ISERAS イセラス

二章 7.思い出作り


「お買い上げありがとうございます‪ぅ」

本当に買っちゃったよこの人。
店員の冷やかしにも全く動じず、なんの躊躇もなく買っちゃったよ。

ひとつを俺に渡すと、セラはもうひとつのミサンガを右腕に装着する。

「な、なんだよ。ゼータに渡せって?」

「なんで? 彼氏’’役’’なのに」

この女、本気だ。
本気で俺の彼女を演じてやがる。
あれだけ殺すだのなんだの連呼しておいて、恋人役だなんて中々に…

「ノリがいいな」

「そうしないと浮いた存在になるって聞いたから、本当は今にでも殺さなきゃいけないんだけど」

「ほんと怖い…マジでやりかねないから怖いわ……」

頑なに処刑人やってる。
殺そうと思う理由さえ分かればその部分の改善に尽くすつもりなのだが。
なんせ何もヒントをくれようとしない。

「俺の何が悪いんだよ、頼むから殺そうとする理由を教えてくれ」

「殺したいから」

「いやいや、ほら’’彼女’’なんだからさ。ちゃんとした答えを…」

「彼女じゃない、彼女’’役’’。それと殺す理由は関係ない……」

最早正論かどうかもわからないし、まるで埒が明かない。
落ち着いているうちは、殺すに殺せないような雰囲気ではあるが…

それまでには縁を切りたい所。

そう思いつつため息を漏らし、セラから授かったミサンガに手首を潜らせ…

「ないぃ! こんな処刑人みたいな奴と同じミサンガなんて演技でもつけられるかっ!」

「なん…っ?」

ピリピリした空気が漂い始めたと同時に、周りからの視線もピリピリと肌に刺さる。

「あんな可愛い子にアプローチされてねぇ……」

「あの野郎、扱いひでぇよな…」

「うっ……」

お前らには此奴の恐ろしさが分かっていない…。此奴は俺のことを…。




ショッピングは終わったようなので、店内で何故か彷徨さまよっていたゼータと合流する。

「お、おぉ良かった、彷徨ってなんかないぞレクル。ふはは…、そういえばお前、なんか買っ。…おぉ? お揃いのミサンガか…、本格的だな。いいと思う」

仲良くミサンガを着ける俺とセラに、少し引き気味になるゼータ。
『所詮は演技だ』と思っていた彼には、相当なショックだったのだろう。
(演技に変わりはないけど)

「あぁ、いっぱい買っちゃったからゼータも一つ要る?」

「な、なんかハマってるみたいだな、よく見たらどっちにも両手に装着してるし……」

ゼータが紙袋からつまみ出したのは、平和を願う橙色のミサンガ。
両手で伸ばしたり回したり、珍しそうな目で凝視したりしている。

「ゼータ渋っ!」

「渋い…すごいの選んだわね…」

「だろ?…。じゃねぇよ!何でもいいだろ」

華麗なノリツッコミを披露すると、同じようにゼータも、橙のミサンガを手首に通した。

「しかし、よく出来てるなぁ……こことか見るからに難しそうな編み方だし…」

「クラフトって、手先が器用な人が多いんだよね」

それも卓越し過ぎて、デイズの人間には持ち得ることの出来ない能力となる事もある。
本当はそういうのも一種のフェアコンとして捉えるべきなんだろうけど…

さり気無く俺も橙のミサンガを手にして、固く握った。




飲食店、アパレル、町立公園と、気になるスポットは全て網羅した。
後は、博物館が閉館するまでの待機と、閉館後の作戦決行が残る

「いやぁ〜歩いた、足休めないと」

「ゼータ食い過ぎ…、まだお腹すいてないでしょ」

「残念だったな、俺は今絶賛餓死寸前さっ!」

「凄い胃だよ…胃と腸、あと顔」

「顔は悪くないだろ!」

ゼータの無意味な空腹自慢を適当に流していると、玄関からコンコンと扉をノックした音が聞こえる。

「あれ、ラミアさん鍵持って行かなかったのか?」

時間的にも、扉の先に居る人をラミアだと決めつけていた。
当然その扉を空けるまでは。

「イデアさん?」

「お疲れのとこ悪ぃが、ちょっと話を…」

開けた先にはラミアでは無く、大家のイデアが佇んでいた。
俺に話がある、とイデアは殆ど無理やりに事務室へ俺を連れ込んだ。

何の話かも聞かされないまま、俺は殆ど無理やり椅子に座らされる。

だが、何となくイデアが聞きたい話の内容は読めた。

「お茶淹れてやろうか?」

「あ、じゃあ貰います」

冷蔵庫から冷えた緑茶を取り出すと、自前のコップにそれを注ぎ、社長椅子に鎮座される。

「でかくなったなぁ、レクル。あれからラミアん家にずっと居たんだろ?」

「でかくって…背、一切伸びて無いんだけど」

「器のでかさだよ、器の。 背丈なんて変わるはずあるか……」

「え?」

最後だけ何故か小声になって、よく聞き取れなかった。
だがイデアは手を横に払って誤魔化す。

「こっちの話だ。…ラミアに引き取られた当時の記憶覚えてねぇんか?」

「小さかったんですか?」

「もうちいせぇちいせぇ!! ちょーっと声かけただけですぐ睨み付けてな、別れ際には目が合っただけで睨み付けるくらいだったんだぞ!」

「おぅ…」

その感情には覚えがある。
薄らとというレベルだが、確かにデジャブ的なのを感じた。

もしそうだとしたら、今印象が良くなったのは少なからずイサラスの影響を…。

「どうなる事やらと思ったが…、今のその分ならモテんだろ、顔もいいしなぁ」

「いやいや、滅相も無い……無い?…のか?」

最近唯一女子に目を向けたことがあるといえば、例のストーカー事件が思い浮かぶ。
だが、あれは恋愛的なそういうのではなかった。

リャイも含めて…。

「うん、やっぱ滅相も無い」

「なんだぁ、照れてんのかぁ!?」

「そんな事より!…まさかこれが話したかった内容じゃないよな?」

「半分はそうだが……いいだろう、本題に入るとするか」




レクルが事務室で話をする一方、宿泊する部屋にラミアも帰還していた。
彼が部屋の違和感に気付いた時から、そのイベントは始まった。

「ていうかレクルどうした?」

「大家に呼び出し食らって…暫く戻ってないな」

「そうか……無事だといいが……」

「おい意味深な発言やめろよ」

真剣な顔をして言うラミアにゼータの正統派なツッコミが入る。

今夜潜入作戦を開始するという状況下で、本当は、気が気では無い。

ゼータが言葉の内容を理解してツッコミが出来たのは、強く、知識人であるラミアが冗談を言えるほどの余裕があるからだ。

ラミアはそれを理解していた。

「っしゃ、飯食う前にひとっ風呂浴びてこう。リフレッシュタイムだ」

「え今?、レクル待たないのか?」

「どうせ遅くなんだし、ちょっとでも早く長く入ってようや。大露天風呂だぜ? 大!露!天!」

自分の支度を素早くこなしながらそう言ってラミアは、ハイテンションのまま浴場の暖簾のれんに姿を消した。

ゼータは身体を起こし、ふとセラに視線をやると。

「セラ、お前も風呂入……てもう準備万端かよ」

「大露天だからね」



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