翼を灼かれたイカロス

Amenbo

3話 復活

    深い海の底にいるようだった。光はなく、冷たく、音もない。生き物の気配もなく、ただ、漠然とした闇がそこにあるだけ。
僕は何をしていたんだっけ。何のために戦っていたのだろう。
国のため?仲間のため?故郷のため?


…いや違う。誰よりも、自分のため
だった。空にいるときだけは、自分の生きる意味や役割を理解できた。
操縦桿を握っているときだけは、どこかへ飛んで行ってしまいそうなこの魂も繋ぎ止めていられた。

…もう瞳を永遠に閉じて、暗闇の中にいようと決めていた。
暗闇に抱かれて、赤子のように泣きじゃくりながら。

『そろそろ、目覚める時間よ。まさか、このまま呑気にさらに何年も時間を無駄にする気じゃないでしょうね?』


声?声だ。声が聞こえる。

使命?使命だ。そう。使命だ。
あぁ、僕には使命があるんだ。僕にだけできること。救わなくちゃいけない。それはーーーミ…ミキ?ミキって………誰だ?


そしてレインはゆっくりと目を開いた。暗い、漆黒の闇の中だ。しかし誰かの気配は感じる。ここが、今どこなのかもつかめない。そもそも何をしていたのかすら覚えていない。

「…誰か、いるのか…?」

誰かの気配が近寄ってくるのを感じる。

『や–-目覚め–のね、愛しい我がーーーーー

聞き覚えのない女性の声だ。けれど、どこか懐かしく心安らぐ声だった。


『どうやら、成功みたいね。よかったわ。こんなに保存状態が良かったのは、《オーラ》が全身を覆っていたからかしら…?ふむ…やはりすごい力ね。』

声の主は感心したように呟く。


「ここは…、どこだ?一体何があったのか…思い、出せないんだ…それに、今は真夜中か?何も見えない…」


レインは精一杯声を絞り出した。

『ここはアダマンテ帝国南部、潮風の塔。あなたは今までここに、いわゆる“安置”をされていたの。他の戦死者たちとともにね。』

「安置?戦死者?…冗談はいいから教えてくれ。僕はどれくらい眠っていたんだ?ここは病院か何かか?」


レインは混乱していた。何もわからない、覚えていないことに、底知れない恐怖を感じた。

『あなたは一度死んだのよ。レイン・スタフォード』

声の主は淡々と言い放った。

「…は?僕が死んだ?冗談はやめてくれ!ここはどこなんだ!何が目的だ!」


『混乱するのも無理はないわ。そうね、なら自分の目で見てみたほうが早いんじゃないかしら。』

声の主はレインの額に手を触れるとまた何やらつぶやいた。

すると、今まで暗くて何も見えなかった視界が朝日がさすように、はっきりとしてきた。




レインは純白の服を着て、これまた純白の巨大な棺の中にいた。純白の床に純白の天井。明かり窓からは月明かりが差し込んでいた。周りにも同じような棺が1つ、2つ…いや、もっとある。

「えっと…ロック・ガードナー、アルドルフ・ガーランド、ルビー・ウッズ、エリック・シン、エドモンド・スワロウ…へぇ、たくさんお仲間が“いた”のね。これも《オーラ》のおかげかしら、みんな綺麗な顔をしているわ。なんの苦しみもない、そんな顔をしている。」


声の主、それは銀髪を腰まで伸ばした美しい女性だった。レインの棺の傍に悠然と立ち、月の光を受けたその相貌は、職人が研いだ鋭い剣のような危険な美しさがあり、うすくバラの香水の香りがした。






部屋にある棺は、レインのものも含めて18あった。




18という数には覚えがあった。


彼女が読み上げた名もすべて、知ってた。



「なにが、起こってるんだ…わからない、わからない、僕は…」



「彼らはあなたの仲間達よレイン。みんな安らかに眠ってるわ。」


「僕は…飛行艇に乗って…それから…衝突して…」


「思い出したかしら?自分に何が起こったのかを」


レインの頭の中に様々な光景が浮かんでくる。



空、飛空挺、革張りの椅子、鷹、雲、雪…そして、血の匂いとジリジリと灼かれる肌、髪ーーーー




「…みんな、死んだ、のか?」


涙が一筋流れた。


「えぇ、みんなみんな死んだわ。」



涙はとめどなく流れた。

レインは嗚咽した。


どうして、大切なものは失われてしまうのだろう。こんなにも、簡単に壊れてしまうのだろう。

技術は、国は、なんのためにあるのだ。平和を目指した心正しきものたちは、誰のために死んだのだ。彼らや彼女らにも家族がいた。守りたいものがいた。


口が悪いが案外臆病なロック、ずば抜けた操縦の腕を持つアルドルフ、男勝りな性格のルビー、田舎育ちの自分に初めて声をかけてくれたエリック、堅物に見えて甘党なエドモンド…他の奴らだって、みんなそれぞれ違いはあれど、いい奴らばっかりだった。

「死んだ者の命はもう戻らない。基本的にはね。」


レインは涙を拭って銀髪の女性を見た。

「あなたは、彼らの分まで生きるのよ。それが今のあなたにできること。それが、乗り越えるということ。死は、決して忘れられるものではないし、その傷はいつまでたっても癒えることはないでしょう。けど、決して無意味にはならない。無意味にはさせない。そうでしょう、レイン・スタフォード?」

その声は塔全体に反響し何度もレインを揺らした。

「……あぁ、確かに、あんたの言う通りだ…乗り越えなくちゃ、いけない…」

レインは唇をかみしめてつぶやく。

「旅立ちなさい。この街の外れに、[セイレーン]という酒場があるわ。まずはそこへ向かいなさい。そこに答えを知る者がいるはずよ。」

「…いや、ちょっと待ってくれ…あんた何者なんだ…?なんで僕だけ生きているんだ…?一体、なんで僕たちが死ぬ羽目に!!!」

レインは混乱する頭に浮かぶ疑問を次々と投げかける。

しかし、彼女にはその質問など聞こえていないようだった。

「私の役目は道を示すことであり、手を引いて導くことではないわ。ここからはあなたが自分で進むのよ。」

そう言うと、くるりと出口の方に振り返り、塔の階段を降りていった。

「今はとりあえず私を信じなさい。大丈夫よ。きっと最後は全てが良くなるから。」

「ま、まっ…」



レインの意識は再び夜の闇の中に引きずり込まれた。









しばらくしてレインは再び目覚めた。

外の明かるさからして、ちょうど、夜が明けたようだ。


「眩しい…こんなに太陽の光ってのは強かったっけ?」

あの後、銀髪の女に起こされるまで、どれくらい自分は眠っていたのだろう。

何も分からなかった。
5日?いや、1ヶ月?もっとかもしれない。


レインはよろよろと棺からでた。
身体が重く、四肢には力が入らない。頭もボーッとしていて、何が何だかわからなかった。


「こんなとこで足踏みしてたら、あいつらにあの世で笑われちまうかもな…」


最初にレインはひとつひとつの棺の前に立ち、祈りを捧げると、塔の階段を降りて、堅牢な扉をあけ、外へ出た。






海鳥の声が聞こえる。

頬を撫でる風が、ほのかに塩辛かった。




〜時は、かの大戦から12年後〜

時代は変革とともに大きく歪み、新たなる時代が幕を開けようとしていた。

それと同時に、各所で眠れる巨悪達も目覚めつつあるのであった。


















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