liquid

じゃぐち

展望

 妹や有栖川の所在不明や、東条あかりの裏切りにより、私は心の動揺を隠せなかった。しかし今、行動を移さなければ、後悔が付きまとうからと、指示された場所へと向かっている。深夜の静寂せいじゃくや闇が私の心をより一層、心細くする。

それでも、街灯を見つけるたびに私の心は明るく灯るのだった。地図を街灯に照らし、確認し、を数度と繰り返し、地図の赤丸印へと到着した。場所は、路地裏通り。店は、地下へと進み、ダーツを売りにしたみ屋だった。

未成年の私を呼び出すには、もう少し、気の利いた選択をして頂きたい。しかし、差出人不明で、人に見られたく無いという条件の下選ばれたのが、ココなのだと譲歩じょうほしてみる。

地図上からは、分からなくとも、実際に見れば雰囲気もつかめる。最高とは……程遠い。

 病院から出て1時間過ぎて、そろそろ着こうという時に、通り雨に降られる。私服を看護師さんに用意してもらったが、雨により、グッショリとなり、台無しになる。靴下まで雨水が侵入して気持ちが悪い。店に到着するなり、外に有った足マットで充分に足を拭いてから入店する。

 カランコロンと入店鈴が鳴り、私が入って来た事を知らせた。

しかし、客層は予想通り酷く、無精髭ぶしょうひげの男、濃い化粧女で、臭いは、酒・煙草臭が店中に満ち満ちていた。ギロッと客達からにらまれ、未成年者じゃないのか。という疑いをたてられる。当たり前ではあるが、招かれざる客の様だ。

 客の中の1人が私を見つけ、そでつかみ、静かに奥の席へと引っ張る。その人の姿、特徴は、長い髪を束ね。鹿撃しかうち帽の様なモノを被っていた。所謂、探偵帽子と言われる物だ。

 この店には、色々な席がある様だ。立ち席、ソファー席、カウンター席etc. 私は、座敷ざしき席まで案内される。私を引っ張る人は、呼びつけた人と同一人物の様であろうか気になる。席に着くなり、右のポケットからハンカチを取り出し、髪を乾かす様、ジェスチャーをし、手渡して来た。席には相席なのか、一人の少女が幽霊の様に、静かにたたずんでいた。

 相手は、席に座るや否や、帽子を外す。茶色に染めた髪があらわになる。顔に見覚えがある。病院にいた看護師だった。

「3時間ぶりくらいかな? 未成年の君をこんなところに呼んで悪いね。私、こんな店くらいしか知らないから」

相席の少女の紹介無しに、話始まる。仕方なく、詮索せんさくせずに会話することにした。

風貌ふうぼうと言い、探偵の真似事ですか。揶揄からかっているなら、タチが悪いですよ』

彼女は、名刺をテーブルの上に私に見える様に置いた。"看護師 久留米麻紀《クルメ マキ》"

看護師という姿は、既に、確認済みだ。態々わざわざ、名刺なんて用意せずとも、口頭で自分の名ぐらい伝えれば良いのに。

名刺を、めくる様に指示される。裏面を向けると、何処かの住所とアルファベット4文字が書かれていた。

"SIDE"。久留米さんも、グループの元一員だった様だ。名刺の裏に書かれた意味は、榊原による、"嫌になったら、いつでも戻って来い"というメッセージが、込められているのだと言う。榊原の年齢は、いくつくらいだったのだろうかと疑問に思った。

「榊原から、貴方の事は少し聞いているし、後輩の有栖川からも。そんな貴方を見込んで、とある少女の元へ行って欲しい」
「妹や有栖川の居場所を確認しないといけませんので、ご遠慮させて頂きます」

ここで、左胸ポケットから、紙切れを差し出した。私が、ビルの爆発前に握らされていた"本物"だと言う。

「話を聞かれたり、重要物品は回収されたりと、警察が出入りしやすい場所でのやり取りを避ける為ですか」
と尋ねるが、首を横に傾けて、間違いではないけれど合っていない。という表情を浮かべる。

 私が、来る前に頼まれていたであろう、チャージ料を含めた、お通しのサラダにワイン。こちらの席には、ウーロン茶が到着する。当然の様に、相席の少女には、何も出されることは無かった。店員が去ったあと、会話が再開する。

「東条あかりは、東条グループのご令嬢だけれど、隠れみのにしているだけの存在らしいの。それでも厄介なのが、実質的な権利を彼女は握っている。グループは、社会貢献と称して、献金をし、太いパイプを作っているの。所謂いわゆる賄賂わいろ的なモノ。それは、私の勤めている病院も。だから、病院内での行動は、監視下にあると言う訳」

「そもそも、あかりは何故、SIDEを狙うのでしょうか」

「SIDEについては、私が入る前。東条あかりという少女が加入していたという話を聞いていたわ。私も一応、GREEDだけれど。男に、"一番最初に出会った人間の姿を元に戻す"と言われたわ。彼女にとって脅威なんじゃないかな。徒党を組まれるのが」

「妹や有栖川からは、そんなこと言われませんでした」
「さぁ。何故、GREEDと私達は呼ばれているのか。という点に帰着するんじゃないのかな」

 先程の紙切れを強引に私の手に、ねじ込み入れた。ここまで情報を与えたのだ。拒否しないだろうと、凄まじい腕力で、有無を言わせる事は無かった。彼女もまたGREEDなのだ。拒否すれば、まだ見ぬ能力で、どの様な体にされてしまうか分からない。この様な感じでは、東条あかりの言う、条件について聞き出せそうに無い。

 久留米さんのグラスには、既に、口紅が付いていた。ほぼ、酔っ払いの様だ。真面目な会話をしていると言うのに。

久留米さんは、お通しのサラダを小皿に分け、箸を使って食べる。利き手は右手で、左手はグローブしたまま、テーブルの上に置かれ、皿に手を添えられていなかった。ここで、私は、サラダを食べる久留米さんの姿に違和感を感じた。

「左手、動かないんですか」

「分かるでしょ。GREED化した時のモノ。この際だから、言っておくけれど、GREEDにだって規律や決まりは有るし、人一倍、秘密が多い分、プライバシーや個別性に拘る奴も多いからね」

GREEDとのやり取りは、気をつける点が多い。久留米さんに注意され、自分が最後、大人の人から注意されたのはいつ頃か、という疑問が頭を過ぎった。大体、左手が使えなくて、仕事が出来るのだろうか。しかし、酒の臭いによって思考は崩壊する。

 思考は再構築され、話題も再構築する。

「そろそろ、教えてもらえませんか。隣にいる少女の事」
「あぁ舞波だよ。反省中。そして今回、君の護衛ごえいを担当する。君は、GREEDでは無い一般人だからね。護衛がいないと」

『捨てた』と言う東条あかりの手から、無事生還していたのだが、舞波の目はうつろで、頬骨ほおぼねが浮き彫りになっていた。相当な時間、絶食させられていたのだろう。フードを被ったまま外そうとしないで、目も合わせなかった。

「『久留米の奴。舞波に、何かしたのか?』なんて思っていない? そんな事は、しないよ。舞波が、勝手にそうやっているだけ。手を焼いているから放置してるの。私の依頼は、実行出来るから安心して」

久留米さんは、舞波のメンタルヘルスをおこたっているのでは無い。完全に心を喪失した少女の心を、治すことは出来ないと職業柄しょくぎょうがらさとっているのだった。空いた穴が、これ以上広がらない様にという、責めてもの、久留米さんの配慮だった。

「妹と有栖川の事が心配って言ってたよね。安心して、行く先に必ず彼女達は、いるから。私の方は、榊原と海峰の所在確認へ。お互い、良い報告を」

久留米さんは、榊原が生きていることを信じているんだ。私は医者ではないのだから、死んだかなんて判断出来ない。私も生きている事を信じている。

 久留米さんは、その後、酒を飲んで、『トイレが近くなった。気持ち悪い。トイレに行く』と言い、その場を離れた。そのまま、1時間経っても戻って来ない事から、逃げられた事が判明する。そんな、少し面白い出来事にも動じず、フードを被り、自分の殻に引きこもる舞波と共に、しばらくの間、話す事無く、沈黙のままに座っていた。

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