女神と天才の異世界冒険譚

たぬきち

シーシーレモン



「強かったよ、お前は」

 アリスとの再戦から三日が経った。本当に俺は何をしてるんだと思うところもあるが、少なくとも元の世界での日々よりはマシだ。

 予定調和の日々に、人から求められるだけの日々。そんなものつまらない。

 この三日間、アリスと色んなゲームで戦った。パーティーゲームから、スポーツゲーム、FPS、格ゲーも。

 最初負けることはあってもすぐに理解し、適応し、勝った。

 だけど、アリスは諦めない。どれだけえげつない勝ち方をしても、もう一回、もう一回と挑戦してきて、しかもちょっとだけ成長してくる。

 俺はそれをとても好ましく感じていた。まあ、手加減はしないが。

 そんな訳で、久々にゲームするのが楽しくなっていたのだ。

 だが、いい加減本来の目的に戻るべきだ。


「そろそろ学園に行くぞ」

「待つのじゃ! 勝ち逃げはずるいのじゃー」

 そろそろリアルでの冒険がしたい俺はアリスにそう提言するも、決定権はアリスにある。

 何故なら、この空間の解除が出来るのはアリスだけだからだ。

「ゲームはいつでも出来るだろ? アリスも何かラブコメイベントだっけ? そんなんしたいんだろ?」

 アリスの目的は確か、俺とラブコメイベントとやらを行う事のはずだ。……ずっとゲームをしているだけな気がするが。

「そうなんじゃが……ぶっちゃけこの世界って全く異世界っぽくないじゃろ? もっとこう……あるじゃろ!」

「それはちょっとわかる。雑誌まで一緒のが置いてあったし」

「それじゃ! しかも連載陣がひどいのじゃ!」

「俺は読んでないけど……どんなのだったんだ?」

 そう言えばラーメン屋では背表紙しか見ていなかった。中身はこの世界独自のものだったんだろうか。

「マガ○ンだと、看板がまじめの一歩。ひたすらまじめに働くだけの漫画じゃ。連載十年でやっと係長なのじゃ! それと七つの大会。野球やサッカーなど七つのスポーツの大会を描いた作品じゃ!」

「それは……色んな意味で酷いな」

 明らかにあの女神が関わっていそうだ。ちなみに二日前、るろ○に剣心を借りパクされたとアリスが騒いでいた。

「じゃから、学園編も期待薄なんじゃよなぁ。それにお主とゲームするのは楽しいのじゃ!」

 そう言って、アリスは花が咲いたように微笑んで見せた。

 ……不覚にも少しだけドキッとした。

「まあでも、お主がつまらないのならワシも無理にとは言わないのじゃ。学校へ行こうかの」

 ゲームの電源を切り、立ち上がるアリス。腰に手を当てる仕草が年寄りくさい。女神だけあって実は何百歳とかなんだろうか。

「別につまらないわけじゃない。ただ……俺はもっと色んな事がしたいんだ。アリスと二人で」

「うおっ……そ、それはプロポーズか?」

「いや? 違うけど」

 真っ赤な顔で目を見開いているアリスに俺は否定の言葉を返す。

 まあ……でも、誰かと一緒に何かをしたいと思ったのは久しぶりだけど。

「何じゃ紛らわしい。……まあ、いいのじゃ。そろそろ戻るぞよ」

 動揺してるのか語尾がおかしくなっているが、突っ込むのは止めておこう。面倒くさそうだ。

 アリスがパチンと指を鳴らすと、景色が揺らぎ、真っ暗な闇とキラキラと光る電飾の景色に変わっていく。最後に見た景色と同じだ。

 待てよ? 確かに時間が止まってたみたいだけど、それならアリスはさっきの空間では寝泊りできないんじゃないか?

「アリス、お前はどこで寝泊まりしていたんだ?」

「さっきの空間じゃよ?」

「いや、あそこじゃ結局こっちの時間は進まないから無理だろ?」

「? じゃから、向こうで寝て、起きたら戻って普通に町を歩いてみたり、商店で雑誌を立ち読みしたり、金が手に入ってからは本屋で単行本を買って読んでたのじゃ!」

 ……なるほど。絶対空間ひきこもりのかくれんぼ便利すぎだな。この世界においては実質二十四時間ずっと活動出来るって事じゃないか。……まあ、今はそれより、

「じゃあ今日は朝までなにやろうか?」

 こちらの世界の時間が止まっていることが頭から抜けていた為に、向こうで寝てしまった。おかげで眠気がない。最悪、宿屋でぐーたらするしかないが……。

 しかし、アリスの口からは別の提案が出てきた。

「そうじゃのう……マッタで駄弁るのじゃ!」

「マッタ?」

 俺が疑問の声を上げたところ、アリスは無言で頷き、俺の手を握り引っ張っていく。

 しかし、もう何度目かわからないがこうやって手を繋いで歩くのは不味いのではないだろうか。昼ならともかく夜は。

 俺は成人式を迎えたばかりとはいえ、二十歳でもう大人だ。対してアリスはどう見ても、十代前半。

 不味いのではないだろうか。色々と。

 
 しかし、俺の心配は杞憂に終わり、誰にも止められず目的地に着いた。だが、念の為いずれどこかでこの世界のルールを確認しなければならない。地球と同じ法律のようなルールがあれば俺は……。

 ちなみに、目的地の看板には見覚えのあるMの字が描かれている。……まじか。いやいやまじか。



「ポテトとナゲットで」

「む? ハンバーガーは食べないのか?」

 店内に入り、手早く注文をするがアリスが口を挟んでくる。俺はハンバーガーはケン○ッキーかモ○のものしか食べないのだ。

「お腹すいてないから」

「ワシは頼むぞ! メニューのここからここまでなのじゃ!」

 ……ここに来て大食いキャラを増やしてくるのか……。まあいいけど。


 夜遅くということもあり、そう待たされることなく商品を受け取った。アリスは量が多かった為、何度か往復するはめになっていたが。

 そして、駄弁りが始まった。

「そう言えば、お客さんから聞いた話なんだけど、ここは大陸の東にあるカピタンって町らしいぞ」

「なんじゃその名前。ださいのう」

「俺もそう思う。かわいい系の怪獣か何かみたいだよな」

「ちなみに、お主なら何て名前をつける?」

「そうだなぁ……神死ノ町かみしにのまちとか」

「中二入ってるのう……ルネが死んでそうじゃし」

「じゃあアリスなら?」

「アリスの町①」

「なに支配してんだよ! しかも①て! いくつ支配するつもりだよ!」

「歳の数なのじゃ」

「節分かよ!」

「ちなみに都市と歳で掛けてるのじゃ」

「どうでもいいわ!」

 俺が突っ込みを入れてる間にもアリスの山になったハンバーガー達がちょっとずつ減っていく。大食いかも知れないが、早食いではないようだ。

「あ、一応魔王とかもいるみたいだけど、こっちまでは攻めてこないみたいだな。そもそも魔王自体いるみたいであって、確認はされてないらしいけど」

「むう。一応ラブコメ最終イベントの魔王に攫われたワシを真人が助ける! は、出来るようじゃの」

「……今は無理だぞ。たぶん普通に死ぬ」

 少なくとも魔術を覚えてからじゃないと話にならないだろう。相手は魔の王なんだし。

「わかっておるのじゃ。それより、朝までまだまだ時間があるのう。一つワシとゲームをせぬか?」

「あそこには行かないぞ。時間が進まないし」

「わかっておる。ここで出来るゲームじゃ。そう、シーシーレモンじゃ!」

「マイナーすぎる。却下」

 シーシーレモンとは一部の小学校で爆発的に流行した手遊びだ。

 シーシーのかけ声に合わせて手を二回叩き、レモンで溜め、攻撃、防御のどれかの手の形を作る。そして、その結果で勝敗が決まるといった感じだ。

 一回目はエネルギーがないのでどちらも溜めだが、二回目からは深い読み合いの勝負になる。

 溜めたエネルギーによって使用できる攻撃、防御のパターンが増え、攻撃では溜め①で銃、②で双銃、③でスーパー銃、④がなくて、⑤でカメハメハ、⑥もなくて、⑦でげんきだま。

 げんきだまは防ぐ手段はなく、出せれば勝ちだ。

 防御は、溜め無しで使えるバリア。これはスーパー銃まで防げるが、カメハメハには壊されてしまう。

 溜め④で使える絶対defense将軍。これはカメハメハまでを防げる。

そして、溜め⑥で使えるのが聖なるばりあ、ミラーforce。げんきだま以外の全ての攻撃を跳ね返せる。

 俺は長々と何の説明をしているんだ。

「負けるのが怖いのか?」

 アリスが煽ってくるがいかんせん、

「煽りが下手すぎるぞ……まあ、一回だけだぞ。あ、アレは無しだぞ」

 大流行したシーシーレモンだが、一部の糞馬鹿野郎が発明した一つの技で終わりを迎えた。

 溜め撃ち。

 溜めながら撃つという、一回目で確実に勝利できる最低のチート技が広まり、シーシーレモンは終わりを迎えた。

「わかってるのじゃ! シーシー……――」





「なん……だと」

 負けた。しかも、現在二十連敗。ここまで負けたのはいつ以来だろうか。少なくとも記憶にはない。

「やっと真人の悔しそうな顔が見れたのじゃー」

 アリスは上機嫌で腹が立つほどにニッコニコだ。いまだ残されたハンバーガーをちょっとずつ食べており、唇はテッカテカだ。

 それにしても確かに読みにくい相手ではあるが、俺が読み合いで負けるなんてありえない。一体何が……?

「ん? 真人、笑っておるのか?」

「え?」

 気付かぬうちに笑ってしまっていたようだ。アリスが不思議そうに見ている。だが、仕方ないだろう。俺が勝てないなんて面白すぎる。

「いや、めちゃくちゃ楽しみでさ、アリスがこれから泣き顔になるのが」

 楽しい、願わくばアリス、負けないでくれ。俺が別の楽しみを見つけるまでは。

「ふん、残念ながら時間切れじゃ! もう朝じゃぞ。学校へ行くんじゃろ?」

 ……確かに。窓からはキラキラと綺麗な光が差し込んでいる。

 流石にアリスみたいに駄々はこねられない、この年齢と性別じゃ。

「じゃあ、行くか」

「うむ。行くのじゃ。」

「次は負けない」

「次も負けない……のじゃー」

 にやりと笑うアリス。どうやら一字だけ変えて返せたのが自慢のようだ。おかげでのじゃを付け忘れていたようで、無理やりつけてきたがぎりぎりアウトだな。

 俺は小さな笑みを浮かべ、残ったハンバーガ五個を持ったアリスと武術学園へと歩みを進めた。

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