「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

ノベルバユーザー267281

第十七話 この力は

 五感が真っ白になる。辺りは不自然なほどに静かすぎて、体全体の感覚が無くなって水の中で浮遊しているかのよう。目の前は空白。血や砂の臭いも一切しない。
 そういえば昨日も、こういうことがあったな。

「っつ、あぁ………最悪な気分だ」

 段々と視界に色が戻ってくる。そして鮮明になっていく記憶の中、俺は改めて自らの手の平を見てみた。
 傷一つなく、見るからに黒く凶悪で刺々しい甲殻に覆われた手や腕、体の全体。
 なんとなくだが、うっすらと分かる。まぁ、俺の体のことだからな。たぶんこの姿に変わるには条件みたいなのがあって、それにはマイナス方向の心情が作用してると思うんだ。詳しいことは知らないが、随分皮肉なことをしてくれたね、あのショタ神は。

 そして、もう慣れたもんだが俺の体は羽もないのに浮かんでいる。三メートル強くらいの下の位置に、俺を襲っていた連中がその場に倒れこんで、唖然とした目で俺を見ていた。
 いやいや、驚きたいのはこっちの方なんですけどね。
 どのような衝撃を受けたのか、それは俺の知るところではないが、フードがめくれてすっかりと顔が露わになっている黒マントの連中達。

 俺に接触していたベアトリーチェと呼ばれてる、女性のヤツの姿。その顔の色は小麦色の褐色で、目は大きく鋭く、モデルのように整った顔立ち、未だ軽く幼さの残る雰囲気からして俺と同じくらいの歳か、それとも少し上か。そして、他の俺を囲っていた連中の姿はというと、一目見ただけで人間では無いということが分かる。黄金の短髪、赤く染まった肌に表情筋が隆起した顔、体自体は多少細身であるようだが、その首筋から察するに体の内側にはしっかりと筋肉が凝縮されているのだろうというのが見て取れる。そしてその全員が全員、共通したように、額の上部に角を持ち合わせていた。

「な、なんであなたがその姿ヲ!?」

 声と体が震えている。

「醜いだろ?意地悪な地獄の神様から貰ったんだ」
「ベアトリーチェ様、お逃げください!」

 例えるとするならば、「鬼」という表現がしっくりくる三人がベアトリーチェの前に出る。これもまた魔力によるものだろうか、彼らの両手から黒に近い紫色の霧が流れ出し、それが徐々に殺傷能力の高そうな重々しい棍棒へと凝固した。

「最悪な事実が発覚した以上、今回の作戦は全て無駄だったということをお伝えせねば!早くカストディオ様にこのことをお伝えしてほしいですが、はっきり言ってここからの距離では間に合わないでしょう。しかも相手はあの勇者シルビア・ランチエリです」
「カストディオ様の安否がしれない今、ここでベアトリーチェ様に何かあれば、もう魔族に未来はありませぬ!ここは自分達が時間を稼ぎますゆえ!早く!!」

 鬼達は棍棒に業火を纏わせ、人の目で追うのも難しいだろう速さで飛び上がり、俺に決死の攻撃を繰り出す。
 しかし、俺の体はビクともしない。本当に自分でも驚くほどにビクともしないんだ。
 いつの間にかボロボロになっていたはずの両手も完治しているし。今も、相当な強さで圧倒的な打撃数を全身に叩き込まれているはずなんだが、ガンガンと体に衝撃が響いてくるだけで、痛みは全くと言っていいほど感じない。

 これが「魔王」の力ってやつなのか?あまりにも、レベルが違いすぎる。

「ん」

 腕を広げる。その瞬間に、今にも俺を殴りかからんとしている姿の鬼が三人、俺の背後と左右の位置で同時にピタリと動きを止めた。
 多分この絶望的な実力差をまじまじと見せつけられたせいだろう、三人の表情は憤りとも悔しさとも恐怖ともとれる、表現しがたい複雑な顔をしていた。滾る気持ちとは裏腹に、体はピクリとも動かない。いくら大声を張り上げ体を力ませようが、その事実だけは変わらないようだ。

「動けないヤツの骨を徐々に折っていくを見るのは、どんな気持ちだった?楽しかったか?」
「人間がぁっ!」

 動けないと頭でわかっていても、こいつ等は全力で力んでいる。何かの拍子で解けた際に、すぐさま攻撃が再開できるように、自分の力で俺の拘束を無理矢理解くことが出来る様に。
 何でだ?何がそこまでお前らを動かしているんだ?
 俺はこの鬼達を動けない状態のまま、ゴミでも捨てるかのように地面にドサドサと落とした。そしてこちらをキツく睨む彼女、ベアトリーチェに少し近づく。

 多分、俺って人間の中でもホントに底辺の位置に当たるクズ野郎だと思うんだ。
 目の前に俺を睨んだまま涙を一杯に溜めこんだ美少女がいるっていうのに、俺の心は微塵も動くことは無い。さっき受けた痛みを倍返ししてやるとか、女や子供とかそんなの全然関係ないなんて思ってる。笑えるだろ?いや、ドン引き過ぎて笑うことなんて出来ないか。

 一体ハデスは何を思って俺をこんな体にしたのか。本当に世界を滅ぼしてほしいと思っているのかな?じゃあ、地獄の神様の期待に応えないと。

「何で逃げない?俺が女や子供に寛容な性格を持ち合わせている高尚なヤツに見えるか?」

 あの鬼達から「様」づけで呼ばれていたり、やたら守られている様子からして、このベアトリーチェはプライドの高いお嬢様気質の性格だろうと思って挑発をしてみた。
 嫌味っぽくベアトリーチェの前で、今は完治している俺の手の平を彼女の目の前でブラブラとさせてみる。アニメとか漫画で、弱いやつが急に力を得ると、何か急に嫌味ったらしくなったりやたら力をひけらかしたりするよな。今の俺ってたぶんのその典型だと思うんだ。自重しないと。

「見えないからこそ、ワタクシは腹が立っていル。何であなたの様な低俗な人間風情が、その姿を模しているノ?その姿が元々誰のものか、分かっているノ!?」
「いや、知らないな。あ、もしかして、勇者に敗れた『魔王様』のことを言ってるのか?」
「っ………キサマァッ!!」

 理性を失ったように、「キレている」目でベアトリーチェが殴りかかってくる。俺の背後から聞こえてくる鬼達の声。その声は怒号にも近い気迫で、ベアトリーチェに制止を促していた。しかしそれは多分、コイツの耳には入っていないのだろう。

 ゴツッ。鈍い音。ゴツッ、ゴツッ。それが何度も俺の体を叩く。
 さっきの鈍器乱打に比べれば、別に何てことのないその拳。人間の殴打に比べれば多少力は強いのかもしれないが、逆に言えばその程度でしかない。殴るたびに俺の甲殻の様な体が、ベアトリーチェの拳を傷つけ、小麦色の肌に赤色が広く滲んでいた。
 俺がその拳を両手でパシンと受け止める。

「捕まえた」
「………お前らに、お前らに何が分かル!魔王様はワタクシ達の全てだった、それを急に奪われた気持ちが分かるカ!?その魔王様の姿を我が物顔で使うお前を、ワタクシ達の全てを侮辱するお前を、絶対に許さなイ!!」

 あぁ、そうか。なんだ、「こいつ」もか。
 いや、「こいつ」じゃないな。「こいつら」だ。あの鬼達も含め、各地にこのベアトリーチェと同じ思いをしている奴らが多数いるんだろう。
 俺と違う点というのは、一人ぼっちじゃなかった、ってところぐらいか。

「お前の気持ちなんか知ったことかよ。逆にお前に俺の気持ちが分かるか?分かるわけないし、分かりたくもないはずだ。俺だって分かってほしいなんて思っちゃいない。大切な、かけがえのない存在を奪われた、その痛みを他人に分かられて堪るかって話だよな」
「何が言いたイ」
「分かり合えないから、俺も含め人間もお前等も駄目なんだ。だから、分かり合えない敵を潰す。歴史なんてその繰り返しだ」

 両手をパッと押し出すように離す。
 ベアトリーチェの体は力が抜けたように、ペタンと地面に尻もちをついた。

「あなたは一体、何者なノ?」

 未だ怪訝そうなその瞳。なんか少し、こういうのに快感を覚える人種の気持ちが分かったような気がする。そんな場面じゃないのに。

「俺の名前は葵不律。分かり合えないこの『世界』を滅ぼしに来た異国の人間だよ。今となっては半分魔物みたいなもんだけど。………よし、さぁ立てよ」

 両の手の平を一度叩き、パンと乾いた音を響かせた。
 それと同時に鬼達の拘束は解除されて、ベアトリーチェの手の甲の傷もすっかり回復する。一体何が起きたのか分からない、キツネにつままれたような表情で全員が俺を見つめる。

「確かにこの姿も力も貰ったもので俺のじゃないし、お前らの怒りは最もだ。それでも、俺は絶対にお前等の怒り恨みには負けない。だって、俺の方が絶対に辛い思いをしたって自負してるからね。お前らはどうだ?俺に勝てるか?魔王様を思う気持ちとやらは、俺より辛くて悲しいものなのか?」
「貴様………」
「人間め、言わせておけば」
「敵わずとも、我らの命はとうに魔王様に捧げてある。ベアトリーチェ様の為、全力で時間を稼ぐまで」

 鬼が即座に動く。
 そのうちの一人は、俺の側にいたベアトリーチェを抱え、そっと遠くの地に下ろす。
 そして、腰を深く落とし、鬼達は俺を取り囲むように三角形の陣形を作った。棍棒を纏う業火の色は紅蓮から黒に変わり、ビキビキと筋肉から血管が浮き出てくる。首と顔と、後は手足しか肌は見えてないけど、もうほんと気持ち悪いよ?マスクメロンみたいになってますけど。

 今度響くのはベアトリーチェの制止の叫び声、たぶんこの鬼達は本気で自分の命を引き替えにした攻撃をしようとしてるのだろう。これを喰らったらヤバいかもしれない。いくら平和ボケした世界で生きてきた俺でもそれくらいは分かる。釘バットを持ったヤンキーにドス効かされてるような気持ちだ。まー、流石にそんなヤンキー今はいないだろうけどね。というか、あの釘バットをせっせと作ってるヤンキー想像したら笑えてくるな、夏休みの自由研究かよそれ。みたいな。

───バシュッ

 鬼が消えた。代わりに俺の目に映るのはド派手に蹴り上げられた砂煙。

「それでも、最初から敵わないと諦めている奴らに、俺が負けるわけねぇだろうがっ!」

 目では追えない。
 それでもこの『魔王』の体は、過敏に凶悪な殺気を感じ取り、反射的にそれを避けることなどせず、圧倒的なまでの力で捻じ伏せた。

「ガッ………ァ………」
 両手右足。向かってきた鬼達三人の頭を半分地面に埋もれさせていた。気づいた時にはそうなっていたんだ。
 まだ耳に残っている凄まじい爆音。俺の両手は鬼の頭を鷲掴みにしたまま地面に叩きつけていて、右足を前方向へ突き出して鬼の頭を踏んでいた。

「結局お前らの相手は誰なんだよ、人間か?勇者か?それとも俺か?そんな曖昧な意識で力を向けるからこうなる。俺は、俺以外の気に入らない全てを滅ぼしたい。死んでも殺しに来るようなつもりじゃないと、絶対に俺は止まらないよ?」

 バクバクと心臓の鼓動が俺の臓腑を震わせている。こんな感覚になったのは初めてだ。高校の時の体力測定で運動場走らされた時も心臓は激しく動いていたが、今の感覚とはまた全然違う。何というのか、苦しくないんだ。むしろ気持ち良さを覚えるくらいで。

 このまま、こいつらを殺してやろうか。

 その考えが思い浮かんだ時、より一層鼓動は跳ね上がり、全身が歓喜の声を上げる。このまま両手で握り潰し、踏み抜いてみたら、これ以上の快感を知ることが出来るんじゃないだろうか。息が荒くなる。今の俺にはそれが出来る、それほどの力がある。昔の俺とは違う、こんなに素晴らしい力に恵まれたんだ。これなら世界を滅亡させるのも夢じゃない。今からが俺の人生の登り坂なんだ、きっとそうだ。だから、ここで殺してしまって───



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