ISERAS イセラス

二章 6.作戦開始


ドクン……ドクン……

一つ一つの振動がより大きく、より早く。
周りに聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいに、俺の心臓は爆発寸前だ。

ゆっくりと彼女が向かってくる。
内臓が飛び出そうなのを必死に我慢し続け…。

ドクンドクンドクン……。
そして限界が訪れた。

「だぁぁ!!もう緊張して眠れないよっ!!」

「な、なに!?……びっくりした」

「……んだよ、……うるせぇなレクル」

起き上がったからだをもう一度倒して両手を広げる。
お菓子を親に買ってもらえなくて地団駄を踏む子供の様に両手足をバタバタさせる。

此奴セラと同じ部屋…て。気がもったものじゃないよ!?殺人鬼が寝込みを襲わずしていつ襲うんだよ!」

「人聞きの悪い事を……通りがかっただけなのに……!」

眠れない事もあり、セラのご立腹な態度に俺は益々ますます嫌気が差す。

「なら殺さないって証拠があるのか?」

「まだ一回も殺してないのに……殺されたいの?……」

「ヴゥヴゥ!!」

「なんつー会話してんだか……」

肌がピリピリしてきた所で、もう一度目を閉じた。
こんな夜中に何をウロウロしているのか。
トイレにしても頻度が多すぎるし、気になってしまう。

何にせよ、彼奴が通る度に身の安全を警戒している様じゃ、とても眠れたものじゃない。
腹括はらくくって耳栓するか。

信じたまでとは言わないが、殺気を出している時は口でも『殺す』と訴えて来るやつだ。

それと比べれば今はまだ理性がある。

「……もう限界、殺すなら殺せマーダラー……Zzzz」

「…んでセラ、お前も夜更かしし過ぎんなよ?作戦に支障が出るからな」

「…………」

一同は、再び眠りについた。



……………

なに─ないたいら─ちへわたしはいつ─おとずれ─。
うえはクロ、下─トキ々赤。
意味も無くウゴ─、わたしと同じ様─形をしたヴっ体に、私は話しかけた。

「x3hFR9TuPDCTksV69exBLhKpzn6SJufu97ZN6DSeNHZZd3VXVt7iDsZsDznCVa82SJumyXzeFkXSw92Xn8WTrnzFTQwt4YTAJCi3」

その人は両手足を失っていた。人には腕と足がある事を知った。

「ApCKjw79tuejdiwDfKha5AQNXa8dSjWn9sx7j84FWffgYHkLRaMTR2ar642m4inXMPm8Gd3iw9cCdLG9xbRUGndDeT6zKgktjnmD」

人が発する音には、意味があることを知った。私は考える事を知った。

そして記憶を知った。

イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ。

記憶は痛みだった。私の記憶には痛みしかなかった。
もう生きたくない。




「うぁあああ!!……」

「うぉっどうしたレクル!」

何かから解放されたように開眼し、ガバッと起き上がる。
その瞬間、己の全身から途方も無い安心感と癒しが脳へ流れ込む。

「…………」

天に召されそうな恐ろしい感覚だ。
手を開いたり閉じたりしてみる。

「確かに俺もビクッ!って起きる時あるけど……それは流石に大袈裟すぎんだろ」

クシャクシャになった俺の掛け布団を畳みながら、ゼータは笑いながらそう言った。

「イタくない……」

こんなにも夢が怖いと思ったのは初めてだ、今でも足がガクガクで、涙目になっている。
計り知れない程の激痛が全身に走り、1秒も耐えられず夢から覚めたんだ。

だが今現在は何処も痛くない。
脳が勝手に痛さを創り出していただけなのだろうが、それが夢で出たと考えると無性に怖い。

「早く起きて顔洗えレクル、作戦開始するぞ」

「んん……ん?、もう作戦開始?時間はまだ……」

「クラフトの町を楽しむ事も作戦のうちだ。精々懐かしい気分にでも浸ってこいよ」

寝起きとは思わせない元気溢れたラミアさん。
目を擦ってあくびをしている所に、セラが過ぎって扉を開けた。

「……あ、てか俺死んでない。 処刑人と死刑囚が一緒の部屋で寝ても生きてる。おぉ生きてるぞ!」

「今度疑ったら殺す…」

「ヴゥヴゥ!」

バタンと閉められた後の部屋は、何とも静かだった。

「信じてやれよレクル、そろそろセラが可哀想に見えてきたわ」

「なぁゼータ。俺、殺すって言われてるんだよ?」

そのセリフに場を納める力はあるかもしれないが、相手の立場を考えて喋って欲しいものだ。
不満を垂れながら言われた通り洗面所へ。

水は思ったより冷たかったが、我慢した。




「アクセサリーショップ、雑貨屋、ご当地グルメ……マジでデートスポットだわこれ」

「だね、……だけど折角の女子が殺人……」

「っ!!」

ピリピリくる視線に耐えられるはずもなく、俺は口を塞いだ。
実際に殺そうとしてるのに、その話題を振ったら不機嫌になるって、どんなブーメランだよ…。

ゼータとセラの二人に囲まれ、計三人でクラフトの町を探索するも、あるのは専らデート向けなお店ばかり。

非リア充を寄せ付けんとするオーラが、大通りの両サイドに悶々と漂っている。

「カップルじゃ無い方が目立つね」

「ならレクルとセラで、出来上がりだな」

「おい」

おい、マジのトーンで『おい』が炸裂したじゃないか。
ゼータの胸ぐらを掴んだ手に力が入る。

「フリだってフリ、その方が目立たないんだろ?」

「……し、仕方無いな……」

「無理」

「ほらみろぉ」

ですよねぇ…
俺も更々そんなことする気は無いし、冗談で言っただけだけど…ちょっと辛い、顔だけは可愛いからちょっとだけ辛い。

結局俺は意味もなく振られるんですよ。

「決定打だ…」

まぁ、こっちだって願い下げだ。
落ち込むほどのことでも無いし、怒ることでもない。第一こいつ処刑人だしな、見ている世界が違う。

俺は少し咳払いし、気になった飲食店を指さした。

「あそこのお好み焼上手いん……」

「そこのアクセショップ寄らせてね」

クソアマァ!!!つくづく感じの悪い謎の女だ!!!どうしてくれよう!

「クソアマァっ!」

「落ち着いて深呼吸だレクル、思考が筒抜けになってるぞ。あと…多分もう始まってる」

セラの様子を伺ってか、ゼータはそう言い切った。

畜生…あそこのお好み焼き屋めっちゃ美味いのに…!!

「スゥー……はぁ……俺はセラの彼氏……セラの彼氏……彼奴顔は良い…顔はいうぉぇっ」

俺があいつの彼氏だなんて死んでも嫌だ…。顔が良いだけで付き合うとか無理だ。てかそれ以前に性格(生態)に難があり過ぎる。

でも、この居心地の悪い間を通過するには、フリでもカップルにならなければならない。
その為にやるんだ。

相手がイサラスならどれだけ良かったか。
イサラスとのデートをどれだけ妄想したか。

「そうか、……あいつをイサラスだと思えば……はっ!?」

駄目だ…、そんな事をしたらイサラスがけがれてしまう。

我ながら気持ち悪い。

「…あれ」

我に返ると、ゼータとセラの2人はとっくに店内に入ったようで、見えなかった。
自分が浮いていないか周りを確認して、アクセサリーショップに足を踏み入れる。




そういった類の物に興味が無い俺でも、展示された品々の鮮やかさに目を奪われた。
ここまで繊細に手を加えられた装飾品は、デイズでもそう見ることが出来ない。

クラフトは純粋な’’星の人’’の暮らす場所と言われていて、デイズと反対に、他の星からの干渉を全く受けていないという。
それ故に、器用さというスキルが極まって独自の世界観を生み出しているのだ。

「細けぇ……こことかミリ以下の単位だろ……」

以前居た時は余裕がなくて、見向きも出来なかった。
世の中にはまだまだ驚くべき事が有る。

見入っていて気づかなかったが、俺はセラを真横にして腰を低くしていた。

「何見てるんだ?」

「見れば分かるでしょ……」

セラが見つめていたのは所謂’’ミサンガ’’(手首や足首に付ける装備)というやつで、色の組み合わせによって多種多様なバリエーションが揃っている。

目が回りそうな位カラフルだけど。
ミサンガって柄か?……こいつ。

「柄じゃないとでも言いたそう……」

「なんで分かっ……!そ、そんな事ない、き似合う!。きっと似合うよ〜ミサンガァ〜」

棒読みを誤魔化そうと目を逸らした先に、ちょうどミサンガの御利益一覧らしきプレートがあったので逸らし次いでに目を通して見た。



「ふんふん…赤が、勇気。青、勉強。黄が金運ねぇ〜」

それと桃色が恋愛か。
思った通り’’恋愛’’と口に出すことは出来なかった。ピンクの文字だけ脳内で読んでしまった。

にしても、直ぐにイサラスの顔が浮かび上がったな、恥ずかしい。
いつかイサラスとペアで……。

『死んでもらう……大人しくしてて』

だけど、同時にあの時の言葉が蘇った。
殺人鬼となったイサラスのあの言葉。

「……まだ試練は多そう」

「レクル」

「ん……、なんだ? そろそろ店出るか?それとも殺されるのか?」

「違うっ、これ買う…」

「……え゙」

処刑人の手には、どう足掻いてもピンク色にしか見えないミサンガが二つ握られていた。



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