ISERAS イセラス

一章 14.希望


「ケルトさんが直々に粛清だってよ……」

「え、なにあいつ…相手めっちゃいい男じゃ〜ん」

「総員 静まれ!」

剣を持ったラミアさんの力に、俺は憧れている。だから俺の技はラミアさんのそれと似ていて、そして決して届かない。
彼は俺にとっての至高の存在だった。
だけど、この戦いで何かが変わる気がする。

これがイサラスを求める男達の争いか……。 つくづくお姫様だな…彼女も。

「…なんで今更てめぇなんかが、この女に肩入れすんだよ…」

態度の悪いケルトのそんな問いに、ラミアは慎重にこう答えた。

「お前らみたいな’’情’’のない人間に殺されるのは困るからだ!!」

「情が無いのはどっちだボケェ!! ならなんだ?情のある人間には殺されても構わねぇってか!?」

ケルトは、多分イサラスを殺そうとはしていない、『お持ち帰り』しようとしているだけだ。
彼女を何に使うかは分からないけど、ラミアさんはそれを許さなかった。

こんな程度で彼の真剣な表情は変わらない。

「なら何でお前はその子を殺さない?……それがお前の’’目的’’だっただろ、’’情’’なんだろ?」

「てめぇは……」

粛清すべき相手に対して後れを取ったのが苦痛だったのか、銃を構えたまま下を向いてしまった。
沈黙の時が流れ、ケルトのオーラが変わる。

「だから……。だからてめぇには会いたく無かったんだよ…」

恨みを持っている人間が露わにする負の感情、それは怒りのオーラだった。

ケルトが引き金を引く。

「っ!!」

当たったのはラミアの身体…ではなく、彼の持つ剣だった。

鈍い金属音と閃光。
その音を聴くや否や逆手持ちに切り替えたラミアは、ケルトを惑わすように周囲を廻り始める。

「隊長が発砲した!?……き、危険だ!全員退避しろ!!」

 発砲にまでに及ぶと思っていなかったのか、野次を飛ばしていた隊員達が銃声を聞いた後になって、声を上げてその場を散って行く。

猛獣同士の争いに雑魚があつまった絵面に相当する。喧嘩ではよく見る光景だ。

「流石に動きははえぇな……」

「どうだ! 撃ってみろ!」

暫くケルトが撃たないでいると、ラミアが中心に向かって突進を始める。
それに反応したケルトは、もう一度引き金を引いた。

左右のエイミングに集中させて置いて、唐突な直進。 
それを静止したと錯覚させて発砲させる戦法だ。

ラミアは発砲のタイミングと同時に上へ跳躍し、剣を打ち下ろす。

「よっと…あぶねぇ」

ケルトは転がって回避した後もう一度ラミアを狙い撃つが、銃弾は弾かれる

傍目にはケルトの劣勢に見えるが、奴は寧ろ逆境感ではなく別の感覚を覚えていた。

「平和ボケにしたって、んな極端にキレが無くなることあるんかねぇ…ラミア」

「あるさ、お前が強くなったんだよ…。よく聞けっ!俺はお前の敵じゃない!」

発砲と風切りの音達が、何も無い空間を飛び回っている。
ここまで異様な熱気を放った戦いは、強者の集まったフェアトーナメントでも、なかなかお目にかかれない。

護るべきものの為に戦場へ赴く戦士が、お互いにぶつかり合う、俺達とは違い、高次元の戦いなのだから…。

危機的状況による緊張感と、怒りによる豪気が混じりあっている。

「じゃあ放っておけや!」

「分からない奴だな……! ケルト、いつからそうなったんだよ!」

しかし、振るうも斬るまでには至らない。
ラミアの体力は奪われる一方である。

「どうしたぁ!?斬れないのか!?……てめぇの意地も所詮はそこまでってか!!」

「痛いとこつくな……」

一瞬光を見せた剣が姿を消す。
発砲と同時に一気に間合いを詰めたラミアが、大きく両腕を振り上げた瞬間だった。

’’ブシュ’’という鈍い音が鳴って、振り下げる寸前の両腕が止まる。
腕に空いた丸い風穴から血が勢い良く噴き出した。

「っ!!」

その間を突いてケルトがラミアの腹部に銃弾を打ち付けた。

「ふぐっ!!…くそっ…誰だ…」

外部からの狙撃がラミアに致命傷を与えたのだ。
彼が片腕を剣から離すと、痛みを抑えるかのように腹部を強く握った。

「ははぁ…成程なぁ、よくやってくれたよ」

倒れ込むラミアの胸倉をケルトが掴むと、今度は心臓に銃口を突き付ける。
他人の苦しむ姿を、悪魔のように鼻高々と嘲笑う。

極悪人の様に声を上げて笑った後、今度は耳元で何かを呟く。

「食らってみるかぁ?痛てぇやつを。てめぇが一番わからなきゃなんねぇ感覚なんだよ」

硬い銃口をラミアの腹部に突き立て、銃弾によって空いた風穴に無理やりそれをねじ込む。

「…ぐっ…!!あぁぁっ!!」

「痛いよな…。知ってるか?…舌を思い切り噛めば痛く無くなるんだぜ…?」

「くっ…とことんポンコツに育ったみたいだな…お前は…!!」

「ほざけ!!」

銃口を更に深くねじ込んだケルトは、その中でもう一度引き金を引いた。
血の柱が、ラミアの背から勢いよく飛び出る。

「うっ…はぁ…」

「ラミアを離せっ!」

「つぅ!!いってぇ…てめぇ…なに人に石投げつけてんだよ…」

「その声…ゼータか!?やめろ…逃げろゼータ。こんなやつの相手を…するな…!」

隊員に拘束されながらも、自らの意志を見せようとするゼータがいた。

たった一度きりの、意味の成さない攻撃だったが、その意思が俺の心を少し動かした気がする。

「レクル…何突っ立ってるんだ!?イサラスがこんなクソ野郎にお持ち帰りされてもいいのか…!?」

ゼータは彼女がどうなっているのかまだ知らないんだ。だからあんなことが言える。
抗えるなら抗いたいよ…俺だって…。

「あいつはもうイサラスじゃないよ…。イサラスの顔してあんなこと言われたらもう……何も考えられなくなる…」

「それくらい…好きなんだろ…?レクル」

ラミアさんは、俺の気持ちを知っている。
俺が、彼女のことを好きだということを。

何で他人なんかのために、そこまで熱心になれるんだろう…俺には分からない。分からないんだ…。

「もう二度とイサラスと会えなくなるかもしれないんだぞ…?」

「いいよ…会えなくても」

「自分から’’希望’’を捨てる気か!?」

’’希望’’なんて最初から無かったんだ……。
これは俺たち次第の運命だから。

「イサラスが悲しんでいてもいいのか!!」

「……」

彼女が俺の知っているイサラスに見えた気がした。でもそれはほんの一瞬だった。

今の俺は、イサラスが居なくなったとしても悲しまないのか?
イサラスのことが好きなのに?

何故あいつをこの手から切り捨てることが出来た?
イサラスが居ない日々なんて考えられないのに…俺の脳内は矛盾でいっぱいだ。

「はいはい…別に殺しはしないから心配すんなってぇ」

何か言っているが、もう何も聞こえない。
俺から一切のものを奪わせはしない…!!

俺は再び刀を構え、刃を奴に向ける。
赤い髪をしたあいつに…気安くイサラスに触るあいつに…。

「はぁっ!!」

ドスッ!!

息が止まって、段々と痛みが込み上げて来る。
途方も無い痛みが、俺を締め付ける。

「やる気になんのが遅せぇ…。てめぇなんざ死んで消えようとも、なんとも思わねぇんだよ」

この硝煙の匂い、嫌いになりそうだ。

それからの事は覚えていない……。

一章 終

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