liquid

じゃぐち

邂逅

 私は、剣城と格闘していた。長刀は相変わらず攻略出来ていない。間合いを簡単に変えられる能力に対し、飛び道具を持たない上、リーチの短い包丁では圧倒的に不利である。有栖川は、大きな叫び声をあげる。

「梓は、もう生きる事は無理だ」

有栖川の一言に、私は涙する。舞波は自らの人生にギブアップをしたのだ。GREEDとは、欲深い人間では無いのか。死ぬ事に躊躇いが無いのか。いや、違う。舞波は、私達が生存する事を願っているのだ。そう考えなければ、舞波の死を踏み躙る行為である。そう思った。

「自ら死を選ぶバカなんて付き合ってられない。木陰にでも置いて、放って……やれ。有栖川、戦え」

有栖川は、私の言葉の真意を理解したのか、反論する事なく、治療を止めて木陰へと舞波の体を動かす。その時、舞波の表情は緩んでいた。私は、舞波から託されたのだ。ここから生還すると。

「泣くなよ。男の癖に」

有栖川は泣き顔を見せないようにして私に言った。

 私は、服の袖で涙を拭く。先程以上に、包丁を握る拳を固く結びながら。

 有栖川は、私の体をポンと叩き、戦場に舞い戻ったと挨拶する。しかし、その行為はタダの挨拶では無い。有栖川の能力を付与する為だ。そのお陰で、私の肩の傷は塞がっていた。ゲームで言えば、有栖川は、バフが使える前衛で、ヒーラーでは無い。有栖川は、前線に降り立ってこそ凛々しく、華々しく、輝く事が出来るのだ。しかしその間にも、着々と相手の息の根は、枯らされ続けているとも知らずに。

 有栖川の柔肌が雨水を撥き、舞う。味方の仇を討つ為に。

 私の足は、軽い。有栖川の能力を借りている為か、それとも単に心強い仲間がサポートにいる為かは分からない。有栖川だって剣城の言葉を信じるならば、本当の姿だって、考えだって分からない。それでも、この場限りは心に淀みは無い。有栖川を疑うより先に、体は敵に。

 剣城の刀は手を離れ、飛び道具の様にして使える。短刀を細かく、無数の針状に放つ。それを私が包丁で捌くが、数本が体に刺さる。痛みを我慢する。攻撃が止んだところで、攻撃が止んだところで、有栖川が、私の背中から飛び出し、すかさず拳を打ち込む。

 ガード用に残していた剣城の刀で、守られる。剣城は加速した2人相手に器用に、往なしていく。有栖川の拳をガードしても壊れ無い刀の素材は何で出来ているのか。そんな疑問を押し殺し、戦闘へ向かう。相手が、武器が、能力が……。それはタダの言い訳で、それを言っても相手の手は緩めないのだ。

「私の両親は、詐欺師だった。その2人の口癖は、"相手の常識を知れ"だった。君達は、素直で弱い。反抗期を迎えて来なかったのかな。アハハッ」

思考を持つから、剣城に読まれるのだ。考えなければ、己に身についているパターンになるのだ。どちらにせよ仕留められてしまうだろう。

 私と有栖川は、空から零れ落ち、体に付き纏い、流れ落ちる液体をイメージした。その瞬間からの私達の動きは、絶えず体に流れる血潮の様だった。剣城の動きが、今まで、川を縦横無尽に泳ぐ魚の様だったが、舵も櫂も無い、笹舟の様になっていた。剣城の動きは、手に取る様に分かった。

 剣城の長刀は、分割して二刀流になる。それでも、剣城の動きに合わせ、包丁で柔軟に対応していく。リーチも技も変わらなくても、動き一つで変わるのだと理解する。それから直ぐに決着した。有栖川が剣城の背後に回り込み、首を叩き、気絶させるという形で。私は、剣城の戦闘中の言葉に、私の殺意は収まっていた。

「藤崎さんに舞波ちゃんの居場所を教えたのは、翔子ちゃんなんだ……。複雑な家庭で、名字が違うだけで親子だと。アハハッ。バカだよね。自分の親を殺してるのに、他人の家の事、心配してさ。死ぬ前に合わせてあげたい、逃がしてあげたいと」

剣城の肩を、必要以上に持つつもりは無い。それでも、心の中に有った筈の感情は、何処かに消えていた。剣城から何かを聞き出そうという気持ちも無い。今は、舞波の方が優先である上、剣城の事は、そっとしてあげたいと思った。

 私は、警察と救急に電話をした。舞波の最後を見届けたいという気持ちはあったが、ここに残れば、犯罪者になるだろう。冷たくなった舞波の体を抱き寄せた後、合掌しその場を離れる。濡れながら、工場を後にした。その時の足取りは重く、後ろ脚を引かれていた。

 舞波と一緒に降りたバス停へと辿り着いた。そこでの私達は終始無言だった。私の思考は舞波の死以外に、別の思考が渦巻いていた。久留米さんは何処で何をしているのか。妹は東条あかりの所にいるのか。それ以上に、願い、条件、対価。それらは、GREEDを形成するうえで重要素になっている。それは、有栖川や妹だって例外ではないだろう。どうにか聞き出せないものだろうか。

 有栖川は、私の心が読めているかの様に

「ミチルに見せなければならないモノがある。きっと今、知りたいことだと思う」
「分かった。私からは、何も聞かない」

バスは私達の前に到着し、乗車する。目的地は不明。1番後ろの広い席へと足を運ぶ。その前に、バスの運転手はサービスだからとバスタオルを2枚渡された。包装のビニールを剥がして使い、冷え切った体をしっかりと拭き取るのだった。剣城との戦闘が終わり、緊張が解放されたのか、暖かな夏の日差しが降り注いだのか、微睡の世界へ誘われた。


―― 私が最後にあの家で、包丁を見たのは、いつ頃だっただろうか。母親が料理をしていた頃に見た切りだった。妹はあの包丁を使わない。と言うよりも、切る動作が必要な料理は、全くと言っていいほど無く。フードプロセッサーを使用していた。それを、私は気にすることもなく、私も、妹の拘りと捉え、真似していた程である。今思えば、不自然だった。何かを思い出せそうなところまで来ている。

 私には、過去を振り返る事より、妹を探す事や、久留米さんと、どの様に関わっていくかの方が優先的である。それでも、私の思考は、振り返るのを止めようとしない。過去の私が何か警告しているかの様に。――


私は、有栖川の太ももを枕の様にして眠っていた。

「良い寝顔だったよ」
「悪い。重かっただろ」
「気にしないで良い。それよりも、目的地に着いたよ」

私は自分の顔の周りに涎が垂れていないかった。一先ず、バスから降り、辺りを確認する。病院以外の建物は見当たらない。深々と緑が生い茂る。車いすや歩行器、杖を使った患者が看護師と一緒に散歩していた。

 有栖川の話した目的地とは、病院の事の様だ。私が見た病院の中で最も大きく新しい。私は、この場所について何も知らない。

 有栖川は病院の入口へと案内をし、受付を済ませる。受付の人とは顔見知りの様で、頻回にここを訪れていく事が分かる。しかし、受付の人は、あまりいい顔をしていない。していないどころか困った表情をしている。仲が良さそうなのに。面会する相手に何か問題があるのだろうか。私は頭を傾ぐ。それでも、有栖川は強引に受付の人を納得させ、面会者用の首掛けを貰う。

 有栖川は館内を熟知している様で迷う事無く、エレベーターへ案内する。私をエレベーターのボタンは最上階を選択していた。私達は、終始無言で上昇するのを待つ。扉が開かれる。広がる景色、このフロアは眺めが良い。病室の扉を見れば、ネームプレートは1つ。全個室に設計されていた。病院の大きさを考慮すれば、この層に入院している人は必然的に富裕層になるだろう。

 有栖川は、いつもタクシー代を払っていた。そのお金はどこから来ているのだろうかと思ってはいたが、野暮だと思い、聞くことは無かった。有栖川の見せたいモノとは、有栖川の出生の秘密という事なのだろうか。

 エレベーターから最も離れた位置にあった病室の前で、足は止まる。『面会謝絶』の文字が書かれていた。受付の人が困っていたのは、これが理由であったかと理解する。文字を無視するかの様に、仲睦まじい男女の談笑が聞こえてきた。私には、謎が渦巻いていた。

 部屋主は、有栖川智明アリスガワ トモアキ。この名前を私は何処かで聞いている。しかし、思い出す事が出来なかった。私が記憶を探っている最中、有栖川は引き戸をスライドさせ、中に入る。

病室の主は、様々な医療機材に囲まれていた。それは、異常とも言える程に。顔を確認するが、やはり初対面で顔を見たことが無い。

 対称的に、談笑していた女の子を私は知っていた。眼鏡をかけた姿は初めて見るが、肌が白く白髪の少女。彼女が何故、この部屋にいるのだろうか。私は、理解する事が出来なかった。

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