翼を灼かれたイカロス

Amenbo

番外編 レイン

〜ある日の戦闘訓練〜




機体の中で、レインは操縦桿をぐっと握りしめた。意識を手のひらに集中させると、それに呼応するように操縦桿が、翼が、機体が光を放ち始める。これは、《オーラ》で満たされつつあるという証拠だ。
     
毎度毎度この飛行艇は馬鹿みたいにオーラを喰らうので、部隊の兵士達の戦闘後の疲労感といったら凄まじいものだった。

しかし、誰一人としてそのことに音をあげはしなかった。全員が全員、自分は選ばれたのだという自負と、責任感を持っていた。

かくいうこのレイン・スタフォードという17歳の青年も自らの使命に誇りを持っていた。




北方の田舎の生まれである彼は、子供の頃から空が好きだった。
夢は何かと聞かれたら空を飛ぶことと即答するほどだったが、いつしかそんなことも忘れ、当時齢15になった彼は寒いだけが取り柄のつまらない村から抜け出す方法を日々考えていた。

父も母も《オーラ》が人一倍微弱な血筋だった。
しかし、他の村人に蔑まれても弱音も吐かず、黙々と畑を耕す彼らをレインは心の底では尊敬していた。









そんなある日のことだった。
北の果てのこのへんぴな村に、政府から役人がやってきた。
役人達は家屋を一軒ずつまわり、特殊なデバイスを用いて《オーラ》の量や質を調査する。

表向きはただの調査とされていたが、なんでも、この調査の結果次第では、身分も役職も問わず帝都にて特殊な役職に就くことになるそうだ。

そして最後に役人達が訪れたのは村はずれの農家、スタフォード夫妻宅だった。夫妻を押しのけ、役人達は奥の居間に座っていたレインの前に立つ。

「君が、レインくんだね?私はこの度《オーラ》調査を一任された鑑定士のオラクルというものだ。君の《オーラ》の測定調査を行いたいんだが、構わないかね?」

「は、はい」

「うむ、ではまず最初に簡単な質問を1つ。おっほん、今まででオーラを用いてデバイスを利用したことは?」

「ないです」

「……ん?君、もしかして一度もないのかね!?」

「はぁ…この家にはもともとデバイスとかいうハイテクなもんはないですよ。あるのは鍬や鎌、脱穀機です。」

「このご時世に珍しい子だね。…君さては自身の《オーラ》を測定したことすら、ないんじゃないのね?」

「え、えぇ、恐縮ですが…。」

「やっぱりね…。なら、いい機会じゃないかね。もしかしたら基本デバイス程度なら扱えるかもしれないしね。さて、装置の反応はどうだね!数値は幾つだね?両親二人の総合値が“E”と“F”だから、“D”あるかないかってところかね?」

「そ、それが…!!」

レインから見ても部下の役人は相当に慌てているようだった。 
なんだ?腹でも痛いのか?

「ん?なんだね?どうしたね?え?貸してみた、ま、ま……え…え、えええええ!?!?!?」


全体量[測定不能]

練度[S]

波形[S]

総合値“error”

「ちょ!ちょっっと待ちたまえ!これは何かの間違いじゃないのかね!測定不能?はぁぁぁあ?しかしそれ以外も、この数値はどうみても、規格外だッ!嘘だろ!Sだとぉぉぉう!?!?」

全体量…すなわちどれくらいの質量の《オーラ》を溜め込んでいるかということ。

練度…すなわちどれほど《オーラ》を変質することに長けているかということ。

波形…すなわちどれほど器用にオーラを扱えるということ。

この値は今までの人類史にも数人しかいない、まさに“ありえない”数値だったのである。




「え?なんかすごいんですか?僕」

すっとぼけた顔でレインは尋ねる。

「あぁあぁ!もちろんすごいですとも!レイン殿!貴殿の《オーラ》に比べれば我々など虫ケラですぞ!
この測定では[A]1つでもつけば、それだけで稀代の天才と言われるのでありますぞ?!(そもそも、全体量の値がBであれば十分だとリークエンスには言われていたのだが…)」

「は、はぁ」

「レイン殿!ぜひ我々と帝都へきていただきたい!父君も母君もよろしいですかな!彼はこの国の希望となりうる才能を持っています!」

願っても無い誘いだった。
晴れてこの忌々しい村からやっと出ていくことができる。何をするのかはよくわからないが、どうやら自分はすごいらしい。しかし…

「…ごめんなさい…オラクルさん…僕はいけないです。」


「ええ!?なぜですか!」

鑑定士のオラクルはすっとんきょうな声を上げる。

「僕は父と母との3人家族です。僕がいなくなったら、きっと仕事は倍以上になるし、村人たちから守ることもできなくなる…だから…僕は…」

レインはなによりも両親のことを心配していた。
明日も明後日も、そしてずっと仕事はあるのだ。休んでなどいられない。
一人働き手が減るだけでどれほど大変か、レインには痛いほどわかる。

「行けません…」

本当は帝都に行きたかった。
だが実際考えてみるとそんなことに何の意味があるのだろう。畑を耕す方が、自分にはぴったりだ…




「何を言ってるんだ!」

いきなり父親の怒号が飛んだ。

「レイン、お前は何を気にしている?」

レインは驚いた顔で父親を見た。

「お前は、外の世界へ行ってみたいと思っていたんじゃないのかい?」


父は暖かな目でレインを見つめている。

気づかれていた…なんでも親ってのはお見通しらしい。不思議なもんだ。一言も言ったことはなかったのに。自分の夢だってそうだ。それでも、なんとなくバレていた。

「父さん…」

「他の人にできないことができるっていうのはとても素晴らしいことなんだ。畑は誰にでも耕せるが、その仕事はお前にしかできないことなんだろう?」


それに加えて、母親もレインの肩に手を置き言う。

「あなたは強くて優しい子、だけど他人を気にしすぎるところがあるわ。あなたの人生はあなたのもの。他の誰のものでもないのよ。だから、自分のために、自分の信じるもののために生きて、そして力を使いなさい」


二人はなんとか必死に笑顔を作っているが、涙からは今にも涙が溢れ出しそうだ。

「…父さん、母さん…」

二人を交互に見た後レインは言った。


「僕は、帝都に行きます。」

その日の明朝、両親と最後の挨拶を終えると、レインはオラクル鑑定士らと帝都へと向かった。




〜そこから二年後のこと〜

帝国は隣国ハーデルファムによる空襲を受けた。いきなりの奇襲によって事実上の宣戦布告を受けた帝国であったが、その爆撃によって国境付近の北部地方は一面焼け野原となった。



この後、両親の訃報がレインに知らされたのは、彼が正式に特殊部隊の配属に決まった、3日後の朝のことである。














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