ISERAS イセラス
三章 8.アウトレイジ
「これは…」
フェアコンを用いてか...。
いや、言うまでもなくそうだろう。
『サングラスをかけた不審者』を取り巻く建造物が無茶苦茶に崩されてゆく光景が見えた。
衝動に駆られ暴れている様にも見えるが、その顔は気持ち悪い程に無表情。あの狂気さが皆の恐怖をあおるのだろう。
「ナイフ一本で勝てる相手じゃないよねこれ…」
そう言いつつも、俺は暴れ狂う不審者の元へ歩いて向かうのだった。
混乱する大衆の隙間を掻い潜り、シェルターの奥に佇む扉に辿り着いたジェイド達一行。
彼女が扉と一体化したタッチパネル装置に幾つか操作を施すと、数秒だけ間を開けた後カチッと音が鳴りロックが外れる。
手早くドアを開くと、彼女はゼータとセラの腕を掴んで強引に中へ入れた。
「だぁ…っはぁ暑すぎて死ぬところだったわ」
「確かに…」
騒がしくてむさ苦しかった空間とは打って変わり、今度は静かで涼しい誰も居ない空間。
「少しそこで待っておれ」
そう言われ、二人はその通りに立ち止まってジェイドを見送った。
目で見て数えられる限りでも、監視カメラが10台やそこらは取り付けられている。それに気づいたゼータも何となく縮こまって姿勢を正してしまう。
「サム・リガー、応答せよ。ジェイド・ソレアじゃ」
『ジェイドさん!? どないして…あぁ…んんっ。こちらは’’グロリアス北:ASURA・M&SP国民共済第七シェルター’’です。本日は───」
「そんな余興は良い!今直ぐ国民へシェルターを解放するのじゃ」
サム・リガーという名前に聞き覚えがある。そう、特にセラには…。
「ナンパ男…」
「……あっ!思い出したぞ...セラにナンパした身の程知らずだよな!?」
この短期間でも、付き合い始めただけあってゼータの態度が一層大きくなっている。
相手もこちらの存在に気付いたようで、露骨に態度を崩す。
『あの時の嬢ちゃん…、宿代は要らへんから、うちで夜の営みを…おっほ』
「おい…っ!俺の彼女なんだが」
『お?なんだ若いの、戯言言っとんのか?え?』
当然ゼータが黙っても居らず、不毛な言い争いが始まってしまう。
「言うてる場合かサム! アウトレイジが現れて、避難してきた国民がエントランスに留まっておる!」
『で、ですが…’’耳付き’’の大衆をこのシェルター内に入れる訳には…』
「おまえ!!話の途中になにごちゃごちゃ言ってんだよ!?」
「もういいから黙ってゼータ」
「はい黙ります」
セラに言われ、呆気なく屈服するゼータである。
セラは、メインカメラの視線に目を合わせると、訴えかけるような表情でジェイドの助力をした。
「私はセラ・ミュール。…サム、シェルターを解放して」
『……ん?セラ…ミュール、どこかで聞いたことが.......』
「只事では無いぞサム。このままでは熱さで国民が野垂れ死んでしまう」
少しの間沈黙の時が流れると、今度は別の声がスピーカーから聞こえてきた。
『シェルターを解放しろ、サム。私が責任を持つ』
『と、統領!?…大丈夫なのですか!?』
「え…統領…?ってマジ…?めっちゃ偉いじゃん」
なんとも威厳のある堂々とした声が印象深い。
統領ということは即ち、ここハイランズを統治する機関の最高責任者。
流石にゼータもその事を知っていて、彼の名前も当然知っている。
「’’ハイランズ・エンティクロン’’…!?」
『無礼な若造だ…この方がどれほど偉大か分かっているのか?』
『サム。ここだけじゃなく、別のシェルターにも解放の命令を出してくれないか?』
『な、何故そのような…』
『先の出現したアウトレイジによる被害が予想を上回って拡大しているのだ』
『良いんですか…?』
『サム、私も同期だ、その気持ちわからなく無いが。それでも古い考えは改めるべきだ』
『統領…』
「わらわも気持ちは解る...。じゃがその気持ちがあるそなたなら、理解出来るはずじゃ」
「私に、そんな権限はありませんよ.......」
最もな正論を押し付けられたサムは、義務感に囚われるかのように返事をして、別シェルターに連絡を入れた。
サムに、うさ耳の付いたこの星の住民に何かしらの差別意識が有ることは明白だった。
それが何かは知る由もないだろうが、この様子では、一概にサムだけが間違っているとは皆思えないだろう。
『ジェイド、’’ダイヴ’’はどうした』
「……う、..............うぅむ…」
『全く…自分勝手な首席補佐が居たものだ…』
「面目次第も無いのじゃ…」
「ジェイドがハイランズの首席補佐官…」
「まじかよ…周りみんな偉すぎね…?」
彼女の謎の権限の正体が明らかになったのは良いが、ジェイド’’殿’’との接し方を改めなければならないのか、少々の不安が残るゼータ。
『ともあれ、ジェイドとそこの御二方はシェルターへ入りなさい』
「うむ…...では先に行ってレクルを待つぞ、ゼータ、セラ」
「承知致しました…ジェイド殿」
「いいから私にもその位の敬意払ってよ…」
──一方レクル───
肌にピリピリとした周波を感じる。
近くにセラが居る訳でもない。
これは明らかに奴の仕業だ。
荒れ地になって崩す玩具が無くなったのが原因なのか、ただ立ち尽くして空を見ている。
「派手にやってくれたね、誰か知らないけど」
俺の心に恐怖は無かった。
ただ苛立ちと、喉の乾きを収めるために動いているだけだった。
そうだ、俺は強い。
「………」
「…何か言ったらどうなんだ?」
「………」
ナイフを強く握ってきつく睨みつけると、サングラスの男は、首をゆっくりと曲げてこちらを凝視する。
見るからに心が宿っていない。
まるで力を持て余した、あやつり人形だ。
「これは…恐怖じゃない、何故貴様は恐怖を感じない?」
「は?」
奴の第一声は、俺への下らない疑問だった。
思わず鼻から間の抜けた息が漏れてしまった。
「逆に聞くけどさ、恐怖って何?」
「恐怖とは’’死’’。’’BASE’’が死すれば自ずと’’CL’’は死を意識し、ARESに従う」
こいつはハイランズの街を壊し、国民に恐怖を与えようとする荒くれ者。
流石にここまでする事は無いだろうが、奴が誰かに似ている気がするという情が邪魔して、素直に憎めなかった。
だが、それを聞いて安心だ。
「腐っても敵同士だな、俺等」
「恐怖を感じないのか?」
「んなもん感じるわけないだろうが…」
何も言わずにサングラスの男は、俺に向かって二刀の刃を突きつける。
ナイフ一本と、二本の太刀が、激闘を始める瞬間だった。
「…何なんだあのサングラス野郎。急に出てきて暴れまくって…」
「奴は’’NOUS’’、人の恐れる姿を見て快楽を得ている。俗に言うとアウトレイジじゃな」
それを聞いて、視点が固まるゼータと、意味深に口に手を当てるセラ。
「恐がってるのを見て楽しんでる!?...それが外に平然と歩いてるって今の状況…めっちゃやばくね?」
「人を見さえしなければ攻撃はしてこないからの、もう少しの辛抱じゃ」
更々人間として扱う気は無いのだろう。
獰猛な野生動物の解説をする意気で、ジェイドはとても落ち着いている。
暫くすると、統領が招いたシェルターの大壁が開き、今か今かと待たされたうさ耳の民が押し寄せて入って来る。
「そういえば、あいつおっせぇな。レクル」
「確かにそうじゃな、イコ二匹もレクルに着いて行ったようじゃが」
「やっぱでかい方か……やっぱ」
「さすがにやめてゼータ…」
「ほんとすまん」
ゼータも言い放った瞬間からかなり後悔していたので、即座に謝罪の言葉が出た。
「まぁレクルも人間じゃからの…詮方無い」
「この話終わりにして!」
実際に外で闘っているレクルには、想像もつかないような笑い話が、シェルターの中では繰り広げられていた。
だが、此処はそういう世の中でもある。
「...?あの子は...?」
あるうさ耳の小柄な男が、ジェイドの元へ駆け寄る。
「ジェイド様! やはりここにおられましたか…」
「ダイヴ...?どうしたのじゃ、慌てふためいておるぞ」
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