ISERAS イセラス
二章 1.『チュートリアル』
『じゃぁね……レクル……』
『今まで楽しかったよ……』
イサラスが消えてしまいそうだと言うのに、俺の身体は言う事を聞いてくれない。
嫌だ……離れたくない……!!
イサラス!!
「…っ!!イサラス」
夢だ……また見たくもない夢を見た。
だがそれは、悪夢という訳ではなかった。
起こった現実での出来事を只明瞭に表しただけの映像。
望まない世界。偽りの安寧からレクル・ゼンツイは目を覚ました。
二章───チュートリアル───
「背部から心臓にかけて貫通……肋骨辺りで停弾していますね」
医師の断言を聴いてラミアは少し動揺した。
「レクルは大丈夫なのか? …」
「えぇ……恐らくは。幸い彼は’’CLR’’(Copy Legacy Receiver)でしたので生命維持に問題は無いかと思うのですが…それでも」
「停弾だもんな…それは仕方ない」
「すみません…せめて’’オーバーレイ’’処置の可能な医者が居れば良かったんですけど……如何せん今回の騒動で、未だ行方知れずになってしまいまして……」
病室の中。
自称保護者であるラミアと、一連の出来事についてを話し合った。
彼が何者かに狙撃されたことも。俺が倒れている間にイサラスが’’回収’’されてしまっていたことも。
沈黙を経てラミアの口が開く。
「災難だったな、レクル」
「…ほんと訳分かんないことだらけだね」
ラミアの左腕を狙撃したのはあの赤髪の男ケルトでは無く、別の誰か。
軍隊の中にそれくらいの狙撃手が居てもおかしくは無いが…今も狙われているような気がして、落ち着かない……。
「ラミアさんも腕とか…お腹とか大丈夫?」
「大丈夫だ、お前に比べりゃどうってことない。んな心配してないでお前は寝て細胞増やせや」
「寝れるかよ! …ただでさえイサラスが居なくなったことでソワっソワしてるのに」
彼女を連れ去った例の軍隊、それを派遣した憎き組織の名は『リンネラ』
所によると、今回の事件で他にも回収(お持ち帰り)された人が何人も出たと聞く。
しかしこのご時世だ、政府がどんな行動に出ようと、あの軍隊がマフィアであろうと驚くこともない。
ただ、こうも奴らに根に持たれてしまっては負け戦だなんだとは言っていられないが。
ほらまたケルトの顔を思い出して腹が立つ。
「……あぁもう!!なんなんだよあいつら!リンネラってあんっな酷い人間の集まりだったの!?」
「ケルト・ソレイユだな。リンネラがあそこまで野蛮な人達の集まりになってるとは、俺も思わなかったぞ」
「そう、あの赤い奴……ラミアさん知り合いだったんだよね?」
「はぁ…もうあんなやつと関わりたくねーよ…」
思えば、相手側もラミアさんの存在を知っていた。
ラミアさんと完全に敵対していたし、俺の中でアイツは完全に悪い奴になっている。
しかし、幸いといえば幸いだが、不可解にも俺達を殺すまでのことはしなかった。
「殺すまで撃てばいいのにね、ははは…。あいつら意外とヘタレなんじゃないの?」
「殺さない理由があんのさ。奴らも仕事だって言ってただろ。……多分、誰かが裏にいるんだろうな」
至って冷静な声で、ラミアさんはそう口にした。
「なんか…達観してるね、ラミアさん。俺なんて今にでもサンドバッグぶん殴りたいよ」
「まぁ色々あったからな…。それとサンドバッグは無いから、ベッドで勘弁してくれよ?」
「壊れるんじゃないの?」
「かもな!ガッシャァンとか言って」
他愛もないことで、二人して笑う。
至極普通のことだけど、今の沈んでいる俺からすれば、これ以上ない心の癒しになった。
それに、ラミアさんの存在もかなり心の支えになっている…いや、なってくれているのかもしれない。
今は、その優しさに甘えたい……。
「ラミアさん知り合い多いよね…しかも濃いキャラ多いわ…。これも、昔色々あったからなの?」
「まぁな。詳しいことは言えんが…。イサラスも、セラも、メルトも、ケルトも、お前の考える数倍昔から知り合いだぞ」
「…………」
この人は一体何者なのだろうか。
迸る強キャラ感と、父親感……いや、師匠か?
絶対王者と言われている俺でさえ、人生の先輩として彼を尊敬してしまう。
見とけケルト…これが強者の余裕なんだぞ…。力だけが強さの証明にはならないってことを教えてやる。
しかし、そんな人が何故俺なんかにここ迄尽力するのだろうか。
……ケルトが俺に対して執拗に恨むのと、何か関係があったりするのか…?
「で、これからどうする?レクル」
「なに?どうするって」
「俺としては……あんま厄介事には手を出さずにさ、穏便にやっていって欲しいんだけどな…」
「穏便……」
それはつまり、極力戦いを減らし、異能力やフェアトーナメントとも疎遠にしていってほしいと。
そう詳しく言われずとも理解出来る。
ラミアさんらしい意見だとは思った。だが俺には大きな心残りがある。
「あいつが…イサラスが居ないんだよ…」
「そう言うと思ったよ…」
どう’’穏便に暮らす俺達’’を想像しようと、イサラスが絶対に輪の中に存在している。
嫌すぎる……イサラスが居ないなんて…一生掛けても喪失感が消えない気がする。
「ラミアさんはなんとも思わないのか?」
「いや……」
「そうだよね…しばらく会ってなかったんだし。他人事みたいなものだね」
「んな訳あるか! 俺だって惜しいと思ってる…。じゃなきゃあの時、ケルトと戦わなかったさ」
「…………」
確かにラミアさんは何とかしてイサラスを取り戻そうとしていた。それも真剣に。
あの時のおかしかった俺なんかとはよっぽど違う。
「けどな……あんな奴らに負けている様じゃ、何したって手も足も出ねぇんだ…」
ラミアはそう言った。
でも俺はそんな風に諦めがつかなかった。 
自身の強さを過信している訳ではない。もしかしたらそれも少し混じってるかもしれないけども…。俺は未だ希望が遺されていないかを探しているのだ。
「なんで俺、あの時諦めようとしたんだろ…?ラミアさん達はイサラスの為に決死で刃向かってたのに…」
「……そもそもお前は手も足も出せない程追い詰められたら、大抵やる気無くすじゃねーか。誰に似たのか知らないけどさぁ…」
「はぁ…ラミアさんによくやられてたの、思い出しちゃったじゃんかよ…」
少しの間沈黙が続く。
「イサラスさ…何もされなくて帰ってくるなんて事は……」
「そうだな…可能性としてはゼロじゃないが…期待するだけ無駄だと思うぞ」
「だよね…。相当根に持たれてたし、意地でも返さない気だ」
’’世の中には嫌でも戦争に行かなきゃいけない人達が沢山居るんだよ’’と社会科のおばぁちゃん先生が平和ボケした俺達に散々言っていたのを思い出した。
まさか俺達がこんな目に遭う日が来るとは……。
この世に、本当の意味での平和が訪れるのは有り得る話なのだろうか?
「…あぁあ…辛い。ほんとに…」
俺は、前髪も巻き込んで頭を抱えた。
「レクル」
やるせない感覚に陥るレクルに、ラミアはもうひとつ提案を出した。
「ワンチャンス…」
「え?」
「……手も足も出ないとは言ったけど、出す手段が残ってない訳じゃない」
「どういう事?」
ラミアさんは、俺達が奴らに抗える一つの方法を語った。
穏便に暮らすか、抗うか、二つに一つ。
今までのように穏便に暮らすも、勉学に励むようになったり、一人暮らしするようになったり、希望の道は沢山ある。
その中で奴らに抗する道は、たった一つに絞られていた。それは、他とは比較にならない程にリスクが伴う。
気が狂っていなかったなら、いままでどおりの希望の道を選んでいただろう。
「そう……一か八か、伸るか反るか死の駆け引きって奴だ。普通にしていれば危険じゃない、だがそれはイサラスを諦めた事になる……」
「いいよそんなの…」
「いいって?」
「そんな普通要らないって意味。だってイサラスが居ないんだよ?考えられる?」
俺は抗う道を選んだ。
「はは…。イサラスのこと好きすぎかよ、こっちまで恥ずくなるわ」
苦笑いを見せて、ラミアは俺の横たわるベッドに腰を掛けた。
無事に回収されたスマホの電源を立ち上げると、イサラスとの個人チャットの画面が勝手に開き、彼女との最後のやり取りが目に入ってくる。
なんとも言えない感情が込み上げてきて息が漏れそうになったけど、何とかそれを飲み込む。
今まで友達として一緒に遊んできた時間も、全部忘れてしまったのだろうか?彼女は。
「あいつの為にまだ戦えるか?」
いつまでもチュートリアルでうじうじと立ち往生している訳にもいかない。
「うん…一日も会って無かったら余計に愛おしくなった。ずっとここで寝てるなんて俺にはたえられない」
「欲望に忠実なこった」
それを聴いて、ラミアは少し安心した顔になった。
「よし…!そうと決まれば早……ぐぉっ!!いったっ!!ちょっと身体動かしただけなのに!」
「寝とけ寝とけ」
だがもう暫くは、病室の天井を眺め続けるはめになりそうだ。
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