住む世界の違うみんなへ

クロム

努力が実りました

 決意を固めて早一時間。

 俊の集中力は限界を迎えようとしていた。

 「だ、め、だ……すぅ〜……、はっ!」

 さっきからこのように、何度も何度も寝ては起きてを繰り返している。

「まずい……また波がきた……」

 情報によると、自らの意識が消える寝る瞬間こそが、幽体離脱できる唯一のタイミングなんだそうだ。
 だが、意識を消せたとしても、次に目を開いた時に見るのは異世界の景色などではなく、普通の朝の日差しばっかりである。

 「だめだ……寝る……」

 ああ、結局今日も成功しなかった。
 
 そう思い、諦めて自らを睡魔に委ねようとした時だった。

 
 「  ーーーー  」

 
 何かが聞こえた気がした。
 聞き取れないほどにか細く小さい。


 「  ーーーテ  」


 それでいて、何か強い意志が込められたような感じのする。


 「  タスケテ  」


 その言葉がはっきりと聞こえた瞬間、俊は自分の体が大きく振動していることに気づいた。
 地震とか寒い時の震えとはまた違う、物が電子レンジで温められているように体全体が揺れているのだ。
 ゆっくりと体がベッドに沈み込んで行く。かと思いきや、なんだか徐々に浮いてきている感覚を覚えた。

 その時、俊は客観的に理解した。
 浮いたのは自分の魂なのだと。

 沈んだのは肉体だけだったのだと。

 俊はこの時、幽体離脱ができたことを理解していた。
 だが、あれほど願っていた幽体離脱を成功させたにも関わらず、何故か俊の心に歓喜はなかった。
 代わりにあったのは、ある一つの強い意志。
 恐らくついさっきまで自分にはなかった感情だ。どこからきた感情なのかは分からない。ただ、その場限りや二日三日の決意や覚悟とはまるで違う。

 とてつもなく大きく、決して揺らぐことのない、固く強い意志。
 
 その意志を感じた瞬間、意識が消えた。

 



 
 ひんやりとした空気に包まれた、爽やかな風の吹く高原。
 俊が目覚めたのは、今まで一度も行ったことのない、見たこともない、大自然の中だった。


 「ここ……どこだ?」


 俊が覚えているのは、幽体離脱を成功させようとしてベッドにもぐりこんだところまでだ。
 目覚めた直後はまた朝七時の光景かと思ったが、それにしてはおかしいところがたくさんある。

 第一に、俊が目覚めたのはベッドではなく、屋外の見知らぬ高原であること。

 第二に、俊の家や、周りにあったご近所さんの家々が見当たらないこと。

 第三に、明日は雨予報だったにも関わらず、天気は雲一つない快晴であること。


 「も、ももも、もしかして……ここって………………」


 俊の脳がようやく目の前の状況を把握してきたようだ。

 「!!!!  っっっっっっっいよっっしゃゃゃゃゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 ついに俊はやってきたのだ。
 異世界への転生を成し遂げたのだ。

 その事実を理解すると嬉しさが無限に込み上げ、俊はもう一度声の限りに叫ぶ。

 「異世界にやってきたぞーーーーーーーーーー!!!!」


 そう叫び終えた瞬間、
 「シュッ」
 と、何かが擦れる音がした。

 何かが耳元をかすめた音のようだ。
 手を左耳の下に当ててみると、指先が少し赤くなっていた。

 「……え?」

 左耳の下には、小さな切り傷ができていたのだ。

 驚いて後ろを振り返ると、そこには、

 「……何だ……これ……」

 綺麗な緑に包まれているはずの高原は赤く染まり、そこかしこに五体不満足の人が倒れていた。
 切れ口と思われる部分からは鮮血が流れ、皆揃ってピクリとも動かない。

 そして、その中に一人弓を俊に向かって構える一人の少年がいた。


 「消えろ……反逆者……」


 それが、俊がこの世界で初めて聞いた人の言葉だった。

 
 
 
 

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