liquid

じゃぐち

戦闘

 東条あかりと別れて、数時間後の夜中。私達は、足止めを食らっていた。相手は狐顔の少女。こんな時間にコンビニへ買い物へ行くのは、やめておけば良かったと後悔する。日が完全に沈み込み、辺りは闇。少しばかりの街灯がちらほら。人影は無く、誰かに目撃される心配は無い。冷ややかな、夏の夜の空気に身震いした。その身震いが、彼女から放たれた気迫からではない事を祈る。

 彼女は、ポケットに入れていた手を出し、拳を私目掛けて突き付けた。面を食らったが、拳の動きに合わせて手で払いのける様に往なす。速度は、女性にしては速いが、それでも対応出来る程だった。

 彼女が襲ってくる理由を考えつつ、開けた場所へと誘導する。

 古びて点滅する薄暗い街灯は、私と彼女を照らそうとするが、彼女の動きは、次第に加速していく様で追い付いていなかった。それは、機械的ではなく、氷上を滑るキタキツネの様に。今この場限り、街灯は虫達を集める存在に過ぎないのだ。

 彼女の体は柔軟で、ワルツを踊る様に身軽に跳ね、塀や屋根は、お構い無し。という感じだった。運動神経が良い。

しかし、人間の女性の領域を超えた動きであり、能力らしい能力を使ってこないが、彼女もGREEDだろう。

 青い髪が月光や街灯に照らされ、輝きを放つ。髪はボブくらいで、女性にしては比較的普通の長さではあるが、その髪は、脳に焼き付けられる程に美しい。身長は160cmくらい。腕のリーチの差を感じさせない様な、拳の入り方に、能力に頼っただけのGREEDという訳ではなさそうだ。基本的な戦闘技術が備わっている。

 あかりからは、不自然とも言える程、有栖川という人間に対する情報を伏せられていたが、情報から判断するに、彼女が有栖川鏡花だろう。

 有栖川との交戦中、何度か戦う為の武器のイメージを妹に流した。妹の記憶にある有名な武器の数々。この様な日の為に、装備の予習まで済ませていた。しかし、妹はそれらになる様子は無かった。

『……。怖い』

勿論、自分自身が、日本刀等になって豚や鶏、はたまた人間を襲えなんて言われても、恐々とするのが当たり前という話である。体が特殊でも、心は10代の並みの少女。軍隊でもない。全ては無駄だったのか。

「俺たちを襲うのやめてくれないか。第一、私達を襲って取り込んだとしても、元に戻れるという保証は無いだろう』

丸腰の私に、能力を持った人間。それではかなわず、敗北必至だろう。妹を説得する時間か、逃亡する時間を稼ぐ。

「元に戻る為では無い。私は、心を救った人のために戦うの」

有栖川は、姿通りの雰囲気で、落ち着き、平然を纏う。青い髪の色の様に"冷たい"存在だ。しかし、その言葉には紛れもなく、情熱という"熱い"モノの存在を否定する事は出来なかった。"心を救った人"か。裏切っているのだから、その人物が東条あかりという事は、無さそうだ。有栖川もGREED化によって何かを抱えている人間なのだ。出来れば、こういった人間とは戦いたくはなかった。私は、まるで妹と戦っているような錯覚に陥っていた。

『……。ミチル兄さんを死なせない』

有栖川の言葉に妹は、どの様な気持ちを示したのかは分からなかったが、どうやら、有栖川を討つ気に成る。私を守りたいと思っているのだろうか。

私は、まず、彼女のスピードに対抗するために拳銃をイメージする。命を絶つのでは無い。加速し、手に負えない素早い足を止めるのだ。有栖川は、近距離攻撃しか繰り出せない様子だが、間合いを詰められれば、一気に命を削られる。そんな予感が胸を刺す。神経毒の様な予感は、"ピリピリ"とでも"ビリビリ"でも無く、"パチパチ"と私の心が、毒に接触し、抵抗する音を立てる。

 有栖川は、左手で両の膝を払うようにして触れた。すると、今までの速さ以上で動けるようになっていた。能力発動の条件は、左手が触れる事なのだろう。能力は、状況から判断するに"加速"と言うよりは空気抵抗や重力にも負け無い様、"身体強化"と言う方が適していると考えた。

今までのスピードであれば、拳銃で優に、有栖川の足を打ち、動きを止める事が出来ただろう。しかし、今の状態では、もし当たったとしても、有栖川の何処の部位に当たるかは分からない。そもそも、拳銃を装備することは出来ても、私には、人体射撃経験なんて無い。私には、人を殺すなどという覚悟が無かった。取り敢えず、足止めという気持ちで、妹を拳銃化させていたが、命を奪い取るという行為の重さを改めて感じる。引き金部分も同様に重く感じていた。息を飲む。

 私が緊張している最中、妹は嘆き悲しんでいた。
『鏡花さんはGREEDで、私と何ら変わりない存在、なのになぜ、戦わなければならないの。有栖川と会う理由は再び、契りを交わさせる事。それって仲良くするって事じゃなかったの?  ただ、それだけだった筈なのに』

無力化させようと武器を構えた事で有栖川を本気にさせてしまったのだろうか。

『安心してレイ。君を死なせはしない』

 私は、死を恐れずに有栖川との距離を縮める。女性を殴るのは気持ちの良いモノでは無いが、死ぬよりはマシだ。

拳を目一杯加速させる。それでも有栖川の3分の1程度の速度しか持たない。上半身を逸らすだけで見事にかわしていく。有栖川は、スライディングする様にして足元を掬おうとする。有栖川の動きから、足を狙う事が予測でき、ジャンプする様にして避ける。

 引き金の重い拳銃を敢えて、左へと撃ち込む。有栖川の行動を縛る為だ。予想通りに右から攻めて来る。その拳は、銃弾を避ける為、体のパーツの中でも、制限された場所に打ち込むしかない。素人の私でも位置さえ予測できれば拳を置いて待てば良い。相手の速度を利用するのだ。リーチがこちらの方が長い分。有利な戦い方だ。しかし、カウンターを見切られ、間一髪の所でで有栖川は後ろへ下り回避する。

 ここまでは順調に進んでいる。しかし、ダメージは与えられず、タダ体力を消耗しているだけだ。有栖川の能力が身体強化ならば、スタミナは無限と考えて良いだろう。短期決戦へと持ち込むべきである。どうにか出来ないモノか。思いを巡らせている間に、有栖川は、跳ね上がる。二階建てくらいは軽く飛び越えそうなジャンプを見せ、蹴りを繰り出す。ドロップキックは、有栖川の力と重力の力を掛けて凄まじい破壊力を帯びていた。スポットライトに照らされるかの様な斜線を描いた彼女のキックは、私の心臓を狙う。

落下予測地点に、右手の平を相手に向ける様に置き、ダメージを吸収。そのまま手で有栖川の足を掴む様にして払い、同時に体を横へ逸らしたが、キックの勢いが凄く、右手と胸との空間を、私の手が払いきる前に詰めた。結果、手の平を通して衝撃が貫通し、奥にある肋骨がイカレた。メリメリと音を立てている。私は、どこから出血しているかは、分からなかったが、血反吐を吐く。

運動神経が良かったなどという事は無く、身体強化の能力を使った技を避けようなど、土台無理な話だったのだ。しかし、よろめきながら立ち上がる。

 命脈が絶たれようとする中、死神の様な表情を浮かべ、有栖川は話しかける。

「君には興味は無いんだ、大人しく妹を渡したらどうだ?」

有栖川に、為すべきことがあるように達成しなければならないことがある。妹。延いては目の前の有栖川をも救う事になるかもしれない事だ。


――私が犯人を探そうとし始めたのは、今年の夏に入ってから。即ち、事件から1年経過した時だ。それまでは、老夫婦の遺した山小屋で暮らす事で心の傷は癒えると思っていた。今でも山小屋を利用している。

 しかし、私が妹の為に学校まで辞めた事を気に病んでいたり、家に引きこもる事が多い生活から口数が減っていたりという事で妹は、限界だったのだろうか、犯人の事を話し始めた。紳士服を着ている大柄の男である事、去り際に残した言葉は、『再び会えば元に戻す』と。それの真偽は定かでは無いが、もし、その紳士服の男に会う事が出来れば、彼の悪事は止められるだろうし、GREEDと呼ばれる人々の体を元に戻す事に繋がるという思いが有った。――


だからこそ、ここで死ぬ訳にはいかない。

(……)
『分かった。ミチル兄さん』

敵に悟られぬ様、秘密裏に進める。

 有栖川に拳銃を向け彼女に標準を合わせる。しかし、彼女は怯んだ様子も見せず。射線を避けるためか、右から回り込んできた。手が伸びてくる。彼女の、プロボクサーを超えた速度の拳は、素人の私には避けられない。急所を外す事さえも。

 ……。決まったか。

 血が流れているのは、彼女の拳だけで、私の体からは、先ほどの攻撃による、外部の損傷は見られなかった。

私は、体に妹を纏っていたのだ。無数の棘の鎧に変化させて。彼女は当然、武器は1つで、同時に存在させられるモノも、1つだと勘違いしていたのだろう。

「君の負けだ。もう、やめたらどうだ」

実は、虚勢きょせいである。意識が朦朧もうろうとし、破れた肺により、言葉がかすれる。ピューピューの情けない音がする。直接的なダメージは受けていなくても、鎧から伝わってきた衝撃が、私の体に影響を与えていたのだ。足は、ガタガタという音を立てていたが、それを聞こえないように腕で抑える。

 しかし、有栖川のダメージは"拳に傷がついた"くらいで、負けと言うならば、今の私の方が負けだろう。有栖川は笑いながら、こちらへ向かってきた。

「せめてもレイ、お前だけは」

私は、急いで妹を自分の体に戻す。妹が無防備な姿で晒しておくならば、直ぐに、妹は取り込まれてしまうだろう。しかし、自分の体に入れておくことで、自分の体を漁る時間が発生し、目撃者が現れる可能性が増え、妹の生存率が高まると判断した。 

最初に目撃者がいない事を喜んでいたが、それは有栖川にとって都合が良かったのだろう。彼女は、時間と場所を自分で選択して戦いを挑む事が出来るのだから、態々、相手に合わせる必要が無い。あかりが言っていた様に、有栖川はGREEDに対する戦闘における知識が豊富である事が分かる。

 冴えた思考は出来るのに、相手を倒すという意志が足りないのは、これから先も苦労したという事だろう。

(ここから出して。まだ戦える)

そんな妹の声を聞きながら、死を覚悟し、静かに瞼を閉じていき、無意識の海へ、麻酔をかけられる様にいざなわれていくのだった。

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