liquid

じゃぐち

不信

 病室の主は昏睡状態で、頭に特殊な機械をつけていた会話ができていたのは、医療機器によって生態信号によって音声メッセージを生み出していただけにすぎなかった。肉声のように聞こえるソレは、最新の技術が使われた高価な機材であることが分かる。

 私は、白髪の少女の事を知っている。名前は、海峰乙音。SIDEの情報系を担当している13歳の少女。人見知りの性格からか、人に対して挨拶する事が難しいと有栖川から伝えられる。

 海峰は私達の顔を見て喜ぶどころか、呆れとも怒りともとれる表情をしていた。彼女は東条あかりから、レベル上げを施され、榊原の抵抗によって生きながらえている存在である。しかし、行方不明である事から、久留米さんが探している筈だ。何故、海峰はその様な表情をするのだろうか。その真相に近づくかのような発言をした。

「ここには、もう二度とこない。そう約束しましたよね。お姉さん」

そう言うと近くにあったスイッチを押し、『おやすみ』とつぶやいていた。

「私は、あなたに要は無いわ。GREEDのことを知りたがっている。坂月の為に、連れてきた。ただそれだけ」
「じゃあ聞かせてあげるわ、坂月さん。この人はね。願いをかなえるために、実の弟を犠牲にしたの」

有栖川は、海峰の言葉に対して反論することは無かった。しかし、私には、何を言っているのかを理解出来なかった。何を言っているのかと。

 有栖川は説明せずに、居心地が悪くなったのか、私を置いて病室の外へと向かった。

代わりに海峰の口から説明をされた。有栖川智明は、有栖川鏡花の実の弟であり、能力を手に入れる際の対価として選ばれた存在なのだと言う。

舞波が死に際で話していたようにGREEDになるには、対価が必要なのだ。それが、私の妹や久留米さん、東条あかり、であれば、体のパーツという訳だ。

有栖川の願いは、運動の世界大会への出場という願いだった。有栖川の部屋にトロフィーが飾られていたり、タクシー代が有ったり、一人暮らしが出来たりするのは、出場候補生であることや、それによる多額の支援金によるものだという。有栖川の家は貧乏だった為、這い上がるには有栖川に備わっていた運動神経を利用する手はなかった。

しかし、不幸にも交通事故に遭い、足が使い物にならなくなる。そこで、手を出したのが、紳士服の男という訳だ。対価には、弟の体が選択されており、能力を使えば、病気の症状として発現する。

有栖川は無駄に能力を使おうとしなかったのは、そのためだと知る。有栖川が、SIDEにいるのは能力の加減を誤り、人を傷つけてしまった事、自分の力ではなく他人の力で勝利する事の虚無感からだそうだ。

 次に海峰が何故、ここにいるのかだが、海峰は、有栖川の弟と同級生で、付き合っていたのだという。弟が対価の対象になってから、メカニックに詳しい事から、機材関係を含め、弟の身の回りの世話も進んでしていた。

しかし、姉である有栖川の体が完治していた事、リハビリ期間が殆ど無かった事、能力との発動が弟に影響する事が判明してからは、有栖川に疑いを持ち始める。

GREEDの存在は、1学年上の舞波から知った様である。それからは、有栖川の能力の使用を監視するためにSIDEに加入していた。SIDEのアジトで挨拶を有栖川に初めはしなかったというのは、こういった理由があるのかと思いだし納得した。マインドヒールを手に入れたのは、有栖川の弟の為であり、対価には、自分の感情の一部を差し出している。

 対価に差し出せるものは、自分か大切にしているモノを自分の願いと釣り合っていると判断された場合にのみ成立する様で、紳士服の男からではなく自分から選び、差し出さなければならない。

「それでも、有栖川は自分の家族のために頑張ったんだろ、対価に選ばれているってことは少なくとも弟のことは大切にしている様だし」
「だからどうしたの。私の彼氏をこんな体にして自分は、のうのうと生きている。許せない」

海峰にとっては、大切かどうかは問題ではないようだ。しかし、現に病院で常に生活をしなければならない生活を強いられているとすれば、そういった感情を抱いてしまうのも仕方が無いとも思った。第一、GREEDになってまで、愛しているのだから。

 私はもう1つあった疑問を口にする。

「梓は、東条あかりによって苦しめられたと聞く。何故、呪いをとける海峰がここで、普通にしていられるのだ」

「私は自分からお願いしたの。彼氏を救うために。此処に有る医療機材一式は、東条グループからお貸し頂いたの。どんなにメカに強くてもさすがに、ここまでは用意できないからね。だから、感謝しているわ。あと、死んでいないのは、東条さんが私に殺せない様に呪いをかけてからマインドヒールしたから。マインドヒールは複数、呪いなどがあった場合選んで打ち消せる能力だから」

あの、杜撰とも言えるあかりの計画も、海峰の協力という形で成立していた事を知る。

「でもそれって、あかりに嘘をつかせたという事だろ。態々ついた嘘をここで明かしてしまうんだ」
「嘘への重圧がかかったという事でしょうかね。誰かに本当の事を言ってスッキリ自己満足をしたかったのかもしれません。あの時は病状の変化も著しく、時間がありませんでしたから。邪魔されない様にと嘘をついてもらいました」

 自分の中の海峰が壊れた。彼女は13歳という年齢であるが、感情の一部が欠如している為か、何かが破綻している気がしていた。歪んだ愛とも取れる。海峰のせいで、榊原の死への確率が上がったとも言える。反省の気持ちは無いのだろうか。

 私の中の有栖川も同時に崩壊していた。どんなに大切にしていたとは言え、自分から選択したのだ。願いが叶うという欲の前に釣られたのだ。榊原や藤崎さんが話していたようにバケモノと呼ぶ事、GREEDという名前が付けられている理由を理解した。

 自己犠牲をしているだけ海峰やあかり、久留米さん、舞波、そして妹は、その中でも比較的に普通なのかと思った。

 私は、海峰の話を聞き、現実に帰り、絶望する。談笑していた二人を邪魔してしまうのも悪い。そう思い、私は病室の扉に手をかける。その瞬間に海峰は、機械にスイッチに手をかける。海峰は有栖川の弟に気を遣っていたのだ。オフになっている間は、聴覚、視覚の情報は遮断されている様だ。

 海峰は静かに訪ねてきた。

「そういえば、他のSIDEの人達は?」
「……。遠いところに行った」

その言葉を聞くと、それ以上の事は聞いてくることは無かった。気にかけてはいた。自分がした事について理解していたのだろうか。

 私は、無言で有栖川の弟の病室から出ていった。有栖川の姿を確認する。有栖川の姿は少し開けた、長椅子のある部屋に姿があった。飲んでいたのは、冷えたオレンジジュース。手の温かみによって液体となった水滴に、有栖川の涙が混じっていく。

 私は、自動販売機で水を購入してから、人1人分入れるスペースを開けて、有栖川の隣に腰掛ける。有栖川は、涙を見せない様にして私の方を見ないようにした。私は、バスの時にした自ら取り付けた約束を守り、自分からは聞かない事に決めた。話せる時に話してもらった方が良い。そう思った。

 有栖川は、声を殺す様にして泣く。時間にしたらどれくらいだろうか。面会時間の札が下げられ、館内にBGMが流れ始める。曲のタイトルは”ジムノペディ”だろうか。妹が昔、教えてくれた。海峰は特権的なのか面会時間が終了しても、病室からは出なかった。身の回りの世話もしているのだ。看護師、技術師以上に貢献していると判断されたのだろうか。

 泣き疲れたのか、大きな呼吸を1つして話始める。

「息苦しい。外の空気に当たりに行かない?」

もう既に日は傾き、沈んでいた。有栖川と戦った事を思い出してしまう。それでも私は答える。

「分かった。迷子になるかもしれないから……」

私は、右手を有栖川の前に差し出す。静かに握り返す。ひんやりとした冷たい手。先程まで、オレンジジュースを握っていたからか、夏夜の冷たい空気が、そうさせているのかは分からない。私には、心情が手に溢れ出ているのだと感じた。華奢な、透き通る程に美しい、その白い腕を私から、手を引く様にして外へと向かう。

 外は一面、闇に覆われ、星々と月とが遊戯をしていた。私は、その空間と一部を譲り受ける。大きな木の真下には、ベンチが2,3置いてあった。そこの1つに腰掛け事にした。外では、”ドビュッシー”の有名な曲が流れていた。

「私、ひどい人間だと分かったでしょう」

有栖川の問いは、私を困らせた。真実を語れば、直ぐに傷つける。偽りを語れば、後で傷つける。袋小路の様な問いだ。

「……」

私は沈黙を貫く事しか出来なかった。有栖川は、その様な態度を表す私に対して『優しいのね』と一言つぶやいた。私は、優しいのではない、弱いのだ。壊れてしまいそうなガラス細工に、何ら干渉せず、緩衝しない。タダ、鑑賞しているだけなのだ。

「元々、私は不良少女。人を傷つけるのが務めだから。梓ちゃんの件はこれで終わりだから、私はここでお別れ」

ヘッドホンをしていた有栖川は、久留米さんについて何も知らないのだ。私が有栖川に一連の情報を伝えるのは野暮だ。妹の事も有栖川にとっては何も関係ない。

「……分かった。一応解決したからね。お別れだ」

私の反応に対して笑みを浮かべていた。そして、まだ何か一つ有栖川は言いたげだった。

「何か、思い出が欲しい。君と過ごした、この数日に」

私は何か与えられる様な物はあっただろうか。妹がいれば、イメージを膨らました何かを見せられるのだろうけれど、私が生み出せるのは、怒りという感情から包丁を発生させるだけだ。喜ばせられる物なんてない。

「残念ながら、今の私には、何も持っていない」
「君は、女心が分かっていないな」

涙声で有栖川はムっとしていた。

 有栖川は瞼を閉じて、唇を差し出す。『早くしな……』私は、有栖川が完全に言葉を言い切る前に、唇を重ねていた。伝わっている事を態々、言葉にしてしまう、おしゃべりな口を宥め、結んでしまう様に。有栖川の唇は震えていたが、暖かかった。

 私達は月光に照らされながら、お互いの唇の温度と、感触を確かめ合っていた。私の口は、仄かに塩味がかった柑橘類が広がっているのだった。









 

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