ISERAS イセラス

一章 12.恐怖を感じるモノ


「死んだのか…?」

「多分な…。身体を失ったから、こっから肉体的に生き返ることは無理だろう」

串刺しにされた生首がこちらを見ているかのようで、寒気がする。
それをまじまじと見ていたラミアさんが急にしゃがみこんで、頭の部分をなにやら弄り始めた。

「…!?うわっ何してるのラミアさん!!」

酷く不快な音をたてて、強引にその頭蓋骨が開かれる。
とてもじゃないが見ていられない…。

「必要なことだから教えるけどな。ほらちゃんと見ろ、レクル」

そう言われ、いやいや俺は開かれた頭蓋の中(脳)を覗き込む。
それは液体のようにドロドロしていて、思わず口を塞いでしまった。

「これだ…ここにCLが入ってるんだ。前頭葉の働きを制御している」

確かに、小さな基盤が砕けた様なものがそこに見える。
まさかこんなものが見られるとは思いもしなかった。実際に見てみると、意外と生々しい光景だ…。

「つまり、これを確実に壊せって訳ね…」

ラミアさんは何も言わずに頷いた。
彼は立ち上がり、刺さった細い剣を抜き取る。

「所詮、これ無しでは生きられなかった身体。罪も無い人を殺すくらいなら、こいつも死ねる方が本望なんだよ」

冷酷なことを言っている様で、ラミアさんの目は優しい。
本当の正義とは何か分からないな。

「さぁ行くぞレクル。あいつらイサラス達はもうとっくに逃げてる」

「ねぇラミアさん…」

「なんだ?」

「こいつって元々は人なんだよね?…これって…人殺しだよね…」

ラミアさんは、どう答えればいいのか迷っているようだ。
彼は時々残酷な一面を見せることがある。
自分の護りたいものを護る為に、殺人をすることも昔はよくあったと彼から聞く。

「お前ならそう感じるれるよな」

「ラミアさんは…」

「命の重さを知る前に、殺しをやらせたくはないんだ、お前には…。それにこいつらを放っておいたらそれこそ死人が増え続ける…」

ラミアさんの後ろ姿を追って、俺は会場を後にした。




「出口が封鎖されてる…!?」

「そりゃあ、外の人からしたら閉めたくもなるわ……にしてもこれはひでぇ」

「イサラスとゼータ大丈夫かな…」

ここは助けを求める人同士の集まりでしかない。
とてもじゃないが自分のことで精一杯で、イサラスやゼータの行方を知る人はいなそうだ。
俺の目につくこの集まりに、あいつらが紛れていればいいんだけど…。
もしここまで来れてなかったら…。

「ここには居なさそうだ…。俺が一通り探してくるから、お前ははここで待っててくれ」

「わかった、気をつけてよ」

ラミアは人混みから離れ、イサラスとゼータを探しに行ってしまった。

「レクル!!」

「あっ!?」

俺の背中を叩いたのは、例の同じクラスの生徒だった。いつもは男女ペアで揃ってるけど、今は男の方しかいない。

「無事だったみたいだな」

「そっちもね…」

見慣れた顔が現れて、少し安心する。
だがそれもほんのつかの間。

「イサラスちゃんは…?」

「今ここら辺に居ないか探してる所」

「俺は見てないけど…。LINOはしてみたか?」

「そうか…!」

動揺していてすっかり忘れてたけど、スマホで連絡するという手があった。
だけど、俺のスマホは控え室に置きっぱなしだ…。

「できるならここでイサラスとゼータを探してくれない?スマホ取ってくるから」

「お前一人で?ちょっと危なくねーか…?」

「誰に言ってんの?てかスマホ取りに行くだけだから大丈夫だよ」

たった今ラミアさんと離れてしまった所だが、控え室までは言うほど距離が無いし、荷物をサッと取って連絡するくらいの余裕はあるはずだ。
じゃあと彼に手を振って、人混みを抜けて控え室へと向かう。




「うわ……マジでやばいな……」

共通のエムブレムを背負った軍事部隊が窓の外に見える。
明らかに場違いなそいつらが、逃走する都民を押し抜けて綺麗な隊伍を組みながら進んで来る。

如何にも連隊長を名乗り出そうな貫禄を持つ赤髪の男と、その側近と思しき黒スーツを身にまとう中年の男が佇む軍陣。
何やら誰かと通信をとっているみたいだけど…。

そのエムブレムは、’’リング’’……
中心に穴を開けられた円盤の様な形をしていた。 

「デジャブ……?」

何故かその形と色に、既視感を覚える自分がいた。’’後から思うと全く関係無かった’’と感じる既視感、俗に言うデジャブ。
よくある話だが、それ所ではなくこの既視感は強烈だ。
あの謎に包まれた殺人鬼「セラ」を初めて見た時もこんな感覚だった。

「そんな場合じゃない…。急がないと」

控え室へ走る最中、知っている人の気配を感じた。よく知っている人間だからこそ、嫌な予感が俺の精神にダメージを負わせる。

「ゼータ…何でここに…!?」

「レクル…。イサラスと会ってないか!?」

「会ってないかって…!?、イサラスと一緒に逃げたんじゃないの!?」

「いや、そうしようと思ったんだよ。けど…なんか様子がおかしくてさ、あいつ」

イサラスがまだどこかで逃げ惑っているかも知れない…想像しただけで冷や汗がする。
それに、様子がおかしい…?

突然変異した人間は、何かを目的にして人間を襲う。

「レクルを助けるっつって勝手にどっか行っちゃってよ…」

「なんだよそれ…。あいつ…」

正気で俺を助けようとして身を乗り出したイサラスの姿を想像して、また胸が痛くなる。

絶対に助けないと…!

「手分けしてイサラスを探そう…!ゼータは危険だからラミアさんと一緒に頼む」

「…マジで気をつけろレクル、冗談抜きで、絶対無茶すんなよ…」

「分かってるって」

俺を心配してくれる。
武器も異能力も持たない一般人からしたらそうだろう。あの化け物に一度でも出会ってしまったら絶体絶命。

目の前で人が殺され、実際の死を目の当たりにしているのに、俺は自分の身の心配を全くしてはいなかった。




例の調査隊員とよくすれ違う。

俺が息を切らして走っている頃、一人の女性隊員に呼び止められる。

「ちょちょちょ、ちょっと止まってね君」

「はい?」

「もしかして誰か探してる?」

「あぁ、はい…えっと一応探してますね」

「名前は?」

「イサラスです、銀色の髪で……」

「あぁぁ……ごめんごめん、そうじゃなくて君の名前なんだけど……ちょっと待ってね、今紙出すから」

「は?」

流れを見るにイサラスの話だと思ったけど、どうやらこの女の考えていることは違うらしい。
ホントくだらない……その紙出す時間すら惜しいというのに…!

徐に胸ポケットからメモ帳を取り出すと、腕時計を確認しながらカリカリと現在時刻を記載していく。

「名前と年齢だけ教えて貰えるかな?」

「レクル・ゼンツイ、年は分かりません」

「レキュさん」

「レクルだよ!!レ!カキクのク!んでラリ’’ル’’ね!」

聞き慣れない名前で悪いと思ってるよ。
俺の自己紹介にはもどかしさが付き物なんだよ。

「年齢は……」

「…もういいだろ!スマホ取りに行きたいんだけど!」

「うーん…そうだね急いでるみたいだし。どんな子探してるの?」

やけに子供に見られてるみたいだが、いいだろう。背に腹はかえられない。

イサラスの特徴やら何やらを簡潔にまとめて隊員に話すと、見込み通り協力してくれるという話になった。

それ迄の逕路にところどころ難が有るのは頂けないがな。

「ちょっと待ってねー……トキちゃんトキちゃん」

女性隊員は、通りすがる別隊員を呼び止め、特徴を書いた紙を見せる。

「ん?どれどれ?…イサラス…銀髪銀髪?…えぇぇ…銀髪かぁ…成程」

「取り敢えずフォトンベルト学生のファイルにそれらしいのは居ないので、多分それ以外だとは思うんですけど……」

「その子を探してるんだよね?」

服装やふたりの会話から察するに、こいつらはデイズの警察なのだろう。
デイズの警察は全く当てにならないと聞いてはいたけど、まさかここまで酷いとは…。

「……あ、可愛かったかはよく見てないから分かんないけど、確か…銀髪は見たなぁ」

「どこで!?」

「う〜ん…どこだったかはちょっとなぁ…」

「あぁぁぁぁあっ、もういいです!」

俺は頭を掻きむしってそう吐き捨て、スマホを取りに行く。
あの隊員達は何を目的に来たんだろうか。元より’’民間防衛’’が理由ではない気がするのは、あの偉そうな二人(赤髪の男と中年の男)のお陰だろうか。

それらしい容姿の子を見つけたというだけの曖昧な情報を鵜呑みにしそうになる程、俺には余裕が残されていなかった。
彼女への恋しさが隠しきれない…。

なんだかんだと言って、ここを真っ直ぐ行けば控え室へ辿り着ける。

「……たっ、助けて……」

「!?」

遠隔からの微かな声。
それも聞き覚えのある声、震えている。

誰かがあの化け物に襲われてる…。

腰に差した刀の柄を握って声のする方へ。
慎重に進む。

フィールドの入場門へ進む廊下に、その姿はあった。

ズっ!!

地面を抉らんとする足踏みで、一気に距離を詰める。

「リャイ!!」

「っ!!」

彼女を襲う寸前だった化け物の上腕を切り飛ばして、横腹を蹴りのける。

バランスを崩して転倒するそいつの頭を下突きで貫く、’’封印刀’’。
CLの位置は、ラミアさんに教えてもらって大体は把握している。

「レグ……ル……」

死に際にミュータントはそう言い残した。

「…名前を呼ぶなって…!」

俺は奴の肉から浮き上がってきた刃物の様な物を拾い上げ、観察してみる。
錆びて少し刃こぼれはしているものの、まだ使えそうだ。
被った血を払って、刀と一緒に腰へ装着する。

「レ、レクルさん…?」

抗う術の無い人が次々と殺されていく光景を目の当たりにしてしまった今、戦える者が、そういう人達を救うべきなんだと、強く思う。

そして俺はリャイを助けられた。

「大丈夫?怪我とかしてない?……っぽいか」

「な、なんでです?……もう会うことも無いと思ってたのに…」

「は?」

リャイは動揺を隠しきれず、足を震わせながらそう言った。彼女が関わりを持ちたくないということは知っている。 だが……。

「それって『俺がお前のピンチを放っておく』って思ってたって事か?」

「私から関わりを持ちたくないって言ったのに…、結局は赤の他人でも助ける人なんですね…レクルさんって」

折角助けたと言うのに図々しいな。
こいつがそこまで物分りの悪い奴とは思わなかったよ。

「他人だって助けるよ」

「ですよね…」

「だけど……今みたいな化け物から’’他人’’を助けるのは無理だったかな」

その言葉を聞いたリャイは、口を大きく開けて驚いていた。
そしてそれが段々と泣き顔へ変わっていく。 

「レクルさぁん…!!怖かったよぉ…!!」

「お、おい!…他人な訳無いって」

まるで子供のように泣きじゃくって来る。
これが裏も表もない彼女の本当の姿だと、そう思えた。

一人でも多くの人を助けようと、そう意気込んだ瞬間でもあった。

「大丈夫だから、早く逃げろ」

「……」

そう言っても、暫くリャイは俺の胸を離れず、俺のことを求めていた。
リャイが腕で涙を拭うと…。

「分かりました……。レクルさんも逃げられるなら早く逃げて欲しいです…」

俺は噛み締めるようにして頷くと、それを見たリャイも大きく頷いてその場を立ち去ろうとする。

ドスっ……

俺の身から彼女が離れたその瞬間だった。

か細い彼女の身体を貫くひとつの線。
最初で最後の笑顔を涙混じりに残して、リャイは沈黙した。

「…うっ……レクル…さん…」

「お、おいっ……」

心臓を貫いた刃が身体から離れた時、リャイの眼から光が無くなった。
真っ赤な血の滴りを共にして。

一体何が起きたのか、何にやられたのか、そんなことよりも今、’’彼女の目’’がおれの頭から離れなかった。

だから嫌なんだ、力の無い人になんの罪が有るんだよ。

倒れそうになるリャイの身体を咄嗟に抱えて、彼女を殺した奴の顔に、目をやる。

「何だよお前…何勝手に殺してんだよ…」

血塗られた刃を手にした女が、一切の感情を表さんとするその眼力で俺を睨んでいた。

「イサラス…」



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