liquid

じゃぐち

復讐

 虎柄の女は、ガラスをぶち破り、舞波を担ぐ様にして飛び出していた。窓から離れた位置に座っていたというのに、フードを外しただけで舞波と相手は判断したのだ。何か、強固な怨恨でもあるというのだろうか。虎柄の女は、ファミリーレストランの駐車場に停めておいた普通自動車の元へ走っていった。どうやら、舞波を連れて、街中へと消えていこうとしていたのだ。私には、車も、バイクもない。ここで、引き留めなければ、見失ってしまうだろう。私は、大声で叫ぶ。

「おい、待て。そのを何処へ連れて行く」

私の声に対し、相手は素直に応じて、立ち止まる。

「君、もしかしてツレか。丁度良い。君が一緒に過ごしている奴が、どんなに最低な奴か教えてやる。乗りな」

虎柄の女性の車の助手席に乗る様に指示される。私は、シートベルトの他に、ガムテープを何重にも巻き、抵抗出来ない様にされた。舞波は後部座席に乗せられて、何かを飲まされたのか、グッタリとして反応が無い。無抵抗になった事を確認し、車は加速して行くのだった。

 車の中は、娘の写真と乏しき物が張られていた。しかし、それ以上に気になったのは、充満する紙タバコの臭いだ。藤崎さんは、特定の銘柄のタバコが好きな様で、会話以外の時には、煙草を口から外そうとしない。

「私の名前は、藤崎焔フジサキホムラ。後ろの娘は、私のかたき。これでも人の親をしている。私の娘はね。そこの梓さんによって、顔がただれたんだ」
「舞波の同級生のお母様、被害者の親という訳ですか」
「その様子だと梓さんから聴いている様だね。そういえば、聞いていなかったけれど、君はGREEDかい」

藤崎さんは、GREEDの事を知っている様だ。世間では未だに、GREEDの存在すら掴めていない様子だったのに対し、知っているとなると藤崎さんの情報収集力は異常である。ジャーナリストか何かなのだろうか。

「GREED……。いいえ、違います」
「だろうね。GREEDになれるのは、女性でなければならない様だから。私は、娘の仇を討つ為に、色々な事を調べた。そして、GREEDになった」

藤崎さんの情報は、私達が知らない法則に気が付いている。その法則に基づいて、安全だと判断し、乗車させたのだろう。私と妹の様な2人で1人というのは、今まで見てきた限り、特殊なタイプのGREEDなのだろう。舞波が誘拐されたからと車に乗ってしまったが、藤崎さんがGREEDとなると非常に危険ではないだろうか。妹がいない事を悔やむ。そして藤崎さんは、私にとって非常に興味深い事を口にしていた。

「自分から、なろうと思って、なれるモノなんですか」
「あぁ、そのはず。例外は、あるかもしれないけれど。自分から身を投じる故に、GREEDは、大切なモノを捨て、何かを手に入れたバケモノ。まぁ私も、その仲間なったんだけれどね」

藤崎さんの話では、妹は、自分から被害に遭いに行ったという様に聞こえる。果たして、それは本当なのだろうか。もし、それが本当ならば、私は道化師かもしれない。妹という劇団長、直属の。

私は、簡単には信じる事が出来なかった。もう1人くらいの人間から聞いて、やっと信用出来るかもしれないという心理状態だ。妹を出来る事ならば、信じたい。

 GREEDの犯罪集団が悪魔に選ばれた存在だと言うように、藤崎さんは、何らかの思想家なのだ。仮に、妹が自分からGREEDになったとしても、藤崎さんの様に個人的欲求からなったという訳ではないだろう。

 しかし、私が害にもならない存在だと認知されているのは分かったが、私は、生まれた疑問に対し、聞かずにはいられなかった。

「何故、仇の仲間である私に、その様な話をするのですか」

 その後、藤崎さんは黙り、街から離れて行く。山の方へ走っていく。それでも舗装された道で、行く先に何かが存在するかの様だった。

 暫くの沈黙が過ぎ、藤崎さんは、口をゆっくりと開き、話す。

「娘は、モデルを目指して邁進まいしんしていた。でも、顔がアレでは、もう夢を諦めるしか無い」
「舞波は、謝罪したと聞いています。娘さんは、許したのでは無いのですか」
「娘は、まだ14歳。事の大きさが分からないだけ。それに、顔に火傷のある女性にプロポーズする様な男性がいますか。……いない。もう女性としての普通の幸せは戻ってこない」
「……」

私は、藤崎さんの気持ちを理解し、反論する事は出来ない。黙り込んでしまう。

「着いた。目的地に」

それは、採石場跡地だった。ここに何があるというのだろうか。人影は存在しない。病院にでも行き、藤崎さんの娘にもう一度謝罪をさせるという話では無さそうだ。ゴツゴツとした岩場に、足の裏が刺さり、歩きにくい。

手首のガムテープを外される事なく、車の外へ出され、そこから少し歩くのだった。人より少し高い柱が見えてきたところで、私の足首にガムテープを巻き始めた。ここが目的地の中でも、最終地点の様だ。ここから逃げられない様に、固くキツく締められる。

「私の能力は、パイロネキシス。処刑には、開けた場所と観衆が必要でしょ」
「娘さんは、人殺しの親を持って誇りに思えますか」
「私の"願い"は、娘の完全治癒。それに、私は、もう人間じゃない」

 抱える様にして車から降ろした舞波を、そびえ立つ柱に縛り付け、平手で叩き、起こす。藤崎さんの目は、にえむさぼる悪魔の様な表情を浮かべていた。藤崎さんにとって舞波は、自分がGREEDになってまで殺したかった相手だ。願いが達成される。そのような気分になり、えつに浸っていたのだろう。藤崎さんは、悪魔以上に悪魔をしていた。

 しかし、何故。舞波を殺す事で、藤崎さんの娘さんの顔が治癒するのだろうか。彼女は、GREEDになる他に、怪しい宗教的なモノにまで、手を染めていたのだろう。

「言い残す事は無いかな。梓さん」

藤崎さんの手は、赤黒く煌々こうこうと輝きを放ち、この夏の暑い日差しの中、白い煙をモクモクと立て、腕の熱さは人を焦がすには、充分過ぎる程だった。ハっと目が覚めた舞波は、その同級生の母親の顔を見て、全てを察する。言い残す事は何も無いと首を横に振り、自分の罪を受け止める。

 罪に服する事は、大切ではあるが、それを1個人の感情で、裁く事など許される行為では無い。それも、情状酌量の余地のある人間であるし、何より舞波は反省している。極刑など不当だ。

『ギロチンってのは、良いですね。平等で人道的な初めての"処刑"。それまでの処刑は、拷問の意味が強かったの。でも私に、あの男がくれたのは、拷問的復讐の炎。彼女が、電子レンジという電子的な熱ならば、私は、このタバコの火の様な原始的な熱。対照的で、ロマンティック。復讐劇には、ピッタリでしょ」

「何をバカな事を言っている」

「警察に訴えても、裁判沙汰にしようとしても、証拠がない、状況証拠だけでは、どうしようない。なんて言われて、しまいには旦那から、お前、おかしいんじゃないかなんて言われて、離婚。近所からも白い目で見られて。もうウンザリ……。まぁそれも、この瞬間終わるけれどね」

 藤崎さんは、人形を愛撫あいぶするかの様に、優しく髪をなじっていく。シャンプーが焦げる匂い。パチパチと音を立て燃えていく。私は、ガムテープを外そうと、のたうちまわる。しかし、地に伏せながら、線香花火の様に散っていく髪の毛を、タダ眺める事しか出来なかった。次は、顔の輪郭を焦がしていく。舞波は、静を貫こうとしていた。私は対照的に叫ぶ。採石場に響き渡る。藤崎さんは、行動を止めようとしない。

もし、私があの犯人の男を捕まえた際には、同じ事をするのだろうか。妹に酷いことをしたと。そう考えると私は、ゾッとする。同じ穴の貉なのではないか。次は、お腹に十字を描いていく。舞波は依然として悲鳴もあげない。

 こんな時に、妹がいれば助けてあげられるのに。その時、右手人差し指の爪からとげの様な痛みが走る。それが妹の一部ではないだろうか。そう思い、ガムテープの側面を指の関節部分に沿わせ、紙で指を切るかのようにして、血を流し、指先へと集める。指先の針のような痛みは、だんだんに大きくなっていく。

このままで間に合うだろうか。近くにあった小石で、出血部をえぐる様にしていく。先ほど以上に傷は広がり出血していく。充分に集まった。イメージを抱き、ガムテープを切り払い、藤崎さんの元へ向かう。

その時、私がイメージしていた物は、痛みのイメージである針を想起していた。相手に傷をつけることで自分に注意を向け、舞波を逃がす。そういう算段だった筈だ。そのイメージしたモノを私は、藤崎さんの腹へ突き刺していく。藤崎さんから発生した血しぶきによって、視界を奪われる。そんな筈はない。私のイメージした針では、血は、殆ど流れない予定だった。

藤崎さんは、私の赤く濁った世界の中で、地面に伏した。私の手を確認する。私の手に握られていたのは、銀色に忌々いまいましく輝く包丁だった。私の血が殆どという事で、精度が下がったという言い訳は利かない。私の深層心理が働きかけたのだ。この包丁に見覚えがある。私の家でよく使われていた物だ。

しかし、このタイミングで思い出すのは、懐かしいという感情から現れたモノではない。それだけは断言できる。私はこの包丁を如何様いかようにして使ったのだろうか。

 藤崎さんは、腹や口から血を出してはいるが、意識は無い。私は自分の服で拭くことで視界を回復させ、ガムテープや、私の上着を使って止血を試みる。効果はあるようだ。出血によるショックを起こしているだけで、幸い、傷は浅く、塞がりそうではある。藤崎さんのポケットから、通信機器を取り出し、救助にかける。むせるような声に異常を感じたのか、私が無言を貫いても悪戯だとは思わず、駆け付けてくれるようだ。

 縛られた舞波を柱から外し、藤崎さんを横切るようにして離れた。山にある採石場から街に戻るには、時間がかかる。その間、私達は、振り返ることなく、タダ、サイレンが近づく音を聞きだけで、何もせず、走り去った。

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