女神と天才の異世界冒険譚
金稼ぎと格闘
「いらっしゃいませー!」
拝啓。地球の皆様。
初夏の風が気持ちの良い今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
今、俺は異世界で絶賛アルバイト中です。
何故に異世界に来てまでアルバイトしないといけないのか、疑問に思うかも知れませんが……答えは単純。
金が無いのだ。
金を稼ぐには金が必要という、理不尽な矛盾を前に俺は、アルバイトという手段を選んだ。
身分証も住所も戸籍も無いが、それでも人員不足の店なら雇ってくれると当たりをつけて選んだ異世界ラーメン屋。
住み込みも可とあったのでそこに決めた。
一方でアリスはそんなことやってられるかと、別の金策を探すと言って一旦別れた。
馬鹿な事をやっていなければいいが。マヨネーズとか。
「麺の固さは? ハリガネですね! スープは? 豚骨ですね! 量は? 普通ですね。かしこまりました! オーダー入りまーす! 豚骨、ハリガネで量は普通でお願いしまーす!」
もはや、ここが異世界なんて信じられない。
通貨が金貨、銀貨といった貨幣のみの仕組みになっている以外、このラーメン屋と日本のラーメン屋の違いはほとんど無い。
古い品揃えの漫画に、雑誌はジャ○プでは無く、マガ○ンが置かれている。
お店オリジナルのシャツや、食器類。
もはや、腕を組んで店の前で撮った写真が出てきても驚く事はないだろう。
「いらっしゃいませー! 禁煙席と喫煙席が……」
「マナト! 餃子の注文だ! 頼む!」
「わかりました! すみません、少しフロア空けます!」
何はともあれ、今日で一ヶ月。
まさか異世界に来て、バイトで一ヶ月が終わるとは思わなかったが、これで元手となるお金は稼げる。
そんな事を考えながら、俺は餃子を焼き始めた。
◆◇◆
「お疲れー。いやー、マナトくん。助かったよ。最初は胡散臭すぎてどうかと思ったけど、本当に助かった。じゃあ、これバイト代。あ、いつでも戻って来ていいからね」
閉店後の店の中で、店長がそんなことを言いながら革袋に入った給料を渡してくる。
疑っている訳ではないが、念の為に革袋の中をすぐに確認する。
これは……。
「多くないですか? 確かに能力によって変動とは書かれていましたが、それでも最大で金貨一枚だったと思いますけど……」
革袋の中には、五枚もの金貨が入っている。もともとの条件の五倍というのは嬉しいというよりは怖い。
正直元手があれば、どうにでも出来る。だから一枚でも十分なのだけれど。
「マナトくんに教えて貰ったスープが人気で、売り上げが二倍近くに上がったからね。それに数人分の働きを見せてくれた真人くんに金貨一枚だけってのは流石にね」
しかし、店長は何でもないように答えると明日の仕込みを始める。
……店長。
二倍と言っても庶民向けのラーメン屋の売り上げだ。金貨五枚も浮くとは思えない。
…………。
「……お世話になりました! 今度は客として食べに来るのでよろしくお願いします!」
だが、それを言うのは野暮というやつだ。稼げるようになったら金貨五枚以上ここに食べに来ればいい。
実際、ここのラーメンは美味しい。ああ。ラーメンだけは。
俺は店長に深く一礼して、外に出ていった。
今日で一ヶ月。
アリスはアリスでお金を稼ぐと言っていたが、どうなっただろうか?
野垂れ死んでなければいいけれど。もしくは、腐ったマヨネーズを作って訴訟とか起こされてなければいいけど。
(真人! ちょっとこっちまで来てほしいのじゃ! 大通りの突き当たりを右に曲がった先の、セグという店にいるのじゃ)
噂をすれば影、というか声というか。アリスからの念話が届く。
神同士は出来なくても人間に対しては送れるらしい。こちらからは送れない為、一方的な話にはなってしまうが。
どうにもかゆいところに手が届かない女神である。
「それにしても……セグって確か……」
何でそんなところに、と思いながら俺は言われた通りにその場所へと向かう。
キラキラと光る電飾と、騒がしい音や声が飛び交う。
そう。ゲームセンターに。
◆◇◆
「アリス! どこだ!?」
店内に入り、アリスの姿を探す。
店内はそれなりに広い、そのうえ人も多い、更にアリスは小さいから見つけにくい。
これは時間がかかりそうだな――
「……アハハハ! お前の負けなのじゃ! さっさと金を出すのじゃー! ……よしよし、今日はこれで帰るのじゃ! いつも通り勝ち逃げなんじゃー!」
……すぐに見つかった。
結構な数のギャラリーに囲まれ、アリスは格闘ゲームの台の椅子に立ち、相手を指差し、高笑いをしている。
相手の男性の顔は真っ赤に染まり、今すぐにでも爆発しそうだ。
……本当に関わりたくない。
そう思いながらも仕方がないのでそこに近づいていく。
「あ、真人! ちょうど終わった所なのじゃ! これを持ってくれ!」
こちらに気付いたアリスが革袋を二つ、投げ渡してくる。
パンパンに詰まったそれは、中々の重さだ。それがあと二袋あるようだ。
「だいぶ儲かったのじゃー! 何なら真人の分の学費も払ってやるのじゃのじゃー?」
のじゃ率が上がってることからも、機嫌がいいのがわかる。
ニコニコと輝く笑顔を浮かべるアリスには悪いが、こんな目立つものを持ってうろつきたくない。早く宿屋にでも行きたい。
そう考え、アリスの腕を掴む。
「いいから、早く宿屋にでも行こうぜ」
「のじゃ!?」
何故か驚いた顔で赤くなっているアリスを連れて、ゲームセンターから出ようと歩きだす。
「あれ? マナトくん?」
しかし、後ろから少しだけ聞き覚えのある声に名前を呼ばれる。
思わず振り返ると、そこには元バイト先のラーメン屋の同僚、メリルさんが居た。
「やっぱりマナトくんか。……君はその子の知り合い……なのかな?」
「そうですね。それで、メリルさんは?」
何となくわかるが、あえて聞いてみる。
メリルさんはゲーム好きで、何度も住み込みの部屋で一緒にゲームをした仲だ。
そんな彼がここにいる理由は当然……
「いや、遊びに来たんだけど……その……彼女にカモられてね……」
憂いを帯びた表情でそう呟くメリルさん。どうやらゲームで賭け事をやっていたようだ。
気の毒には思うが……。
「そうは言ってもお互い合意の上なら、返すわけにはいかないですよ?」
「あ、いや、そういうことじゃ無いんだ。ただ……いや、マナトくんに頼むのは筋違いだね」
先回りして牽制して見たが、どうやら金を返せという事では無さそうだ。
だが、思わせ振りな台詞とチラチラとこちらを見てくる視線が酷く鬱陶しい。
「……どうしたんですか?」
「っ! いや、なに、その子があまりにも生意気なんでね、少し懲らしめてくれないかなぁ、と思って。ほら部屋で一緒にゲームした時、マナトくんめちゃくちゃ強かったし……」
「…………はぁ」
なんて情けない人なんだ。こんな少女に負けた上、その敵討ちを他人に頼むなんて。
こんなの引き受ける訳がない。
そう考え、断りの言葉を口にしようとした瞬間、隣のアリスが口を挟む。
「馬鹿かお主は! いくら真人でも初めてのゲームでワシに勝てるわけがないじゃろ! いやまあワシに勝てる者など居るわけないのじゃが! フハハハハ!」
「…………」
高笑いをするアリスの横で、俺は少しだけカチンと来ていた。
勝てるわけがない? 随分な自信だ。スマ○ラでボコボコにしてやったのを既に忘れているらしい。
仕方ない。
「……確かに、少々驕りが酷いですね。少し懲らしめましょうか」
そう言って、俺はゲーム機の前の椅子に座った。
アリスは少しだけきょとんとした後、悪戯好きな笑みを浮かべて逆側の椅子に座る。
「いくら真人とはいえ、賭けるものは賭けて貰うのじゃ! レートはいくらにするのじゃ?」
「金貨一枚」
「な!?」「マジかよ!?」「信じらんねえ……何て自信だ……」
レートを提示した瞬間、ギャラリーが騒がしくなる。
うるさいな、俺だって他の貨幣持ってたら別のにしてるわ。
「……フハ、フハハハハ! やっぱり真人は最高なんじゃ! いいじゃろう! 金貨一枚で勝負なのじゃ!」
しかし、アリスは喜色満面と言った顔で嬉しそうに笑う。……それにしてもフハハハハってどこの魔王だよ。
そしてドサッと無造作に置かれた革袋の中には銀貨がたんまり入っている。
「数えてはいないが、金貨一枚位はあるはずじゃ!」
アリスはそう言うと、ゲーム機に銅貨を入れる。
俺の方はメリルさんが入れてくれた。助かった。
金貨以外持って無いから、両替に行くところだった。それはちょっと格好悪いじゃんね。
「じゃあ! 始めるのじゃ!」
アリスのその声を合図に戦いが始まった。
アリスはセクシーなチャイナ服の女性キャラを。俺は主人公と思わしき、筋骨隆々の男キャラを選択した。
金貨一枚と言う高レートで始まった一戦。結果は……
「ワシの勝ちなのじゃー! 見たか真人! これが女神の力なのじゃ、ひれ伏せ! スマ○ラでの借りは返させて貰ったのじゃ! 相手にならんのじゃー♪」
言っていいのかわからない事をバラしながら、こちらに唾を飛ばしてくるアリス。
やはり、スマ○ラでの事を根に持っていたようだ。
「何て煽りだ……」「一ヶ月前はもっと可愛げがあったのに……」「どんどん酷くなっていくな」
アリスの煽りを受けて、周りのギャラリーがザワザワと騒ぎだす。
少しだけ聞いた所によると、一ヶ月前は対戦しているのを後ろで眺めていただけらしい。
それから、一人のプレイヤーがやってみるか? と、金を出してくれたらしいが、そこからは連戦連勝。
そのうち挑戦料を取り出すと、酷い煽りで相手を熱くさせ、金をどんどんかっ攫っていったらしい。
「やっぱりマナトくんでも厳しいかい?」
メリルさんが小さな声で尋ねてくる。まったく心配性な人だ。
俺は小さく笑うと、アリスにも聞こえるようにこう言った。
「いえ、余裕ですね。次は必ず勝ちますよ」
冷静に、絶対の意思を込めての言葉に、周囲もアリスも思わず言葉を無くす。
確かに一戦目はぼろ負けした。
だが、それでこのゲーム機の反応速度も、キャラの攻撃、防御、投げの当たり判定の位置も、だいたいのことは把握した。
もう、負けない。負けるわけが無い。そう誓い、今度は金貨二枚を賭ける。
そして、第二戦目が始まった。ステージも使用キャラも同じ。
じゃないと勝てない可能性があるからね。
「ぬ、ぬう……」
「…………」
だが一戦目と違い、俺は涼しい顔でアリスに食らいついていく。内心は必死の一言なのだが。
ていうかぬうって。
「す、すげえ」「どっちも何て反射神経と操作精度してるんだ……」「何だあの目……どこを見ているんだ……」
ギャラリーの雑音と、操作の音だけが響く。会話に脳を回すぐらいなら一手でも先を読んだ方が有意義だ。
それはアリスもわかっているようだ。
「…………」
「…………っ」
そしてお互いに無言のまま、機械からKOの声が響くと同時にレバーから手を離す。
WINと表示された勝者は……
「……疲れた」
当然、俺だった。
「また……ワシが、負け? たった二戦目で? あり得ぬ! あり得ぬ! あり得ないのじゃ! も、もう一度じゃ! 今度は本気の本気でやるのじゃ! 倍プッシュなのじゃー!」
アリスはそう言ってまた革袋を積もうとするが、どうやらタイムアップのようだ。
近づいてくる店員の姿が見える。
「すみませんが、お客様。閉店の時間です」
そんな店員の言葉に、盛り上がっていた空気も冷え、一人、また一人と帰っていく。
その流れに乗るように、俺もアリスと共に店を出る。
外は既に真っ暗になっており、息を吸うと冷たい空気か入ってきて、少し気持ちがいい。
俺も少しだけ熱くなっていたのかも知れない。アリスは言うだけあって強かったから。
「……そう落ち込むなよ。また相手してやるからさ……」
明らかに落ち込み、下を向いているアリスにとりあえず声をかけてみる。
こんな空気では今後の話も出来ない。
「さ……ん……じゃ」
ボソボソと小さな声で何やら呟くアリス。力強く握りしめられた拳が少し、震えている。
「ん? 何?」
「再戦じゃー! もう一回やるのじゃ!」
アリスがそう叫んだ瞬間、空間が歪み、あの時の……スマ○ラを行った空間に変化する。
……なるほどね。
「ここで寝泊まりしてたのか」
そこには先ほどゲームセンターでアリスと戦ったゲーム機と布団が新しく置かれている。
どうやらここで寝泊まりしながら練習していたようだ。
「いい機会だからワシの能力を教えてやるのじゃ!」
俺がゲーム機を発見したのに気付いたアリスはそう言って平坦な胸を張る。もの悲しい。
「ワシの能力は……いつでもこの空間にワシ自身と指定した対象を移動できる絶対空間! なお、ワシがこの空間にいる間は、移動前の世界は時間が停止するのじゃ!」
強いような弱いような微妙な能力だが、ルビが悲しすぎるのだけは何故かわかる。
「それで? そのゲーム機はどうしたんだ?」
ゲームセンターに置かれているゲーム機だ。
値段もそれなりだろうし、一ヶ月前は文無しだったアリスが買ったとも思えない。まさか……
「リース契約したのじゃ! 銀貨八枚程度じゃったから! 明日には返さないといけないのじゃが、今は時間が止まっておるからのう! まだまだ時間はあるのじゃ!」
そう言って台に座るアリス。
俺がラーメン屋で額に汗を浮かべながらバイトしている間、アリスはひたすらゲームをしていたようだ。
理不尽とわかっていても少しだけイラッときてしまった。
「手加減は出来ないぞ」
「望むところなのじゃ!」
ボコボコにしてやる……と、台に座りキャラクター選択する。
俺は先程と同じキャラを、アリスは別の腕が伸びそうなキャラを選択した。
あの時の捨て台詞の、本気の本気でやるのじゃ! は、本当だったのかも知れない。
まぁ、それならそれで面白い。
と言うか、異世界に来たのにそれっぽいこと全然してないな。
そんなことを考えながら、ギャラリー無しの第三戦目が今、始まる。
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