ISERAS イセラス

一章 3.危険な夜


結局の所、特に何も起こることなく自分の家へ辿り着くことができてしまった。
あの背後にまとわりつくみたいな、嫌な気配は一体何だったのだろうか…。
まさか’’幽霊’’とか…?

「流石にそれはないか…」

自然な感じで勝手に回想に入らせてもらうと……




「あ、すまんけど俺先に抜けるわ」

「うん、また家の手伝い?」

「Yes、お袋からLINO連絡や」

ゼータは『じゃぁな』と、ピッと右手を上げて合図し、いつもとはまた違う道を歩き去ってしまう。
そうなると、残されるのは…。
ぎこち無くも、途切れ途切れに会話をするこの男女二人。

何故こいつを、こんなにも意識しなければならないのだか。
いつもの調子ならここまで気を使う事無いのに。

「おぉお、レクルと二人っきりデートみたいだねぇ、はははっ」

軽いノリでイサラスはそう言って来るが、俺は重々しくそれを受け取ってしまう。
ただの下校なのに、こいつ…上目遣いで女っ気出してくるのやめろォ!

「デート?  お、おう、確かに?」

可愛いって言いたい!今すぐにでも!!口さえ開いてくれれば…!!
もし言ったらどんな反応するかな…うぅん……気になるけど、一旦落ち着かないと。

既に陽は隠れて少し寒いと言うのに、ダラダラと汗をかいてしまう。
服の襟元を軽く揺らし心地良い風を送って、俺は『はぁぁ』と息を吐いた。

「なんか暑そうだね?」

お前のせいだよ、全てお前のせいなんだ。
決して責めている訳じゃないけど、結局全部な。

さぁ言うんだ…俺!イサラスに可愛いって!

「い…い…いい」

「お?」

「かーいー…」

「おぉぉ、かーいーかーいー」

「かーいー…」

盛り上がったからいいやもう、なんでもいいや、話せるなら。
そもそも突然『可愛い』なんて言い出したら、変態だと思われるからな…。

彼女をこんなに意識した事は無い。
やっぱりこれは夢のせいか? さっきの夢の…。

「イサラス……俺さ…………」

「ん?どしたん、改まって」

時間が止まったかのように感じた。
俺がイサラスに何かを話しかけている…今見ているのは夢と逆の状況。
何故かそれが嫌に思えて俺は…。

「いや……何でも……」

「えぇ!? 俺さ……って絶対告ろうとしてたでしょ!!ねぇ!告ろうとする人の台詞だったよねぇ!? めっちゃ気になるんだけどー!」

「んなわけねーだろ」

んなわけあるんだよなぁ…。
はてさてどうなる事やら。




なんて億劫何だろう。
そんな事に思いを巡らせながら、擦り寄ってくれる愛犬と愛猫を愛でる。こいつらは素直でほんとに可愛い。

因みに2匹の名前は’’ギドウとサカキ’’で、ギドウは凄く人懐っこくて、サカキは臆病。

ついでに言うと、さっきまでの回想は全て俺の妄想だ。本当に何も起こっていない。

「ただいま、ギドウ、サカキ」

何故どちらが猫でどちらが犬か紹介しない
かって?
どっちも犬で、どっちも猫だからだ。
こいつらは、ニャーともワンとも鳴かない。

「ヴゥ、ヴゥ」

「ヴゥ」

耳だって犬か猫か見分けがつかないし、尻尾も目も、猫にも犬にも見える。
こいつらには切っても切り離せない’’複雑な関係’’が有るのだ…。知らんけど…。

「レクルか?、ギドウとサカキの散歩頼むわ」

奥の部屋から聞こえるのは、俺の尊敬すべき人であり、育て親であるラミアさんの声。

’’ラミア・ゼンツイ ’’
ファミリーネームが一緒だから、よく親子に見られるが、そうじゃない。
俺の名に引っ付いている’’ゼンツイ’’は昔、行き倒れていた俺を助けてくれたラミアさんが勝手につけたもの。

年がら年中部屋へ篭って趣味の天体観測。一丁前に、その観測から得れた情報を、さながら学者のように研究書へ書き留めたりしている。
俺の星好きもラミアさんの影響によるものだと思うけど、俺の根が宇宙好みで本当によかった……。
ラミアさんの宇宙論語りは、全く興味の無い人からしたら生き地獄でしか無いからな。

「……はいはい」

散歩行けってことは要するに飯も作れって事だな、あとお風呂も洗え。
ってことで少し気分は降下気味だが、そもそも脛を齧っているのは自分の方だから、YESと返事はして置く。
やれやれ……俺が居るかどうかの確認もしてないというのに大声で…大したものだ。
これでもし俺が家に居なかったら、すっげぇ恥ずかしいだろうな。

「よし行くか、サカキ、ギドウ」

「ヴゥ、ヴゥ」

制服のままだが、またすぐ戻って来るだろうしまぁいいだろう。
2匹にリールを取り付けて、その堅苦しい制服のボタンを慣れた手つきで一気に外す。

「ラミアさん、行ってくるね」

ドアノブに手を掛けて、体重を乗せたその瞬間だった。

ガッ!!!

「うぁっ!!………」

あろうことか、扉の隙間から鋭そうな刃物が危なげに飛び出してきた。

「はぁ!?」

俺は咄嗟に、扉を閉める方向に力をかける。要するに思いっきり引っ張るということだ。

ギギギと音を鳴らして扉をこじ開けようとして来るが、なにも問題は無い、このまま思いっきり後ろにリクライニングすればっ!

ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……

「ふぉぉぉっ!!……なんだ一体!」

「大人しく手を離しなさい、何もしないから」

こんないかにも鋭く研いでそうで、糸を置いただけでも斬れてしまいそうな刃物を持ち歩いてる人…っていうか絶対俺のこと切る気だし!信じられるかよ!

だが扉の外から聞こえる声は、予想外にも女性っぽい声だった。

「その物騒なものしまえよ!!散歩に行けないだろ!」

後ろからのドダダダという大きな足音に、俺は少し気が緩んだ。 黒髪の色男、正義のヒーローラミアさん登場だ。

「どうしたレクル!何やってんだ?!」

「何やってんだじゃないですよ! ラミアさんも手伝ってください!」

「おう!!分かった!じゃあ俺がこいつらの散歩に行ってきてやる」

「ラミアさんのバカ!アホ!ヘタレ!もう夕ご飯作ってあげない!!」

「それは困るな…」

漸く事態を理解出来たラミアさんは頷き、俺のベルトを左右の手でしっかりと、とガシッと掴んで足を広げた。

「おっしゃ行くぞレクル!!」

「え!?どう行くの?どういうベクトル?」

全くと言っていいほどの無視をかまされ、戸惑いながらラミアさんの動きに合わせると……

「いっせぇのぉーほいさぁっ!!!」

「ゔごぉぉぉ!?」

バキィン!!

一軒家を揺らすほどの勢いでドアがバシャンと閉まり、挟んでいた刃物が折れた事を確認。
折れた刃物は、幸いにもあさっての方向へ飛んで行ってくれたみたいだ。

「やったぞレクル!!」

「痛痛痛い腕がちぎれる!!もういいよラミアさん!!」

なんというパワーなんだ……まさか刃物の方が折れるとは思わなかったよ。
というか、ドアを更に引っ張るという発想がもの凄いバカ。普通の人の考えなら、ドアに挟まれた刃物をどうにかしようとするだろ。

俺はドアノブから手を外すと、ぱすぱすと手でズボンをはたいた。

「ふぃー」

一つため息をつく。
ガチャ……

その時、扉が開く音を聞いた。落ち着いた調子で開く扉の音を。
気付いた時にはもう開いていた、もう遅かった。

「しまった…………?」

入ってきたのは、女の子。
イサラスと負けず劣らずの可愛い顔で、小柄な少女がそこに立っている。

そして俺のことをまじまじと見ている。
畜生…。か、可愛いじゃねーか…。

「愚かね…力でならねじ伏せられると思ったの?」

「…おいおいおい、誰なんだお前は…?何をするつもりだ?…てか、誰に言ってる?」

理不尽だ、こっちはこんなにも体力を削られたってのに、こいつはこんなにも冷静沈着だなんて。

余っ程の長剣だったのだろうか、先が折れても、柄から先はまだ十分凶器と成りうる
な。

「なんでそこまで息が切れてないんだ…?お前…」

「貴方なら知ってるよね?ラミア」

「剣を離していた…。そうだろ?」

俺も大概の馬鹿みたいだ。

サラッと問答をラミアに流す残酷少女は、何故かラミアの名を知っていた。
というか扉閉めたらちゃんとロックしろよぉ!?
ラミアさんの表情が急に険しくなり、その女ではなく何故か俺に指を差す。

「はっ…まさかお前!?…彼女連れてきたのか!?」

「え?彼女?」

全然違います、寧ろ誰ですかこの人?
思わずラミアさんの正気を疑ってしまった。何が悲しくてこんな物騒な物を持ち歩く人を彼女にするものか。
というかそもそも、俺にはイサラスという心に決めた人が…。

「刃物持って彼氏の家に侵入してくる彼女って何だよ……ラミアさん?」

「分からんぞ、その子がもし…、その、ヤンデレだったか?だったらどうする?」

そ、そうか…そういうパターンもあるか…。
どうする…って、素直に受け止める?いやいや、俺にはイサラスという…。

スタッ!

「……!!?」

折れた刃物を持った謎の少女が、ラミアさんを切り付けにかかる。
どうやら正気を失っていたのは俺だったようだ。

ラミアさんは見切った様に上手く躱し、戦闘態勢をとり始める。

「私はヤンデレじゃない!…ラミア…ふざけないで」

「ヴゥ!ヴゥ!」

ギドウが少女に向かって意味深なほど吠えまくる。
だが少女は、一向に見向きもしない。
しかし、こいつらが吠えるのも無理はない。
イサラスとゼータと一緒に下校していた時、尋常に無い程の異物感(気配)を感じる時があった。
そして彼女から今感じられるものも、それと同じ異物感…。

もしかしたら…いや、間違いなく此奴はさっきから俺をストーキングしていた気配の正体。

こんな殺人鬼が今まで後をつけていたなんて…。



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