メンタリスト

むらもんた

本間南 6

 バイト先の本屋から駅まで歩き、そこから電車で2駅行った所で降りた。
 家に向かう途中でコンビニに寄り、つまみや飲み物を買うことにした。
 静閑な住宅地を歩いていると、築年数がかなり経っていそうな古めのアパートが見えてきた。


「ちょっと古いんだけど、ここです。あがってあがって」


 階段を上がり、突き当たりの角部屋の鍵を南が開ける。


「お邪魔しまーす。中は割と綺麗じゃん」


 部屋に入ると中は何度か改装されているようで、外の見た目程古くはなく、住みやすそうな雰囲気だった。


「でしょー? 部屋の中はそれ程悪くないんよ。とりあえず適当に座って。すぐ準備するっけさ」


 南は手際よく魚を捌いたり、野菜を切ったりと下ごしらえを始めた。
 その手際の良さを見る限り普段から料理をしている様子が伺える。
 普段見せる天然な部分と、しっかりした家庭的な部分とのギャップに好感を持った。


「普段から料理とかするの?」


「普段もほとんど自炊かなぁ。ウチの実家兄弟も多くてな、家事は昔から手伝ってたっけねぇ。それなりに得意なんよ」


 調理の手を止めることなく南が答える。


「そっかぁ。料理できるっていいよなぁ。俺なんてほとんど外食かコンビニ弁当だよ」


「それじゃあ身体壊すよ。ちゃんと食べなきゃダメだっけね。そんなんならまた作るから一緒に食べようなぁ」


 まさか同い年の女性に、給食のおばさんが言いそうな台詞を言われるとは思ってもみなかった。
 そしてくだらないやりとりをしている間に鍋の準備が終わった。
 座卓の上にIHの鍋を乗せ具材を煮込む。
 ふたを開けると舞い上がる湯気に乗った魚介の良い香りが鼻に入り、食欲をそそった。


「やばい! マジでうっまそう。腹減ったぁ」


「美味しそうだねぇ。食べよ食べよ」


 南は何も言わず、さっとお皿に取り分けてくれた。
 何気ない気遣いも家庭的で魅力だった。


「ありがとう。頂きまーす」


「いっぱい食べてね。頂きまーす」


 南の実家から送られてきた野菜や魚介類からは凄く出汁が出ていて、絶品だった。
 東京に来てから、こんなに家庭的な料理を食べたのは初めてだったかもしれない。
 香織とのご飯も確かに美味しかったが、今回は美味しいだけでなく、どこか懐かしい気持ちになって心が癒された。
 夏で暑いはずなのに2人の箸は止まらず、あっという間に3、4人前はあった鍋を完食した。
 心も体も芯から温まった気がした。
 食べ終わると南が、さっと梅ドリンクを出してくれた。
 佐渡で採れた食材の料理に、佐渡で採れた梅のドリンク。同じ土地のもの同士、やはり相性がよくて前に海で飲んだ梅ドリンクよりも香りが引き立っていた気がした。


「はいどうぞ。サッパリして涼むよ」


 そう言って南は俺の隣に腰を下ろす。


 そして
「こっち来てから初めてだったなぁ誰かと一緒にご飯食べたの。やっぱりその方が美味しいんね」と続けた。


「ありがとう。俺も誰かと一緒に食べたの東京来てから初めてだった。美味しいだけじゃなくてなんかホッとしたなぁ」


 キンキンに冷えた梅ドリンクとエアコンの風が鍋で火照った体を心地よく冷やしてくれた。


「じゃあ片付けるから座ってていいよー」


 梅ドリンクを飲み干した南が片付けを始める。


「いやいや俺も手伝うよ! ご馳走になったんだからこれくらいさせて」


 食器を運んで南の洗った皿を拭いた。


「ありがとう。じゃあパパッと片付けちゃおっか」


 少し多めの洗い物も、2人で片付けるとすぐに片付いた。


「明日なんも用事ないなら、もうちょっとゆっくりしていきなよ」


 そう言うと南はノートパソコンの電源を入れた。


「いいの? じゃあお言葉に甘えて、もうちょっとゆっくりさせてもらおうかなぁ」


「今なぁ、凄くいい案が浮かんでて、少し書いてもいい?」


 いやいや、もう電源つけてるし書く気満々じゃん! と心で思ったが口にはしない。


「いいよ。じゃあ俺は借りた小説読んでようかな」とカバンの中から南に借りた本を取り出した。


「そうしなそうしな! てかタクにお願いなんだけど、タクをモデルにしたキャラクターを小説に登場させてもいいかぁ? タクってなぁ、魅力的だから書きやすいんよ。お願い!」


 両手を合わせてお願いする南を見て、断れる訳もなく了承した。


「まぁいっか。せっかく登場させるなら面白いの書けよぉ」


「ガッテン承知の助」


 何かのギャグを言ったのだと思う。ドヤ顔をしてこちらを見ているが、何を言っているか分からなかったのでとりあえず無視してみた。


「……了解したよぉ」


 どすべりしてしまった事にショックを隠しきれない様子だったので、これ以上からかうのは可哀想だと思い慰める。


「うそうそ。あまりにドヤ顔するから少しからかいたくなっただけ!」


「いじわる!」


 少し眉間にシワを寄せ、俺の肩に軽くパンチしてきた。
 さり気なく触れられるだけで少しドキッとしてしまう。こういう感情も久しぶりだった。
 そしてお互い隣に座った状態で南は執筆、俺は読書を始めた。
 南は書き始めると完全に集中していて他の事は目に入っていない様子だった。 
 その様子を見て俺も読書に集中した。


 お互いほぼ会話もないまま2時間が経過した。
 この2時間は不思議な事にとても居心地が良かった。
 会話をするわけではなかったが、お互いが隣に居て、その体温や温もりを感じる事で1人の時の様な寂しさは感じない。
 何か話さなきゃという感じにもならなく、気不味さも全くなかった。
 誰かと一緒に居て、こんなに気を遣わないでありのままの自分でいられたのは初めての経験かもしれない。家族でさえ少しは気を遣い、こんな感覚にはならない。


「ふぅ。読んだぁ。そろそろ終電だし帰ろうかな」


 両腕を頭の上にあげ、背筋を伸ばしながら言う。


「うわぁ、もうこんな時間だったんね。書くのに夢中でなんも話とか出来なかったね。ごめん」と両手を合わせ、申し訳なさそうにしている。


「全然気にしないで! 会話なかったけど凄く居心地が良くていい時間だったよ。また遊び来てもいいかな?」


「なら良かったぁ。あたしも居心地良かったよ。またご飯食べ来て、書いたり読んだりしようなぁ」


 帰る支度をしていると南が1枚の栞を持って来た。


「ジャジャーン! これあげるっけ使ってなぁ。佐渡の名産品、朱鷺の栞だよぉ」


「何から何までありがとう。早速使わせてもらうね」


 受け取った栞を読んでいた小説に挟んだ。


「今日はご馳走様でした。また連絡するね。お邪魔しました」


「はぁい。おやすみ」


 俺は玄関の扉を開け、静閑な住宅地を通って帰宅した。


 それから毎週水曜日と土曜日に南のアパートで、ご飯を食べるのがお決まりになった。
 食事の後は南は小説を書いたり、俺は読書をして時間を過ごす。そういう日々を約1ヶ月送った。
 いつの間にか俺は、この日を何よりも楽しみにしていて、マスターとの賭けなんてどうでもよくなっていた。




 そんなある日いつものように南のアパートで過ごしていると


「かなり進んだぁ。これ絶対面白いから完成したら最初に読んでなぁ。てかタクはどこまで読んだん?」


 そう言って南は俺の読んでいる小説を覗き込んだ。


「コンビニの斉藤さんが実は〇〇だったってとこまできたよ。本当に衝撃的だったわぁ! ラストの結末も楽しみだなぁ」と俺が南の方を向くと二人の顔の距離はとても近かった。  


 大人の手一つ分程の距離で見つめ合う。
 そして少しずつ距離を縮め、自然に口づけを交わした。


「えっとなぁ、あたし……」


「ちょっと待って! 俺に言わせて」


 話を切り出そうとした南を止めて続ける。


「俺、南の事が好きです。こんな気持ちになったのは初めてだと思う! 付き合ってもらえないかな」


「……うん。お願いします」


 頬を赤らめた南を見つめて、もう一度キスをした。
 告白だけはどうしても自分からしたかったから、南が話し始めるのを止めた。
 南から告白されて付き合ってしまったら、形式上だけでもマスターとの賭けが成立してしまう事になる。それがどうしても許せなかった。
 明日マスターには今回の賭けを無しにしてもらい、今後はもう賭けをしない意思である事を伝えよう。


 心理学の勉強を始めてから人に心を開く事がなかった俺に、南はもう一度その大切さや幸せを気付かせてくれた。
 ただ一緒に居る事でこんなにも安心し、癒され、愛おしい気持ちになる。
 俺はずっとこんな人を探していたのかもしれない。
 この人を自分の一生をかけて幸せにしたい。そんな新しい目標ができた。


「今日泊まっていく?」


「ううん。明日は午前から講義があってその準備もしたいから今日は帰るね」


 そう言って帰る支度をした。


 南ともっと深い関係になるにも、とにかく一旦マスターと賭けの決着をつけてまっさらな状態で南と向き合いたいと思い、泊まるのを断った。


「じゃあおやすみ」


「おやすみ。気を付けてなぁ」


 帰りの道中、大人気なく1人喜びながら歩いた。南との大切な記念日になった今日は、俺の人生で1番幸せな日になった。






 そして翌日、いつものバーに向かった……


 

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