ISERAS イセラス
二章 11.目覚め
船外へ出て初めに聞こえた音が、何かしらの生物の声だとは気付く。
しかしそれは、酷く生理的嫌悪感の込み上げる唸り声だった。
「この声って…」
「’’ローダ’’…」
どこか聞いた事のあるような声質をしていた。
ASURA人種科学に多く知られているオーバーロード(ミュータント化)。それを起こした人間のことを、俗にローダと呼ぶ。
体の内から風船のように膨らむ肉で、徐々に皮膚が裂けてゆき、特異な形へと変化していく。
当然滝のように出血をする。しかし何故か、それにより出血多量で死することはない。
頭のおかしい研究者の間では、それを人類の利ととるか害ととるか論議が別れていると言われる。
だが簡単なことではない。
何故ならそいつは、人を簡単に殺そうとする殺人鬼だから…。
「どこに居るんだ!?」
「下がってゼータ。死にたくないでしょ?」
そう言ってゼータに注意するセラ。
だがゼータも、奴らの恐ろしさ、執念を知っていた。
フェアトーナメントで突然出現したミュータントも、ここに居るミュータントも同じく人を殺すだろうと。
ゼータはその場から逃げなかった。
「俺も戦う」
「…戦う?どうやって?…フェアコンも無いのに」
「もう吹っ切れたよ、ほんと何もわかんねぇ」
ローダは、大人しくしているはずもなく、段々と気配だけで近付いてくる。
「上…」
「うぉぁ!!」
ドゴォン!!!
石の床に難なくヒビが入る程の重量を持つローダだった。 得体の知れない生命体が二人の前に姿を現す。
二人にターゲットを向けるローダは、その二つの巨腕を大きく広げ、ぐるぐると回転し始める。
避けるのも華麗なセラに対し、同様を隠せないまま必死に動くゼータ。
「こっち…」
セラは立膝をつきながら、手をクイクイと曲げ挑発的な行動を取った。
全身から血を吐き出すだけに留まらず、口からも唸りと共に血を吐いたまま、セラを一点に見つめる。
軈て咆哮を放ち襲いかかった。
「っ!」
そいつは質量に反して身動きが早く、攻撃を外したとて直ぐに立て直し、また次の攻撃を仕掛けてくる。
「質量が大きい……多分皮膚も相当に…」
セラはローダの豪腕スイングを冷静に避けつつ、ゼータに注意を促す。
「武器も無いのに戦えるわけない…! 従って…ゼータ」
「人が苦しむのを見たくねぇんだよ!! こっち向けバケモノ!!」
大声に反応したローダがぐるりと向きを変え、またしても多量の血を吐き出す。
振りかぶって惰性をつけた腕が、ゼータの横腹に直撃する瞬間だった。
「バカっ!」
ゼータはセラに突き飛ばされ、二人で前方に転がる。
「ぐぁっ!!」
「あぁもう!…足を引っ張るなって言いたいの!!」
「……クソっ…くそっ!!」
「いいから下がってて…!」
忸怩たる思いで拳を強く握り、ゼータは船内のラミアの元へ掛けた。
「レクルに続いて、お前も黄昏モードか?」
悲痛、疑問、無念、恐怖。
襲いかかる負の感情に、ゼータは対応しきれてはいなかった。
親友がやられてしまった悲しみ。
二人はそれを何故悲しまなかったのか。
人を痛みから護る事が出来ない情けなさ。
殺されるかもしれないという恐怖。
感情の全てが全て、今まで感じた中でも最も強烈で、手に負えないものだった。
「なんでそこまで冷静で居られるんだ…お前ら、レクルが…死んでんだぞ…!!」
「その話か」
「その話って…ラミア!」
「あんま人には言いたくなかったんだがなぁ、レクルの事」
ラミアは、制御コンピュータへの入力の手を一度止めると、真剣な面持ちでゼータを見据え、話し始めた。
「どれだけ金を積まれてて、名誉が貰えるとしても、創世主にも隠し通すつもりだったレクルの正体を…。 あいつの親友の、お前にだけ教えてやる」
「レクルの…正体…」
ゼータの心臓は、これまでに無いくらい強く脈打って静まらなかった。
「レクルはな───────」
非力故に攻撃を防御することも出来なければ、無論攻撃を仕掛けることも出来ない。
「…っはぁ、はぁ……速い」
ただ攻撃を避け、時間を稼ぐ。
それだけに相手の攻撃頻度は凄まじくなってゆき、いつしかセラは疲労との戦を強いられていた。
「PFWは戦況を確実に悪化させる…はぁ、っはぁ、落ち着いて…私」
降り止まない豪腕を避け続けている内に、段々と余裕が薄れ始めていく。
「はぁっ、はぁ…。っ!?」
謎の気配に気付いて、一瞬顔が後ろを向く
その時だった。
「ぐぁっ!!」
バシィと音をたて下半身を殴られたセラが、回転しながら宙を舞う。
「…!!」
何とかして着地を試みるが、先に床へ降り立ったのは不幸にも脚。
打撃をくらったばかりの足脚へ更に負荷が加わり、身体を支えられず倒れ込む。
「うっ…。なんで二体も居るの……って、考えたらおかしくない話よね……」
意識が朦朧とする中、殴られたローダにも、二体目のローダにも狙われながら、それでもセラは立ち上がろうとした。
死へのカウントダウンを刻む鼓動が、更に早く、鮮明になってゆく。
「嫌だ…死ぬの嫌だ…怖い…」
彼女は、’’死’’に対して人の数倍恐怖の意識を持っている。
何よりも怖いものだと思っている。
彼女の思う死と、人が思う死とは、意味が全く違うのだ。
彼女には、死に罰が課せられている。
「やだ…やだよ…」
「っ!!」
ローダの胸部に一閃の筋が入る。
肉の切れる音も、風切りの音も全く無かった。 
後に聞こえるのは、血の吹き出る音と…
「レクル…!!」
という彼女の囁き。
二体目のローダが背後から襲いかかるも…。
「ギドウ!サカキ!」
俺がそう叫ぶと、更にその背後からギドウとサカキがローダの首筋目掛けて噛み付く。
「イコ…」
二匹は見違えるように巨大化して、最早犬か猫かどうかもわからなくなっている。
だが二匹とも俺の大切な家族のイコだ。
噛み付かれたローダが地べたに這い蹲うと、容赦なく刀を後頭部から突き刺した。
「うぃーっす、遅れてすまん、大丈夫だったか?セラ」
「ギリギリセーフ…って所。 久々に’’ルクレ’’って呼ばせてもらうね」
レクルはニヤリと笑うと、ローダの頭から刀を抜き取り、回転させて乗った血を払う。
「あいつら引きつけるから、俺の前に割合自分全振り全力全開’’オーバーレイ’’で頼んますわ」
「き、気を遣わなくても…初めからそうする…」
「言われねーとやんねーだろてめぇー。変わってないなぁ、その能力もまぁー変わってない」
セラと対峙していたローダの首を瞬く間に切り裂く。
レクルの斬撃に音は着いていくことが出来ず、破裂音が炸裂している。
「そっちも…、その斬撃とか割と意味不明だと思のだけど」
「言えてるわぁ」
自分でも自覚できないという意味不明な斬撃を、じゃじゃ馬の如く繰り出す。
「ほいほいほいほいぃぃぃっ」
「ヴゥゥ!!」
二体のローダを、二匹のイコとレクルが叩きのめす、とてもカオスな光景がそこには広がっていた。
無制限に流れる血も相俟ってか、’’グロ’’いという印象も受けかねない。
「はぁぁっ!!」
暫くは、レクルの猛攻が続いた。
途中で別のローダ、三体目、四体目が舞い込んでも、レクルとセラにかかれば劣勢になる事も無かった。
そしてラミアから合図が出る…
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