「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。
第四話 愛ゆえに 後編
「被告人は台に立ってください」
こんなに大勢の人たちの視線を一斉に浴びるのっていつ以来だろうか?
あれ以来だな、中学生の時、授業中にもかかわらず「先生、トイレ行ってきていいですか?」ってわざわざ席を立って、教壇まで言いに行った時以来だ。教室出た瞬間に、クスクスと笑い声が聞こえるんだよな、あれって。
うん、思い出しただけでも鬱になるな、この回想はやめよう。
「名前を言ってください」
「………葵 不律」
「生年月日はいつですか?」
「………19××年5月10日です」
「本籍地は───」
実際に、見てみないと分からないものだな。
裁判官って本当は、ドラマやマンガ見たく木槌を持っていないんだ。地味に、あの「コーン!」ってやつ期待してたんだけどなぁ。
「では、検察官側から起訴状の朗読をしてください」
「わかりました。被告人、葵不律は同じ高校に通う同学年の『柏木かしわぎ 太雅たいが』を包丁で突き刺し、殺した疑いがあります。よって我々は被告人を殺人の容疑で拘束いたしました。最後に、被告人を法に照らし合わせたうえで───」
俺は、殺人の容疑で捕まっていた。
自分でも本当にびっくりだ。凶器からは俺の指紋が検出されたらしい、料理なんてしない俺が包丁を凶器にねぇ。
そして、まぁ間の悪いことに、俺とあのDQN(さっき初めてフルネームを聞いたんだが)、「柏木」が争っているところを目撃している人もいるそうだ。
俺は無実だ。
だけど、それを証明して何になる?
今更、この世界で生きながらえることに何の意味がある?
辛いなら諦めよう。俺はいつもそうしてきたはずだ。
俺には現実ってものが、あまりにも過酷すぎたし、もう、疲れたよ。
俺が裁かれた暁には、真犯人ってやつがこの世界にのうのうと生きることになるだろう。あのろくでなしの母親は、殺人犯の母親として苦労した生き方をすることになるだろう。
まぁ、俺にはもう関係のない話か。
「被告人、前へ。あなたは柏木太雅を殺害したことを認めているそうですが、間違いはありませんか?」
「………はい。彼は、俺が殺しました」
「動機を答えてください」
「むしゃくしゃしたからやった。それ以外はなにもありません。後悔も無い」
「学校では、彼に苛められていたとか」
「苛めなんてとんでもない、あんなの悪戯の範疇です」
「だったらなぜ?」
「むしゃくしゃしたから。いや、彼に両親を殺されたからと言っておいた方がしっくりきますか?それとも受験勉強に耐えられなくなったとか?不況だから?他には、捨て猫を殺されたから?そのうちのどれでもいいですよ、動機なんて」
「……なるほど。一応確認の為に言っておきますが、あなたは18歳を迎えており、極論を言うと、死刑にもに処され得るのですよ。それでも、その動機は変わらないのですね?」
「だったらもっといっぱい殺しておけばよかった。なんだか、損した気分です」
「な………わ、わかりました。被告人は下がってください」
人間、落ちればどこまででも落ちることができるんだな。
きっと明日の新聞は俺が一面を飾るのだろう。死ぬまでに一度は新聞に載ってみたいなとか思ってたけど、まさかこんな形で載るなんて、いやぁ笑えない。笑えないな。
本当に、笑えない。
俺だって、もちろん殺人犯になんかなりたくないよ。みんなもっと俺を見てくれよ、本当は体が震えて、全身汗が滲んで、もう泣き出したくて仕方がないんだ。今すぐにでも、「俺は殺してない」って叫びたい。
なのに何で、俺に向けられる視線はこんなにも冷たいんだよ。
これだから、現実はこれだから嫌なんだ。
ここで自分の無実を叫んだとしても、俺がもう一度日の下を歩けるようになった時が来たとしても、これからの人生、俺はきっとこの視線を浴び続けながら生きていくしかないのだろう。
俺だって、人間なんだって、何で誰も気づいてくれないんだろうか。
「被告人、最後に何か言いたいことはありますか?」
「………あ、あぁ」
いつの間にか、俺を巡る裁判は終わりに近づいていたらしい。
これが終わったら、また警察や弁護士から山ほどの質問攻めに遭うのだろう。
そしてそのあと、また無機質な牢屋というやつに閉じこめられるのだろう。
「最後に、か」
きっとこれが本当に最後の一言なんだ。
だったらさ
「───この世界諸共、俺が全員ぶっ殺してやるよ」
誰か、この叶うことのない願いを聞いてくれ。
───ズクン
『ふふん、確かにその願い、この僕には聞こえたよ』
「え?」
俺はついに頭がおかしくなったのか?
腰縄を付けられ、法廷から強制的に退出させられる。
あ、あぁ、ついに。自分でも結構精神的に参っていたと思っていたが、幻聴を聞くほどまでとは………
「………………?」
不意に、俺の腰縄を引く力が弱まった。いや、弱まったというより、止まった?
閉じていた目を開く。
「………止まってるのか?」
これはドッキリかと思ってしまうほど、視界に映る光景は怪奇に満ちていた。
生きている温もりは感じる、至って健康的な顔色だ。なのにどうして、この場にいる人間は微塵も動いてないのだろう。
警察官よ、どうせならこの腰縄を手離した状態で止まってほしかった。
あの、これはなんの放置プレイですか?
俺、どちらかというとSの方なんですが。
………たぶん。
『大丈夫、これは夢じゃないし、君の気が狂ってしまったわけでもない。まぁ、君はもともと偏屈な思考回路を持っているけどね。あ、そういう意味では気が狂っているのか』
「幻聴のくせにやかましいわ!」
『だから、これは幻聴でも幻覚でもない。正真正銘の、君が忌み嫌う現実だよ』
「………???」
『ほっぺが千切れそうになるくらいにねじられるのと、君の将来使うあてのない、その無駄に大層なイチモツが千切れそうになるくらいねじられるのと、この二つのうちのどの奇跡を起こせば君は信じてくれるのかな?』
「後者は余計なお世話だ!」
ん、待てよ?
どうせこれはストレスの溜まりすぎによる、俺の意識の奥隅で起きている出来事だ。
より非現実的な選択の方が矛盾点がはっきりして、意識を元に戻すきっかけになるかもしれない。
「よーし、だったらお望み通り、その後者を選んでやr───」
─── しばらくお待ちください ───
『僕の言っていること、信じてもらえたかな?』
「あの、本当に、すいませんでした。俺、何も悪いことしてないのに、こんな仕打ちはあんまりだ。もうお婿にいけない………」
ちくしょぉ、まだジンジンする。
衝撃的すぎるよ、見えざる力に限界までねじられるあの恐怖。あの光景だけ見ていれば夢そのものなのだが、この体の中心線を貫くような痛みが、今見ている世界は夢ではないと教えてくれていた。
『さて、じゃあここで本題だよ。僕も暇じゃないからね、手短にかつ簡潔に話すことにするよ』
男性なのか、女性なのか、判断しづらい幼げで中性的な声が、直接俺の脳内に流れ込んでくる。
コミュ障である俺が、ここまでこの声の主と普通に話せているところをみると、この声の主が人ではない者なのではと考えることができる。そしてそんな悲しい自己分析に、なんだか涙が出てきた。
俺が普通に話せる相手=人間ではない、ってなにその推理、やばい、死にたい。
『僕は今から君にいくつか問題をだすよ。君はただそれに答えるだけで良い、僕が何者なのかとか、そんな余計な詮索は一切無用だ』
「え、あ、はぁ」
『ふふん、では問題その一。君が巻き込まれたこの一連の事件、可哀想な人を二人お答えください』
「え………巻き込まれた?」
『そう、君は巻き込まれたのさ』
「どういうことだ?」
『余計な質問は無用だと言ったはずだよ?今度こそ千切るからね』
「すいませんでした」
やばい、この声色はガチだ。千切られるのだけは男子として阻止したい。
しかし、巻き込まれたとか言っていたけど、これは一体どういうことだ?全体像は愚か、自分の身になぜ突如としてあんなことが起きてしまったのか理解しかねているのに、可哀想な人を二人挙げなければいけないだと?
まあ、一番哀れなのは、間違いなくあの「醜い猫」だろう。
しかし、天の声が言うには「可哀想な人」だ「可哀想な生き物」ではない。となると
「可哀想なのは、俺と………後はわからん」
『まーそーだよね、わかってたよ。しかし、何の躊躇もなく、自分が一番の被害者だと自負しているあたり流石とも言うべきか、厚かましいとも言うべきか』
「む………」
『二問目いくよ』
「答えは無しなのか!?」
『そんなの、神のみぞ知るところだよ。じゃあ、二つ目、あの醜い猫は死ぬ間際に、君にどんなことを思いながら死んでいったのでしょうか?』
「っ………」
思い出したくなかった。今までの、どんなことより辛かったあの現実を。
結局は、俺の身勝手さゆえに招いた悲劇だ。俺みたいなやつと出会うことが無ければアイツは死ななかったかもしれない。
俺はあの猫をずっと外に放置したままで、それでも待っていてくれていることに気を良くし、その猫の無知さに甘え、自分勝手に猫を心の拠り所にしていた。
気持ち悪い、死ぬべきだったのはきっと俺の方だったのに。
「そんなの、わかんないだろ………」
『違うね、君はわかっているのさ。感づいているからこそ、それを認めたくないんだ』
「そんなこと──」
『──三問目、君はあの猫以外の他の存在を、自分の中に受け入れて安らぎを感じたことはあるかい?』
「………ない」
『四問目、報われない君が、もしもその命を救われたとするのなら、その命を何に捧ぐ?』
「そんなの………決まってる」
あの金髪男に情状酌量の余地があったとしても、例え、猫に望まれない死を俺が無理矢理突き付けていたとしても、自分勝手だと、八つ当たりだと言われようとも。
「こんな悲しみが繰り返されると言うのなら、俺は、世界を滅ぼす覚悟は出来ている」
『それはあまりにも身勝手だろ?君は、自分と同じように大切なものを奪われて、悲しみに暮れる人々を生み出し続けるつもりなのかい?』
「だったら、俺より重い悲しみを背負った奴が、俺を殺してくれればいいだけだ」
『あまりにも無力、そしてその思考は誤った方向へと歪んでいる………惜しい、あまりにも惜しすぎるかな、その命。それじゃあ、答え合わせといこうか』
「え?」
体の内側が、いきなり燃える様に熱くなる。呼吸をするのすら困難なほどに苦しい。
体毛の全てが逆立つような感覚に襲われ、ただただ俺は歯を噛みしめ続けることしかできない。
そんな俺を嘲笑うかのごとく、「声」は嬉々とした様子で頭の中に流れ込んでくる。
『自己紹介が遅れたね、いやはや君は本当に恵まれない、よりによってこの僕に目を付けられるなんてさ。僕の名前は「ハデス」、知っている人は知っているかな?君と同じく、報われない事情によって地獄に送り付けられることになった神様さ』
「これは………どういう、ことだ?」
『本当に面白いことに、君を鏡写しにしたような人間が異世界に存在してね、ぜひとも会ってきてほしいんだ。鏡に映したような、そう、全く同じように見えて左右が反転しているような人間がね』
そして、葵不律の体は、突如として消えた。
この裁判所にいたはずの「容疑者」の姿は、この建物内はおろか、この世界から何一つ残らず消え失せたのだ。
『さて、君は「愛」ゆえに、全てを滅ぼそうと考えた。彼女は「愛」ゆえに、我が身を滅ぼそうと考えた。はてさて、君たちはどんな面白い物語を綴ってくれるのかな?』
止まっていた時が動き出した。
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