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「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

ノベルバユーザー267281

第八話 勇者


 はい。「さて、これからどこに行きましょう」と自分に問いかけてみたものの、答えは一つに絞られてくるんだよね。
 その答えは、あまり町から離れない程度の距離にあって、人が住んでおらず身を隠しやすい場所。そう、例えば『雑木林』なんかがそうだろう。

 いやぁ、何かあれば俺って雑木林に来ているような気がするよ。

「俺、進路『林業』ってどうだろう?」
「ん………むぅ」
「あ、起きた」

 結構お高そうな純白のドレスを着ている少女を流石に土の上に寝かせることは出来ないから、移動中に誰もいなかったボロ市場から少し大きめのカーペットみたいな布を借りて、その上に寝かせておいた。え、もちろんちゃんと返すよ、うん、たぶん。

 未だ眠気が冷めないのか、しょぼしょぼした目を擦りながら、少女はむくりと体を起き上がらせる。
 しかし、こう、女の子をこうもまじまじと見たのは始めてなんじゃないだろうか。鼻をくすぐる土や木々の香りとは違う、女の子特有の柔らかな匂い。香水なんかをベタベタひっかけているあのクラスの馬鹿女どもとはエライ違いだ。

 木漏れ日に当てられ、腰まで伸びている青みがかった銀髪は鮮やかに輝き、ふわふわと揺れている。そしてその銀髪が映えるような白い肌。大きな瞳はガラス細工のような、透き通った空色をしていた。
 このような美少女を前に、なぜ人間付き合いが絶望的に少ない俺がここまで冷静を保てるのか。

 それは、俺があの現実の世界で培った絶対不偏の歪んだ常識が、揺らぐことなく心に大きな柱を打ち立てているからだ。「可愛い女子は大体ビッチである、そして絶対に非処女である」。この法則に、どれほどの純情な青年たちは夢を打ち砕き続けられただろうか。
 だから俺は、淡い夢を抱かないと決めた。簡単に言うと「諦めた」ってことだ。

「………………」

 段々と状況が掴めてきたのだろうか、少女の顔色が凛々しく、華奢な外見には似つかわしくない、険しい目つきへと変わっていく。
 ちなみに俺は異形の姿のままで少女の横に正座しています。おい、一体どうすれば元に戻れるんだよ。

「魔王………これは、どういうことですか?」
「え、魔王?」

 魔王だと?そんな奴一体どこにっ!くそ、どこかに隠れているのか!?

「何をキョロキョロしているんですか?あなたのことを言っているのですが」
「…………俺?」
「他に誰がいると言うのです。この勇者『シルビア・ランチエリ』をさらって、何をしようとしていたのですか?」
「勇者?」

 勇者だと?そんな奴一体どこにっ!くそ、どこかに隠れて──

「まさか、もう私が滅ぼしたと思っていた魔王軍が、新たにあなたという強大な力を得ていようとは。迂闊だったです、確かに今の私は教会の法術士たちに力を押さえられていて、本来の力の十分の一も使えません。だけど、私は腐っても勇者『シルビア・ランチエリ』!例えあなたに純潔を奪われようとも、心まで屈服させられるとは思わない事ですっ!!」

 そのまま目を力いっぱいギュッとつぶって、大の字にドサッと横たわる少女。呆気にとられ、未だ正座のままの俺。
 えっと………この娘はさっきから一体何を言っているのだろうか?

「───というわけなんだが、わかってくれたかな?」

 とりあえずこのままお互いの認識が食い違ったままでは対話も成り立たず、この世界で生きていくための最低限の情報も知ることが出来ない。そう思った俺は、自分が害の無い人間だということを、少女に繰り返し説明することにした。「害の無い人間」だと説明するのにどれだけ時間がかかったか、まぁ、今の俺の外見は「害しかない魔物」だからな。

 そこでまず怪しまれない為、必然的に自分のことを説明することになる。いわゆる自己紹介ってやつだ、俺の苦手なものトップ3に入るぞこの作業。

 さすがに「異世界から来ました」なんて言ってしまったら、余計に話がややこしくなってしまうので、「遠い遠い国からやってきました」と言う他無かった。本当に、身振り手振りであたふたと説明する俺の見苦しさと言ったらもう涙が出てくるよ。悔し涙が。

 しかし、何というか

「わかりました!不律さんは遠くの国から来た旅人で、悪い人に呪いをかけられたせいでそんな姿になっていると、そういうことですね」
「え、あ、うん」

 さっきからこの少女はすっかりこの調子なのだ。初対面なのに何この異常なまでの従順さ、人を疑うことを知らないのかしら。もしかして天使なんじゃないのかしら。
 それよりも何よりも、驚くべきことになんとこの目の前の少女は、かつて魔王軍に支配されていた人間達を救った『勇者様』らしいのだ。

 勇者、名前はシルビア・ランチエリと、少女は自分のことを恥ずかしげにそう称した。

「ご存知かと思いますが、この世界は『魔王』率いる魔王軍に支配されていました。政治の中心であるこの都市はあまりその被害はありませんでしたが、いくつもの町で人間は虐殺を受け、奴隷として働かされていました。不律さんの村では、そういうことは無かったんですか?」

「えっと、うん。俺らの村は海を跨いだ遠くの小さな島にあったから、そういった事情は全然知らない、みたいな」
「そうなんですか。それでは知らなくても仕方ないかもしれませんね」

 シルビアは小さく微笑む。俺はその笑顔に、強烈な違和感を覚えた。
 なぜシルビアは、この状況で、素直に俺の話に耳を傾け、自らの正体を打ち明け、そして笑うことが出来るのだろうか?

「私は教会に預けられた孤児だったらしく、そのまま勇者としての英才教育を施されました。武術や剣術はもちろん、兵法やこの国で起きていた惨状も、多種多様な事柄を学びました」
「………そして、その努力が実り、国を見事に救いました。って話か」
「救っただなんて、私はただ、みんなを守るために目の前の敵と戦っただけです」

 『救った』。その言葉に、シルビアの表情が少し曇ったような気がした。
 しかし、俺はそのシルビアの小さな異変に気づいてはいたが、その異変も先ほど覚えた強烈な違和感に上書きされるように、無理矢理塗りつぶされた。

「何で、俺にそんなことを話すんだ?」
「え?」

「確かにお前は、第一印象で俺のことを『魔王』と呼んだ。人間に最も忌み嫌われるはずの存在に例えた。そんな俺に、どうしてこうもベラベラと情報を提供してくれるんだ?あろうことか、会話中に微笑まで見せる。はっきり言って、俺はそんなお前を信用してないのだが」

 元々「信用する」なんて真っ当な芸当が出来るわけないけどなとか、お前の性格はメビウスの輪すら超越するほどの歪みっぷりをしているぞとか、自分の中の自分が俺に向かって悪口に近い突っ込みを入れてくるが、これはあえて無視しようと思う。
 ちなみに俺は、人の目を見ることが苦手なので、シルビアが座っているカーペットの縫い目に視線を落とし口を動かしていた。しかし、サソリの様に刺々しくて黒光りする俺の尻尾は、主人の本音を体現するかの如く、その切っ先を彼女の鼻先に突き付ける。

 されど勇者。シルビアはそんなちゃちな脅しに眉ひとつ動かさず、さも当たり前のことを話すかのように、俺の問いに答えた。

「だって不律さん、良い人ですから」
「………はぁ?」

「この尻尾は、私のことを傷つけようだなんて全く思っていませんよね。他には、私の今座っている絨毯にしてもそうです。私を死刑台から連れ出そうとした時も、誰一人住民に被害を及ぼしませんでした。唯一害を被ったあの役人さんも、不律さんは殺してしまった方が手っ取り早かっただろうに、あえて殺しはせず高台から落としました。まぁ流石にどこかの骨は痛めているとは思いますけど」

 何を言っているのだろうか。
 住民や役人を殺さなかったのは、後々俺がこの世界で動きにくくなるのを出来る限り抑える為である。このカーペットについては、あの、あれだ、日本人気質特有のもったいない精神が働いただけだ。こんな高そうな衣装に泥とかつけたら、一体いくらの弁償代を請求されることやら。

 俺を語るにはあまりにも乏しすぎるその根拠、シルビアはそれだけの根拠に信頼の全幅を置いているようであった。
 彼女の笑顔が、俺の網膜に痛いほど刺さる。まるで、望んでもいないのに早起きしてしまった朝のようだ。

 自分で言うのもなんだが、俺は人の表情や声色を読み取るのが得意だ。いつも他人に怯えて、自分の周りの情報なんか、盗み聞きでしか会得することが出来なかったからかもしれない。
 そんな俺のアイデンティティーとも呼べる『穿った物の見方』を、シルビアはこうも容易く打ち砕いた。

 それほどまでに彼女の言葉には、異常とも呼べるくらい汚れ一つついておらず、その笑顔には一点の曇りすら見受けられなかったんだ。

「………まぁ、いいや。何でアイツが俺とお前をくっつけたかったのか、なんとなく分かった気がするよ」
「なんの話ですか?」
「俺に呪いをかけた張本人の話だ………あ、そうだ、呪い」

 そうだ、どうしよ。この体。
 流石にこのままの姿で人前を歩くことなんて出来やしないぞ。そうなってくると現実的な問題が雨のように降りかかってくる、泊まる宿は?食事は?着換えは?風呂は?
 頭の上にクエスチョンマークを浮かべるシルビアの前で、思い切り頭を抱えて溜め息を吐く。あぁ、テストの前日くらい憂鬱だ。

「不律さん?」
「あぁ、いや何でもない。きっと、十二時を回ればもとの貧乏くさい体に戻れるよ、うん。ソースはシンデレラ」
「何の話をしているんですか。それよりも私、さっきから気になっていることが………その、耳にかけてあるそれは何ですか?」
「はい?」

 シルビアは爛々に輝かせた両目の前で、親指と人差し指を使い二つの輪っかを作って見せてきた。その様子が何だか可笑しくて、俺は少し笑ってしまう。
 本当に、こんな素直に笑うなんていつ以来だろうな。動画サイトを見て笑ったりとか、テレビの画面の中で、記者会見中に号泣する滑稽な大人なんかを見て笑ったりすることはもちろんあったけど、誰かと触れ合っているうちに自然と笑ってしまうなんて、あの猫と一緒に居た時以来だな。

「眼鏡の事か?」

 コンコンと指で軽く黒縁のフレームを叩いてみせる。

「め、めがね、っていうんですか?」
「知らないの?」
「すいません。見たことも聞いたこともないです………」
「へぇ………」

 眼鏡を知らないとなると、この世界の技術水準はあの世界と比べ、かなり低いということになるな。きっと、俺がシルビアを連れ出す時に使って見せた、あの『魔法』という概念があるからこそ、そこまで高い技術は必要ないのかもしれない。

 技術を最も発展させるのは戦争だからな。相手より強くあるために技術力の向上に努めるが、恐らく魔法を超え得るような『武器』が出てきていないせいで、発展が遅れているのかもしれない。
 っと、話が逸れてしまった。

「それで、一体『めがね』は何に使うものなんですか?」
「まぁ、何に使うってものでもないんだけど。えっと、あの、俺は目が悪い、という言い方をすると多少の語弊があるけど、遠くのものが人より少し見えづらいんだ。眼鏡はそういった俺みたいな人の目を補助する為の道具だな」
「そ、そうなんですか………」

 さっきの興味津々な態度とは裏腹に、みるみるうちにシルビアのテンションが下がっていく。
 えっと、俺、何か粗相をいたしましたでしょうか?

「なんだか、不律さんのことを不用意に聞きすぎました。すいませんでしたです………」

 あぁ、なんだ、そういうことか。
 きっとあれだ、俺の目が悪いっていうのを聞いてしまって負い目を感じているんだろう。例えるなら、「親は自分の小さい頃に亡くなっているんだよね」とか、「実は、私結構な難病を患っていてね」とか、そう言った話を聞いてしまった時に感じるあの何とも言えない罪悪感を抱いているんだろうな。
 うん、ちなみにこの感情を、ぼっちの俺は味わったこと無いぞ。全部アニメや小説なんかで学んだ感情である。

「別に気にすることはないよ。こっちの世界では、眼鏡をかけていることがもはや一般的だからね」
「こっちの………世界?」
「え、あ、いやいや、こっちの島ではね!あはは………」

 これ以上話がこじれてしまうのは流石にまずい。
 シルビアが嘘をついていると考えるのは難しいが、あの話の全てが正しい情報だと限ったわけでもない。片付けるべき目の前の情報をこれ以上複雑化させたら、俺の低スペの頭がショートしてしまう。
 純潔を保った美少女を目の前にして、逸る気持ちも分かるがとりあえず今は落ち着け、俺。
 コミュ障の俺がここまで人と話せたのも奇跡に近いんだ、深呼吸をしろ、今までの努力を無に帰すな。もうとっくに思考回路は焼き切れているだろうが、頭を無理やり回せ。
 やるべきことは元の姿に戻る事。内に秘めたる童貞力を解放することでは、断じてない!

「どうしたんですか?さっきからブツブツと」
「ん?何のことかな、マドモアゼル」
「?」

 ヤバい、俺の精神が一周回っておかしくなり始めたぞ。

「あのぉ、ところで。めがねの横についてるこのボタンのようなものは何なのですか?あの、いえ、言いづらかったらそれで別にかまわないですけどっ」
「………眼鏡に、ボタン?」

 左の人差し指で眼鏡の横縁をつつつとなぞると、ほんとだ、小さなボタンがついていた。
 そういや、こんなのついてたっけ?

───カチッ

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