「むしゃくしゃして殺した」と裁判で答えたら転移して魔王になれたので、今度は世界を滅ぼそうと思う。

ノベルバユーザー267281

第一話 悲しくなければ楽しくも無い

───ピピピピピピピピピ!

 ん、ぬぅ…………あぁ、なんだ、今日は文化祭の日か。驚かすなよ目覚まし時計、ただでさえお前のことが嫌いなのに、学校に行かなくていい日にわざわざ騒ぐなよ。殺すぞ。

「あーあ、目が覚めてしまった。気分が悪い………眼鏡、眼鏡っと」

 俺の天敵である目覚まし時計は、午前の十時を指さしている。もちろん学校はとっくに始まっているが、大丈夫だ問題ない。
 一応、卒業できるギリギリの出席数は保っているし、文化祭なんて一度も参加したことないから、別に高校生最後の文化祭なんて行かなくていいんだ。

 だってそうだろ?アニメだって、最終回だけ見ても「なんのこっちゃよーわからん」でしょ?
 だから行かなくていい、ちゃんと一話から見ている人間だけが最終回を楽しむことを許されているんだ。みんなの幸せを願っているからこそ、場違い人間である俺は、今日は学校に行かないという選択肢を選んだんだ。

 みんなの幸せ。
 あー、何でだろう。急に気分が悪くなってきたな、貧血かな?ほら、俺、背が高いし。
 全人類の幸せと平和と笑顔を願っていたらお腹が空いてきたよ。こんなの嘘でも、薄っぺらでも願うもんじゃないな。話のまとまりがなくなるし、貧血になるし、お腹が空いてくるし。

「そういえば、今日は食料が届く日か」

 ピンポーン

「ぴったりだ」

 玄関に近づくにつれ、薄い素地ではあるものの、長袖長ズボンを着用している身でも肌寒くなる。もう、暖房を入れなければいけない季節か、しかし暖房は無駄に光熱費がかさむんだよな。
 ドアノブに触るのにもいちいち注意しないといけない。
 そういえば、静電気って、二千ボルトの電圧を誇るらしいんだ、まぁこれが大きいのか小さいのかはよく分からないけどな。

 でも流石に、あの黄色い国民的キャラの放出する十万ボルトってのは、大きすぎる気がする。

「葵 不律(あおい ふりつ)さんですね。ここにサインをお願いします」
「………………」
「はい、確かに。それでは、ありがとうございました!」
「………………ん」

 配達業者さんの営業スマイルが、俺の心をおろしでガリガリと削っていく。
 そして、肌寒い冬の季節に精いっぱい頑張っている配達業者さんの姿を見ると、自分の無能さを暗に諭されているようで、気分が重く深く沈んでいくのを感じる。

 根暗、コミュ障、無気力、無趣味、怠惰、自分で認識しているだけでも、こんなにマイナスレッテルを所持している俺。
 恐らく他人の目を通して見る俺の姿は、もっと醜いに違いない。
 そう思うともっと人と関われなくなる。ディスイズ負のスパイラル。

「まぁ、飯には変えられん」

 毎週届く「食生活が心配な人向けの食糧パック」の入った段ボールを抱え、曇り空を流す冷風を遮断するように、ドアを閉めた。
 

「ごちそうさまでした」

 最近は本当に便利な世の中になった。
 チンするだけで腹八分目の健康的な食事をとることができる。そもそも、その食料だってネットで会員登録して金を払えば、わざわざ毎週家まで届けてくれるんだ。
 洗い物をほとんどしなくて良い分、ゴミが結構出て地球にやさしいかどうかは悩ましいが、俺にはやさしい仕組みでありがたい。

 本当に、食べ物が安定して食べられるってありがたいよな。
 本日の朝食である、白身魚の塩焼きと目玉焼き、サラダ、白飯が入っていた袋をゴミ箱に放り込み、唯一の洗い物の箸を水ですすぐ。
 手の甲についている斑点のような火傷跡が、もう傷は塞がっているはずなのにズクンと痛んだ。


 この傷は、煙草の焼印だ。
 俺がこの世に生を受けたのは、まぎれもなく親がいるからである。
 親といっても、本当の父親の顔は知らない。この「葵」という姓だって、血の繋がってない法律上の父親の姓だ。ま、その父親も俺の母親と離婚して、今となってはどこに行ったかは知らないがな。

 俺の母親?

 まぁ、生きてるんじゃないか?息子の俺よりも、愛したパチンコや競馬とかのギャンブルで人生を謳歌しているだろう。
 珍しくない話さ。
 不倫だらけの母に愛想をつかした父は離婚。親権はもちろん母が持ち、俺はろくに飯も食べさせてもらえない幼少期を過ごした。

 母親に叩き込まれた教育は三つ「笑うな」「泣くな」「騒ぐな」、おかげであまり感情の起伏を覚えない人間になりました。

 小学校に入る直前くらいの時期、その状態に見かねた母方の祖母が、俺を引き取ることになったんだっけ。


───ズクッ

「嫌なことを思い出した、もっと楽しいことを想像しないと身が持たないな」

 とりあえず、俺は段ボールの中に入っていた菓子パンの封を開けてひと欠片千切り、祖母の仏壇の前に供えた。これは、俺の日課だ。
 祖母は俺が高一の時にガンで亡くなった、だからこうして毎日俺は、菓子パンを千切り供える。

「そうだ、楽しいことと言えば、女の子のスカートについて考えてみよう」

 少なくとも、仏壇の前で考えることではないよな。
 だがしかし、人間の好奇心は誰にも抑えつけることは出来ないと、昔の偉い人は言っていた。

 あなたはロングスカートが好きですか?それともミニスカートが好きですか?
 俺は断然ロングスカート派だ。ここで「ミニスカートが好き」だなんて言う人間は、浅はかなりと思わざるを得ないな。え、なに?君たちの脳味噌は下半身にあるんですか?
 そもそもミニスカートが似合うのは二次元美少女と、超高校級の美人JKだけなのだ。
 そんな美人たちを脳内に思い浮かべ、そしてミニスカートを着用させているのだろう?そりゃあ似合うだろうよ。
 しかし、残念ながら俺たちが今立つこの世界は「現実」なのだ。
 たまに駅のホームなんかでミニスカを着用しているおばさんを見かける。化粧が顔についているのか、顔が化粧についているのかよく分からないギャルは決まってミニスカをはいている。そして、美人は得てして非処女であるのだ。
 そういう光景を見てしまうと、日本人の持ち合わせる素晴らしき萌え心、「奥ゆかしさ」をどこに置き忘れてきたのかと問いただしたくなる。
 そう、恥じらい。その恥じらいこそが、美であり正義であると俺は思う。
 ゆえにロングスカートは、最大の萌え要素である「奥ゆかしさ」を体現した衣服の一つであると結論付けることが出来るのだ。
 ここでそのロングスカートの歴史について説明しよう。ロングスカートが日本に伝わったのは明治───

───ピピピピピピ!

「こんの、目覚まし時計めぇっ!!」

 もはや流石とも言えるタイミングで、天敵である目覚まし時計が本日二度目のアラーム音を鳴らした。

「はぁ、はぁ…………ん?」

 さすがに壊れられると俺も困るので、そこまで強く叩くことなくアラームを止める。時計は十一時を示していた。
 寒そうな風が吹き、今日一で見た曇天雲はより暗く、雨が降りだしそうな色を付けている。
 あー、そっか。今日は学校に行こうかって思ってたんだよな、だからこの時間にアラーム音が鳴ったんだ。

 確かここにいれていたはずだと、俺は自分の曖昧な記憶を頼りに、ぐっちゃぐちゃなスクールバックの中に手を突っ込み、お目当てのプリントを探す。
 家のリビングなどの広い空間を片付けるのは得意なんだが、どうもバックの中や本棚などの整理は苦手だ。

「おぉ、あったあった」

 やけに赤い判子の跡が目立ったプリントを見つけたので、それを手に取って、汚れないようにとシワを伸ばしてみた。
 どの大学を受験するかを書いた最終進路希望調査票。これだけは提出しておかないといけなかった、提出期限はもう三日も前だけど。

 俺の通っている高校は普通校で、低偏差値の県立だ。

 チャラ男とギャル、時々不良、残りはコアなオタクが占めているような学校である。バイトは校則的には禁止されているが、恐らくクラスのほとんどの人達がしているんじゃないだろうか。まぁ、盗み聞きした情報だから、詳しくは知らないけれど。

 だからといって、俺がそのみんなのことを下に見ているわけではない。そんな学校に通っているということは、俺も同じ穴の狢(むじな)なのだから。
 そんなわけで、書き込んだ希望進路は「専門学校」だった。
 何を専門としているところかは知らないけど、偏差値も全然高くなかったし、何より家に近いからね。

「一日中テレビ垂れ流しでぼーっとしているような俺の将来か………たぶん、何も変わらないんだろうなぁ」

 悲しくもなければ楽しくもない。
 当然、こんななりだから学校で苛められてはいるものの、この手の火傷跡の記憶に比べれば些細なことだと思えてくる。
 寝ても覚めても心と体が、自分のものではないみたいに上手く動いてくれない。体中に鉛玉が詰め込まれているみたいだ。

「まだ朝飯が腹に残ってるけど、昼飯食ったらとりあえず提出しに行くか」

 毎日三食のペースを崩してしまうと、食料が無駄に貯まっていってしまうのが難点なんだよなぁ。


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