天黒魔を持ち上げていく。

 それを、俺はどこか無感情に見上げていた。

 大切なものはぜんぶなくなってしまった。守りたい人はもういない。

 星都。力也。二人とも大事な友達だった。

 香織。誰よりも好きな女性(ひと)だった。

 俺だけが生き残って、みんながいない世界じゃ意味がない。生きる、意味がない。

 魔来名がスパーダを振るう。迫る黒の刀身。走る紫の光。

 俺の意識は一瞬で途絶えた。

 最後に俺の頭に過(よぎ)ったもの。

 それは悔しさ。こんな理不尽な世界への反感と、自分への不甲斐なさだ。

 こんな世界を、こんな結末を変えたい。

 それだけだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品