女神と天才の異世界冒険譚

たぬきち

続・ギルド



「アリス!」

 男性のただならぬ雰囲気を察した俺は、慌ててアリスの名を呼ぶ。

 しかし、

「妹の躾はしておくんだったな」

 何故か狙いは俺のようで、男性の体が瞬時に目の前に迫る。

 デカイ。俺の体格と比べ、明らかに大きなその体に加え、男性の手にはいつの間にか剣が握られている。

 鞘も見当たら無いのにどこに隠していたんだよ。

「っと!」

 瞬時にバックステップで距離をとり、右肩目掛け振り下ろされた剣を回避する。

「なるほど……それなりに動けるようだな」

 喋りながらも男性は縦横無尽に剣を振る。全てギリギリで回避出来ているが、反撃出来る隙はない。

「…………っ!」

 回避に専念する事で今のところ避ける事が出来ているが、いずれ体力の限界を迎えたその時は……。

 俺も体力にはそれなりに自身はあるが、向こうは冒険者。それに攻めている側だ。このままでは俺の方が先に限界を迎えるのは見えている。

 何とか落ち着いてもらえるように説得を試みたいが、回避以外のことをするとデッドエンド直行になりかねない。

「……ってあれ?」

 だけど、もしかして……この人。

 チラリと横目でアリスを見ると、ニコニコと楽しそうに笑っている。あの野郎め……。

 ていうか、どうせやるなら正々堂々と戦いたかったな。負い目がある状態では本気は出せない。

「どうした? 逃げてばかりではいずれ死ぬぞ?」

 確かに……ね。しょうがない。一か八かやってみるか。

「信じますよ……」

 小声でそう呟くと、俺は男性の攻撃に対し、回避ではなくカウンターを選択する。

 男性の横凪の一撃を避けず、そのまま相手のみぞおちに真っ直ぐに突きを放つ。

「……ほう」

 バンっと俺の拳は男性の革製のインナーに当たり、その一方で男性の剣は俺の腹部ぎりぎりで止まっていた。

「……ありがとうございます」

「よく気づいたな……」

 俺が礼を言うと男性は剣を引き、一瞬の内に消し去る。

 なんだあれ。え? いやまじで。あれが魔術?

「なかなかいい動きと一撃だった。防具にはダメージが無いのに、何故か俺の内臓にダメージが入っている……不思議な技だ」

 ……ぶっちゃけ倒す気で打ったのにピンピンしてる方が不思議ですけどね。

「どこで気づいた?」

「四回目の振り下ろしの時です」

 最初からこの男性は俺を殺す気はなかった。

 冷静に剣筋を見ていると、どれも俺の手足を狙っており、致命傷になりかねない部分を明らかに避けていた。

 だから、右手を横凪で狙ってきた時に、あえて右手で正拳突きを行った。

 もしも殺す気なら、そのまま腹部を切り裂けば終わりだ。だが、案の定男性は剣を止めた。

 とはいえ、冷や汗がやばい。怖かった。読みが間違っていれば本当に死ぬところだった。

 あー、ほんと…………楽しい。

「俺の攻撃をそこまではっきり見えているとは……」

 ちなみに最後に放った一撃は当たった場所ではなく、体内に直接衝撃を与える技だったのだが、効果はなかったようだ。

 やはり人体の仕組みから違っているのか? それとももしかすると回復の魔術か何かだろうか。

「合格だ。お前なら冒険者としてやっていけるだろう」

 男性は満足そうに頷くと、そう告げた。

 どうやら俺に冒険者としての実力があるか測るためにやったようだ。

「最近は安易に実力もないくせに冒険者になろうとする奴が増えてな。だが、お前は違うようだな。とはいえ……」

 チラリとアリスを見ながら、あのクソ生意気な妹がいるんじゃ大変だろうがな。と、付け足した男性に俺は曖昧な笑みを返す。

「あ、いや、冒険者になるには資格を取らないといけないので……実はまだ……」

「ん? まだ資格を持ってないのか?」

「はい」

「そうか。まあ、お前なら心配ないだろ。冒険者になったら一声掛けてくれ。今回の詫びに一度だけ依頼を手伝ってやろう」

「あ、いえ。最初に挑発したのはこちらですし……」

「お前さんはしてないだろ? それにどちらにしても絡むつもりだったから気にするな」

 ニヤリとニヒルに笑われてはこちらも返す言葉は無い。

 それにしてもどうやらアリスの言う通り、どう足掻いてもギルドでは絡まれイベントが発生するようだ。

 ……なんてな。

「ありがとうございます」

 アリスが絡みだした時はどうなるかと思ったが、A級の人と関係を持つ事が出来た。

 終わりよければ全て良し、というやつだろう。

「oi、oi、baby……」

「させるか!」

 せっかく無事に終わったのに、また挑発に動くアリスを捕まえ、小脇に抱えて元の受付へと戻る。

「な、何するんじゃ! 離すのじゃよー」

 ジタバタと暴れるアリスを黙らせる為に、ポケットに入れていた飴玉を口に放り込む。

「んん……イチゴ味か……みかん味が良かったのう」

 文句を言いながらもコロコロと飴玉を転がしながら、アリスは大人しくなった。

 女神というよりただの子供だな。そしてみかん味は残念ながら売り切れだ。

「……それでは話を戻しますが、こちらの注射器を使い、お二人の血液を少し採取させて頂きます。この注射器はとある天才魔術師が開発されたもので全くの無痛にも出来るのでご安心下さい」

「じゃがのう……」

 アリスは不安そうにチラリチラリとこちらを見てくる。

 しょうがないなぁ……。

「怖いなら手でも握ってやろうか?」

「は、馬鹿にするでない! なんじゃ……これくらい……」

 案の定安い挑発に乗り、おずおずと左腕を差し出すアリス。

 よほど興奮してるのか、少し顔が赤い。

 受付の女性は注射器を袋から取り出すと、アリスの腕を消毒綿で拭き、突き刺す。

「ぬう……」

 アリスはそっぽを向き、俺の袖を掴む。

 ギュッと握られたその手がアリスの緊張と不安を表していた。

 その子供のような姿と相まって、思わずその手に自身の手を重ねてしまう。

 俺はこいつの親か。思わず自分自身に突っ込みを入れてしまう。

 そして受付の女性が注射器に試験管の様な容器を差し込むと、アリスの血液が溜まっていく。

 女神も血の色は赤色か……。

「終わりました。《ヒール》」

 受付の女性はそう言うと血液を採取した試験管に蓋をし、名前を書いたラベルを貼り付ける。

 最後に回復魔術と思われる魔術を使い、終了のようだ。

 アリスは自身の腕を眺め、笑顔でこちらを見る。

「本当に痛くなかったのじゃ! これは地球にも持ち込みたいのう!」

 地球とか言っていいのかわからんが、正直俺もこの注射器は欲しい。

 これなら注射嫌いの子供も助かるだろうし、歯医者等での麻酔も捗るだろう。

「あとは俺か。じゃあさっさと終わらせて下さい」

 そう言って俺が腕を出すと、受付の女性は俺にしか聞こえない声で呟く。

「……見せつけやがって……」

「え?」

 受付の女性は雑に新しい注射器を取り出すと、無造作に俺の血管に突き立てる。消毒の為に脱脂綿で拭くこともせず。

 垂直に、まさしく突き刺すといった表現が正しい。

「っ!?」

 いってええええええ! 痛い。痛い。痛い。普通の注射よりも更に、いやさそのまた更に痛い!

 無痛じゃないのかよ!

「……無痛にも出来るだけで、増幅も出来るんだよ。まったく、こちとら仕事が忙しくて彼氏なんて作る暇もないってのによー……」

 ボソボソと告げる受付の女性はゆっくりと試験管を差し込む、と見せかけて注射器をグリグリと揺らしてくる。

 やめてくれ。折れたらどうするんだよ。

「真人……?」

 アリスが不思議そうな顔でこちらを見る。

 ……一応見た目上は年下の女の子の前だ。無様な所は見せられん。

 俺は無理矢理笑顔を作る。

 早く終われ。早く終われ。早く終われ。体中から嫌な汗が流れる。

「……ちっ……。終わりましたよー」 

 永劫とも思える様な時間が過ぎ、何でもなかったように笑顔で告げる受付に思わず殺意が湧く。

 が、これでしばらくは会うこともあるまい。この場で問題を起こすのは避けるべきだろう。

 って……回復魔法も無しか。おかけで俺の腕からは血がタラタラと流れ出ている。

「……ちなみにその血液は何に使うのですか?」

 仕方なく胸ポケットからハンカチを取り出し、自分で血を止めながら尋ねる。

 よくあるパターンではギルドカードみたいなのに染み込ませ、本人登録を行うとかだろうか。

 もしくは、健康状態のチェックとか。

「万が一、お二人が逃げ出した場合の為です。我がギルドには血液からその持ち主を探し出す魔術を使える者がいるので」

 不正防止か。少し恐ろしいが、まあそれぐらいはしょうがないか……身元不明無職な訳だし。

「では、どうぞ魔術学園でも、武術学園でも好きな方へ向かって下さい。連絡はしておきますので」

 そう言うと受付の女性は手を振る。何だかなぁ……。

 アリスじゃないが、俺が知ってる他の異世界物と比べて、対応が冷たい気がする。よっぽどあの冒険者の男性の方が愛想が良かった。

 まあ、いいけどさ。

「とにかく、学園に行ってみるか」

「じゃな。まあ、学園物も悪くはないしの」

 ギルドから出ると、俺たちは資格を取るべく学園へと向かった。


◆◇◆


 町のいたるところに看板があるので今回も迷うことなく、辿り着けた。当然、今回も俺がアリスの手を引っ張った訳だが。

 裏路地に入りたがるアリスを引きずり、まず来たのは武術学園。

 必ずイベントが起きるとか未だにブツブツと呟くアリスはともかく、元の世界で俺は格闘技やスポーツは得意だった。

 こちらの方が簡単に資格を取れるだろう。

 魔術学園には惹かれるが、まずは金を稼げるようにならないといけない。楽しみは後に取っておこうという訳だ。

 郊外に立てられたその学園は、外から見た限りでは元の世界の学校と大差ないように見える。

 いくつかの建物が立ち並び、その隙間に運動が出来るように作られたスペースがある。

 入り口には門があり、受付兼ガードマンの男性が門近くの小さな建物から見張っている。

「すみませーん。入学したいんですけど……」

 その男性にそう伝えた所、入学金の話になった。

 金貨十枚。

 一枚あたりの価値がわからないので、把握しにくいが結構な金額なんじゃなかろうか……。

 まあ、仕方ないかぁ……。

 俺たちはとりあえず街へと戻る事にした。

 ……金を稼ぐためには資格が必要、そして資格を取るには金が必要。
 
 なるほどなぁ。元の世界と同じ、不条理な世界だ。

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