liquid

じゃぐち

強者

 私が有栖川との戦闘によって発生した怪我は、完全に回復するのに7日とも掛からなかった。その間に有栖川の、榊原に対する自慢話を聞かされたり、その日の献立について考える様に言いつけられたりされた。献立については、妹も一緒に考えてくれた事から、そこまでは苦には、ならなかったし、他人の功績をここまで話すことが出来る事に、皮肉無しに感心した。それを怪我人を相手に、それも、自分が傷つけた相手に対して。

はしゃいでいる有栖川の姿を不思議にも嫌な気はしなかった。むしろ、微笑ほほえましさを感じた。

 他人を傷つけてしまうのは、有栖川は、純粋である為、傷ついてしまうのは、純粋な為なのだろうか。

 しかし、着替えや風呂という点で、互いに苦労した。有栖川の部屋は全部で3つ程ある。
1つは、ダイニングキッチン。
1つは、物置状態。
1つは、私が占領。この様に、有栖川の生活スペースは限られていた。3つの部屋は、ドアなどで仕切られる事なく、開放感溢れていて、それがあだとなったのだった。有栖川1人で使うには、部屋の機能性や、見た目から排除してしまう気持ちも分からなくない。

 結局は、隣の住人である友達に風呂を借り、ドア用カーテンを複数個購入して、事は丸く、いや、楕円だえんに収まった。

 6日の間、私の服装は、有栖川から借りた。2日目に着たジャージに"有栖川智明"という刺繍が施されていたが、実家から間違えて弟のを持って来てしまったと、中々、お茶目な部分がある様だ。

 かく言う有栖川の服装は、ラフなモノが多かった。部屋着だから当たり前ではあったが、露出度も加えて高い。夏だから仕方ない。また、見ていた限りでは、紳士服の男によって、体の一部分が消失しているという訳でもなさそうだった。見えない部分が奪われているのだろうか。

 最初に着ていた服を洗濯してもらい。出かけ前に、その綺麗になった服に袖を通す。簡単に身支度を簡単に整えてから、部屋から外へ出た。有栖川の住んでいるマンションは群れをなしていた。"学生優先、優良物件"とうたわわれている看板が乱立していた。この事から有栖川は、学生という身分である事が判明する。

 SIDEのアジトに行く際は、近くでタクシーを拾った。自分が住んでいる地域でも、乗り物や速度、出発点が違えば、異国に来たかの様な興奮を覚えるのだった。しかし、当の案内人の有栖川は『こっちでもない、あっちでもない』と、タクシーの運転手を困らせていた。方向音痴の様だ。

 タクシーは、街から離れ、海沿いを走って行く。Cの字を描く様な曲線は、美しく、いつまでも走っていたい。そう思える様だった。そのまま暫く時は経過し、海水浴場で止まる。ここで下車する事で、海水浴客を装うのだった。

「結構、歩くからね」

この一言に戦慄せんりつした。これは、『能力を使わないよ』という事を意味し、果てしない道のりである事も意味も含まれていた為だ。有栖川が能力を使うのは、本当に必要な時だと言う。それが、過去のトラウマでもある為か、榊原との約束かは分からない。

 タクシーを使う時点で、察する部分は有ったけれど、目を逸らしていた事実を突きつけられると人は、あまりにも無力な存在だと思い知らされる。

 今の妹は、首飾りに変わっている。今日は話し合いでも、相手が不良グループのリーダーだ。あまり失礼なことをすれば、危険だろう。 妹は、私達にエールを向ける。

『ほら、ミチル兄さん頑張って』

妹は、まるで籠屋かごやや人力車に乗るお姫様の様な反応を示す。

 そんな中、待ち伏せしていたのか、人々の群れが現れた。表情からして、有栖川の仲間では無い事は確かである。

「テメェ、SIDEの有栖川じゃあねえか」
「この前の借り、返してやるからなァ」

有栖川は、SIDEの身に降りかかる火の粉を払う役目を担っている。恨みを持たれる事も多いのだろう。男性の集団が襲って来た。私がいなければ複数人で女性を囲むこととなっていた。私は、卑怯な彼らを許すことは無いだろう。

その中の1人は、指先に光が集まっていた。能力は不明だが、GREEDの様だ。そして、紅一点の女性でもある。

私は、数の多い非GREEDの人々の対処を任された。集団は結束し、取り押さえる様にして、襲いかかる。私は、殴られつつも妹に血を混ぜ、床に絵を描く。魔法陣の様なソレは、ネズミを捕る際に使われる電気式の罠を大きくした物だ。罠にスイッチを入れ、気絶させる。私の血が混じっているせいか、出力が足りず、何人か意識がハッキリとしていた。

 私は、妹に血を吐き出させ、イカやタコの様に相手の顔面に噴射させる。前が見えなくなったところを、妹を警棒に変化させ首筋を狙い、叩く。彼らは、完全に気絶した。妹は、自分の体と私の血とを自ら分離する事が出来る。しかし、一度外に出した血液を元に戻す事は出来ない為、外に捨てる事が多くなる。

 有栖川は、GREEDと戦っていた。光を放つ能力は、光線の様に飛び道具として使う訳ではなく、触れた部分をレーザーで融解させる能力らしい。光が大きくなり、先程よりも眩しくなった。有栖川は、目を手で覆ってしまう。相手は、有栖川の隙に潜り込む。しかし、それは有栖川の作戦の様で、油断し、近づいた敵の腹に拳を入れ、気絶させた。

「勝手に目覚めて、帰るだろうから、放っておきましょう」

有栖川の言葉に若干、冷やっとする。


 血を失った事で、よろめきながらも、私達は進路を戻し、再び歩いて行く。1~2時間歩いた先は、港だった。鼻の曲がりそうな酷い潮風の匂いが、鼻腔びくうを包んで離さない。この港にいる漁師は廃業に追い込まれていた事を知っている。理由は、公害による栄養過多。にごりがひどく、サーファーすら寄り付かない事で有名である。拠点とするならば、かなっていると思った。

 そのまま少し歩いていると、倉庫小屋の群れが見えてきた。廃墟と化したソレは、私達の侵入をこばんでいる様だった。もう既に、太陽は傾き、日の入りまでの時間は、そう長くはない。西に広がる海の特権とも言える、その風景を、こんな形でなければ堪能たんのうしていただろうと嘆く。

 倉庫小屋の扉まで辿り着く。ドアにはパスコードと網膜認証と、廃墟には似つかわしくないモノが取り付けられていた。しかし、それは市販の物とは異なる。所謂、ジャンク品という粗末な物だった。それでも、この不良を集めたグループには、メカに詳しい人物がいる事が分かる。流石に、盗品では無い事を祈りたい。機械には、文字が書いてあり、"防犯の為、8日間使われていないアカウントは消滅します"という文言が付いていた。また防犯の為か、カメラが取り付けられていた。

「やっぱりGREED関連で人がやって来るから、防犯には結構、気を遣っている。カメラの映像は、榊原さんの家のパソコンに自動転送されるの」

 有栖川が、ポチポチとボタンを押している間。マナーとして、それを凝視する事は無かった。それよりも、尾行されていないか。という点の方が重要である。ここまでして保護したい物や人がいるのだ。侵入されては、それは、終焉しゅうえんを意味するだろう。どんなに榊原という人物が優れていても、全てを守れる程の力が無いということだろうか。いや、用心するに越した事は無い。慢心しない事もまた、人を束ねる力の持ち主の条件なのだ。

 かちゃかちゃと音を立てた後、有栖川は振り向いて伝える。

「開いたよ」

有栖川のその言葉を受け、静かに扉を開閉しようとする。しかし、ドア溝に砂埃すなぼこりが挟まり込んでいて、ギギギという音を立てながら閉まって行くのだった。その姿を妹は見て『ミチル兄さん。雑』と笑うのだった。

その言葉を聞き、妹は、榊原という人間について、然程、構える事も無い様だった。緊張し、手足が震えるのは私だけなのだろうか。不良の屯場。さぞ、恐ろしい場所なのだろう。

 中に入ると、塩の匂いは完全にシャットアウトされていて、ひときわ目立つ空気清浄機が聳え立っていた。その他にも、メカが転がっており、使い古されたパソコンがあった。ソファーや机が少数だけ用意されていた。それは全て新品の様であった。窓が無いせいか、蛍光灯が多く天井に付いていた。大きな扉の部屋があること以外は、いたって普通である。

 有栖川に一番初めに紹介されたのは、海峰乙音カイホウ オトネという少女だった。

「こっちが、乙音ちゃん。13歳の天才少女。我らが誇る情報系のエースにして、東条あかりからの"契約"を解除してくれたマインドヒーラー」
「こんにちは、初めまして。坂月満と、妹の零です」

挨拶に対し、『……。どうも』の一言と会釈をして、パソコン作業に戻る。この姿を有栖川は、『とても気に入られている』と評価する。普段は、もっと無愛想ぶあいそうで、有栖川は、海峰の先輩に当たるのだが、挨拶に対し反応を示す様になったのは、つい、最近の事だという。なんだか有栖川が無理して明るい雰囲気を作っているように見えた。不良グループのメンバー紹介だ。底抜けに明るくなくて良いと思った。

 海峰は、太陽の光をしばらく浴びていないのか、髪の毛や肌のメラニン色素は失われ、全身のパーツの殆どは、白味がかっていた。

 次に紹介するのが、舞波梓マイナミ アズサという少女だと言っていたが、それらしき姿は見当たらない。と、言うより、私が想像していた不良のほとんどは見られない。

「あれ?言ってなかった?不良グループなのは昔の話だって」

初耳である。テッキリ、今でも不良グループは活動中かと考えていた。不良が殆どいなくなったのには、訳が有るとは言っていたが、理由を聞いても渋るだけだった。多分、誰か構成員を庇っているのだろう。有栖川は、そういう奴だ。


 一番気になる、黒い重厚な鉄の扉の前へ案内される。

「ここが、リーダーの部屋よ」

不良がいないと分かってはいても、リーダーの存在だけは、非常に注意を向けなければならない。何故なら、どんな能…『ミチル兄さん、考えすぎ。イメージが、こっちまで流れてきて困る』

 妹に私の思考を遮られる。

 有栖川は鉄の扉にインターフォンが取り付けられていないのか。拳を硬くし、扉を殴りつけた。

「おい、鏡花。お前に、いつも言っているだろう。勝手に開けて良いと」

中から、かすかに声が聞こえる。それに対して有栖川は返答する。

「一応、マナーですから」
「まぁ良い。入れ」

という声に反応し、私達は重い扉を、ドドドと押して中へと入る。

中には、事務椅子に座る男の影が見えた。あれが榊原だと言う。榊原は、先ずは、私達の歓迎とはいかず、間髪を入れずに"私"に質問してきた。

「坂月、お前は、有栖川鏡花や君の妹、零についてどう思っているかな」

榊原の顔をハッキリと目で捉えた時、顔の綺麗さと眼鏡をかけた知的な風貌ふうぼうに驚きを隠せなかった。

その為に、榊原の質問の意味を考える時間は無く、咄嗟とっさに聞き返す。

「質問の意図が分かりません」

そう答えた私を見て、榊原は、そっと溜息ためいきをつく。

「少々、君には、気分の良い話ではないだろうが、聞きたまえ。私はね、コイツらの事を"バケモノ"と思い、接しているんだよ。だってそうだろう。人と異なる力を持ち、傷つけることさえ厭わないのだから、人ではない。君が違うと言うのなら、コイツらの瘴気しょうきに当てられたかな」

妹は、黙って榊原を見つめる。肝心の有栖川と言えば、無反応を貫いていた。コレが有栖川の慕う人間なのか。

「私は、彼女達の事を人間として接しています」
「私は君の様な人間、嫌いじゃないよ。君の考えを賞賛する。そんな君に、交渉を持ちかけよう。交渉内容は、舞波梓の身柄を確保。対価は、情報。東条あかりと、君の探している犯人の男のだ。断る理由は無いだろう」
「それは、無い。無いが、榊原。お前自身が行けば良いだろ」
「私はね、君と同じ"ヒト"なんだよ」

その言葉は、自分がGREEDでは無いと言う意味だった。もし、ここで『別の人物を当たり、情報を聞いて回る』などと逃げ腰な回答を述べれば、私の人間性と、有栖川や妹、そして、舞波という少女を、榊原の言う"バケモノ"と認める事を意味している。

 榊原の恐ろしさを知る。言葉たくみな誘導で、相手の行動を縛る。しかし、それは後ろ盾が無ければ効果は無い。榊原の人間性、人脈、知略、情報量が支えているのだ。不良を束ねていたのは、腕力でも、脚力でも無く。"脳力"だった。

「分かった。その条件を受けよう」
「君は、それで良い。梓は、きっとDROPSの元に居る。詳しい事は鏡花に聞け。これで以上だ」

彼は終始、一方的に事を進めた。これが、カリスマと言うのだろうか。

 私達は、取り敢えずアジトの外へと出て行った。舞波を取り戻す算段をつける為に、情報共有を有栖川と共にするのだった。

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