liquid

じゃぐち

反省

 閉店時間だからと日付をまたぐ前に追い出された。どうやらあの店には、常連にだけ見せる夜の顔が有るのだ。久留米さんの会計まで請け負う。次に会った時には、請求してやると心に誓い、舞波の袖を引く様にして外へ出た。

 14歳、多感な時期を迎える彼女には、時や環境が厳し過ぎた。私よりも年下で、小さな体には、東条あかりから受けた心や体の傷を抱えているのだ。久留米さんから、私の護衛の任務を与えられたが、きっと舞波は乗り気じゃないだろう。私に対する詳しい情報は無い上に、自身の心が喪失しているのだから。どうにかして、舞波の心を取り戻せないものかと考えてみる。

「喫茶店へ向かおうか。ここに居続ける訳にも行かないし」

こんな時間ともなると、人を連れ歩くにも制限がかかる。それに職務質問をされれば、1発で終わりだろう。少女誘拐の疑いもかけられるかもしれない。自分の家に誘うという事を考える輩が、いるかもしれないが、親しくも無い人間に誘われれば、トラウマにもなりかねない。無難に事を構える。実際のところは、山小屋へは遠くて大変なのと、実家の方は鍵を無くしており、妹がいなければ開けられないのだ。

 気の利いた誘いでは無かったが、取り敢えず及第点きゅうだいてんは貰えたのか、喫茶店という言葉にウンと舞波は頷く。しかし、24時間営業している様な店は、チェーン店が主で、以前あかりと行った様な店は、22時ごろに閉店していたことを忘れていた。私は、先程の言葉を撤回する事無く、バレない様にひっそりとファミリーレストランへと進行方向を変える。舞波は、少々ご立腹の様だったが、抵抗する事も無く、大人しく付いて来た。

 自分で使っておいて言うのも、おかしいけれど、”大人しく”という表現は嫌いだ。大人しいと言われている奴ほど、本当は反抗的で、牙をむいて生きている。ただ、先に大人になった奴が、その牙をへし折り、麻酔によってなだめているだけに過ぎないのだ。

私には反抗できる人間はいないが、ドラマなんかで演じられている人間のように、優等生なんかではない。思春期、真っただ中の私達は、ズルい大人たちによって、思い通りに生きるよう、仕向けられているのだ。これは、私の思考だろうか。それは、まるで内なる、もう一人の自分の様だった。

 私は、深く物事を考えるのは止め、歩いていく。もうすぐ店が見える。ファミリーレストランの中を、外から硝子越しに覗きながら歩み寄っていく、もう店内の客は、まばらになっていた。先ほどの呑み屋と違って、落ち着くのではないだろうか。

 入り口を見つけ入っていく。夜の時間は、入店を知らせるベルの音も変わるようで、普段行く昼間の時間のソレとは異なり、同伴者も異なることから、不思議と緊張する。店長ととぼしき人間から、窓から遠い席へと運ばれる。流石さすが、店長。分かっていらっしゃる。未成年二人、窓際に座らされれば、外部から見られてしまう。深夜にしては”キレ”が有った。

 私は、サラダしか食べられなかったし、舞波もおなかが減っているだろうからと、私にハンバーグ、舞波にシチューを選択した。同じ物にしなかったのは、もし、アレルギーが有っただとしても交換できるだろうという考え方からだ。

夏とはいえ、この時間は、冷房が効いていなくても寒い。温かな食べ物を選択したのは、私ながら、配慮有る行動だと感心する。注文した物が届くまでに、お冷と、おしぼりを渡された。

シチューは、今の時間では、出来上がるのに時間がかかると伝えられたが、急ぎでもないので断らなかった。多分、店長としては、従業員が少ない為に、時間のかからない簡単な物にして欲しいという意思があったのだろう。しつこく注文を確認していた。強引に納得させ、渋々、厨房に行く店長の後ろ姿をまじまじと見て、距離が離れた事を確認する。

 話題を舞波へ向けようとした。しかし、初めに、何から声をかけたほうが良いのか。という疑問が付きまとい、考えた挙句、出た言葉が、『シチュー好き?』であった。

いくら、年上風を吹かそうとしても、年齢が下の人間と会話する機会はほとんど無かった為に、気の利くセリフは出てこなかった。

 私の懸命さを評価したのか、ウン!  と今までのやり取りの中でも、一番大きな頷きを貰うことができたのだった。その後は、何も話すことはできなくなり、沈黙のままに30分が過ぎ、ハンバーグ、シチューという順番で配膳された。

目の前に並ぶ料理を、まるで財宝を見つけた盗賊のように、ギラギラと輝かしていた。その様な表情が、フードからチラリと見え、一応、マナーだからと外すように指示する。聞く耳は持たない。今は、マナーよりも食事の方が優先なのだ。

 それにしても、久留米さんの時には、懐いている様子も、甘える様子も無かったのに対し、私に対しては、少しだけ心を開いているような気がする。久留米さんと舞波は一緒にいた期間は、無かったようで、舞波からすれば、後から、共通点が付け加えられただけの大人の女性。ということで、非常に警戒心も強かったのだろう。私とは、年が近い事で安心したのだろうか。

しかし、SIDEというグループをよく考えているのは、久留米さんだろう。結果は、そぐわなかったとしても、功績を称えたい。

 自分の置かれている立場や、今までの振る舞い方を舞波は思い出したのか、顔を真っ赤にして冷静な表情へと戻る。

私は、舞波の一連の動きを見ていて愛らしく思い、クスっとして答える。

「遠慮しないで良いし、気を遣わないでくれ」

私の言葉に対して、フードを外し、ニコっという笑顔を見せてスプーンでシチューを、ガッツク。どんなに自分を偽ったとしても14歳。まだまだ子供なのだ。有栖川から聞いた話では、この子の両親と乏しき人間は、舞波に対し、捜索願を出していたのだが、事実上の打ち切り、行方不明扱いになっているらしい。それでも、両親からの愛情を受けているのだ。舞波は何に不満があるのだろう。

 私が、ハンバーグを食べ始める前に、舞波のシチューは空っぽになっていた。私は無言で、ハンバーグを舞波の方へスライドさせる。私の行動に対して、舞波は、口角が上がる。

「……。いいの?」
「私は、呑み屋でサラダ食べたし、別に良いよ」

ソースが鉄板へと移り、ジュボーっと、音を立てる。肉汁と絡み合い、匂いが広がる。舞波に譲って、文句は無いが、少しだけ後悔する。サラダではお腹は膨れない。

『落ち着いて食べなよ』とは言ったが、またガッツク。ハンバーグはアツアツで、冷めない内に口の中へ頬張ったせいか、口の中を火傷していた。お冷は、飲みきっていたのか空だった。苦しそうだったので、抵抗感は有るだろうが、口を付けた私のグラスを渡す。

「……。ごめん」
「謝るなよ。てかそれ、私が口を付けてたからね」
また、顔が赤くなった。

 舞波は、火傷という事に、舞波がイジメっ子に対してした事を重ねて思い出す。私の場合、今、このタイミングで舞波について聞いたとしても、尋問の様な形を取るだろうと思い、止めた。舞波から話す事を願うだけだ。

 舞波は何か私話してみたくなったのだろうか、口がもぞもぞと動く。

「……。私のしてしまった事について話したいの」

舞波もまた、火傷で思い出したのだろう。私は、舞波の話を聞いた。榊原に言われ、被害者の同級生の病院に行き、謝罪したと。相手も自分に非があった事からか、舞波を咎める事はしなかったのだという。

 お腹が一杯になり、心のモヤモヤが消え、安心したのか舞波は眠りについていた。私は、店員に注意されない様に、1時間に1度、コーヒーやパフェなどを、計6回程注文した。

 瞼が動く、覚醒が近い様だ。睡眠時間は、実に6時間ほど。私は店長と無言の攻防を繰り返していた。

「ほわぁー。おはよう」

舞波は、大きな伸びをして目覚める。私は、舞波の身を案じて一睡も出来なかった。

 喫茶店へ連れていけなかった事に対して罪滅ぼしにとリクエストを聞いてみる。

「そろそろ、出ようか。何処か、行きたい所ある?」
「……。海。朝焼けが見たい」
「同じ意見だ。タクシー呼ぶから、待ってろ」

会計を済ませに行き、タクシー専用の公衆電話が、入り口付近に有ったので、ソレを使う。公衆電話を使っている際、タバコを加えた女が入店していた。タバコを吸う女性が珍しいというのも有ったが、プューマの様な目付きに、虎柄のアウターを着ていたので目に留まった。

 受話器を取り上げ、タクシーを呼んでいる瞬間に、バリィィンとガラスが割れる音が轟く。嫌な予感がし、舞波の元へ向かったが、割れた窓ガラス破片が店内に散りばめられているだけで、舞波の姿は見当たらなかった。

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