《完結》男が絶滅していく世界で、英雄は女の子たちをペロペロする
第51話~ケルベロスを生んだ者~
「あの男をどう思う?」
アカジャックの森からの帰路。
イティカは2人の《シャクナゲ級》冒険者――ザンザとテルデルンに質問を投げかけた。
ザンザもテルデルンもまだ自警団と名乗っていた頃からの仲間だった。2人とも顔立ちは整っているが、外見に気遣うタイプではない。男たちにまざって剣を振ったりするのが好きなタイプだ。そんな2人の女が、パッと顔を赤くそめて、「まぁ、なかなか良い青年でしたね」なんてつぶやいている。
「そういうことを聞いているのではない。どの程度の強さだろうか――と尋ねているのだ」
言うと、2人はますます顔を赤らめた。
「冒険者で言えば、おそらくは《キングプロテア級》でしょう。イティカさまが苦戦していたケルベロスを瞬殺してしまったのですから」
「そうだな」
街道を歩く。
この雨のせいでセッカク舗装されていた街道も、ぬかるみはじめていた。
このままではいずれば馬車も走れなくなる。
「ドラゴンになっていましたね。北方のほうにそういった印を持つ者がいると聞いたことがありますが」
「いや……あれは、そういうのではない」
神話に登場する英雄王ハーレムは、いくつもの能力を使えたとされている。彼が英雄王のチカラを継いでいるのならば、ドラゴンになったことは、チカラの一端にすぎないということだ。
おそらく人の域の強さではない。
イティカ自身も常人ではない強さを持っているとは思うが、彼の強さはそれをはるかに凌駕していた。
「もしかして、6大英雄並の……あるいは、それ以上? 3帝に匹敵するものかもしれん」
「まさか!」
と、ザンザとテルデルンは驚嘆の声をあげた。
かつてフィルドランタは6つの大国に別れていた。その6つの国の騎士長をつとめていたのが6大英雄だ。6つの大国は世界大戦の果てに、各国を散り散りにわけることになった。そして今の国の形ができたのだ。6大英雄とうたわれた者たちが、どこで何をしているのかは定かではない。
一方、3帝と言われる者たちは、人の踏み入れて良い境地にはいない者たちだ。1はドラゴン族の長をつとめる龍帝。1人は精霊族の王である精霊帝。1人は天使族の剣士と言われる剣帝。
人とは相容れぬ文化の中で暮らしている者たちだから、目撃することすら珍しい。
ただ――。
「ドラゴンになるチカラなど、常人の印ではないだろうからな。ドラゴン族に関する何かがあるのか……」
名乗りもせずに消えてしまった青年への興味は尽きない。
「しかし、久しぶりに男を見た気がします」
「ええ。私も」
と、ザンザとテルデルンは雨に打たれて、髪を肌に張り付かせ、頬を上気させていた。濡れている女からは、特殊な色気が放たれていた。
「ふん」
と、イティカは鼻で笑った。
この2人は青年の強さよりも、男である点に惹かれているようだった。
まさかこの2人から、色気などというものを感じる日が来ようとは、思ってもいなかった。
「男のフェロモンにでも当てられたか?」
否定するかと思ったが、2人は素直だった。
「そうかもしれません」
と、目を伏せていた。
「恥じることはない。悲しいことだが人は不完全な生き物だ。男であれば女を求める。女であれば男を求める。そういうものだろう」
「はい」
と、2人はうなずいた。
イティカ自身も戦いの中に身を置いてきた人間だ。もとはガルガニア帝国の帝国騎士長として研鑽を積み、次に自警団として都市サファリアの守護神などと言われた。そして今は冒険者としてモンスターを倒している。
そんなイティカでさえも、男を見たとき乳房の芯で何かうずくものを感じたのだ。男女の比率が大きく傾き、女である本能が男を欲しているのかもしれなかった。
「あの青年には、ぜひ、都市サファリアの冒険者に加入してもらいたいものだ」
「それは難しいでしょう」
イティカの意見を、ザンザがすぐに否定した。
「だろうな」
と、イティカもつぶやいた。
いまの女たちは、エサを亡くしたオオカミだ。その中に1匹の羊を投げ入れたらどうなるか……容易に想像できる。
「それにしても不思議ですね。男性であるというだけでも、かなり目立つと思います。ですが、どうやって人目を避けているのでしょうか?」
「さあな」
言われてみれば、不思議だった。
考えれば考えるほど、胸中があの謎めいた青年に塗りつぶされていくような錯覚をおぼえた。
イティカたちはクト村に寄ることにした。都市サファリアへ戻る前に、休憩しておこうと思ったのだ。
イティカたちのことを、村人は歓待してくれた。悪魔の雨でモンスターに化けた村長に代わって、今は、レドという若い女が村をまとめている。
レドの家にあげてもらった。
そう言えば、あの青年はクト村にも寄ったんだったな、とウワサを思い出した。なんでも良いから青年にまつわる情報を聞き出そうと思った。
「お邪魔になってすまんな」
「いえ。冒険者ギルドには世話になってますから」
レドは、気さくに応じてくれた。
「ところで、この雨に降られてもモンスターにならない青年のことなんだが……」
話を切り出そうとしたやさきのことだった。
「けけけけッ」
と不気味な笑い声が聞こえた。
同じ部屋にはザンザとテルデルンがいた。しかし、笑い声はその2人のものではなかった。
もう1人いた。
アカジャックの森から一緒について来た、タギール・ジリアルという女性だ。たしか新米の冒険者だ。どことなく不気味な気配をまとっている。シルベ教の紋様が入ったフードをかぶっているからかもしれない。
「どうかしたか?」
と、イティカは不審に思いながらも問いかけた。
「男は悲しい。女も悲しい。人間は不完全だから……」
「そうだな」
それはここに来るまでの道中に、イティカが言ったことだ。
「だから、我らは新たな人種へと向かわなければならない。神の図書館への接続を何人たりとも邪魔してはいけない」
「いったい何を言っているのだ?」
「イティカ・ルブミラル。その印――〝無限剣印〟が英雄王の印を持つ者の手にわたっては厄介なことになる」
「英雄王の印を持つ者……。あの青年のことか?」
タギールはフードを目深にかぶった。タギールは口を大きく開けた。
口の中から――。
何かが出てくる。
黒いカタマリだ。
(なんだ?)
厭な予感がした。
黒いカタマリは床に吐き落とされた。スライムのようにブヨブヨとその場で動いていたのだが、不意に巨大化しはじめた。どんどん大きくなっていき、レドの家の天井を突き破った。
脚が生えていた。
腕が生えていた。
3つの頭が生えていた。
「まさか……」
ケルベロスだ。
アカジャックの森からの帰路。
イティカは2人の《シャクナゲ級》冒険者――ザンザとテルデルンに質問を投げかけた。
ザンザもテルデルンもまだ自警団と名乗っていた頃からの仲間だった。2人とも顔立ちは整っているが、外見に気遣うタイプではない。男たちにまざって剣を振ったりするのが好きなタイプだ。そんな2人の女が、パッと顔を赤くそめて、「まぁ、なかなか良い青年でしたね」なんてつぶやいている。
「そういうことを聞いているのではない。どの程度の強さだろうか――と尋ねているのだ」
言うと、2人はますます顔を赤らめた。
「冒険者で言えば、おそらくは《キングプロテア級》でしょう。イティカさまが苦戦していたケルベロスを瞬殺してしまったのですから」
「そうだな」
街道を歩く。
この雨のせいでセッカク舗装されていた街道も、ぬかるみはじめていた。
このままではいずれば馬車も走れなくなる。
「ドラゴンになっていましたね。北方のほうにそういった印を持つ者がいると聞いたことがありますが」
「いや……あれは、そういうのではない」
神話に登場する英雄王ハーレムは、いくつもの能力を使えたとされている。彼が英雄王のチカラを継いでいるのならば、ドラゴンになったことは、チカラの一端にすぎないということだ。
おそらく人の域の強さではない。
イティカ自身も常人ではない強さを持っているとは思うが、彼の強さはそれをはるかに凌駕していた。
「もしかして、6大英雄並の……あるいは、それ以上? 3帝に匹敵するものかもしれん」
「まさか!」
と、ザンザとテルデルンは驚嘆の声をあげた。
かつてフィルドランタは6つの大国に別れていた。その6つの国の騎士長をつとめていたのが6大英雄だ。6つの大国は世界大戦の果てに、各国を散り散りにわけることになった。そして今の国の形ができたのだ。6大英雄とうたわれた者たちが、どこで何をしているのかは定かではない。
一方、3帝と言われる者たちは、人の踏み入れて良い境地にはいない者たちだ。1はドラゴン族の長をつとめる龍帝。1人は精霊族の王である精霊帝。1人は天使族の剣士と言われる剣帝。
人とは相容れぬ文化の中で暮らしている者たちだから、目撃することすら珍しい。
ただ――。
「ドラゴンになるチカラなど、常人の印ではないだろうからな。ドラゴン族に関する何かがあるのか……」
名乗りもせずに消えてしまった青年への興味は尽きない。
「しかし、久しぶりに男を見た気がします」
「ええ。私も」
と、ザンザとテルデルンは雨に打たれて、髪を肌に張り付かせ、頬を上気させていた。濡れている女からは、特殊な色気が放たれていた。
「ふん」
と、イティカは鼻で笑った。
この2人は青年の強さよりも、男である点に惹かれているようだった。
まさかこの2人から、色気などというものを感じる日が来ようとは、思ってもいなかった。
「男のフェロモンにでも当てられたか?」
否定するかと思ったが、2人は素直だった。
「そうかもしれません」
と、目を伏せていた。
「恥じることはない。悲しいことだが人は不完全な生き物だ。男であれば女を求める。女であれば男を求める。そういうものだろう」
「はい」
と、2人はうなずいた。
イティカ自身も戦いの中に身を置いてきた人間だ。もとはガルガニア帝国の帝国騎士長として研鑽を積み、次に自警団として都市サファリアの守護神などと言われた。そして今は冒険者としてモンスターを倒している。
そんなイティカでさえも、男を見たとき乳房の芯で何かうずくものを感じたのだ。男女の比率が大きく傾き、女である本能が男を欲しているのかもしれなかった。
「あの青年には、ぜひ、都市サファリアの冒険者に加入してもらいたいものだ」
「それは難しいでしょう」
イティカの意見を、ザンザがすぐに否定した。
「だろうな」
と、イティカもつぶやいた。
いまの女たちは、エサを亡くしたオオカミだ。その中に1匹の羊を投げ入れたらどうなるか……容易に想像できる。
「それにしても不思議ですね。男性であるというだけでも、かなり目立つと思います。ですが、どうやって人目を避けているのでしょうか?」
「さあな」
言われてみれば、不思議だった。
考えれば考えるほど、胸中があの謎めいた青年に塗りつぶされていくような錯覚をおぼえた。
イティカたちはクト村に寄ることにした。都市サファリアへ戻る前に、休憩しておこうと思ったのだ。
イティカたちのことを、村人は歓待してくれた。悪魔の雨でモンスターに化けた村長に代わって、今は、レドという若い女が村をまとめている。
レドの家にあげてもらった。
そう言えば、あの青年はクト村にも寄ったんだったな、とウワサを思い出した。なんでも良いから青年にまつわる情報を聞き出そうと思った。
「お邪魔になってすまんな」
「いえ。冒険者ギルドには世話になってますから」
レドは、気さくに応じてくれた。
「ところで、この雨に降られてもモンスターにならない青年のことなんだが……」
話を切り出そうとしたやさきのことだった。
「けけけけッ」
と不気味な笑い声が聞こえた。
同じ部屋にはザンザとテルデルンがいた。しかし、笑い声はその2人のものではなかった。
もう1人いた。
アカジャックの森から一緒について来た、タギール・ジリアルという女性だ。たしか新米の冒険者だ。どことなく不気味な気配をまとっている。シルベ教の紋様が入ったフードをかぶっているからかもしれない。
「どうかしたか?」
と、イティカは不審に思いながらも問いかけた。
「男は悲しい。女も悲しい。人間は不完全だから……」
「そうだな」
それはここに来るまでの道中に、イティカが言ったことだ。
「だから、我らは新たな人種へと向かわなければならない。神の図書館への接続を何人たりとも邪魔してはいけない」
「いったい何を言っているのだ?」
「イティカ・ルブミラル。その印――〝無限剣印〟が英雄王の印を持つ者の手にわたっては厄介なことになる」
「英雄王の印を持つ者……。あの青年のことか?」
タギールはフードを目深にかぶった。タギールは口を大きく開けた。
口の中から――。
何かが出てくる。
黒いカタマリだ。
(なんだ?)
厭な予感がした。
黒いカタマリは床に吐き落とされた。スライムのようにブヨブヨとその場で動いていたのだが、不意に巨大化しはじめた。どんどん大きくなっていき、レドの家の天井を突き破った。
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