ISERAS イセラス

一章 10.痛み


程なくしてフェアトーナメント準決勝を迎えたが、それも何かがおかしかった。
二回戦目でメルトとあたったのが運の尽きだったのか、準決勝の相手はもう手応えの無いのなんの。
あのリャイですら打ち勝てそうな勢いだ…嫌ぁな予感はしていたんだけど。
むしろ、どうやって準決勝まで登り詰められたのかが気になる。D組の’’ヴィクトリア・ジェネット’’、負けたのにヴィクトリア。
皮肉なようで気が引けるけども、俺に負けた、勝利を意味する『ヴィクトリア』。

生まれつきの勝利という責任、重荷を背負う彼女に俺は同情してしまうね。

しかし戦ってみる限り、それも中々上手くいっていないようで、改めてこの武闘大会のレベルの極端さを知る。

「ちゃんと客席で見てるから心配しなくてもいいの。……ほら、人の字を三回書いて飲み込んで」

「母親かあんたは」

でも、イサラスにその気であやされたらバブみを感じざるを得ないことになりそうだな…あ。
いかんいかん、何考えてんだか。

ついに決勝戦の時が訪れてしまった。
気を張ってと言うけど、準決勝の思い出すら残らないあたり、俺は異様なくらいに緊張というものができないのだ。
ラミアさんには、もう少し緊張しろよと注意されてしまったが、正直何をどう恐れればいいのか…俺には分からない。

相手は当然にも’’セラ・ミュール’’。
彼奴も俺も、ここ迄勝ち進んで来てなんやかんや、それこそ見事に予告通りだが。
ぶっちゃけ、それ以外に道は無かったと思っている。

理由は簡単。
俺が絶対王者だから。
名についた責任の重さなら、俺も人のことを言えた口ではない。
全く…誰なんだ、俺にこんな名前を付けた奴。

お馴染みのクラスメイトに保護者を加えた一行が、俺の出場を見送る。

「行くんだな…レクル、死ぬんじゃねぇぞ…」

「やめろ、死亡フラグ立てんな」

「この戦いが終わったら、結婚するんだ…だから絶対に…」

「お前もノるな」

ゼータの忙しいツッコミを聞いたが最後、謎の殺人鬼の待つ戦場へと赴く。




まさに決闘のシーン。
砂埃が舞い上がり、剣闘士の眼で向き合うふたりの髪を揺らす。

だが、奴は剣闘士と呼ぶには相応しくないだろう。ただ俺を殺したいがために立っているだけなのだから…。

「御無沙汰ね…レクル」

「そうか?、そこまでじゃないと思うけど?」

「あなたを殺せると考えたら、一分一秒の先が遠く見える…」

俺と面を合わせながら、執念深そうにセラは言った。執念というオーラが滲み出ている。

小さい体してなんて凶悪な目だ、例の異様な気配だって消えちゃいない。
あいつは一体何者なんだ?

「殺されると解っていて逃げなかったのは…褒めてあげるわ。そうでなくては困るけど…」

「お前、俺を殺せるって本気で思ってるの? ましてやみんなの目が有る公正な大会の中で」

「殺せるかどうかじゃない…殺さなきゃいけない…」

「ねぇ、お前に対してそんな恨まれる様なことした?おれって。…口を開けば殺す殺すってさ……」

それに、これ以上無いくらいに頑固だ。

なにぶん絶対王者と言われている身で、反感を買った輩や連中が『殺してやる』だとか言って襲ってくることもあった。
何も得るものがない無駄な戦い。
人間の愚かさを身に染みて感じるんだ…本当に疲れる。

だが彼女は違う…。執念深さに加えて、冷静さ、異様な気配、迸る強キャラ感。
今までの奴らとは何を取っても違いすぎる…。

「その余裕も直ぐに無くなる…レクル」

けど、何も怖くない。

審判も、とても口を挟めたものじゃないとにわかにも察し、いつも通りホイッスルを鳴らす。

彼女の得物は、この前の折れた刀と少し違う。これでもかと言うほどの長さと大きさを誇る大剣を、片手で軽々と構えている。

華奢で小柄なあの身体で、どう持ち上げられるのか…
全く何から何まで謎だ。

ゆっくりと正眼の構えへと身を動かしていく…。

「こっちから行かせて貰う!」

「……」

そう言って、俺は地面を鋭く蹴り、
彼女の構えにそぐった突進を見せる。
やつの実力はまだ全くの未知。
大きく刀を振りかざせば、何かしらのアクションを取るだろう。

「ん!?」

彼女を纏う異様なオーラがより一層増し、怯まされてしまった。頗るすこぶる腕力(最大限)を以ってしても、打ち切れない壁のような物を感じる。

「…ぐぐ…っ!?ちょ、何だこれ!」

これも一つの異能力か…?
彼女はただ棒のように立つだけで、何も力を加えている様子は無い。

だが、口だけは動いていた。

「貴方には切れない…絶対に…今の貴方には…」

まるで磁石の同じ極の様に、奴に対して身体が反発してしまう。

「今の俺?…要するにもっと強くなれってこと?」

しかし、押さえ込む手も緩めず、俺はそう言い返した。 俺も最早ゴリ押しているだけとなってしまったが、ここで一度引いたとて格好が付かない。

彼女を取り巻く砂埃が、青白く光る。

「絶対王者が止まってるね…なんか押出されてる感無い?」

「かわいい女子を前にしてためらってんだってあいつ」

そんなギャラリーのやじが飛ぶ。
やっぱり、一旦引こう。

身体は前に進もうとしているのに、斬ろうという意志が阻害されているような感覚。

力押しだけでは埒が明かないってことか…。
この反発される感じは一体なんなんだ…。
ここで殺すとメンチ切っておいて、彼女は全く攻めてくる気配がない。

これは格好がどうのこうのと余裕こいている暇はないな。

「…どう攻めればいいんだ?」

「いいわよ、どこからでも」

彼女はそう言っている。

どの方向からの攻撃でも防ぐ自信があるのだろう。確かに、あの不快なオーラがあっては俺も近づけない。
力みも無しに撒き散らしてるのだから、いざ本気を出されたら吹っ飛ばされてしまいそうだ。

相手が疲れるのを待つか…?
本気で向かっていくのを見せかけて、時間稼ぎの疑惑を立たせれば、相手を反則負けにも出来る。

あいつ、本当に俺を殺す気が有るのか…?

俺はもう一度奴の力場に飛び込み、刀を振った。

「はぁぁっ!!」

本当に何なんだこれは…?
力で抑えられている感じもしない、バリアにぶつかっている感じもない。

「あぁぁっ!鬱陶しい!なんなんだよこれ!どんな技してるんだよ!!」

「なんであなたが’’こっち’’へ来れないか分かる?…」

「は?」

幼く弱々しい声で、彼女は俺に問うてくる。

「自分の存在が何なのか、もう少し考えた方がいいわよ…」

彼女は近付いてきた、ゆっくりゆっくりと…。
とても捕まるような速さでは無かった。
だけど…。

「く…、逃げられない…!!」

身体が言うことを聞かなかった。
彼女が使う能力…まさか相手の体の制御!?

「残念。CLを導く力よ…。2nd プロジェクトへの矯正」

やっぱり心が読まれてる…。
CLを導く…?2nd プロジェクトへの矯正…?何を言っているんだ…?
俺はここで初めて、恐怖というものを感じた。

「誰だって知らない物は恐いわよね…」

──思い出せ──

やめろ…。来るな…。

「大人しく私に殺されなさい…」

「負けられるか…!!」

殺られる殺られないよりも、俺はこんな奴に試合で負けるのが許せなかった。
彼女の能力で全く動かなかったこの身体が、至って単純な方法で動くようになる。

「っ!?」

俺は彼女の大剣を薙ぎ払い、もう一度距離を取った。
言葉では表せない。
俺の気持ちの変化で、彼女の能力を抑制できた気がする。

なんだ、だったらまた’’あれ’’でいいじゃないか。何も考えずに…時間と空間に身を任せる、居合の技。
俺は必斬の構えをとる。

「その構え…」

「あんたも、やたらでかい剣抱えて……腕が疲れるだろ、決着つけてやるよ…」

両足を肩幅に広げ、鋭い切先を彼女の方へと突き立てる。
二の舞を演じはしない。

俺のエゴで動いては絶対にダメだ。
次に届いた一定の周波を引き金にしよう。

切先と相手の胸との間合いは2mちょっと。奴もよくそこまで何もせず、じっと立っていられるものだ。

「私は戦いを楽しんでる訳じゃない……挑発しないで」

「そうかよ」

そっと目を閉じ、身体を反射神経に預けると、驚く程の安心感が俺を包んだ。
会場がざわつく中、俺は眠った様に目を閉ていた。

その時、俺の記憶は何処に存在していたのだろうか。

俺は誰なんだ…。なんで俺はここに居るんだ…。
なんであんな奴と戦っている?
目を瞑ると、いろんな声が聞こえてくる。自分を見失いそうになる。知らない感情が芽生えてくる。
恐いってなんなんだ?これは必要な感情なのか?
こんな感情は要らない…。

「!?」

バキッ!!

次に目を開けた時、俺とセラの刃は交わっていた。
時の流れを忘れたように、記憶には何も残されていなかった。



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