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「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

ノベルバユーザー267281

第十六話 気に食わないな

 郊外、森の手前。野原にて。
 水を良く弾く木の皮を器用に編み込んで、それを袋状にし、飲み口を作った。小さな手は、こういう細やかな作業をするのに向いている。これなら持ち運びしやすくて、水筒としての役目も十分に果たすだろう。

 少女は一人なのに微笑んだ。誰かに向けてしか笑うことしかできなかった少女、その自らの変化におそらく気がついてはいないのだろう。

「はっ、不律さんがもうついてる頃です!早く戻らないと。あああ!まだ宿も探してないっ」

 独り言をつぶやき、この場にいない他者のことを思いながら、少女はコロコロと表情を変えた。そして決まって最終的には、また一人で微笑むのであった。
 勇者の存在を本当に知らなくて、自分がひた隠しにしていた「弱さ」をキレイだと言ってくれた。初めてだった、自分の事を勇者ではなく人間として接してくれたのは、彼が初めてだった。
 今までシルビアは、切り取って張り付けたように自分が笑っているような感覚をずっと持っていた。でも、不思議と彼の前で笑うと、自分の笑顔に温もりが灯ったかのように感じることができた。

 そんな彼は、今まで自分が見たことの無い目をしている。その暗くて深い瞳には何も映っていない、そう、自分でさえも、彼自身でさえも。

「私は、ちゃんと不律さんの中にいるのでしょうか?」
 チクリと胸が痛む。
 勇者として育ってきたシルビア、致命傷などもう浴びる様に受けてきた。おかげで痛みに強い体になった。
 なのに何故、この初めての痛みにシルビアは眉尻をヒクッと下げる。急に不律のことが遠くの存在に思えてきた。会いたい。顔を合わせている時だけは、この痛みを忘れることが出来るから。
 風が長い銀髪を揺らす。

「………っ?」
 先ほどまで自分の頭の中を埋め尽くしていた彼のことを、全て意識の奥底へと押し込んだ。代わりに埋めつくすのは勇者としての記憶。
 編み上げた水筒を、ポッと原っぱに放る。目は何もないはずの空間を睨み、体中から銀色のオーラが徐々に溢れ出す。

「───まさかこの気配にすら感付くとは。四年前と変わりないようじゃなぁ、多少のブランクは期待したのだが」
「魔王軍の官軍指揮官、ヴァンパイアのカストディオ卿ですね。まさか生きていたとは、驚きです」

 シルビアの睨む先、空気の中からぬるりと湧き出た全身黒マント。カストディオと呼ばれたその黒マントはフードから頭を出した。
 年代を感じさせる乾ききった灰色の肌、目は深く陰りながらも赤く輝く鋭い眼光が、力や精神が未だ衰えていないことを示している。明らかに人間とは異なる風貌、灰色の肌や、黒と赤の目、短く揃った白髪。そして何より、額の上部に生えている黄銅色の角が、自らが異形の存在であることを表していた。

「その力、誰かの血を吸ったという事ですか?」
「残念ながら、勇者シルビアの華々しい業績によって崩壊させられた我々は、人間を攻撃することなんて今は出来ん。仕方なく動物の血を貰っただけじゃ、おかげで上手く力が入らん」

 カストディオが大きく手を広げる。
 より一層強い風が吹き、続々とシルビアを囲む様に続々と大小様々な異形の生物が、何もないはずの空間から湧き出してきた。一人の少女を囲うにはあまりにも多すぎるその集団、ざっと数えても100はいるだろう。

「まぁ、勇者様に相対するにはあまりにも少なすぎる集団じゃが、この場の全員が全員、命を捨てる覚悟を持っておる。全ては、我ら魔族と魔王様の為に」

 何も聞くことは無い。
 今まで通り、弱い存在である人間を守るために、目の前の魔族に剣を振るうだけだ。
 シルビアの体には白銀の鎧、その手に握られるのは曇り一つない剣。勇者はその切っ先を、カストディオの額に合わせた。



 頭が、重い。
 例えるなら、そうだな、病み上がりの目覚めみたいな。体中が、瞼を開けて活動を開始させることに抗議を上げている。

「っつ………ぅ………」

 うっすら目を開けると、目の中に光が入り込む。ベタな表現だが、網膜に光が突き刺さったようだ。土の匂いが強い。俺の体は恐らく何かの縄でギチギチに縛り上げられて、土の上に転がされているのだろう。手足の先に血が通っていないな。
 段々と息を吹き返しつつある感覚が、絶えず苦しさを訴えかけてくる。息が苦しい、手足が痛い、横になっていることで怒涛の様に疲労感が溢れてきた。太陽の光を十分に吸い込んだ砂や土は当然の様に熱く、ジリジリと肌を焼いていく。なのに、俺の体はもがこうとはしてくれない、体に溜まった疲労が鉛の様に意識を沈ませているからだ。

「起きましたカ?」

 この声は、あぁ。何だか少しずつ思い出してきた。
 細い糸をたどるような感じではなく、脳味噌から重要な記憶だけをズルズルと引き出されたような。正直吐き気がするくらい気分が悪い。

「………こんなこと、元いた世界でもやられなかったぞ、イテテ」
「ようやく起きましたカ。ワタクシ達には時間がないんデス。ワタクシの質問に正直に答えてくださいネ」

 俺を囲む黒マントは三人と一人、例の若く妖艶な声の主が俺の前に座っている。地面に耳をつけてみる、足音や人の声が聞こえないということは、ここは人気のない町はずれということか。
 多数の人間に囲まれて、暴行を受けたりなんかはザラに経験してきた。そういった時はどうすればいいか、答えは簡単だ。ガンジーの如く無抵抗に、何を言われても大丈夫なようにプライドなんてものはとっとと焼却炉に捨ててくること。無抵抗主義の奴を踏んだり蹴ったりして楽しいわけないから、意外とこういうのはすぐに終わる。マンガみたいに無抵抗の人間をこれでもかとボコボコにするっていう展開は、余程のことが無いとありえない。

 群れたり、尻軽オツム女共をはべらすことでしか自己顕示欲を満たせない臆病な社会的低スペック野郎共に限って、俺みたいな底辺ぼっちを寄ってたかって苛めたがるわけだが、あいつらの根本は『臆病者』だ。人を殺すことなんて出来やしないし、ちゃんとブレーキも持っている。
 極論、痛みなんて寝れば治るし、俺は別に壊されて困るような体じゃない。まぁ、精神はごらんのとおりなわけだが。

 だけど、こいつらは全く違う。
 ヤバイ。俺に向けられるこれは、確実に殺気だ。平穏な生活に浸かっていたからこそ、危険な気を過敏に汲み取ってしまう。

 妖艶な声は、俺にとってオオスズメバチの羽音と何ら変わりなく聞こえる。肌は焼ける様に熱いはずなのに、体の中心は震える様に寒い。

「ちなみに、意思伝達の魔力の糸はもう切りましたカラ。まぁ、今頃あなたの頼みの勇者様も、お父様がもてなしているでしょうけどネ」
「………ベアトリーチェ様」
「分かってル」

 少し苛立っているのか、俺を囲う黒マントの一人に名を呼ばれ、俺の目の前の妖艶な声の黒マント、ベアトリーチェと呼ばれた彼女は突き放すように返事をした。
 流石に命の危険を悟った俺の体は、疲労感を無視して逃れようともがくが、動けば動くほど荒縄がギシギシと音を上げ、肌を擦り、肉を潰す。腕は後ろで縛られてしまっている為、どうあがいてもこの縄からは逃げることが出来ないようだ。

「もう一度言うね、ワタクシ達は時間がないノ」

 彼女の小麦色の艶やかな手が、俺の背後に回る。

───っ!?

「ガあああああああぁぁああぁアアアッ!?」
 痛い。痛い痛いいたいイタイイタイ!!
 なんだ、何が起きた!?

「最初のうちは指を一本、その次は二本。折る指が無くなったら腕を、その次は足をあばらを折っていク。もちろん気絶なんかさせない、私の魔力で意識を保たせてあげル。意味は分かるよネ?」
「グッ………ぅっ………」

 指を折られた。折られたのは恐らく右手の中指。
 思考力を根こそぎ刈り取られる。痛覚が慣れない痛みに反応し、ゴリゴリと俺の脳を削っていく。
 視界もチカチカと色が変わり、痛みでもがけばもがくほど荒縄が肉を締め付けた。

 ………なるほど。よくドラマなんかで見る、乱暴な借金取り立て屋の行動が実に理に適っているということが分かったよ。確かにこの状態では、怖すぎて頭が回らなくなる。

「魔王様はどこなノ?」
「………魔、王?」

 グシャリと、またあの嫌な音が体の内側から聞こえる。

「グゥッ、うぁぁっ………」
「魔王様はドコ?」

 紅く焼けた鉄の棒を右腕に通されたようだ。膨大な痛みに耐えきれなくなった脳の神経が、ブチブチと限界を迎えてはち切れる音が聞こえる。
 魔王?何でそんなことを何でもないただの人間の俺に聞く?
 考えろ、これは本気でヤバい、ヤバすぎる。意識を手放す一歩手前までいっているはずなのに、無理矢理意識がつながれている。このままじゃあ確実に壊れてしまう。


『その姿は………まさか、新しい『魔王』………?』


「ぐっ………新しい、魔王?」
「っ!?」

 一瞬、走馬灯みたいなのが見えた。断頭台に固定された、白いドレスを着た銀髪の少女の姿が映る。何かが圧倒的に欠けている、諦めたような瞳。大小様々な裂傷の跡。過度に綺麗で無垢すぎる笑顔。一人の少女の光景が断片的に流れてきた。

 『魔王』、それって。

「やっぱり、知ってるんだネ?」

 興奮気味に焦り始めるベアトリーチェの声。俺の左手の親指以外の全ての指が、狂気を込めた力で握られる。
 畜生が。やっぱり俺は主人公に向いていない。
 こうしてる間にも、たぶんこいつらの言動から察するに、シルビアが危険な状況に巻き込まれているのは間違いないだろう。ここで俺がカッコいい主人公だったのなら、シルビアを助けるために是が非でも奇跡を起こしてこいつらを蹴散らすところなんだが、当の俺はというもの、全く別のことを考えていやがる。

「…………あぁ、知ってる」
「だったら早く吐いてヨ!」

 指が折られる。折られた指は加えて潰され、要領に入りきれなくなった痛みが体中に溢れ出し、筋肉が意図せず小刻みに痙攣し始めた。上手く息も出来ない俺は意識を何度も手放そうとするが、それはどうやら叶わないようだ。

 いつだって他人の為ならば身を粉に出来るような、俺はそんな高尚な人間では無い。自分が傷つかないような道を選び、何かを頑張るということはキツイことを行うことだと現実から目を逸らす。あんなに世界に対して辟易していたくせに、いざ死ぬってときになると、全力で汚い我が身が愛おしくなる。なんで世界を滅ぼしたいか?そんなの簡単だ。口では色々御託をつらつらと並べてきたが、最終的に自己中心的な考えに落ち着くんだよ。

 生きにくくて、辛いことだらけの世界だ。こんな世界から出ていくには俺が死ぬのが一番手っ取り早いが、死ぬのは怖い、絶対に死にたくない。だったら、逆にこの世界を殺すしかないんだ。そんな、吐き気がするほどの自己中心的な考えで、俺は世界を滅ぼすとか堂々と言い張ってやがる。

 今も、俺は自分に対しての言い訳を考えて、醜く生き残ることを正当化しようとしている。
 痛い。怖い。死にたくない。助けて。俺以外の人間がどうなったっていいから、どうか俺を助けてください。
 だってそうだろ?俺は今までたくさん嫌なことも辛いことにも耐えてきたんだから、だから、こんな時くらい助かったって良いじゃないか?

「マジで、俺って気持ち悪いよな」

 折れて砕けているはずの手をグッと握る。
 自分の体の内にある自己嫌悪の渦と、理不尽に痛みつけてくる連中に対する憤怒、恐怖。ドロドロに蠢く黒いストレッサーが、俺の中で凝固し


 一気に爆発した。

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