「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

ノベルバユーザー267281

第二十三話 居心地の悪い平和

 まぁ、今まで聞いた話を少し整理しよう。
 魔族は魔力を身一つで使用でき、人間にはそれが出来ない。しかし、人間の中でもシルビアだけは特別で、魔族以上に魔力を使用することが出来ると。
 この世界では電力ではなく魔力がエネルギー源。そのエネルギーを保有する物質が「魔結晶」で、その存在は極めて稀だとか。
 人間側は魔力を生産する為に、魔族を捕え奴隷化しようとしている。んで、ヴァンパイアは中でも特別な「結界」を使用できるので、実験対象として捕えられようとしていると。

「なるほどね、その結界は『魔結晶』を探知することが出来るってことなんだろ?人間がどうして勇者を殺そうとしているかの理由はまだよく分からないけどね」
「その通りでございます。その結界の技術を奪うために、魔族の奴隷化を進めるために、人間は軍備を増強したらしいんです。そこに葵殿が勇者を攫ったため、勇者奪還という大義名分を得て、魔族捕獲の為の軍も動きやすくなっていると」

 おぅふ、この、別に全然「葵不律」は悪くないですよ、気にしないでください。みたいな空気が頭を締め付ける。さながら孫悟空のようだ。やめて下さい三蔵法師さま!ビクンビクン。
 まぁ、でも、「人間を脅かしていた魔王を倒した」という事実は、「魔王を超える存在が生まれた」ことと同義だからな。出過ぎた杭だ、その存在を危惧する考えが広まるのも時間の問題だったと言えばそうか。俺が何もしなくても、軍の行動は活発化していただろう。
 うん、微妙に言い逃れ出来てないけど、いーや。俺は悪くない!

「とりあえず簡潔に話してみましたが、いかがでしょうか?」
「うん。いくらかスッキリしたよ、わざわざ申し訳ない」
「いえいえ、お役に立てたのなら」
 一気に肩の力が抜けたな。授業を受け終わった時の脱力感に似てる気がする。

『………ん、むぅ』
「あ、もうそろそろ起きるか?」

 ぐぐぐっと眉間が寄って、目をグシグシし始めたシルビアが視界の端に映った。あれ、そういえばアイツって結構寝起きが弱くなかったっけ?
「ん?」
 いきなり俺の頭がガクンと下に落ちる。
 胸の奥から軽くこみ上げた不快感に眉をひそめながら、わちゃわちゃとし始めた魔族たちの方へ何とか目を向けた。
「えっと、何やってるの?」
「べべべべ、別に腰が引けてる訳ではござらぬぞい!?」
「何も聞いてないよ。しかも『ぞい』って何だよ」

 腰が思いっきり引けている鬼たちと美少女ヴァンパイア。台詞と行動が面白いように逆転しているな。今すぐ「テッテレー」っていう効果音を鳴らしたい。
 これってもしかして、怖がっているのだろうか?
「ねぇ、もしかしてアイツが恐かったりするの?」
「そ、そんなわけないじゃん!ワタクシが全力を出せば、勇者なんて、ホントに、もう、ちょちょちょいで、か、勝てるもン………タブン」
「すげー歯切れ悪いのな」

 そうこう言っている間に、ポヤポヤの顔をしたシルビアがむくりと起き上がる。ちなみに、シルビアが起き上がると同時に魔族連中が発した「ひぃっ」っていう小声は、俺にはばっちり聞こえました。
 流石にシルビアも俺と同じようで、体のコンディションが悪いのがありありと見て取れる。絹の様に滑らかになびいていたはずの銀色の長髪はすっかりとギシギシに痛みきっており、目の下には白い肌とコントラストを描くようなクマが出来ていた。うわ、よだれ跡もバッチリだな、おい。
 半開きの眠気眼でシルビアは「ジュルリ」とよだれを袖で拭きとる。

「不律、さん?」
「はい、こちら不律さん」
 今の状態が状態なだけに、なんか変な返事しちゃった。ヤバイ、こんなコンディションで何かやられたら、確実に俺吐くぞ?

「ここは、どこでしゅか?」
「よし、さっき噛んだのはあえてスルーしよう。今から話すから落ち着いて聞いてくれ───」
「───グスッ、不律さん。不律さんっ!」
「おっと、オーケー、落ち着いてくれたのむうわぁっ!」

 シルビアは半開きの目に何故かいっぱいいっぱいに涙を溜めこんで、見事な跳躍力で俺が寝ているソファーへと飛び込んできた。俺、動けないのに。
 眼前にシルビアのぐしゃぐしゃに泣き崩れた酷い顔。彼女の小さい肩が俺の喉仏にガッツリヒット、勢い溢れる小さな体が俺の体を押しつぶすように圧し掛かり、ソファーがそのまま後ろへ傾いて、ドスンと倒れた。誰か助けて下さい。

「不律さんっ、怖かったですぅ!この世界に、私だけしかいなくなっちゃって、よく見る夢で、慣れてるはずなのに、なんだか、すごく怖かったんですぅっ!でも、良かったあぁ。夢で良かったあぁ!」
「ぁうぅ……っぷ」
「大丈夫ですか、不律殿ぉっ!?」

 どうか、夢であってくれ。この年にもなって、嘔吐なんてして、たまるかぁっ。ぅぷ。


「むぅ……一体何をしておるのじゃ、お前ら。不律様まで」
 ガラガラと横向きにドアが開かれ、独特の年季の入ったしゃがれ声が聞こえる。どうやらカストディオさんが入ってきたようだ。
「不律さんから、離れなさいヨッ、ぐぬぬヌ」
「やだあぁぁ」

 俺の体にがっしりと掴まって駄々をこねているシルビアと、そんなシルビアを引きはがそうとしているベアトリーチェ。勇者と名前を聞くだけでも身の危険を感じるほどのトラウマを持っているはずなのに、ほんと、女の子って強い。他人事かよっ、俺っ、俺も頑張れよっ!
「………ぅぷ」
 でも、人には出来ないものってあるよね。
「ふんぬッ!」
「あぁっ!」

 女の子らしからぬ漢らしい威勢の声がしたと同時に、シルビアが情けない声をあげて俺から剥がれた。二人分のドスンという音が響く。
 とりあえずソファーを元通りにして俺を横にしてください。俺の内側が混沌です、カオスです、辛いです。

「ヴェベール、さん」
「なっ、どうしましたか葵殿!?」
「冷たい水で濡らして絞った布を一枚、アイツに、貸してやってくれないかな?このままじゃ、キリがないぜ」
「仰せのままに!」
 だから、ね?もう少し砕けて接してほしいなー、なんて。


 さて、一通り状況が落ち着いたところで今さっき起きたことの説明を軽く。ちなみに今、シルビアは正座で、渡された布っていうかタオルに顔をうずめています。耳が真っ赤でございます。
 おっと、少し話がずれたな。シルビアは俺から引き剥がされると、まるで聞き分けのない子供みたいに駄々をこねてたんだ。ソファーはマナドゥとオートゥイユがしっかり戻してくれて、俺に刺激を与えないようにと気遣ってか、ゆっくりと優しくソファーの上に寝かせてくれた。その優しさが胸に染み渡るなぁ、ちょっと感激。

 とりあえずなんとかその場は俺がシルビアをなだめていて、そこにヴェベールが持ってきてくれた「おしぼり」が登場!
 グシグシと顔を拭くシルビア。段々と耳が赤く染まり、「不律さん、すいません」を連呼するシルビア。恥じらってる女の子は実に愛くるしい、万歳シルビア!
 ようやく正気に戻ってくれたところで、俺とカストディオさんでここに至るまでの経緯を話して、例のこの部屋にお世話になる条件も承諾してもらった。ようやく一段落つきました。
 ここで、今に至るというわけで。

「とりあえず不律様、水を飲んで下され」
「………んっ、クハァ。随分と楽になりました、ありがとうございます」
「それは良かった。とりあえずこの家の魔力の補充は終わってますので、不律様も体調が戻り次第、風呂になさって下され。浴室は一つ故、ベア、お前から先に入っておけ」

 そういえば朝からろくすっぽ飲まず食わずの体だったから、コップ一杯の冷え切った水が全身くまなく廻り、俺の細胞群が歓喜している。その歓喜度合を例えるなら、勝っても負けても馬鹿騒ぎしている都会の一部のサッカーサポーターくらいのテンション。マジであいつ等どうにかならないかな。
 っと、ん?
 スタスタと俺から離れて、娘とコソコソ談義を始めたカストディオさん。そういえば、カストディオさんの顔色やら背筋やら生気が妙に良くなっているな、魔力がある程度回復したからかな?
「?」
 しかし、なんだろう。さっきからベアトリーチェとコソコソしながら、頻りに俺へと目配せをしてくるのだが。どういうことだ?
 ───あ、思い出した。そういえばなんか言ってたな。

「ねぇ」
「………何でしょうか。不律さん、ごめんなさい」
「別に俺は気にしてないよ。あぁ、あと風呂も貸してくれるらしいから、行ってきなよ」
「え、でも、私は………」
「カストディオさんが良いって言ってるの。俺らは貸してもらっている立場なんだから、そこらへんの態度はちゃんとしておかないと」
「不律さんが、そう言うなら………迷惑はかけられません」
「理解が早くて良かった。じゃあ、ベアトリーチェと一緒に入ってきなよ」
「………………え?」
「俺は二人が上がってから風呂に入るから」
「ちょ、ちょっと待って下さい!?」
「大きな声は、頭に響くから止めてぇ………」
「す、すみません。って、そうじゃなくて、何で私と魔族であるベアトリーチェさんが、一緒に浴室へ行かないといけないんですか!そんなの、彼女が迷惑でしょう!?」
「ん?もしかしてお前、風呂場や寝床まで提供してくれる家主の娘さんに、なにか迷惑なことをしようと考えているのか?」
「そんなことは………」

 俺はよっこらせとまた横の態勢に戻りながら、カストディオさんに視線を合わせた。
 憂鬱気に俯く娘を前にしながら、カストディオさんはこっちに親指を立て、グッジョブを向ける。この世界のジェスチャーって、元の世界とどこか通じるところがあるんだなぁ。ちょっと安心。

「ほら、カストディオさんもあぁ言ってるし」
「私はそういうことを言っているのではなくてですね、不律さんなら、不律さんだけなら私の言いたいこと、分かってくれるはずです!」

 多くの戸惑いと少しの怒りが込められた、真っ直ぐな少女の瞳に見据えられ、俺の心は少しだけだがズクンと痛みに疼いた。
 シルビアの言いたいことは十二分に分かっているつもりだ。
 彼女の全身には「勇者」として戦った傷が多数刻まれている。勇者として生きてきたためにその傷を誰一人に見せることなく、人々の希望であり続けるために孤高の強者として振る舞ってきた、そんなシルビアの過去を俺は知っている。
 だからこそなのだ。その傷を、この世界に従順せず、同じような心を持った俺にだけ見せてくれた。姿かたちは全く同じ、真っ直ぐに歪んでしまった二人の心。しかし、それは鏡に映したように真逆。

 わかっているさ。
 でも、こんなときだからこそ鏡である俺は、相手の気持ちを考えない「綺麗言」を並べてあげなくちゃいけないわけで。現実に沿った、俺の大嫌いな論理的思考を話してあげないといけないわけで。

「俺も、出来ることならこんなことは言いたくないんだけどね。俺は魔族とか人間とか勇者とか魔王とかよく分からないんだけど、でもさ、もう戦争は一応終わったんだろ?今のお前は『勇者』じゃなくて『シルビア・ランチエリ』なわけで、あいつも『魔族』じゃなくて『ベアトリーチェ』なわけだ。何を気にする必要がある?」
「そんなの、他人事すぎます」
「なにも素っ裸でありのままを見せろっては言ってないだろ。体にタオル……じゃなくて、布でも巻いて隠して入れば良い。浴室も湯気とかがあってそこまでお前の姿なんて見えやしないさ。何よりお前にはゆっくり疲れをとってほしい。元気に笑う顔がまた見たい」
「………あぅぅ。不律さんはズルいです、そんなの、私が我がまま言ってるみたいじゃないですか」
 シルビアはもう一度顔をおしぼりに埋めながら、「分かりました」と小さく呟いた。

「勇者!勇者、シルビア・ランチエリ!」
「っ!?」
「ふぇ?」

 柄にもなくビクって驚いてしまった。ちょっと待って、首筋がちょっと、攣った。イタイ。
 急にどうしたのだろうか?さっきまで憂鬱気に俯いていたベアトリーチェが、空元気のようにも見えるが、声を大にしてシルビアの名前を呼んでいる。

「ふふん、ワタクシがあなたに完璧に勝っているということを教えてあげル!」
「え?ちょ、ちょっと?」
 シルビアが目覚めただけで「ひぃっ」て言っていたあの褐色の美少女が、どんな心境の変化があって、その勇者の手を自ら進んで引いているのだろうか?
 変な視線を感じて、チラリとそっちの方に顔を向ける。
「………何を吹き込んだんだ?」
 妙に満足げ、どこか意地悪気な表情を浮かべる策士カストディオがそこにあり。

「勇者シルビア、ベアよ、風呂上がりの着替えは後ほど多数用意しておくから、そこから自分の気に入った服を選ぶとよい」
「わかっタ」
「え……あ、はい。すいません」
 とりあえず口をはさむのも何なのでそのままその異様で微妙な光景を眺めてみた。シルビアも俺と同じように何が何だかと言った顔でベアトリーチェと俺の顔を交互に見ている。あぁ、きっと助けを求めるんだろうなぁってのは気づいたけど、特に俺が何が出来るわけでも無いので、行ってらっしゃいとばかりにパタパタと手を振ってあげた。

 うん。これからあの二人がお風呂に入るのかと思うと、止めるのも野暮だしね!なんだか俺、元気になってきたぞ!
 ガラガラと横開きの扉を開けて二人は小走りに出ていき、ベアトリーチェに手を引かれたままだというのに、シルビアは律儀に空いた片方の手で扉を閉めている。
 なんだろう。この待っている時間が、妙にもどかしい。いや、別に覗きに行こうとか思っているわけではなくてですね?なんというか、初めての経験でよくわからないでござる。
「マナドゥ、オートゥイユ、こっちへ」

 女性陣が出ていったのを見て、カストディオさんが二人の鬼を少し控えめな声で呼ぶ。
 何を話しているのかよく分からないが、しばらく会談が続いた後、カストディオさんは二人の鬼にメモかと思われる紙を二人に渡した。そういえば、この世界での紙って結構貴重だとか言ってなかったっけ?大事な用事なのかな?
 まぁ、あれだけの戦闘があって、人間の軍隊も動いていたような日だ。用心するに越したことは無いんだろうな。邪魔しない様にしよう。

「わかったか、お主ら?」
「な、なるほどそんな手があるとは」
「流石、カストディオ様でございますな」
「ふん、お喋りもそこまでじゃ。では急いで、そこに書いてある物を集めてこい。ベアたちが風呂から上がるまでにな」
「わかりました」
「御意」

 何か大切な使命を胸に抱き、二人の鬼は部屋から駆け出してあっという間にこの場から居なくなってしまった。いやぁ、男の目をしてたなぁ。
「………どしたの?」
「あ、いえ、葵殿」

 妙に空気に入り込めていない人間同士って不思議と会話しちゃうよね。ってなんかの本に書いてあったな。別に俺は学校で常にぼっちだったし、そんな集まりなんか呼ばれたことなかったから、そういった経験は無いのだけれども。んで、今回たまたまそのはぐれ者が俺とヴェベールってわけなんだな。
「お気を害してしまうかもしれませんが、私なりに少し気になることがありまして」
「どうぞ」
「私はずっと勇者が嫌いです。今だってそうです、激しく憎んでいます、恨んでいます。彼女に殺された私の大切な仲間たちはもう数えきれないほどです。でも、勇者が目を覚ましてから、この部屋を出ていくまでの一時、本当に短い時間でしたが、今思い返すとその時間の中でだけ、私の勇者に対する嫌悪が消えていました」
「………そうか」
「私は一体、どうすればいいのでしょうか」
「それを答えられたら、今頃俺はもっと普通の人生を歩んでいたさ。これはきっと、自分で答えを探さないといけないと思う」
「………学ばないといけない、そういうわけですか」
「そういうわけだと思う」


 この後、ヴェベールはカストディオさんに言われて晩飯の支度へと向かった。つまり今、この部屋には俺とカストディオさんの二人きりだ。
「ゆっくりお休みくだされ、時間になったら起こしますゆえ」
「いや、もう大丈夫だと思います。アイツが何か起こすかもしれないと考えると、うとうとなんかも出来ませんしね」
「左様ですか。お互いに分かり合っているようでございますな」
「まぁ、そういうものではないけど。例えるなら、アイツは鏡に映った俺だし、俺は鏡に映ったアイツなんですよ」
「ふむぅ………」

 ふぅ。気まずい、誰か助けて。コミュ障にこの状況は辛いよ?


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