ISERAS イセラス

一章 11.運命


「…なんで……」

メルトの時と同じ、謎の声に身体が反応してしまった。
自分が自分であるという感覚が無くなる、いつもながら嫌な時間だ。

だが、セラが放っていた謎のオーラは貫通出来ている。 
やるせないが、ここは成り行きに任せるしかない。

「な、なんで…。ここまで来れるの…」

「さぁ…。あんたの力がそこまでじゃなかったってことじゃない?」

遂に届いたこの刃に全身全霊を置いて、まずは相手の長剣を吹き飛ばす。

「だから俺なんかに手を出さない方が…」

俺の堂々とした立ち居振る舞いに気圧されたか、セラは俺を前にして後ずさる。
散々脅しをかけて置いて結局はこの程度か…。

「お、絶対王者が押してるぞ」

「やっぱ今シーズンの優勝もレクルかぁ」

早い決着な上盛り上がりに欠け、客席からはちらほらブーイングが飛んでくる。

腕を掴み、刀の先が彼女の胸を狙う。
これで相手はリタイアせざるを得なくなった。
だが…。

「…っ?」

彼女は、何も言わなかった。
何も言わず必死に抵抗しようとしていた。

「お前っ」

「離してっ!!」

彼女の力はあまりにも非力過ぎた。
俺ですら持て余しそうな得物を軽々と持つ少女。
どれほどの力を持っているかと期待していた。
だが、その考えは大きく覆された。

まるで幼い女の子を相手にしているみたいに、少し力を入れれば、体勢を崩して転んでしまいそうな…。

「分からない…こんなの知らない…!」

「あんた…早くリタイアしてくれ」

「いや!!なんで!!」

頑なに従おうとせず、掴む俺の腕を必死に振り払おうとするだけだった。
負けを認めたくない気持ちは俺だって分かるが…。

刺し殺すか…?
この状況に置かれてリタイアを選ばないのならば、既にこいつの選択肢にリタイアという文字が無いと考えてもいい。

勝つ為なら刺殺…勝つ為なら…。
惑わされるな、女の子だからって俺は容赦なく刺し殺す…!!

「!?」

いかん!こいつちょー可愛いぞ!?なんなんだよこの生き物は…!!こんなの俺が刺し殺せるわけが…。

「離してってば!!」

「っ!?しまった…!」

集中力が持たず、遂には暴れる彼女の腕を離してしまう。

「やらかした…」

俺の悪い癖だ…。
なんでいつも相手に対して同情してしまうんだ…。
これは、勝敗が分からなくなってきたかもしれない。

さっきまでの殺気は嘘のように消え去り、セラは駄々をこねる子のように大剣を振り回し始める。

どれもこれも乱雑な風切りを鳴らし、がなり立てる。

「あぁぁっ!!」

「どうしたんだよ!おいっ!」

パニックに陥り心を保とうとしているのか…だがそれに対し攻撃の鋭さは皆無。
荒々しく飛び交う斬撃を打ち返しながら俺は彼女に問い掛け続けた。

「何で俺を殺したがるんだよ!? 何か事情があるなら話してよ!」

「私の何が分かる!?…殺したいのに殺せないこの気持ちが!!…あぁぁぁぁっ!!」

「…だからその理由が分からないから聞いてるんだ…くっ…やめろ!」

斬撃の鋭さが無いとはいえ、相手の動きが全く読めない。
相手が読むことの出来ない斬撃とは、大概は人の本能によるもの。
自身の思考に任せず、脊髄反射や条件反射に身を委ねればそれは可能だ。
メルトのような、動きを読んでくる相手に対して俺が使った、あの居合切りもそうだ。

しかし彼女は違った。
読めないこの斬撃一つ一つに、何か感じる物があった。 ’’何か’’は分からない。
彼女は’’それ’’を痛がっている…そんな感じがした。

だから、今俺を支配しているのは’’慈悲’’。

「あぁぁぁ…あああ!!」

苦痛は、人を狂わせる。

「ちょっ、審判! 相手の精神状態の確認急いで!」

「わ、分かりました…。セラさんの状態確認により勝敗を決めます。場合によってはレクルさんが敗北してしまう可能性も有りますが…」

「そんなのいいから早く!」

ホイッスルを鳴らし、インカムを使って審判員が救急隊員を呼んだ。
大剣を取り上げられ自由を奪われた彼女は、まるでこの世の終わりを見ているかのような、絶望的な目をしていた。

何を見て絶望を感じとっているのか…。
この時の俺には到底分かり得なかった。

「あの得体の知れないオーラは何だったんだ…」

彼女には、改心して穏やかになって欲しいものだ。俺なんかに構わず…。
一種の戦闘不能か、リタイア判定かな、悪かったとしても俺が負ける迄だ。
動揺の残る中、刀を納めた俺はその場を立ち去ろうとした。

「なんかまた光ってるよ!?」

「……あの光は!?」

救急隊の登場によりざわめいていた観客席のリアクションが、別の’’驚き’’へと一変する。
違和感を感じて振り返った俺が見たのは…。

「っ!!」

謎の青白い光に包まれ、
彼女の放つ得体の知れないオーラが、この距離からでも感じ取ることが出来る。

──道を取り合う’’定義’’が二筋…。一本道に’’重’’なった。──

あまねく光るその殺気のオーラはやがて薄れていき、その場所の本来の姿を取り戻していく。

「…くっ。頭が…!」

視界に入った光が、頭を刺すような痛みへと変わる。
血管に侵食した何かが、全身を隈無く喰らい尽くすかのように、身体中におかしな感触が走る。

そして次に目を開けた瞬間、信じられない光景が目の前に広がっていたのだ。

「ぐぅあぁぁっ…」

’’ギュルギュル’’という、肉を引きちぎるかのような音と、得体の知れない何かの声。

幾ばくもなく、審判員の首が飛んだ。

審判の首が飛んだ…?

「え…何これ…」

音が出るほどの激しい流血と、服を引き裂いてでも膨張する頭、胴体、手足。もはや人間とは呼べない。
救急隊員の1人が、化け物と化していくのを、俺はこの目で見ていた。
叫んでは暴れては、他の隊員を次々と噛み殺していく光景が見える。

とにかく、とんでもなくグロい。
自分の目を疑う。

「なんだこれ…ど、どうなって……。うっ」

見てはいけないものを見ているような気がする。

だが、しのごの言ってはいられない。
あんなやつを放置していたら、この会場が血の池になってしまう。
関係の無い人の血も混ざることになる…。

再び構えかけた刀に問う。
俺はどうすればいい…?

いや、怯むな…。
何がどうなっているのかなんて後で整理すればいい…今一番戦えるやつが逃げようとしてどうする…!!

「……っ!!」

自分なりの正義感を持って、化け物の暴れる危険地帯に足を踏み入れた。




「…なんだよあれ…!急に化け物になったぞあいつ…」

「…あぁ、見えている」

「どうすんだラミア!」

勇猛果敢に化け物へ立ち向かうレクルを同じく目にしながらも、ゼータと違いラミアは冷静だ。
ラミアの頭に、ひとつの単語が思い浮かぶ。

「’’オーバーロード’’だ…」

「オーバーロード…? それって確か生物学の授業で聞いたような…」

多重定義オーバーロード
Another Fair Frequency、通称AFF未知の光と呼ばれた波形の周波を過度に受けた人間が突然変異ミュータント化する現象。

常人にその周波を観測することは出来ないが、今回の様に振幅の大きいAFFが発生した場合、こうして目に見える光として現れることがある。

「のんびりしてる暇無いぞゼータ、イサラスを連れて何処か遠くに逃げろ!」

「は!?……遠くってどこにだ!?」

「とにかく人の居ない場所へ行くんだ!今すぐ!」

この状況が、自分たちにも関わる只事ではない事態だと察したゼータは、戸惑いながらも力強く頷き了承の意を見せる。

頷き返したラミアも、戦士の如く逞しい背を見せ、武闘フィールド内へと身を乗り出したのだった。

「聞いてたろ、避難するぞイサラス!」

「……」

「おい、ぼーっとすんな!」

「レクルを助けないと……レクルを……j

「レクルならラミアが助けに行った!…どうした!?しっかりしろイサラス!」

会場の光景を目の当たりにして混乱しているのか、彼女はゼータの声を聞こうとはせず座ったままでいる。

「何処…?レクル…」

ゼータは説得を諦める。
無理やり立たされたイサラスも、操り人形の様に引っ張られてその場を後にした。

突然変異を起こした人は、バトルフィールド上にいるあの一体だけじゃない。光を観測してしまった客席の方まで影響は及び、似たような現象を起こす人が続出している。
目に見えて異常現象を起こす人が、増えていっているのが分かる…。

血溜まりに靴を赤黒く染められ、変異した人(化け物)と目を合わせる。

皮膚は分厚く、顔も原型を忘れさせる程に盛り上がり、とても見るに堪えない姿だ。

そして、人の首を一撃で吹き飛ばす程の速さと力…。
メルトなんて比にならないくらいに怪力だと、言わずともわかる。

「弱点は頭かな…」

しかし、見た目はゲームやSF映画に出てくる見慣れた’’クリーチャー’’とさして変わらない。
こういうのはだいたい’’頭’’が急所であることが多い。
そうだ…相手はバイオ〇ザードのゾンビだ…!行動パターンを覚えれば楽勝…。だが!!

リアル過ぎてゲームに見えない…!
そもそも俺銃じゃなくて刀だし、あからさまなアウェーだ。

「…うぉぉぁぁぁ!た…す…け…」

辛うじて言語として聞こえたのは、助けを呼ぶ声だった。
見た目がグロい上に人語を話し…極めつけに助けを呼びかける…。
難解な試練を与えられたものだ。

まさかイサラスもこんな事になってないよな…?

「ふっ」

特に力を入れたつもりも無い。
手応えもほぼ無い。
だが、化け物の首はスパりと斬れてしまっていた。

化け物の首は血溜まりへ落下して頭蓋の硬い衝突音がガコンと鳴る。
頬には、誰のかも分からなくなった赤い血が塗られている。

「斬れた…」

人の首を掻き切った。
殺すのが目的で…まじかよ…怖い。
自分の力も、殺したことも…。

残された身体も、硬直したままベタっと倒れて動かなくなる。

「…う…う…。レ…ク……」

「…!?」

切り落とした首が僅かにこっちへ近づきながら、唸り声を上げている。
そいつの首から流れ出る血が、俺の血の気を引かせた。

「やめろ…!!ちかよるなっ!!」

俺はその頭を頭蓋まで貫いて何度も突き刺し、殺そうとした。動かなくなるまで…。

「た…す…け…、レ…ク…ル…」

「名前を呼ぶなよ!!」

原型がなくなるまで砕いたというのに、まだ声を出せるか…。生命力すらも人知を越えている。

元々は俺たちとおなじ人間なのに、こんなことをしても良いのだろうか…。こいつの立場になって考えると、胸が苦しい…。

助けて欲しくて俺へせがんでいるんだよね…?

いつ襲ってくるかも分からない奇妙な生首を前にして、俺は刀を向けるのをやめた。

「た…す…け…て……」

「…い、痛いのか…?何か俺がしてやれることは…」

俺が、その生首に近付こうとした時だった…。
針のように細くとがった剣に、頭のど真ん中が貫かれ、正に串刺し状態に。
そして、この剣には見覚えがある。

「…ラミアさん!?」

「レクル、こいつらに耳を貸すな…」

俺が散々貫いても止まらなかった生首が、ラミアさんのたったの一撃で、ビクともしなくなったのだ。



コメント

  • ノベルバユーザー348333

    運命…ふふふ

    1
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