女神と天才の異世界冒険譚

たぬきち

アリスのイベント②

「っはあ……はあ……」

 闇の中をただひたすら走る。流れた汗が風で冷えて、少し冷たい。

「早く行かないと……」

 あいつが俺を待っているんだ。

 絶対に助ける、俺の大事な女神を。

「助けに来たぞ! アリス!」

 古びた小屋の扉を問答無用で蹴り開き、勢いのまま転がり込む。

 そしてすぐに状況把握。小屋の中を見渡す。

「…………」

 小屋の中には様々なボードゲームと髪をぐちゃぐちゃにかき乱しているアリス。
 
 そして、疲れて瞳に生気がない、角の生えたヤギのような人のような二足歩行の謎の生物。

「アリス様……もう、そろそろ時間ですし……」

「うっさいのじゃ! 勝つまでやるのじゃ! それがワシの忍道なのじゃ!」

 ……人がせっかく雰囲気作ってやってきたってのにこれだよ。ったく。

「あっ……真人」

 アリスが俺を見つけ、バツの悪そうな顔をする。

 俺は黙ったまま扉を開けると、一度外に出る。そして、数分待ってから勢い良く蹴り開く。

「アリス! 助けに……」

「じゃから、何で四隅取ったのにワシのほうが少ないんじゃよー! イカサマじゃよー!」

「二回目はちゃんとやれよっ!」

 流石に突っ込んでしまった。こういうのは二回目は白々しい演技をするのが決まりだろうが。何でリバーシやってんだよ。

「ぬう。……わかったのじゃ」

「マジで頼むぞ」

 俺はもう一度外に出ると、数分ほど待ち、再び中へと入る。

「無事か!? アリス!」

「来たか……マナトよ……」

 中には一人の魔族。人の形をしているが、大きく違う点が三つ。顔を包む白い毛と両サイドから生えている大きなツノ、そして紫色の肌。

「うう……真……人……」

 その足元には縛られ、薄汚れた格好で横たわっているアリス。

「オーグレタ! よくもアリスを!」

 俺は刀を生み出すと、オーグレタに斬りかかる。

 だが、奴の右腕に当たった俺の刀は簡単に弾き返される。

「何だ? そんなに大事だったのか?」

「当たり前だ!」

 幾度となく斬りかかるが、奴の体には傷一つつかない。ゲームでよくある最低ダメージ保証もないようだ。

「……片腕では面白くないな……」

 オーグレタが何か呟くと、俺の折れていた腕が、潰れた目が、圧し曲がった鼻が元に戻っていく。

 最近のゆとりゲーにありがちなボス戦前の回復だろうか。

「ふんっ! 両腕でもそんなものか……」

「……くっ!」

 両腕でも俺の刀は相変わらず敵の薄皮一枚、斬れていない。毛は斬れたが。

 というか、無理だろ。何だこいつ。明らかにこちらのレベルが足りない。

「やはりつまらん」

 オーグレタが腕を大きく振るい、俺を弾き飛ばす。何とか着地するが、少し距離が出来てしまった。

 魔術による追撃に備えるが、オーグレタから発せられたのは予想外の提案だった。

「そこで、だ。お前とアリスが勝負するというのはどうだ?」

「……いや、意味がわからない」

 アリスを助けに来たのに、何でアリスと戦うことになるのか。

「……それはまあ………その……なんだ……」

「もしかして……」

 反応がおかしい。ヤツ自身もまるで、だから言ったじゃないですか、とばかりにアリスを見ている。

 なるほど。

「……わかった。やろう」

 俺はオーグレタに大変だな、と視線を送る。

 すると助かります、とでも言いたげなはにかんだ愛想笑いが返ってくる。

 どこが暴虐の魔人なんだろうか。

「で、何をやるんだ?」

 思わずアリスに聞いてしまったが、アリスはチラリとオーグレタに視線を飛ばす。

「なんだ、その……地球とやらで流行ってるらしい……愛してるゲームとやらをだな……」

「はあ?」

 顔を真っ赤にして、そんな事を告げるオーグレタに思わず聞き返してしまう。

 アリスの奴、もしかしてこれを言うのが恥ずかしくてわざわざこんな手間をかけたのか?

 しかも古いし。

「な、なんじゃあ? その目は! 早くやるぞ! ほら! それともオーグレタと戦うのかぁ!? おぉ!?」

 思わずアリスを見ていたら、いつの間にか縄から脱出したアリスが赤い顔でこちらを見る。

 もう俺の勝ちじゃねーか。

 こいつら二人は何を照れてるんだ。弱すぎだろ。何かアリスにいたっては変なヤンキーみたいになってるし。

 ……ちなみに、愛してるゲームとは友人同士でも恋人同士でも出来るゲームだ。ぼっちは鏡でも使え。


 互いに愛してると言い合い、照れたり、笑ったりしたら負けというクソみたいなゲームだ。もう一度言う、クソみたいなゲームだ。

「やってもいいけど、負ける気しないんだけど……」

「ふん! 確かにワシはちょっと照れ屋さんじゃが、だからこそ秘策があるのじゃ!」

 そう言ったアリスの手元には透明な液体の入った瓶がある。

 ラベルには……spirytu……水だな。うん。

「酔ってしまえば顔が赤いのも酒のせいにできるのじゃー!」

 そう言ってアリスはぐびりと飲む。

「馬鹿お前、未成年の飲酒は……いや、水だけど。うん」

「大丈夫じゃ! 確かにワシは死んだ時は未成年じゃったが、それからもう二千年? ぐらい経っとるんじゃ! 14才と二千年と言うやつじゃの。あっはっは!」

 大口を開けて笑うアリス。

 何か結構大事な事をポロっと言いやがった気がするが、スルーしよう。

「じゃあ、始めるぞい。お主からじゃ」
 
「……はいはい。……アリス、実はひと目見た時からずっと惹かれていたんだ。愛してる」

 俺はアリスの顎に手をやり、目線を合わせると真剣な顔と声で告げる。

 ……ジャージはやめとくべきだった。

「ぬ、ぬふふふ……違うぞこれは! つ、次はワシの番じゃな!」

 すげえ下卑た笑みで笑ってた気がするが、酔っ払いに何を言っても無駄だろう。

 いやー、酔える水なんて不思議だなぁ。さすが異世界。

 そして、アリスは落ち着く為にぐびりと再び魔法の水を飲み、口を開く。

「ワシはなぁ……その、実はお主が小さい頃から知ってるんじゃ。例えばお主が7歳の時じゃったかのう。川に落ちた子犬を助けたじゃろ?」

「……よく知ってるな」

「それも、普通に助けるんじゃくて泳ぎを教えて。あの子犬のえ? 早く引き上げてよって顔が忘れられんよ。それ以来、ずっと真人を見てきたのじゃ」

 まさか見られていたとは……。子犬の媚びた視線が嫌で、つい。

 ていうかそれがきっかけかよ。

「その後も、プロゲーマー猿と名乗ってゲームの大会を荒らし回ったり、日本刀にハマって刀鍛冶に弟子入りしたり、漫画の作者に今後の展開の予想と問題点を送りつけたり、自宅の地下に自身で打った刀を隠していたり、自身で描いた絵を見て上手すぎて抜けないと呟いたり……」

 どんどん掘り起こされる俺の歴史を耳にして、段々と顔が熱くなってくる。不味い。負ける。

 全くなんて奴だ。人のプライバシーを何だと思ってるんだ。

「砂場で作った黄金の泥団子を壊され、その壊した相手を一日中、監視して一番大事にしているものを壊したり……」

 …………。 

 いや、マジめっちゃキレイに、そして硬くできてたんよ。そりゃ俺も怒るよ。うん。

「あの頃は真人も楽しそうで、そんな真人を見てたら私も楽しくて……あ。で、でも高校に上がってすぐの頃には、もう何だかつまらなそうにしていたんじゃ」

 ……確かに。

 子供の頃は良かった。やりたい事は次から次に見つかった。

 でも、中学の終わりにはもう何も無かった。

 なんだってすぐに理解できてしまうのだ。

 例えば野球ならどう投げれば速い球が投げられるのか、どこに投げれば打たれないのか、打たれるなら何か足りないのか。

 ゲームに例えるなら常時オートでヒント機能が使われてる感じだ。

 確かにその通りにすれは上手く行く。でも……それがわかったらもう、何も楽しくない。

 と言うか何か暴露しだしてるけど、アリスの奴ゲームの趣旨わかってるのかね……酔って口調もグダグダだし。

「だから! だから私……もといワシはお主を異世界冒険に誘ったのじゃ!」

「……ん? なら高校生ほ時に誘ってくれれば良かったのに。全盛期だし。色々」

「うむむ……じゃがのう! お主にはお主の人生があるし、お主の能力なら地球の発展に間違いなく貢献出来る! それに一般的に想像する幸せなら間違いなく手に入る。そう思うと誘えなくてのう……」 
 
 アリスはそう言ってまたグビリと魔法の水を飲む。

 そして、空になった瓶をその辺に投げると、もう一本、どこからか取り出す。

 投げられた瓶はオーグレタが回収していた。

 気づけば周囲に散らばっていたボードゲームやお菓子の袋も片付けられている。……なんとまぁ。

「じゃがのう……アイツ覚えてるか? 高校の時からお主と付き合っておった女」

「あー……確か由利だっけ? でも、あれはお互いに男避けと女避けの為に付き合ってただけだぞ?」

「そうじゃな……お主はそのつもりじゃったな。だが、由利の方は同窓会で言うつもりだったようじゃぞ? そろそろ本当に付き合わない? って」

「いや、それは話が違う。普通に断るわ」

「どうかのう……お主は変に優しいから、お主のせいで彼氏が出来なかったし、今も出来ないとか言われたら、渋々付き合いそうじゃよ」

「そんな事はないと思うけど……」

「まあ、じゃから同窓会の時に呼んだ訳じゃよ……行かせる訳には行かなかったからのう。……まあ、もう一つ理由があるんだけど……」

 何か気になる言い方しやがって……。

「そんな訳で……君をこうして異世界に誘った理由はね……昔のように君が笑う姿が見たい、そしてその時、側には私が居たいって事なんだよ……だって私は、ずっと、ずっと前から君の事を……愛してるから……のじゃ」

 そこまで言うとアリスはバタリと仰向けに倒れる。だいぶガタが来てたけど、最後に頑張ったのは認める。

 ……倒れ方がちょっと急性アルコール中毒を心配したけれど、小さな寝息が聞こえる。

 恐らく大丈夫だろう。うん。水だし。

「じゃあ俺はこれで帰るな」

 アリスが倒れた以上、残っていてもしょうがない。早く帰ろう。

「わかった。……魔族の俺が言うのも何だか、気をつけてな」

 本当にこいつは暴虐の魔人とやらなのか? 普通の人間より良いやつじゃないか。

「ああ、色々付き合ってくれてありがとな」

 俺は真っ赤な顔で寝息をたてるアリスを背負うと、扉を押し、外に出る。

 はあ。それにしても……。

「……夜風が気持ちいいな」

 返事が返ってこないのはわかっていても、背負ったアリスに話しかける。

 ……ここまで真剣に気持ちを伝えられたのは初めてかもしれない。

 今までまともに受け取っていなかったけれど、アリスは俺の事を本気で好きなのか……。

 はぁ。まさかなぁ……。もう俺も大人なはずなんだけどなぁ。まったく……

「……この勝負、俺の負けだな」

 そう呟いて俺は、火照る顔を冷ましながら学園へと帰った。

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