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俺はショートヘア女王が大嫌い

祈 未乃流

Episode 16 夏休み 前編

「以上でホームルームを終わる。お前たち、夏休みだからって羽目を外しすぎないように」

「よっしゃぁぁ!夏休みだぜぇぇ!!!」

「このあとカラオケ行こうよっ!」

「あ、私も行くっ!!」

今日で一学期が終わり、夏休み。
クラス内はこれからの予定や遊びの約束などで喧騒に満ちている。
まあテンションが上がるのも無理はない。
かく言う俺も表には出さないものの、内心ワクワクが止まらない。

夏休み。読んで字の如く、夏に休むことだ。
なのにクラスの奴らときたら、やれ海に行こうだのBBQしようだの何だのって。
全く分かっとらんな!夏休みだぞ?夏の休みだぞ?
休みっていうのは、昼過ぎまで寝て、ゴロゴロしたり部屋で読書をしたりすることなんだよ!

お前ら、全然休んでないだろうが!矛盾してないか?!
休みという言葉の意味を履き違えてはいないか?!

なんて、今までの俺なら言っていただろうな。
全く分かってなかったのは、俺の方だった。
そんな捻くれた思考も、最近は落ち着いてきた。
世間一般で言う、夏休みの"休み"と言うのは、単体で使われる"休"みとは意味合いが違う。
夏休みの"休み"は、身体的安寧というより、精神的、社会的安寧を言うことだ。
対して、普通の"休み"は、身体的安寧という意味が多分に含まれているのだろう。

う〜ん、日本語ってやっぱり難しいっ!!

結論から言うと、今年の夏休みは忙しいということだ。

その要因の一つは、バイトだ。
父さんに頼んでみたら、二つ返事で承認してくれた。
バイトは今週の土曜日からほぼ毎日ある。
ちなみに今日は金曜。つまり明日からだ。
正直行きたくない。だが、亜実とのデート資金と考えれば、この身すべてを捧げる所存だ。

まあ冗談はさておき、これから金が必要になるのは事実であるから、働かざるを得ないのだが。

と、気付けば教室内は静まっていた。
俺以外の生徒は、部活やらバイトやら、もしくは帰宅したらしい。

教室に残るのは、俺と南先生だけ。
さてと、俺もとっとと帰りますかね。
明日に備えてゆっくり読書でもしようかね。

「荒井、少しいいか?」

不意に先生から声をかけられ少し驚いたが、今は用件の方が大事だ。

「はい、何ですか?」

「まあ、ここじゃなんだ、付いてきたまえ」

「分かりました」

わざわざ場所を移すってことは、結構大事な用件なのだろうか。取り敢えず付いていくか。





つれて来られたのは応接室。
校外のお偉いさんを迎えるときに使われるような部屋だと思われる。
俺は入り口手前のソファに座る。座ると、高級そうな匂いを漂わせて反発する。

先生は、俺の向かい側のソファに座り、胸ポケットからたばこを取り出した。ほう、意外だな。

「たばこ、吸うんですね」

「まあな。なにぶんストレスの溜まる仕事だからな、こうやって気を紛らわせないと、やっていけないのさ」

そりゃ、ストレスも溜まるだろうな。面倒くさい小生意気なガキを相手にしなきゃならないわけだから。

「そんな話をするためにわざわざここに来たわけじゃないですね?」

「ああ、もちろんだ。用件を話そう」

そう言って、先生は煙を口から吐き出して、灰皿にたばこを潰した。

「これを見ろ」

そう言って、先生は携帯の画面を見せてきた。
画面には一枚の写真。

なっ!!

その写真は、俺と亜実がキ、キ、キスをしていたものだ。
まさか見られていたとは。

「それが、どうかしたんですか?」

「まあ、別にどうということはない。校則を破っているわけでもないし、法律違反でもない。が、高校生が公衆の面前でこういうことをするというのは、私も少々見逃せなくてな。なに、別に反省文を書かせたり何か罰則を与えたりはしないさ。ただ、こういう行動は控えた方がいい。これはお前たちのためだ。こんな写真がSNSにばら撒かれでもしたら、お前たちも厄介だろう?」

「まあ、たしかにそうですね……」

「私は、自分の生徒の恋愛事情に首を突っ込む気はないが、こういうことになると干渉せずにはいられないのだよ。だから、次から気を付けるように。用件はそれだけだ」

そう言って、先生は少しだけ表情を柔らかくした。
俺は静かに席を立ち、応接室の扉を開けようとした。
そのとき、背後から優しく声をかけられた。

「何かあったら私のところに来たまえ。相談くらいには乗ってやろう」

「ありがとうございます」

俺はそのまま、応接室から出た。

帰り道、横には亜実。いつも通りだ。
しかし、今度あんな行動をとれば、取り返しのつかないことになるかもしれない。
それだけは絶対にあってはならない。
もし、その非難の矛先が亜実に向いたら、それは俺の責任だ。
だから、絶対に守らなければならない。







夏休み一日目。
普通の高校生ならパァッと晴れやかな気分になるのだが、俺は違う。

まず、朝から父さん、母さんの職場に行って、ひたすら事務作業。あー忙しい、忙しい。
こうやって見ると、バッチリ社畜生活なんだよな〜。あーやだやだ。

「社長と部長の息子さんだけあって、仕事ができるな〜」

「ほんとよね、結構イケてるし、私のタイプかも」

「やめとけ、売れ残り女の悪足掻きだぞ」

「誰が売れ残りだって〜?!」

そんな会話も軽くスルー。仕事に差し支えるからな。
そんな調子でパソコンをカタカタやってたら、午前が終わっていた。


やっとお昼だぁ〜。
腹減ったぁぁぁ〜……。
とりあえず、定食屋かどっかに行くとするか。
そう思って席を立ったら、一人の女性社員の人に声をかけられた。

「あ、あの!」

「はい?」

隣のデスクの人か。見た感じ若い人だな。新入社員なのかな。
髪の毛はショートボブぐらい、身長は低め。
あと、なんか雰囲気がふわふわしてる。

「お、お昼、暇ですか?良かったら、私と一緒に食べませんか?」

「いいですけど、なんで俺なんです?」

ただのバイトだよ?俺。

「そ、その、仕事してるの見てて、私より仕事できてるな〜と思って、色々教えてほしいと思って……その……」

「別に構いませんよ。でも、なんで敬語なんですか?」

「そ、尊敬の意味を込めてです!」

いや、別にそこまで仕事ができるわけじゃないんだけど……。

「とにかく、敬語はやめてください。俺がやりづらいんで。あと、お名前を聞いても?」

「わ、分かりました!あ……。わ、分かった!」

なんか面白い、この人。

「名前は、友利 翼ともり つばさと言います!あ……また敬語になっちゃった……」

この人、ひょっとして馬鹿なのか?
なんかちょっと危なっかしいところあるし。
身近にこんな人いたような。まあいい。 
俺も一応自己紹介しとくか。

「俺は、荒井 海七渡と言います。どうぞよろしく」

「やっぱり!昨日から社長と部長の息子さんが来るって皆が楽しみにしてたもん!まさかこんなに仕事ができる人だとは思わなかったけどね……。海七渡くんがいると私の存在価値がなくなっちゃうよ〜……」

この人は新人だから、前から来てたことは知らないのか。
お偉いさんは皆知ってるらしいけど、他の人は知らないのかな。もしかして私服姿の不審者がオフィス内にいるとか言いふらされてないよな?
そこら辺は父さんの話が行き届いていると信じておこう。

「とりあえず、どこで食べますか?」

「そうだな〜………あっ!社員食堂はどうかな?わざわざ外に出なくて済むし!」

うむ、それが妥当か。今から外に出て店を探すよりよっぽど効率的だ。

「そうですね。そうしましょう」

「それじゃあ行こっか!」

なんかルンルンしてるな。新人の仲間が増えたとか考えてるのだろうか。別にそれでもいいけどね。





社員食堂って、質素なイメージだったが、思ったより豪華なもんだな。
何を頼むか。ここは無難にカレーか?いや、今はカレーって気分じゃないんんだよな。う〜む、悩む。
こういうときは、人の意見を聞くのが一番だな。

「友利さん、オススメはどれですか?」

「そうだな……、カツ丼とかどうかな?私は仕事に気合入れるときは、いつも食べてるよ!」


「なるほど……。じゃあカツ丼で」

「いいの?!私なんかのオススメで」

「はい。頼れる先輩のオススメですから」

「た、頼れる先輩かぁ〜……」

先輩は、嬉しそうに両頬を手で抑えてくねくねしてる。そんなに嬉しいのかな。
実際、経験歴は俺の方が長いから俺が先輩になっちゃうけど。まあ喜んでるし、黙っておこう。

料理を受け取り、席に座る。
結構広いな、この食堂。
先輩は豚丼らしい。
この人、結構大食いなのか?

「「いただきます」」

カツをぱくり。うん、美味い。

前を見たら、友利さんが美味しそうに豚丼をぱくぱく食べている。凄い幸せそうだ。
みるみるうちに豚丼が無くなっていく。すげぇスピードだな、おい。この人フードファイターかよ。
俺がぼーっとその光景を見ていたら、友利さんはもう食べ終わってしまった。

「はぁ〜美味しかった!ってあれ?全然食べてないけど、お腹空いてないの?」

「いや、友利さんが食べてるの見てたんですけど、凄いスピードですね……」

「私、食べるのが凄い好きで……。でも、皆私がいっぱい食べてるのを見ると引いちゃって……。海七渡くんも引いた?」

別に引いたわげじゃない。引いたというより驚いた。

「別に引きませんよ。寧ろ、大食いな人は好きです」

「ほ、ほんと?!」

そう言って満面の笑みで顔を近づけてきた。
おそろしく近い顔、俺じゃなきゃ勘違いしちゃうね。

「はい、だから気にする必要ないですって」

「そうだよね、うんっ、ありがとう!」

先輩は両手を胸の前で握って、よし、と気合を入れていた。
午後も仕事か〜……。憂鬱だ。
そんなときはカツ丼で元気百倍!
ペロッと平らげ、午後の仕事に向かう。
よし、やるか。




カタカタカタカタ。オフィス内は、キーボードを打つ音で静まり返っている。
不快ではないが、好きじゃない。あんまり落ち着かないな。
俺は今、新しいホームページの案を考えている。
う〜む、難しいな。
やっぱり、会社の名前はドンと前に持っていきたいし、どんな会社かもイメージしやすいようにしたいのだが、思い通りのページが作れない。
今のホームページはどんな感じだ?
現在の会社のホームページを確認してみる。
ふむふむ、なるほど。
仕事内容ははっきり伝わるし、爽やかな男の人の写真も乗ってて好印象………ていうか父さんじゃねーかっ!!
新しいホームページ案を求めるということは、父さんは今のホームページには何かが足りないと考えているということか。
ならば、このホームページを雇用される側や顧客として見て、足りないと感じた部分を追加してホームページを作ればいい。

なるほど。足りない部分を挙げるとしたら、写真が少ない。特にオフィス内の写真が。
雇用される側からしたら、オフィスの写真があれば、仕事をしているシチュエーションもイメージしやすい。
あとは、コメント、だな。
自分たちに近しい存在の新入社員のコメントがあれば、興味も湧くかもしれないし、この会社の仕事の楽しさややりがいを感じてもらえると思う。
俺は早速、実行に移した。

「友利さん」

「なに?」

俺は隣のデスクにいる友利さんに声をかけた。

「友利さんが感じる、この会社の魅力って何ですか?できれば具体的にお願いします」

「うーんと……、そうだな〜……」

腕を組んで眉を寄せてむむむ、と唸っている。
やがて、おっ、と何か閃いたような表情を浮かべる。

「まず一つ目は、働きやすいように環境が整ってることかな。オフィスも綺麗だしね。二つ目は〜……あっ!上司の人も親切で優しい!!あとは〜……、食堂のご飯が美味しいことっ!!」

なるほど。最後のは無しにしても、中々いい情報提供になった。
働く側にとって、働きやすい環境であることは必須条件とも言える。また、最近巷でパワハラだのセクハラだのと騒がれているが、そういうこともないのは言うまでもないな。
入社する人が、この会社で働くことで何かプラスになることがあると明確に提示すればいい。
もちろん給料が良いとかじゃないが、働くことにおいてマイナス面をなるべく感じない会社であるとアピールできれば、ホームページとしては上出来だろう。

「なるほど。ありがとうございます」

俺は礼を言って、友利さんの言葉をホームページっぽく改変して、ページに打ち込む。

「ねぇねぇ海七渡くん、この質問に何の意味があるの?」

「今、新しいホームページ案を考えてるんですけど、それに新入社員の人のコメントがあった方がいいかなと思ったんで」

「えぇっ!じゃ、じゃあ、私の言葉がホームページに載っちゃうってこと?」

「まだ決定したわけじゃないですけどね」

「そ、そっか………なんか照れるな……」

そう言って後頭部を右手でさする。分かりやすい仕草だな。

「まあ、父さんがOKを出してくれればの話ですよ」

「えっ?この新しい案、社長に見せるの?課長じゃなくて?」

「はい。この案、俺が父さんから直接頼まれたものなんで」

「なんかスゴイね!!社長から直々になんて!」

「ただ息子をこき使ってるだけじゃないですかね」

「そうかな?」

「そうですよ」

「社長って家だとどんな人なんですか?」

「普通の親ですよ?特に何かあるわけでもないです。逆に、俺は会社での父さんが気になります」

「会社での社長か……、私はほとんど会ったことがないからな〜……でも、部長や課長が本当に凄い人なんだぞ!って言ってたから凄い人なんだと思う!」

へぇ〜。やっぱり会社では結構ちゃんとしてるんだな。

「海七渡くん、このホームページ案はこれで提出するの?」

「いえ、まだ作業が残ってますから」

俺は次するべきことを実行に移した。

「海七渡くん?!何してるの?!」

パシャリ、パシャリ、こっちもパシャリっとな。

俺はオフィス内の写真を色々な視点から写真を撮りまくっている。もちろん、ホームページに載せるためだ。
オフィス内の写真があった方が仕事場を想像しやすいし、自分の理想に近いかどうかを判断する材料にもなるからな。

「よし、こんなもんかな」

「ちょっと君!皆仕事中だから」

「あ、すいません。新しいホームページ案を考えていまして」

パシャパシャ撮っていたら、怒られてしまった。
一応、謝っておく。この人誰だろう。

「そんなの頼んでいないはずだが」

「いや、俺が父さんから直接頼まれた仕事なんで」

「しゃ、社長自らっ?!」

「そうです」

「そ、そうか、ならどんどん続けてくれ」

おい、父さんって言っただけでこんなになるとは。
やっぱり社長って偉いのだろうか。
あの人なら、俺が蔑ろにされてもクビにしたりはしないと思うが。





俺は今、社長室にいる。新しいホームページの案を提出するためだ。


「どう?」

「おう、結構いいな。これで行くか」

「え?そんな簡単に決めちゃっていいのかよ?」

「まあ、お前にしてはできた方だろ」

「そういう話じゃなくて……、まあいいや。思ったんだけど、バイトの俺に新しいホームページの作成とかさせちゃっていいのか?前は掃除とかだった気がするんだけど」

「お前ももう高校生だし、少しは仕事に慣れてた方が将来的にプラスだろ?そういうこった」

「いや、確かにそうだけどさ……」

この人は仕事に対する気持ちが軽いような気がする。だって、俺のホームページが新入社員の人数に直接関係する可能性も無きにしもあらず。

俺を信用しているのか、仕事を軽視しているのか。どちらにせよ、俺には考えられないな。

「今日の仕事は終わりだな。先に帰っててもいいぞ」

「もう少しゆっくりさせてもらう」

「そうか、明日も頼むぞ」

「はいよ」

俺はそのまま社長室を後にした。

オフイスの外のベンチ付近に自販機があったので、お茶を買って座る。

ふぅ。一日目の仕事は終わった。今はまだたくさんの社員がいるが、これから徐々に減りだすだろう。夏休みだし、お盆がくるからな。
そうなると、これからどんどんキツくなっていくってことだ。
今日でも結構疲れた。先を考えると、憂鬱にしかならない。

やめだやめ。マイナスな思考はマイナスな行動を生む。ポジティブに行こうポジティブに。
俺はお茶を一気にあおって、オフィスに戻った。





「あ、海七渡くん!ここが分からないんだけど、教えてくれない?」

帰ってきて早々これか。でも、仕事にやる気があることは素晴らしいことだ。俺とは大違いだな。

俺は、友利さんのマウスを握って操作をしながら教える。

「ここをコピーして、こっちに移して下に引っ張ればオッケーです。また何か分からないことがあったら、遠慮なく聞いてください」

「うん!いっぱい頼るね!」

いや、意気込むことじゃないから。もうちょっと自分でも頑張ってください。

結局、友利さんの仕事を手伝っていたため、帰る時間が遅くなってしまった。手伝うと言っても、友利さんが分からないところを教える程度だが。
気付けば、オフィスに残るのは父さんと母さんと友利さん、そして俺だけになっていた。

「ふぅ〜終わったぁぁ〜……」

友利さんはそう言って、そのままデスクにだら〜んと突っ伏してしまった。

ありゃりゃ、どっかのスライムみたいになってるぞ。

時刻は6時手前。少々長居が過ぎたな。

「お疲れ様です。それじゃ俺はこれで」

先輩の仕事も終わったことだし、俺は颯爽と帰宅、といきたかったが。

「あ、待って!このあと一緒にご飯でもどう?」

「え、飯ですか……」

「うん!手伝ってくれたお礼で奢るからさっ!」

たしかに、これから家に帰って飯を作るのも面倒だな。弟の脩はばあちゃん家にいるから作る必要はないし、なるべく楽に済ませたい。ここはご馳走になるか。

「分かりました。じゃあ行きましょう」

俺と友利さんは、オフィスを出た。





6時とは言っても、夏の6時。大して暗くはないが、そろそろ夜が始まるって感じの雰囲気が出てる。

「どこで食べるんですか?」

「ん?ああ、近くに焼肉屋さんがあるから、そこに行こうかなって」

げ、また肉かよ。昼にカツ丼食ったばっかじゃねーか。胃もたれしないか心配だ。


「いらっしゃっせ〜!!」

「お二人様で?」

「はい」

「それじゃあこちらの席へどうぞ〜」

店員に案内され、俺達は奥の二人席に座る。

「ここ、食べ放題だから、じゃんじゃん頼んじゃっていいよ?」

「あ、はい……」

正直、昼にも肉をメインで食ってるからあまり乗り気ではない。
それでも、ご好意に預かったわけだから、ここはしっかり食べなければ。

「友利さんはここ、よく来るんですか?」

「うん!ここのカルビが大好きでね〜」

「じゃあカルビいっぱい頼みましょう」

俺はタッチパネルを操作して、カルビを三人前頼む。ついでにご飯も。あ、あと飲み物も頼まなきゃな。
頼んだものが届くまでの間、それぞれの話に花が咲く。

「へぇ~!海七渡くん、彼女いるんだ!」

「はい、まあ……」

「どう?青春してる?」

ニヤニヤしながらそう聞いてくる友利さん。

「まあ……そこそこには」

「なんかいいねっ!高校生活って感じで!」

食い気味に俺に質問をしてくる友利さん。年上の人と話す機会ってあまりないからか、新鮮で結構楽しいもんだな。

「友利さんはどうだったんですか?高校生活は」

「そりゃ私も青春したともっ!」

まあそのテンションの高さとルックスがあればそうだろうな。クラスの中心にいそうなタイプ。
男女どちらとも分け隔てなく関わって、一部の男子を勘違いさせちゃうタイプだ。俺とかその一部の一人。

「でも彼氏はできなかったんだよね〜、私あんまりかわいくなかったし……今もそうだけどね〜」

「そうですか?十分綺麗ですけどね」

「えっ?!」

もちろん、客観的に見て、だが。おそらく、クラスの男子が見れば、8割は可愛いと言うだろう。
俺が可愛いではなく綺麗と言った理由は、年上の人への配慮だ。だからって社交辞令なわけではない。本心からの言葉だ。

「こ、こらっ!彼女いるんでしょ!そうやってからかわないのっ」

別にからかったつもりはないのだが。
そうこうしてたら、頼んでいたものが届いたので、食べ始めた。
うん、確かに美味い。昼に肉をガッツリ食っても美味いと思うレベルに美味い。
それにしても、この人はほんと美味そうに食うな。
口に肉を運んで、満面の笑みを浮かべている。
よく見たらご飯がもうない。俺のをあげるか。やっぱり、そこまで食が進まない。肉はサンチュを巻いて食うとするか。

「友利さん、俺のをご飯いります?」

「えっ、いいの?」

「はい。俺サンチュ派なんで」

嘘だけど。こうやって言っとけば気負いなくもらってくれるだろうし。

「やった!ありがとねっ!」

嬉しそうに一口。一応食べかけだけど、気にする様子もなく頬張っている。なるほど、これは勘違いさせるだろうな。俺じゃなかったら好きになるはなくとも、気にはなると思う。

「海七渡くん、その……あんまり見られてると、食べづらい……」

「え?」

俺は、知らないうちに友利さんをじっと見てしまっていたらしい。友利さんが顔を少し赤くして言った。

「すいません、あまりにも美味しそうに食べるので」

「そ、そっか。あ、バイトはどうだった?やっぱり大変?」

「そうですね……、今までは掃除とか父さんの身の回りの手伝いだけだったんで、急に事務をやることになったんで驚きました」

「えっ、前から手伝ってるの?」

「前は小遣い程度でしたけどね。俺をバイトとして雇ってくれって頼んだので、給料は多い分、仕事量は増えました」

「す、すごいね。小さい頃から社長を手伝ってるなんて。何か習い事とかやってたの?」

「習い事は、サッカーですかね」

「うわ、ぽい!」

ぽいって何だよ。見た目で分かるのか?

「じゃあ高校でもサッカー部?」

「入ってたんですけど、途中で辞めました。色々ありまして。やっぱり心が弱いんですかね……」

ほんとに色々あった。あの時は精神的に参っていたが、亜実のお陰で立ち直れた。ほんと、あいつには感謝してもしきれない。その時は、まだ毒舌の女王だったよな。最近は口調も普通だし。
全て踏まえて、俺は亜実に救われた。いや、亜実だけじゃない。蒼月や先輩、南先生もそうだ。
俺はほんと、周りの人間に恵まれてるな。
思い返してみれば、俺は周りの人たちに、何も返せてない。小林と電話したときも、もっと俺の心が強ければ、あんな事にはならなかった。
これからは、もっと強い心を持って周りの人に恩返しをしないとな。
後悔は、したくない。


「そっか、海七渡くんがそれで後悔してないならそれでいいの、真っ直ぐ生きなよ」

友利さんが、俺の目を真っ直ぐ見てそう言った。
初めて見る、落ち着いていて大人らしい友利さんの姿に、俺は呆然としてしまった。
やがて、さっきまでの友利さんに戻り、

「ご、ごめんね!こんなこと私が言う必要ないもんね!ごめん!忘れて!」

「いや、カッコ良かったです。これから、色々相談してもいいですか?」

「そ、そうかな……。わ、私なんかでよければ、力になるよ!」

照れたように頭の後ろをさする。癖なのだろうか。
まあこんな感じで、友利さんと仲良くなれた。




家に帰り、自分のベッドに倒れ込む。
疲れた。時間は9時を少し回った頃。まだ寝るには早い。
俺は体を起こし、風呂に入る。

座りっぱなしだったせいか、腰が痛い。
動きっぱなしより辛いかもな、これ。

俺は全身を洗い、風呂を出た。今日は湯船には浸からない。なんだか面倒くさくなった。

風呂から出ると、父さんと母さんが帰ってきていた。

「お、帰ってたんだ」

「海七渡、初仕事お疲れ様」

「母さんこそ、今日もお疲れ」

「どうだ海七渡、仕事は?」

「う〜ん、大変だけど、金は欲しいから続けるよ」

「そうか、頑張ったら少しオマケしといてやるよ」

おお、そりゃありがたい。

「あ、そういえばな」

父さんがあとから付け足すように、俺に言ってきた。

「バイトの時間なんだが、明日朝から行ったら、そこから当分午後からでいいぞ?今年は他の奴らの仕事が早くてな。本当は、そこら辺の足りない部分をお前にカバーしてもらおう思ってたんだが、どうにも優秀でよ。お前にやってもらいたい仕事がなくなったら、バイトも終わりってことになる」

なるほど。これなら亜実と出かける時間も結構つくれるんじゃないか?
なら、午後からじゃなくて、朝から行って早上がりにした方がいいな。亜実の部活が午前だけの日とかにも会えるし。提案してみよう。

「あ、それって午前中の早上がりでもいいの?」

「ん?ああ、いいぞ」

よし。許可を得た。これなら、ちょっと仕事を頑張れる。

「海七渡、亜実ちゃんとデートとかしないの?」

突然、母さんから声をかけられてた。この前したんだけどな。箱根で。まあ数は関係ないか。一緒にいる時間が大事なのだろう。分かんないけど。

「そういえば、来週花火大会があるわよ?亜実ちゃん誘ったら?」

ほう、花火大会とな。花火大会といえば、屋台に花火、そして、浴衣。
亜実の浴衣姿。見たい。是非とも見たい。
誘ってみるか。

「さんきゅー母さん。誘ってみる」

「あらあら、気が早いのね」

「善は急げって言うだろ?」

「大切にしてやれよ?あんな美人さん、もう一生出会えねぇだろうからな」

「父さんまでなんだよ。まあいいや、おやすみ」

「「おやすみ」」

俺はそう言って、自室に入る。

俺は携帯をチェックする。すると、一件メッセージが届いていた。
メッセージ名は當 絢幸。先輩だった。
俺は画面をタッチして、メッセージを開く。
そこには、

『蒼月くんを花火大会に誘いたいんだけど、どうやって誘えばいいかな……』

とあった。箱根での事の顛末を知っている俺は、どう誘おうがOKするだろ、と思ってしまうが、ここはしっかり相談に乗っておこう。メッセージが届いたのが10分前だから、おそらくまだ起きている。

『まず、当日空いてるかどうか聞いてみてください。空いてたら誘いましょう』

送信っと。

一瞬で未読の文字が既読に変わる。あの人、待機してたな。

『分かった。空いていたら、どうやって誘えばいいの?』

うむ、そうだな。先輩が二人きりでも問題ないなら、二人で行こうと誘えばいいけど、そこのところを先輩に聞いてみるか。

『先輩は、二人きりで行きたいんですか?それとも、みんなで?』

一瞬で既読になる。ただ、さっきみたいにすぐメッセージは来ない。自分の気持ちを考えているのだろう。
少しして、

『蒼月くんはどうなんだろう……
迷惑って思われたくないし……』

俺はすぐに返信した。

『蒼月のことより、先輩の気持ちのほうが大事です。先輩はどうしたいんですか?蒼月に合わせてればいいんですか?それはかえって蒼月に迷惑になるかもしれませんよ?』

少し、厳しい言い方だっただろうか。これで凹んだりしたらどうしよう。それだけは避けたいんだが。
返信は、一瞬にして返ってきた。

『蒼月くんと二人で行きたい』

ビックリマークや句読点もない無愛想な文。
俺は、その文から、先輩の蒼月への強い気持ちと必死さが感じられた。
俺に最低限のことを早く伝えるために、句読点などを使わずにメッセージを送った。それぐらい、先輩は必死なんだ。

俺は、

『頑張って。何かあったら連絡ください』

そう送って、携帯を閉じた。
あとは先輩と蒼月の、二人舞台だ。





夏休み二日目。と言っても、夏休みらしいことはまだ何もない。

今日一日頑張れば、明日からは午前中で終わる。
しかも全ての仕事を終えれば、バイトは終わる。
今日一日死ぬ気で働いて、夏休みをエンジョイするのだ!

出勤。
俺は使わせてもらってるデスクに真っ先に向かって、資料を開く。
俺が使っているPCに、父さんのPCから今日の仕事内容がメッセージとして送られ、それに沿って仕事をする。

今日の仕事内容を確認し、パソコンをカタカタしまくる。

「おっ、海七渡くん!おはようっ!って、あれ?海七渡く〜ん?もしも〜し?」

友利さんの声も、俺には聞こえない。





昼休憩。
やっと意識が戻った俺は、隣のデスクを見やる。
友利さんは、膨れっ面でパソコンとにらめっこしていた。

「友利さん、昼休憩ですよ?」

「………」

つーんと俺を無視している。何故だ?俺に怒ってるのか?

「友利さん、怒ってます?」

「別に怒ってないし……、無視されて寂しかったなんて思ってないし……」

無視されて寂しかったんだな。

「すいません。。仕事を全部終わらせたらバイトを早めに終わらせてくれるって父さんが言ってたので、早く終わらせようと必死になってまして……」

「そうだったんだ。でも、没頭しすぎ。周りが見えてないのは危険だよ?」

友利さんの言う通りだ。

「そうですよね。すいません、気を付けます」

「やっぱり夏休みはパアッと遊びたいよね〜」

「俺は、その、彼女との時間が作りたくて」

「えっ?!彼女いるのぉおお?!」

どこからかそんな声が聞こえたが聞こえなかったことにしておく。

「へぇ〜、お熱いねぇ〜」

く、ちょっとうざい。口に手を当ててシシシって笑ってるし。

「ええ、アツアツのラブラブですとも」

「アツアツのラブラブなのぉおお?!」

どこからかそんな声が聞こえたが、聞こえなかったことにするパート2。

「あ、海七渡くん!お昼はどうするの?」

「食堂行くつもりですけど、友利さんは?」

「私ももちろん食堂だよ!というか、入社してから食堂以外のお昼はほとんど食べてないっ!」

それは大仰に言うことなのか判断しかねるな……。
他の人、もっと友利さんのこと誘ってあげてよ。

「じゃあ行きますか」

「うん!」

昨日と同様、俺と友利さんは食堂で昼を済ますことに。


さて、今日は何にしようか。昨日は重めのカツ丼、ならば今日は魚で攻めるか。

「すいません、鯖の南蛮漬け定食で」

「おっ、今日は魚系なんだ」

「ええ。昨日は昼も夜もガッツリ肉だったので」

「なら、私も……。すいません、豚丼定食で!」

って魚じゃないんかいっ!!!!
なんだよ、思いっきり肉じゃんか!!
昨日とほぼ変わんないだろうが!

でも、本人は凄いニコニコしてるから何も言えない。本当に肉が好きなんだな。く、素直さはときに暴力となるのか。   





うん、美味い。
南蛮漬けはあまり食べないが、これはハマりそうだ。この濃いめの味付け。これ好きだわ。
サイドの味噌汁は味付けが少し薄く、味付けの濃い魚と合う。ふむ、よく考えられている。
今日もぺろっと平らげてしまった。

「ごちそうさまでした」

手を合わせる。うん、食に感謝だ。
前を見たら、もうとっくに食べ終わっていた友利さんがこっちを見ていた。

「何ですか?」

「ううん、海七渡くん、すごい美味しそうに食べるな〜と思って!」

友利さんに言われると、謎の説得力があるな。

「よし、午後の仕事も頑張るぞ〜!」

「お〜」

意気込んでいる友利さんに、俺も一応ノッておいた。






午前の反省を踏まえて、没頭から集中に変えた。
受け答えに反応できなくなるほど仕事に取り組むとは、先輩のこと言えないな。

パソコンと向かい合ってカタカタ。昨日は大分長く感じたが、今日は時間など忘れていた。

気付けば5時。今日と明日の分の資料もまとめた。
そして、明日は明後日の仕事をちょっぱやで終わらせる予定だ。繰り上げ作戦である。
なるべく早く仕事を終わらせるために、俺が考えた作戦だ。

しかし、これだけではない。
俺は資料の束をカバンに入れ、帰る支度をする。

「あれ?海七渡くん早いねっ」

「はい、お先です」

俺は友利さんに応えて、颯爽とオフィスを後にした。





帰宅。
そのまま自室に向かう。扉を開け、カバンの中の資料の束を机の上に出す。
何故俺が資料を家に持って帰ったのか。
少しでも作業効率を上げるため、資料のポイントをまとめておこうというわけだ。
明日からは午前中で仕事を終えることになるからな、一日でも早く終わらせるためである。

ささっとマーカーを引いたり、文を加えたりして、資料をまとめ終え、コンビニで買った飯を食う。
資料まとめに時間を取られると思ってコンビニにしたが、これなら自炊で良かったな。
でもおにぎりうめぇ……。

こんな感じで夏休み二日目が終わった。
と思っていたが、携帯にメッセージが。
相手は先輩。そういえば誘えたのかな、花火大会。
画面を開いて、メッセージを読む。

『誘えた』

淡々とした三文字。でも、そこから先輩が嬉しさを爆発させている図が想像できる。
そんなことを想像してしまって、笑ってしまった。

『頑張ってくださいね』

送信して、一つ忘れていたことを思い出した。

まだ亜実誘ってなかったな。今日誘うか。
亜実のトーク画面を開いて、

『来週花火大会あるんだけど、行かないか?』

10分ぐらいして、携帯が着信音を鳴らす。
読んでいた本を閉じ、携帯を見たら、亜実からだった。
俺は受信ボタンを押し、携帯を耳に当てる。

「もしもし」

「もしもし、私だよ」

精々三日程度なのに久々と感じてしまう、亜実の声。きれいで落ち着く声色。心が高ぶる。
俺は、声が上ずらないように精一杯平然を装う。

「そりゃ、お前の携帯から掛かってるからな」

「何それ、久しぶりの私の声にもう少し反応してよ」

「たしかに久しぶりっちゃ久しぶりだな」

「あっ、今ちょっと嬉しそうだった」

速攻でバレてしまう。ほんと、こいつには敵わん。

「そうだよ、お前の声が聴けてめっちゃ嬉しいんだよ、悪いか?」

「ううん、私も同じだから……よかった」

「………」

「……海七渡?」

"私も同じ"。その言葉を聴いただけで、俺の心臓は言うことを聞かなくなってしまう。

「いや、何でもない」

「そっか、それで花火大会のことなんだけど」

「ああ」

「行く」

「そうか」

"行く"。また心臓が勝手に先走りやがる。落ち着け。

「そいえば、何で電話してきたんだ?」

「え?特に理由はないけど?したかったから」

したかったからって。今の俺にそんな言葉をかけるなよ。また心臓が速くなっちまう。

「そういえば海七渡、バイトは順調?」

俺が苦しんでいることは露知らず、亜実は俺のバイトの話を振ってきた。

「あ、ああ。なんとかやってる」

「そっか、夏休み中ずっとやってるの?」

「いや、結構巻いてるから花火大会までには終わると思う。そういう亜実も、部活は順調か?」

「もちろん、今日もバシッとやってきたよ!」

「そっか、お疲れ様。あんまり無理しすぎるなよ」

「その言葉、そっくりそのまま返す!海七渡は自分のこと考えないで行動するから心配だよ。体壊さないでよ?」

亜実に心配してもらってる。それだけで自然と笑みが溢れる。だけど、心配させるのは良くない。

「ああ、分かってる」

「なんで笑ってるの?」

「いや、なんか疲れ吹っ飛んだわ」

「だめ!しっかり寝ること!疲れってとれてるように感じてもそこまでとれてないんだから。分かった?」

「分かったわかった」

「また笑ってる!」

「今のはおせっかい焼きすぎるお前に笑ったんだよ」

「はぁ?!心配してるんだよ!ばか!」

「ごめんごめん。なあ、これからさ、夜……こんな感じで話さないか?」

「え?べ、別にいいけど……」

「よっしゃ、じゃあそういうことで」

俺が電話を切ろうとしたら、

「待って、切らないで」

「え?なんで?」



「好きだよ、おやすみ」

体が熱くなっていく。頭がくらくらするぐらい、その声は優しくて、大人で、綺麗だった。
そんな不意打ちに、俺が上手く対応できるはずもなく、

「お、おやすみなさい……」

「ふふ、なんで敬語?」

「う、うるせぇ!もう切るぞ」

「待って、まだ返信聞いてないし」

「へ、返事?!」

「そう、海七渡はどうなの?」

「そ、そんなの言わなくても分かるだろ?」

「えー、言ってくれないと分からな〜い」

「お前なぁ〜」 

「ほーら、早く」

「はぁ……」

これはやるまで切らせてくれないな。
しょうがない、やるしかないか。
俺はなるべく落ち着いた声音で、一言ずつ丁寧に喋る。

「俺も好きだ……。これでいいか?」

「う、うん、おやすみ!」

「え?あ、ああ、おやすみ」

最後少しテンパってたけど、意外と効いたのか?ふっ、一泡吹かせてやったぜ。
まあ俺はテンパってるとかそんなレベルじゃなかったけどさ。





俺は、二日目の調子で仕事を進めた。
三日目四日目と過ぎ、一週間が過ぎた。
七日目の夜、家に帰ったら、父さんから『もう仕事なくなったから、来なくていいぞ?』と言われた。どうやら、思ったより早く済ませていたらしい。
これでバイトは終了だ。

一週間という短い期間ではあったが、仕事量は壮絶なものだった。
まあそれも、もう終わりだ。

その次の日の今日、父さんから給料をもらう。
ただし普通のバイトとは違い、仕事の量で決まっているため、時給ではなく、予め給料が決まっている。

「ほい、お仕事おつかれさん」

茶色い封筒をポンッと渡される。

「ん?結構分厚くないか?」

「オマケだ。だいぶ早く片付けてくれたからな、謝礼金みてーなもんよ」

ここにきて早く仕事を片付けておいてよかったと改めて思った。休みは増えるし、金は増えるし、一石二鳥だな。
俺は封筒を開けて中身を取り出す。
その金額に焦る。

「1.2.3.4………、は?!15万ッッッッ?!」

こんなに貰っていいのかよ?!一週間働いただけだぞ?!

「ホームページが皆から好評でよ、それも踏まえて多めにしといたぞ」

「にしても、多くないか?」

「まあ、これは言わないでくれって言われたんだけどな……」

ん?何か悪いことなのか?

「新入社員の、友利って人がな……、すごい頑張ってたから給料を上げてくれってすごい形相で迫ってきてよ。私の仕事も手伝ってくれたから、私の給料から引いてもいいからたくさんあげてくださいっ!ってな。わざわざ社長室まで来たんだぜ?あれはビビッたわ」

友利さん……。
一週間という短い間だったけど、俺と友利さんとの間には、絆のような繋がりが確かに生まれた。
俺も、あなたに感謝してます。
心の中で、友利さんに感謝を述べて、部屋に戻った。
流石に15万なんて大金をふらふら持ち歩くことはしない。俺は自室の机の引き出しに、大事にしまっておいた。




次の日。

バイトのせいでできなかった、夏休みの醍醐味とも言える遅起きができなかったため、今日こそはたくさん寝るぞと意気込んでいた昨日を置き去りにして、7時半。
全然早起きなんですが。何故でしょう?
理由は簡単、鳴り止まない着信音で目が覚めたのだ。
朝から電話を掛けてくる奴とか、どこのどいつだよと愚痴りながら携帯を手に取ると、亜実だった。
何かあったのかと思い、急いで携帯を耳に当てる。

「も、もしもし」 

「おはよう!」

「何かあった?」

「ううん!別に?」

じゃあなんで電話してきたんだよ……。

「じゃあなんで電話してきたんだよ……」

そのまま口に出てました。

「海七渡、今日暇?」

「暇ではないが、特に予定はないな」

「それを暇って言うの!」

そうですよね。ボケたつもりなんだけどな〜。

「暇だけど、それがどうかしたのか?」

「今日さ、私の家来て」

「は?お前の家?」

「うん、家デートってやつ」

ほう。家デートとな。What is it?

「家デートって何?」

「え?まあ、一緒に家で過ごすだけかな」

なるほど、同棲みたいなものか。てことは、夫婦は毎日家デートしてるってことじゃないか?

「分かった。いつ頃行けばいい?」

「朝ごはん食べたらすぐ来て」

「りょーかい」

「ん、待ってるよ」

電話を切る。亜実との二回目のデートが家デート。
初めての体験だ。
でもまあ、インドア派の俺には合っているかもしれない。

俺はリビングに向かい、自分以外誰もいないことを確認し、適当にパンを食う。親は仕事だ。
仕事と言っても、俺の功績のおかげで、量は少ないと思う。めっちゃ頑張ったし。

飯を食ったら、着替えて出発だ。
俺は少し新鮮な気分で玄関を開けた。






亜実の家の前。インターホンを鳴らして待つ。

「空いてるから入っていいよ〜」

スピーカーから亜実の声がそう聞こえた。
なんだかんだ、亜実の家に入るのはこれが初めてだ。少し緊張するな……。
いざ、新大陸へ……!

「おぉ……、結構普通」

「どんな部屋想像してたの?」

亜実の家は思ったよりも普通だった。
まず、入ってすぐ左手にリビング。
中々の広さだ。独り暮らしには勿体無い。
リビングを出て、奥の右の部屋、ここが亜実の部屋らしい。他の部屋は使っていないそうだ。大体、2部屋ぐらいか?もったいない。

「にしても、ほんとに広いな。独り暮らしなのに、こんな広い必要あるか?」

「そうなんだよね。住んでから気づいたけど、部屋なんて一つあれば全然足りるし。かといって急に引っ越すのはね……」

いや、それは住む前に気付けよ。めちゃくちゃ余ってるじゃねーか。
違う。あいつは物心つく前に両親を失っている。それからは叔父の家で暮らしてたって言ってたな。
この家も叔父が借りているものって言ってたし。
叔父さんの優しい配慮なのかもな……。

「それで、来たはいいけど何すんだ?」

俺は目的を知らされてない。ただ来てくれと頼まれただけだ。そこのところは知りたい。

「えっとね、映画観ようかなって」

「映画か……」

「DVD借りてきた!君の名はと聲の形!」

なるほど。俺がちょうど見たかった映画だ。

「じゃあリビングで見るのか?」 

「ううん、空き部屋に液晶テレビがあるから、そこで見よ!」

空き部屋に液晶テレビ。なんとも言えないアンバランスさだな。

俺は行き先で買った菓子の袋を持って空き部屋へ。
亜実が飲み物を持ってきてくれた。

「ねぇ海七渡、どっちから観る?」

「亜実はどっちから観たいんだ?」

「私は君の名はかな!」

「じゃあ俺も君の名はで」

「いいの?」

「どうせどっちも見るんだろ?」  

「まあ確かにそうだけど……」

亜実がDVDをセットして操作する。予告編が始まった。

「あ、聲の形の予告編じゃん」

「これ面白そうだな」

「楽しみだね!」

「今は君の名はだろ?」

映画が始まる前のあのドキドキ感って、いいよな。
まるで小さい頃に戻ったみたいだ。

そして、本編が始まった。






〈俺、君をどこかでっ!〉

〈わ、私もっ!〉


〈〈君の………、名前は〉〉



「うわぁあああああっ!」

「大丈夫か?はい、ティッシュ」

「ゔん、ありがど」

「いやー、めちゃくちゃ面白かったな」

この映画、凄い。あれだけテレビで取り上げられるだけはある。
実際、今もこうして隣の子を号泣させているしな。

「途中のあれ!やばがっだぁああ!」

「ああ、時間軸がずれてて、同じ場所にいるやつか。あそこの女の子、かわいかったな」

主人公の男の子が女の子を助けるために、女の子がいる一年前の場所に行くところがあった。
二人は、一瞬だけではあるが、その場所で直接合うことができた。そこのシーンは、確かにやばかった。涙腺の主張が激しかった。もうその時点で亜実はボロボロ泣いていた。
こいつが涙もろいのは意外だった。てっきり、映画なんかで泣くとかありえない、とか考えてるかと思ってた。

やっと亜実が落ち着いて、ジュースを飲む。

「落ち着いたか?」

「うん。もう大丈夫」

「面白かったな、君の名は」

「だめ、思い出させないで!また泣いちゃうから!」

「悪い悪い。亜実って涙もろいんだな、意外だわ」

「そう?皆の前ではそういうキャラだよ?」

「いや、素の話だ」

「う〜ん、映画で泣くことなんてないんだけどな〜……」

「てことは、この映画めっちゃ良かったんだろうな」

「うん!そうだと思う!」

携帯で時間を確認すると、十二時前。あ、昼飯どうすっかな。
俺が悩んでいると、亜実がさらっと策をくれた。

「もうお昼か、なら私の手料理を披露しよう」

なんと!亜実の手料理が食べれるのか?!これはめでたい!いやー、今日はいい日だな〜!

「まじか!めっちゃ楽しみ」

「腕によりをかけて作るからね!」

俺と亜実はリビングへ移動し、亜実はそのままキッチンに入って、作り始めた。





「はい、召し上がれ」

「おぉおお!」

出てきたのは、ペペロンチーノ。具材はシンプルだが、漂う匂いがもうやばい。俺の語彙力がやばくなるくらいやばい。早く食べたい。

「い、いただきます」

「おあがりよ!」

「いや、お前そのネタ知ってんのかよ」

食戟のソー○の幸平創○だな。それより、早く食おう。

一口。
 
「う、美味いっ!」

「そっか、いぇーい」

まじ美味い!恥ずかしがりながらこっそりいぇーい、って言ってる亜実も無視せざるを得ないぐらい美味いっ!

「私も食べよーっと」

普通のペペロンチーノと違って、ニンニクが細かすぎない!そのおかげで、カリッとしたニンニクとパスタが口の中でマッチして調和が生まれている。
どれぐらい合うかって?ロッキーとグレーのパーカーぐらい。ちなみに、これ千鳥のネタな。

あっという間に平らげてしまった。

「ごちそうさまでした」

「お粗末!」

「あ、やっぱりやるんだ」

もう食戟のソー○はいいから。さっき聞いたから。

「あ、皿は俺が洗うよ」

「え、いいの?」 

「ああ、美味い料理作ってくれた亜実への感謝だよ」

「そういうことなら、よろしくね」  

あんな料理が食えるなら、皿洗いなんていくらでもできる。あー、また食べたい。 

皿洗いが終わり、次の映画を観る準備をする。
聲の形。
君の名は、と同期間に上映された名作と言われている。その期間中、テレビでは君の名はが大大と宣伝され、かえって聲の形はあまりテレビには公開されなかった。
しかし、映画を観た人は、皆口々に、『君の名はより面白い!』や『もっと皆に観てほしい!』など、その評価は言うまでもない。

あらすじとしては、主人公の男の子通う学校に、転校生の女の子が来る。その女の子は耳が聞こえず、皆とノートに書いた文字でコミュニケーションをとりたいと思っていた。
しかし、主人公の男の子のグループは、その子に過ぎたちょっかいや、イタズラをしだすようになる。
最終的には、耳についている補聴器を奪って、捨てるなんてこともした。
しかし、担任の先生はそれを知っていながら、見過ごし、軽く注意をする程度だった。
そして、学校の偉い先生から、この中に補聴器を壊した人がいるかもしれないと話をしにきた。
そのときに、担任の先生は主人公を真っ先に名指しし、罪を全てなすりつけた。
それからは、イジメの標的が主人公に変わり、仲の良かった友達も、皆主人公をイジメるようになった。
時は経ち、高校生になった主人公は、補聴器の弁償代をバイトで稼ぎ、母に返して自殺をしようとする。しかし、出来ずにのたまう。そんなある日あの女の子に再開した。 

みたいな感じらしい。
このあらすじを読む限り、人間の気持ち悪さが描かれている映画なんだろうと予想がつく。
まあ、とりあえず観てみよう。






〈お前、マジふざけんなよ……〉

パシン

〈は……お前、こいつの母親かよ。ちゃんと面倒見れねーんならガキなんて産むんじゃねーよ……〉

〈やめなさい!〉

〈ご……なひゃい……。ごえん……なひゃい……。ごえんなひゃい……〉

「「…………」」

言葉が出ない。こんなこと、あっていいのかよ、悲しすぎる……。


そして、映画は最終局面へ。

〈やーしょう!〉

〈みんなで……文化祭回りたい〉

あの事件以来、人の顔にバツマークが入っているように見える主人公。文化祭をみんなで回り、笑顔の絶えないたくさんの人を見た。そう、みんなのちゃんとした"顔"を。
他人の顔を見れるようになり、涙をボロボロ流す主人公。

《Shape of Voice》


「よかったぁあああ………」

「大丈夫?はい、ティッシュ」

「わるい、ありがどゔ」

今度は俺がボロボロになっちまった。あー、いい映画だった。
久々にこんなに泣いたな。
主人公が報われて、ほんとに良かった。
これって話の続きあるのか?
調べてみたら、単行本で続きが出ているらしい。
よし、全巻買うか。 

俺はコップのジュースを一気に煽り、一息ついた。

「途中の女の子同士の殴り合い、やばかったな」

「ああ。その後の土下座で心が痛くなった……」

「でも、最後のシーンで報われて良かったよね」

「ほんとな、最後はもう耐えられなかった」

「海七渡って、案外泣き虫?」

「ばか、泣き虫じゃねーよ」

「そう?あのときも泣いてたし」

あのときと言われて、思い当たるのは一つだけだ。
小林と色々あったあの日、俺が亜実に恋心を抱いた日。

あのときから三ヶ月。長いようで短い非日常。
あと一年と半年で、受験か。
当然、亜実や今いる奴らとも離れることになる。
蒼月や岡田、絢幸先輩は今年が受験だから、あと半年。俺は、寂しいと感じるのだろうか。分からない、なってみないことには。
大事なものは、失くしてから気付く、なんて言うしな。
それでも、本当に大事なものは分かる。

亜実。

それ以外にはない。それは、好きだとか感情の話でだけでなく、俺の中で、こいつのいない人生はもう考えられない。
もう、ゾッコンだな。自分でも呆れるぐらいの溺愛っぷりだ。

俺は、ソファに座り、これからのことを考える。
一番近い行事は、十月に開かれる体育祭。
外部からもたくさんの人が足を運ぶ、地域規模のイベントだ。
それが過ぎれば、二回目の定期試験。
その次は十二月の修学旅行。絢幸先輩曰く、去年は京都に行ったらしい。
そして三月の球技大会を経て、三年に進級。
他には、亜実の大会など。
確定した行事でも、こんなにある。
これから、また増えるかもしれない。
忙しく、なるな。だが、今はその忙しくなる予感が、少し嬉しかったりもする。

俺は、一つ、面白いことを思いついた。
それは、物凄く無謀で辻褄も合わないようなことかもしれない。
それでも、亜実に聞いてみたかった。

「なあ、亜実……」

「ん?」

「やっぱりこの家、独り暮らしには広すぎないか?引っ越すつもりはないのか?」

「引っ越したいって気持ちはあるんだけど、学校に近い物件があんまりなくて……」

「ならさ………」


一呼吸置いて、はっきりと口にする。





「………一緒に住まないか?」








「それは、今海七渡が住んでる家にってこと?」

「ああ」

「それって辛くない?提案は嬉しいんだけどさ、私物とか多いし、両親の許可はもらったの?」

「いや、まだだ。でも、多分許してくれる」

「私物はどうするの?部屋もなきゃダメでしょ?」

「部屋なら、俺の部屋の隣に空き部屋がある。最低限な家具はあるし、そこまで狭くない」

俺だって無策なわけじゃない。まあほぼ丸裸だが。

「そう……」

「……なら今日、許可もらいに行こ」

「きょ、今日か……」

「なに、怖気づいてんの?」

「なわけねーだろ、提案者は俺だぞ?」

そう言って、ニヒルな笑みをしてみる。せめてもの強がりだ。

内心、急すぎだろって思ったのは内緒だ。

「今日はそこまで遅くならないと思うから、もう行くか」

「分かった」

こうして、俺の初家デートは幕を閉じた。






午後六時。俺と亜実は、俺の家で父さんと母さんの帰りを待つ。
玄関からガチャガチャ音がする。帰ってきた。

「「ただいまぁ〜」」

「おかえり」 「お邪魔してます」

「あ、亜実ちゃんか!」

「あらあら、二人っきりだったの?」 

「実は、お話がありまして伺った所存です」

「話?」

「はい……」

「この先は俺から言わせてくれ」

俺は居住まいを正し、目の前に両親に座ってもらう。俺は深呼吸をして、向かいの二人をしっかり見てはっきり言った。

「亜実と、この家で暮らしたい」

「馬鹿げたこと言ってるのは百も承知だ。けど、俺はそうしたい」

全然足りない。二人を納得させるには材料がない。
俺の悪い癖だ。冷静なときは、慎重に行動できるのに、冷静でいられないと、すぐ直感で動いちまう。

亜実が、慌てて理由を付け足そうとしたとき、

「いいんじゃねーか?」

「そうね?」





「「は?」」



「は?!ほんとにいいのかっ?」

「ああ、亜実ちゃんが良ければ、俺と母さんは大歓迎だ」

「そうね、未来の奥さんがお家にいるんだもの、どうせいつかこうなるんだし、構わないわよ?」

「そう……ですか……」

亜実も拍子抜けって感じだ。

「それなら、部屋は二階の海七渡の隣の部屋を使ってね!それから引っ越しについてだけど、私とお父さんは今日で仕事は片付けてきたから、亜実ちゃんの準備が整ったらいつでも引っ越してきてね!」

「は、はい」

「それと、足りない日用品は、引っ越してから買いに行くってことでいい?」

「は、はい」

「そうだ!脩迎えに行かなきゃ!」

「あ、俺が行ってくるぞ」

「ほんと、助かるわ」

父さんはばあちゃんの家に脩を迎えに行った。

「はぁ〜、よかったぁ〜」

俺はそのまま床にぐでーっと寝転んだ。
正直、反対はされないにしろ、もっと問答があると思っていた。それは亜実も同じで。
未だ状況が飲み込めていないようで、ぽかんとしている。まあさっきも、は、はいしか言ってなかったしな。
と思っていたが、すぐに切り替えて母さんに質問をした。

「その、お義母さん、なぜあんな簡単に承諾してくれたんですか?普通、人が一人増えるなんてもっと悩むべきことじゃないですか。なのにあんなあっさりと……」

亜実は、信じられないというニュアンスを込めてその言葉を口にしていた。俺も同意見だ。

「実は、あの人とはもうそういうことになったら受け入れようって前々から話をしてたのよ。こんなに早くなるとは思わなかったけどね」

「そう、だったんですか……」

「でもね、それだけじゃないの」

そう言うと、母さんの雰囲気が少し変わった。
すべてを見据えるような穏やかな雰囲気を感じる。

「海七渡ってね、小さい頃から脩の面倒みたり、涼のことを守ったり、自分のことなんか放ったらかしで周りを助けようとするの。だから、自然と私もおとうさんもこの子に甘えちゃってたんだ……」

そんなことない。そう言いたかったけど、ここに口を突っ込むことは、なぜかできなかった。俺の心が、それを拒否しているような、そんな感覚だった。母さんは続ける。

「この子は、決して生まれつき出来てる子じゃなかった。環境がこの子をそういう風にしちゃったんだって、思ったの。この子、欲しいものをねだったりアレがしたいコレがしたいなんて滅多に言わなかった。おとうさんとか私がなにか欲しいものはある?って聞いても、特にないの一点張りで……。」

「………」

いつしか、亜実もその話を真剣な眼差しで聞いていた。対して俺は、居心地が悪いせいか、あまり内容が入ってこない。背中がむず痒い。

「だからね、海七渡がこうしたい、って言ったときは、絶対に受け入れようって決めたの。罪滅ぼしだなんて考えてはいないけど、この子がどうしたいのか、それを知れてとっても嬉しかった。だからね、海七渡……」




「これからは、もっと周りに甘えなさい」

「………」

甘える。確かに母さんの言ってることも分からなくはない。
だが、俺は十分に甘えている。
それは、自分のしたいことを通すとか、欲しいものを買ってもらうとか、そういう事ではなくて。
ただ、こいつらと一緒にいたいという、願いだけ。

俺にとってこの願いは、何よりも大事で、我儘な、甘えなのだ。

「母さん、俺は別に甘えてないわけじゃない」

「え?」

「ここにいる亜実、友達の蒼月、絢幸先輩、他にも友利さんや南先生……。俺は周りの人間にたくさん甘えてるよ。母さんや父さんにだって甘えてるし、色々してもらってる。確かに、同年代の奴らと比べると小さい頃はわがままを言わなかったかもしれないけど、それは、俺がそうしたかったからだよ。」



「だから、これからも甘えさせてもらうよ」

これが本音なのかは分からない。自然と口から出た言葉なことに間違いはないけど、これが自分の本音なのかは自分でも分からない。
俺は、どうも本音を隠す癖があるらしい。亜実には、それはお見通しらしく、よく見透かされたものだ。

しかし、たとえ、この言葉が嘘で塗り固められた欺瞞であったとしても、俺はこれからも変わらずに生きていく。それが変わることはない。
いつも通り、捻くれた姿勢で、態度で、生き方で、これからも歩む。
その歪んだ信念のせいで、周りに迷惑をかけたり、傷つけてしまうこともあるかもしれない。
そうなったときは、甘えさせてもらおう。
ごめんと謝って、許してもらおう。
だって、それが俺の甘えなのだから。


「お義母さん、こう見えて、海七渡って結構甘えん坊ですよ?上手く隠そうとしてますけど、私には分かります」

「は?」

唐突に亜実がそんなことを言い出した。
んなことは今言わなくていいだろ!

「へぇ〜?亜実ちゃんの前では甘々なんだぁ〜?」

ニヤニヤと母さんが俺を見てくる。

「おい亜実、デタラメ言うな!」

「デタラメなんかじゃないでしょ?例えば小林の……」

「ば、馬鹿お前、それは言うな!」

こいつ、俺の黒歴史を母さんの前で暴露しようとしやがった。俺は久しく忘れていた。こいつがドS野郎なことを。

「わかった、俺は甘えん坊だ。これでいいだろ?」

「ふっ、勝った」

何に勝ったんですかね、亜実さん。
そうやってすぐ物事を勝負に転換するのは良くないと思いますよ?

「ほんと仲がいいのね、二人とも」

俺達のやり取りを見ていた母さんが、そう漏らした。

確かに悪くはないけど、今のはこいつが俺を振り回しただけだ。ほんと、勘弁してもらいたいね。最近そういうの無かったからまじで焦ったぞ。
 

「とりあえず!うちに新しい家族が増えたってことよ!海七渡!絶対幸せにしなさいよ?」

「はいはい」

「亜実ちゃん、引っ越しの手続きが出来次第、いつでも来ていいからね?うちはいつでも大歓迎だから」

「はい、これからお世話になります!」

こうして、俺は亜実と一緒に暮らすことになった。

それにしても、亜実の叔父さんが許可してくれるのだろうか。亜実は大丈夫とか言ってたけど。
あとは、学校とかにも報告しておいたほうが良いのではないだろうか。仮にも、同級生の家に住むのだから。そこら辺は、全く考えてなかった。

俺も蒼月と同様、衝動的なところがあるんだな。
そうだ、来週は花火大会があるのだ。
蒼月と先輩は上手くいくだろうか。
俺が心配しても意味はないか。
まあ、両想いなんだし、どちらかが想いを伝えれば、成功することは間違いないだろうが。
それでも、少しの不安はある。藪蛇かもしれんが、どちらかの気が変わったりだとか。ないな。
あんなに想い合ってるのに、それはない。可能性としては、一番ないパターンだ。

とにかく、成功することを祈るばかりだ。
俺としては、この花火大会で先輩から告白して、くっついてほしいと思う。あの先輩が勇気をだして告白すれば、それはそれはドラマのような恋人関係を築いていくだろう。

夏休みが始まって、まだ一週間。
これから、もっと面白可笑しいことが起こるかもしれない。



俺達の夏は、始まったばかりだ。






早いことで、今回で16話となりました。
まだまだ拙い文章力ではありますが、これからも宜しくお願いします。
というわけで、亜実と同棲をすることになった海七渡、これからどうなることやら。

次回、夏休み後編!!

空のキャンバスに、カラフルな花が咲く。
































































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